来客
来客 伴が遠くアメリカから呼び寄せてくれたビル・サンダー氏を師と仰ぎつつ、打撃練習に明け暮れた飛雄馬は、居候している親友宅で夕飯の前に汗を流し終え、長く伸びた髪をタオルで拭いつつ板張りの廊下を目的地まで突き進んでいく。
着替えがないために、伴の着古した室内着を間に合わせとして着用した出で立ちのまま飛雄馬はふと、耳を澄ます。
そうすると、屋敷の中庭に作られた鹿威しの情緒ある音色が心地よく、思わず唇が緩んでしまう。
しかし、それにしても伴の屋敷は広い。
伴は勝手知ったる親友の家じゃないが、うちにあるものは好き勝手使ってくれて構わんと言ってくれたが、どうもこの屋敷の醸し出す物々しい雰囲気は落ち着かぬ。
親父さんがいずれ伴も結婚して所帯を持つだろうから、とわざわざ建ててくれたとの話だが、いくらなんでも広大すぎやしないか──。
金持ちの考えることはよくわからん、と苦笑しながらも、おれはその大企業の御曹司なる親友のお陰で再び起てようとしているのだ──と飛雄馬はマメが潰れ、皮の剥けた掌を見下ろすと、そのままぎゅっと拳を握る。
そうして、屋敷の家事を担っているお手伝いさんである老女に救急箱の場所を尋ねようと飛雄馬が台所に顔を出した刹那、予想外の人物と顔を合わせることになった。
「おほほ、まったく花形さんたらこのババをからかうのはよしてください」
「…………!」
花形、と呼ばれた彼が、飛雄馬の気配を察したかダイニングテーブルに着いたまま廊下と台所を繋ぐ出入り口の方へと向き直る。
「おや、星さん。お義兄さんが見えてますよ」
花形が話を中断させたことで老女も飛雄馬に気付いたか、彼に対し、そんな声をかけてきた。
まさかの花形の登場に飛雄馬は表情を曇らせはしたものの、世話になっている老女の手前、空気を悪くさせることもないだろうと、どうもと頭を下げ、救急箱はないですか?と彼女に訊いた。
おばさんは恐らく知らないのだ。おれと伴、それにねえちゃんたちの実情を。
いくら以前は家族ぐるみの付き合いをしていたとは言え、この状況下で花形が訪ねてくるなど誰が予想できようか。
ゆえに、伴もわざわざおばさんに詳細までは話さなかったのであろうが、まさか今、それが裏目に出てしまうとは。
飛雄馬は努めて平静を保ちつつ、老女に救急箱の在処を聞くと、礼を口にしてからこの場を一刻も早く去るべく自然と歩調を速めるに至った。
しかして、花形が口にした一言が飛雄馬の動揺を誘い、ピタリとその歩を止めさせることになる。
「手を、怪我しているのだろう。手当てならぼくがしよう」
「…………」
湯に浸かったことで火照っていた体が花形の言葉でさあっと冷えていくのを飛雄馬は感じる。
花形は間髪入れず、夕飯の準備もお有りでしょうから、と老女が口を開く前に彼女を制し、さあ、と飛雄馬の手を引くようにして台所を後にした。
「……なして、手をはなせ!花形さんっ!」
台所から距離が開くに連れ、飛雄馬は声を荒げ、ついには花形の手を振り解く。
「…………」
振り解かれた手をさすりつつ、花形は歩みを止め飛雄馬を振り返った。
「親父が頼んだのか?おれと伴の様子を偵察してこい、と。あなたらしくもない。親父の駒のような真似をするなんて」
花形の顔を睨めつけながら、飛雄馬は一息に捲し立てた。
「……ぼくは実業家としてここを訪ねた。伴重工業とは個人的な付き合いもあるが、ビジネスとしても懇意でね。残念だが、ぼくはきみの義兄として伴くんの家を訪ねたわけではない」
「………………」
「まあ、疑われるのも無理はないだろうね。それはひとまず置いておくとして、きみのその掌を早いところ処置したほうがいい。伴くんは医者にかかるようには言わなかったのかね」
「いらんと言った。そこまで世話になりたくはない」
花形から顔を背け、飛雄馬は冷たく言い放つ。
「……飛雄馬くんの優しさにはいつもながら敬服するが、いつかそれは身を滅ぼすことになりかねんとぼくは思う」
「おれがどうなろうと花形さんに関係ないだろう。手のことはいい。伴はもう帰ってくるだろう。おばさんのところで待たせてもらうといい。おれは別の部屋で休んでいる」
「手の処置くらいさせてくれたまえ。見てしまった以上、見過ごせんのでね」
「…………」
飛雄馬は果たして目の前の男を信用していいものか、と押し黙ったまま立ち尽くす花形に再び視線を合わせた。
確かに、手当をしてもらえるのは助かるが、花形に借りを作るのはどうにも癪である。
この男のことは嫌いではないが、出会ったときよりどうにも苦手なのだ。
人間、人付き合いには相性と言うものがあると言うが、おれはこの花形満と言う男とはその相性とやらがよくないらしい。
しかして今は義理とはいえ兄と弟の間柄。
どうにか、彼とも付き合っていかねばならないとは思っていたが、まさか伴宅でその対応を考える羽目に陥るとは。
花形はニッ、と口元に笑みを浮かべるなり、ほらもうすぐそこだ、と立てた親指で老女が話してくれた救急箱の置かれた部屋を示すと、再び廊下の床板を軋ませる。
ああ、伴のやつなんでこんな日に限って会議なんか──と飛雄馬は胸中で親友に悪態を吐きつつ、先に室内に入った花形を追うと自身もまた、中に足を踏み入れ、襖を閉めた。
花形が天井から下げられた室内灯の紐を引いてくれたお陰で部屋は真昼のような明るさに包まれ、飛雄馬は一瞬、目が眩んだために顔をしかめたが、彼が取り出してくれた救急箱を前に黙って畳に腰を下ろした。
「潰れたマメの上に更にマメができることによって打者の手はそれらしく仕上がっていくものだが、傷を手当をすることもなく放っておくというのは感心しない」
救急箱の蓋を開け、中から消毒液や傷薬の軟膏、そしてガーゼに包帯を取り出しつつ花形はぼやく。
「阪神の天才打者に言われると耳が痛いな」
「昔の、話だろう」
「おれにとって花形さんはねえちゃんの夫である以前にライバルですよ」
「……フフ、ぼくに明子を裏切ってきみと同じように再び球界に返り咲け、と?」
「…………」
「なに、冗談さ。飛雄馬くんにそう言ってもらえて嬉しいよ。ぼくの青春はきみと共にあったようなものだからね」
飛雄馬のつぶれたマメに消毒液を塗り、そこに更に傷薬の軟膏を塗り込み、ガーゼを当てると花形は包帯を巻きつけていく。
「花形さんの、青春が?」
尋ねた飛雄馬だったが、巻かれた包帯がきつく、うっ!と思わず声を上げる。
「ああ、すまない。つい、力が入ってしまった」
「…………」
巻きを緩め、花形は飛雄馬の手の甲で包帯の端と端を結ぶと、もう一方の手に対しても同じように薬を塗り、包帯を巻いてやった。
「手は大事にしたまえ。何よりも大事な手だろう」
ありがとうございます、と飛雄馬は素直に頭を下げ、礼には及ばんよと謙遜した花形に対して己の疑り深さを恥じる。
今までに何度も花形に翻弄された経験があるために、疑心暗鬼になってしまっているところがあるらしい。
これではよくない。彼はこちらに歩み寄ろうとしてくれているのに。
飛雄馬は程よい加減で包帯の巻かれた手指で拳を握り、それを開くことを繰り返していたが、ふいに花形に名を呼ばれ、えっ?と顔を上げ、目の前の彼の顔を瞳に映した。
と、突然、何を思ってか手を挙げ、髪に指を絡ませようとしてきた花形を間一髪のところで躱しはしたが、マメの潰れた手では己の体を支えることができず、飛雄馬はそのまま畳の上に体の左側面を上にして滑り落ちるようにしてどっと倒れ込んだ。
「う、ぐっ……」
掌に走った鈍痛に顔を歪めた飛雄馬に花形は忍び寄り、その耳元から頬にかけ口付けつつ、こっちを向いてと囁く。
ぎゅうっ、と飛雄馬は畳の上で包帯の巻かれた掌に指を握り込むと、奥歯を噛み締め眉間に皺を刻んだ。
そうして、耳に這わせられた舌の熱さに身震いし、身を反らした飛雄馬の曝け出した首筋に花形は吸いつく。
それを受け、びく!と再び飛雄馬は体を跳ねさせ、四肢を縮こまらせる。
すると花形は飛雄馬の左腕を掴み、その体を仰向けになるように押し倒すと、驚き、閉じていた目をハッ!と見開いた彼の口元へと唇を押し当てた。
  「ッ……っ!」
そのまま戦慄いた唇を啄みつつ、花形は飛雄馬の纏う着古されたシャツの中に手を差し入れる。
瞬間、ぞくりと飛雄馬の肌は粟立ち、花形の指先が皮膚の表面を滑るたびにその口から熱を帯びた吐息を漏らすこととなった。
「…………」
そうして、花形の指は飛雄馬の腹から胸を辿り、シャツをたくし上げつつついにはその先にある突起へと到達する。
「ふ……っ、う」
肌を指先で辿られたお陰で胸の突起は立ち上がってしまっており、それを花形に悟られたことが泣き出してしまいたくなるほどに恥ずかしく、飛雄馬は彼から顔を背けると包帯の巻かれた手で目元を覆った。
しかし、それが却って感覚を過敏にさせる結果を招いてしまい、ふいにその突起を花形が抓み上げたせいで飛雄馬は、思わず大きな声を上げてしまう。
尖りきった突起の、芯を押しつぶすようにして刺激を与えながら花形はもう一方のそれに口付け、ゆるく吸い上げる。
「うっ……!」
ちりちりと細かい、痛みにも似た痺れがそこから走って、臍の下を通過していく。
思わず内股を擦り合わせ、飛雄馬はこれ以上声を漏らさないようにと強く下唇を噛み締めた。
舌先で突起をくすぐられ、飛雄馬は思わず背を反らすと両手で顔を覆う。
すると、花形は突起を弄っていた手をそのまま下へと滑らせ、ズボンの中へと指を忍ばせた。
「あっ、ん、ん!」
一際、高い嬌声を上げ、飛雄馬は己の下腹部に触れた花形の手が男根を巧みに愛撫することから逃れようと身をよじる。
「体は嘘をつけないね、飛雄馬くん」
フフッ、と花形は笑み混じりに飛雄馬を煽り、触れた男根を握るとそれを上下にしごいていく。
「────!」
口内に鉄の味が混ざって、飛雄馬は噛み締めた唇に血が滲んだことを知る。
「…………」
花形はそれに気付いたか、一度下着の中から手を抜くと飛雄馬の胸から腹、そして臍へと口付けを落としながら下へ下へと体の位置を移動させていく。
そうして飛雄馬の腰から下着とズボンを剥ぎ取り、下半身を露わにさせると膝を立たせた足を左右に大きく開かせた。
それだけでは飽き足らず、あろうことか露出した飛雄馬の下腹部に顔を寄せるや否や、花形は男根を何のためらいもなく口に含んだのである。
「はっ、花形っ!」
思わず飛雄馬は体を起こし、彼の顔を引き離そうとするが、突如として男根全体を包んだ粘膜の熱さと柔らかさに圧倒され、与えられる快楽に酔うばかりとなった。
花形は窄めた唇で根元から先までを吸い上げつつ、上顎に飛雄馬の亀頭を押し付けるようにしてカリ首から裏筋までを上唇と舌でなぞって時折上目遣い気味に彼の顔を見遣る。
立てた膝が力なく揺れるのを視線の端に捉えながら一旦、飛雄馬の男根を口から離すと、花形はその下にある陰嚢に吸い付いた。
「んぁ、あっ……」
ビク、ビクと与えられる快感を素直に拾い、身をよじる飛雄馬の陰嚢の更に下、固く閉じられたそこに花形は指を這わせ、緊張を解すように指先で窪みをさする。
「抵抗、しないのかね。いや、あえてそうしないのはぼくの面子を立ててのことだろう。下手に騒ぐと面倒なことになる、と飛雄馬くんは考えた」
舌全体で男根の裏筋を舐め上げ、花形は飛雄馬の尻の中心へと指を挿入させる。
「い、っ……」
「それともこの状況をきみも楽しんでいる。フフ……それは考えすぎかね」
口内に溜めた唾液を指へと滴らせ、花形は飛雄馬の尻をそれで湿らせると更に奥へと突き進んでいく。
「あ……う、う」
飛雄馬の内壁を第二関節で曲げた指の腹で撫でつつ、花形は一度は口を離した男根を再び口に含む。
そればかりか、中を掻き回すように指を回し、ゆっくりそれを出し入れすることを繰り返した。
「は、ながたっ……ぁ」
体の外と内から同時に快感の刺激を与えられ、飛雄馬はなす術なく身をよじる。
窄めた唇で男根をしごき、花形は再び奥まで挿入させた指先で飛雄馬の腹の内側をトントンと軽く叩いてやる。
すると飛雄馬は花形の頭を掴むなり、ビクン!と体を跳ねさせ、そのまま彼の口内に射精した。
ヒクヒク、と体を絶頂の余韻に震わせる飛雄馬の男根を解放してやり、花形は口の中に溜まった精液を飲み込むことはせず、ゆっくりと上体を起こした。
そうして、飛雄馬の開いた足の間に体を置くと花形は身を乗り出し、涙に濡れた瞳を虚ろに瞬かせる彼の顔を覗き込むが早いかその唇に口付ける。
「…………!」
花形が口移しに与えてきた体液を、飛雄馬はごくりと飲み下し、そのまま口の中を這いずる彼の舌に弄ばれるばかりとなる。
呼吸が苦しくなると口を離され、再度唇を塞がれる。飛雄馬は花形の腕に縋り、爪を立てた。
「っ、む……ぅ、ふ」
舌を絡ませ合い、唾液を飲み込んで、飛雄馬は花形が穿いているスラックスのファスナーを下ろす音を聞く。瞬間、飛雄馬の背中を冷たいものが滑り下ちた。
「やめろ、花形……今ならまだっ、引き返せる、から」
「引き返す?どこに。今更ぼくと飛雄馬くんがどこに戻れると言うのかね」
花形は問答無用とばかりに飛雄馬の腰を浮かせ、彼の右足を左脇に抱えると先程解した尻の中心に手を添えた男根を押し当て、強引にその中に押し入る。
「やめ、っ……ぁ、あ──っ、」
ぶるっ、と飛雄馬は体内に無理やり侵入してきた花形の熱さに体を戦慄かせ、背中を大きく反らす。
「飛雄馬くん……目を開けて。しっかりこっちを見て」
腰を奥へ奥へと進めながら花形は飛雄馬の頬に手を添え、指先で頬を伝う涙を拭ってやった。
「はぁっ……はっ、はぁ……う、うっ」
呼吸を整え、全身をびっしょりと汗に濡らしながら飛雄馬は花形を受け入れ、彼の体の下で身悶える。
無理にこじ開けられた体はまだ花形の形に馴染んでいない。痛みはさほど感じられないのが幸いと言ったところか。
「うっ、うごくなっ……うごかないでくれっ」
息も絶え絶えに飛雄馬は喘ぎ、花形の肩を掴む。
「動かないと終わらんよ、飛雄馬くん。きみも生殺しは辛かろう」
ゆっくりと花形は身を引き、飛雄馬から男根をほんの少し抜くと再び、腰を叩きつける。
「あ、っ……っく!」
びくん!と大きく体を仰け反らせたために露わになった飛雄馬の首筋に花形は顔を寄せ、腰を回す。
それを受け、飛雄馬は花形の肩に縋りついて、強く奥歯を噛み締めた。
花形の反った男根が腹の中を抉って、絶妙な位置を掠める。そのたびに飛雄馬は眉間に皺を寄せ、花形にしがみついた。
幾度となく唇を重ねて、舌を触れ合わせその肩に爪を立てたことだろう。
飛雄馬は腰を押し付け、腹の奥を容赦なく突き上げて来る花形に対して、もうやめてくれと涙混じりに嘆願したが、それを聞き入れてもらえることはなく、彼から無遠慮に与えられた快楽に、抗う術のないまま思考を焼き切る強い絶頂に、身を委ねることになった。

「…………!」
飛雄馬が目を覚ますと部屋の明かりは消されており、そればかりか布団の上に体を横たえていただけでなく隣には大いびきをかいて眠る伴の姿があった。
嫌な夢を見た、なんであんな変な夢を……と飛雄馬は体を起こしつつ、額にびっしょりとかいた汗を手で拭い、ふと、いつもと違う感触が肌に触れたことに気付く。
暗い部屋の中、飛雄馬は己の手の指を開いたり閉じたりすることを繰り返し、抱いた違和感の正体を確かめる。
額に触れたのは手に巻かれた包帯の感触。
この包帯を巻いてくれたのは、確か……。
飛雄馬は己が見た夢を思い出し、ぶるっ、と身を震わせはしたが、この身震いも汗が冷えたせいだろう。包帯は伴にグラウンドで巻いてもらったもので、夢に出てきた彼は関係ない……。
頭を振り、飛雄馬はもう一度寝てしまおうと布団の上に横になる。
心なしか腹の中が妙に疼くような感じもするが、打撃練習の際、腹の筋肉を痛めてしまったのだろう、と飛雄馬は苦笑し、大きく息を吐く。
明日、おばさんなり伴に尋ねたら済むことだ。
あまり深く考えるのはよそう、と飛雄馬は寝返りを打ち、布団を頭からかぶると目を閉じ鈍い痛みの残る掌の中に、指を強く握り込んだ。