プレゼント
プレゼント おや、星くん、と後楽園球場での試合の後、用事があると言っていた伴と別れ、タクシーでも捕まえようとしていた飛雄馬にふと、声をかける人があった。
花形さん、と飛雄馬はこちらの顔が映るほどにピカピカに磨き上げられた黄色のオープンカー、その運転席に座り、こちらを見上げてくる花形の顔を見遣る。そうして、その後部座席に乗せられている品物の数に目を見張った。
色とりどりのリボンのかけられたものや紙袋に入れられたままの菓子折の類に飛雄馬はそういえば、バレンタインだか何だかそういう行事ごとの日付が近かったな、とカレンダーの日にちを頭の中に思い描く。
2月の14日に女子から男子にチョコレートを送ると言うこっ恥ずかしいイベントが始まったのもここ最近のことで、これも大方デパート等の商店が菓子を売りたいがために始めたことだろう、と飛雄馬自身、大して気にも留めていなかったが、目の前の彼が座席に乗り切れぬほどの品を受け取ったのだと思うと苦笑いを浮かべるほかなかった。
「今、帰りですか」
飛雄馬が問うと、今日は川崎で大洋戦があったものでねと花形は返し、乗っていくかね?とも尋ねた。
「いえ、ちょっと寄るところがあるので」
伴がどうせおれはチョコレートなどひとつも貰えんのじゃろうなとぶつぶつ文句を言っていたのを思い出し、飛雄馬はデパートでチョコレートを物色して帰ろうと思っていたのだった。
閉店まであまり時間はないが、くだんのバレンタインの日にちだってまだ数日先のことで、そう急ぐこともないかと飛雄馬は手首にはめた腕時計に視線を落とす。
「急ぎのようだね。引き留めてすまないが、これを」
言うと、花形はやおら助手席に置いていた紙袋をひとつ、飛雄馬に向かって差し出してきた。
え?と飛雄馬は一瞬、目を見開いたが、ああ、ねえちゃんにですね、とそれを受け取り、必ず渡しておきますと微笑む。
「違う。星くん、それはきみのものだ。ぼくは人に物を送るときわざわざ他人を介したりはしない」
「え?おれに、ですか」
「ぼくの気持ちさ。フフ、口に合うと嬉しいが。君のことだからこれから伴豪傑にでも渡すチョコでも買いに行くのだろう」
「あ…………」
図星を突かれ、飛雄馬は少し頬を赤く火照らせた。
「なに、聞くまでもなく、顔にそう書いてあるさ。次の試合は我が阪神とだったね。渡した品のことなど気にせず全力でぶつかってきてくれたまえ」
「っ、そんなこと、言われるまでもない!」
穏やかな表情を浮かべていた飛雄馬だったが、花形の言葉にその顔色を一変させる。
「おお、怖い。フフ……触らぬ神に何とやらだ。星くん、また会おう」
「あ、花形さん!その、ありがとう……」
颯爽と風を切り、去っていく花形に飛雄馬は大きな声で礼を言ったが、それが聞こえているのかいないのか、彼は夜の闇に紛れていった。
花形さん、一体何をくれたんだろう。
珍しい、あの人がおれにものをくれるなんて、次の試合は雪か何か降って流れるんじゃなかろうかと飛雄馬は苦笑しつつ、花形から貰った紙袋を大事そうに抱え、タクシーの行き交う国道に出るため、夜道を歩いた。