恩情
恩情 ふう、と飛雄馬は満足気に溜息を吐くと手首にはめた腕時計に視線を落とす。
寮の門限まではまだまだ余裕があり、急いで帰る必要もなさそうだと人心地ついてから目の前ですき焼き鍋をつついていた男──伴宙太に視線を遣った。
すでにビールを何本も空にしており、今なお、燗をつけた日本酒を煽っている始末で、飲み過ぎじゃないか?と飛雄馬は彼を制するような声をかける。
「うるしゃい。飲まんとやっとられんわい」
「…………」
また何か、親父さんとあったんだろうかと飛雄馬はしゃくり上げながらも日本酒を注いだ猪口を一息に煽る伴を心配そうに見据えた。
おれのことを気にかけてくれるのはありがたいし、嬉しいことだがもういい加減、自分の身を固めるべきなのではないか、そんな言葉を飛雄馬は紡ごうとした刹那、空にした猪口を鍋やとんすい、箸の置かれたままになっている座卓の上にコツッ!と音を立てて置いた伴が四つん這いの姿勢でこちらににじり寄ってきた。
顔は耳まで真っ赤になっており、酒の匂いがここまでしてくる。
飛雄馬は何事か、と彼の動向を見守り、顔を不自然に寄せてきた伴から少し、距離を取った。
「にゃんで離れる!星!わしのことが嫌いになったか!」
「…………」
始まった、と飛雄馬は伴から視線を逸らす。
伴は酔うといつもこうだ。
変に絡んできては一方的に言いたい放題言ってくれる。
幼い頃から親父の相手はしてきていたから酔っ払いの扱いは慣れているつもりだが、これはこれで面倒臭くもある。
それでも長い付き合い。 おれが長島さん率いる読売巨人軍に返り咲き、今の活躍があるのも伴のお陰なのだ。
飛雄馬はクス、と苦笑すると、そうじゃない。おれが伴のことを嫌いになるわけないだろう、とそんな当たり障りのない言葉を返した。
「ほんとうか?」
据わった目を伴は飛雄馬へと向け、訊き返す。
「本当だ。きみには感謝している」
「それなら星よ。おまえの身体をわしの好きにさせい」
「…………」
飛雄馬は己をじっと見つめてくる伴の顔から目線をずらし、目の前で正座の格好を取っている彼の股間へと視線を移す。
馬鹿げた台詞よろしく、伴のスラックスの前ははちきれんばかりに張り詰めており、飛雄馬は目を瞬かせた。
「嫌なのか」
「嫌とか、そういう話じゃない。伴はおれとそういうことがしたくて呼ぶのか?おれは伴と楽しく食事ができるだけで十分、楽しいが」
飛雄馬が強い口調ながらも、やんわりとその誘いを断ると、伴は目の前で両掌をパンッ!と合わせ、後生じゃい!頼む!伴宙太一生のお願いじゃい!と頭を下げた。
「…………」
一生のお願いを伴は何回使うつもりなのか、そこまでしておれとそういうことをしたいのかと言った何とも言えない悶々とした思いが飛雄馬の頭の中をぐるぐると駈け巡る。
「星ぃ……」
今度は泣き落としか、と飛雄馬は弱々しい声色を使いつつ瞳をとろんと潤ませる伴の顔を見上げ、眉間に皺を刻む。
いい加減にしろ!と怒鳴りつけ、ここを去るのは容易い。
けれども、おれはどうにもこの男には頭が上がらんと言うか今まで散々世話になった恩があるのだ。
飛雄馬はしばらく、考え込んでいたが、はぁ……と大きな溜息を吐くと、あまり激しくしてくれるなよと釘を刺し、観念したように微笑む。
「ほ、星ぃ!!!!」
ぱぁあっ!と伴の顔が輝いて、ニンマリ笑みを浮かべたかと思うと、そのまま再び四つん這いの格好で飛雄馬の顔を覗き込んだ。
「…………」
「ん!」
唇を尖らせ、口付けをねだるような表情を見せた伴のその子供じみた行動に飛雄馬は吹き出し、彼の太い首に腕を回すと顔を少し、傾けてから唇を寄せる。
「…………」
伴の大きな体が驚いたかビク!と震えた。
その反応がやたらにおかしくて、ふふと声を上げるために開いた飛雄馬の唇の隙間から伴の舌がぬるりと滑り込む。
ゾクッ、とその熱い舌の感触に飛雄馬は身震いし、伴の首に回した腕に力を込めた。
どちらともなく、舌を絡ませたのちにそれを唇でゆるく吸い上げ、一旦、距離を取ってから再び互いの唇を啄む。
「長いぞ、伴」
「な、長いぞとはなんじゃい!星が仕掛けてきたんじゃろ!」
「そうだったか?」
くすくす、と互いにそんな冗談を交えつつ、伴は飛雄馬の背に腕を回すとそのまま畳の上にゆっくりと組み敷いた。
「…………」
畳の上に背中を預けてから飛雄馬が呼吸のために腹を上下させたところに、伴が再び口付けを与えてくる。
う、と思わず飛雄馬は声を上げ、スラックスの中から引き出したシャツの裾をたくし上げるようにしながら腹を撫でる伴の指の熱さに身をよじった。
「相変わらず薄い腹をしとるのう。ちゃんと食うとるのか」
「伴からしてみれば、っ……誰の腹だって薄いだろう……」
ツン、と伴の指先が尖った胸の突起にぶつかり、飛雄馬は鼻を抜けるような、高い声を口から漏らした。
「立っとるじゃないか。ふふふ、星も期待しとったのか」
尖り、しこり立つ突起を指で抓み、それを指の腹同士で捏ね回しながら伴が意地悪く尋ねる。
「ばか……」
突起からじわじわと広がる甘い痺れが頭を蕩けさせ、下腹部を火照らせる。
飛雄馬は声を上げぬよう、両手を口元に遣ると、閉じたまぶたを震わせた。
すると伴はもう一方の突起に吸い付き、舌の腹でそこを舐め上げながら、たった今まで反対側の乳首を弄っていた手を飛雄馬の下半身へと伸ばした。
「いっ……!伴っ、いたいっ、」
「痛い?嘘を言うんじゃないわい。ここもこっちもそうは言うとらん」
突起を強く吸い上げられ、僅かに感じた痛みさえ心地よく、伴の言うとおり飛雄馬の下半身、そのスラックスと下着の中は大きく膨らんでいる。
襖1枚隔てた向こう、店の廊下では従業員たちが忙しなく行き来する足音がここまで聞こえてくる。
伴はそれでも、手を止めることなく、飛雄馬のスラックスを留めるベルトを緩めながら彼の胸から腹、そして臍に口付けを落とし、所々に己の痕跡を残していった。
「う……っ、ん……」
飛雄馬の腰からスラックスと下着とを剥ぎ取り、露わになった腿にちゅっ、と吸い付き、左右に大きく広げさせた足、その内股に伴は唇を押し当てる。
「綺麗じゃのう、星は」
「また……そんな、ことっ……」
何もかもを剥ぎ取られ、素肌を晒した飛雄馬の下腹部、そこにある男根に手を添え、伴はゆっくりとそれを上下にしごいていく。
「あ……ぁ、っ」
そうして伴は、湿った吐息を漏らす飛雄馬の男根をそのまま口に含む。
突然、熱く濡れた何か得体のしれぬものが自分の一部を包み込んだもので、飛雄馬は驚き顔を上げる。
するとどうだ、己の股間に顔を埋める伴の姿が目に飛び込んできて、飛雄馬は伴!と親友の名を口にするや否や、彼の整髪料で固められた頭、その髪を掴んだ。
しかして伴は動じることなく、飛雄馬を男根を窄めた口で吸い上げ、上顎と舌とでそれを挟み込むようにしながら顔を上下させる。
「静かにせい、星ぃ」
「っ──……!」
伴の舌や唇、その柔らかな粘膜が男根を包み、締め付けたかと思うと突如として強く上から下までしごかれて、飛雄馬は彼の頭を掴む指に縋る外なかった。
じゅぷ、じゅぷと伴の口内に溜まった唾液が彼が口を動かすたびに鳴り、飛雄馬の耳を犯していく。
「ん、ん……っ、」
「我慢せんでいいぞ、星……」
「ばん……はなれろ、はなせ……はなして……」
飛雄馬の両足がもじもじと動き出し、絶頂がそろそろ近いであろうことを伴に知らせる。
ふと、伴が飛雄馬の顔に視線を遣れば、やや上体を起こし、苦痛とも恍惚とも取れる表情を浮かべた顔貌を真っ赤に染め、頬に涙の筋を幾重も描いている彼の姿が目に飛び込んできた。
「…………」
伴の全身が興奮にかあっと熱くなる。
「あ、っ……!!伴!」
ビクッ!と飛雄馬は伴の名を呼ぶと、背中を丸め、堪らず彼の口内に精を吐いた。
そのまま彼の頭にぎゅうっとしがみついて、どくどくと男根を脈動させる。
伴は飛雄馬の体が脱力するのを待ち、畳の上にゆるゆると倒れ込んだのを見計らってから口の中に溜まった精液を掌に吐き出す。
そうしてそれを手にしたまま、足を広げた格好で荒い呼吸を繰り返している飛雄馬の尻に己の腰を合わせるような体勢を取ると、彼の尻の中心になすりつけた。
「う……」
ぴくん、と飛雄馬は尻に何やら生温いものが塗布された感覚に声を上げ、閉じていた目を開ける。
「星、いくぞい」
言うなり、伴は飛雄馬の腹の中に彼の精液を纏わせた指を挿入した。
「…………!」
内壁を掻きつつ、遠慮がちに奥に突き進む伴の存在に飛雄馬は口元に遣った手で拳を握る。
少し行っては戻り、奥を掻いては浅い位置を探る指のもどかしさに飛雄馬は閉じたまぶたの目尻から涙を滴らせた。
「星……」
腕で隠れていない飛雄馬の額に口付け、伴は2本目の指を彼の体内に滑らせる。
「ふ、………っ、」
先に入れられた人差し指より、やや長い中指がようやく飛雄馬のとある器官を探り当てた。
「…………」
伴もそれを察したか添えた2本の指でそこをトントンと叩き上げ、その上を指の腹で優しくさする。
「あ……!」
思わず飛雄馬の口から手が離れ、声が上がった。
伴はその隙を見逃すことなく、飛雄馬の唇に己のそれを押し付けると指を抜き、口付けを与えたまま穿いているスラックスのファスナーを下ろす。
「ふ、ぁ……っ……ん」
伴の舌を受け入れ、飛雄馬は己の尻に押し当てられた熱さに身震いした。
伴は手探りで飛雄馬の尻の位置を確かめると、取り出した男根をそこに押し当て、彼の両足をそれぞれ左右の抱え込むようにしながら腰を突き進めていく。
「〜〜〜っ!」
ゆっくり、腹の中を押し広げながら奥を目指す伴の熱に飛雄馬は背中を反らし、口を塞ぐ。
「あっ、ついのう……星の中は」
根元まで伴は己を飲み込ませると、彼の体が落ち着くのを待ってから腰をゆっくり、叩き始める。
とは言え、伴の今や100キロ近くある体重がその腰に乗せられたら、いくらゆっくり動かされたところでその一打は重く、飛雄馬の奥を抉る。
「ばっ……、ばんっ、とめろ……腰っ、」
「ええい、うるさいのう。星は」
あまりの刺激の強さに声を上げ、待ったをかけた飛雄馬の声にぴたり、と伴は腰を止めると、何を思ったか自分の掌に唾を吐きかけるが早いかその手で組み敷く彼の、腹の中を擦られたお陰でやや勃起しかけている男根を握った。
「…………!」
「まだしゃべる余裕があるようじゃのう」
唾液を潤滑剤の代わりとしながら伴は飛雄馬の男根を上下に擦る。
「ぁ、あぁっ!!」
ぬる、ぬると裏筋を親指の腹で撫でられ、飛雄馬は腹の中にいる伴を締め付ける。
その快楽の強さから逃れようと身をよじるのが却って伴を締め上げるか、彼もまた顔をしかめ、小さく呻いた。
「あまり締めるな星よ……中に出てしまうぞい」
「ば、っ……それ、だけは」
「わかっとるわかっとる。中には出さん……っ、っ」
「やめ、っ………ん、んむ」
「星、お前たまには自分のことを解放してみたらどうじゃあ。ふふふ、くそ真面目で優等生な星もいいがたまには乱れてみい」
言うと伴は空いた手で己の襟元に巻かれたネクタイを緩め、それを解くと飛雄馬の口から腕を外させ、あろうことかその中にネクタイを詰め込んだ。
「…………!」
「これで声は外に漏れん。いくぞ、星」
にやり、と伴は笑って、次の瞬間、どすっ!と腰を使い飛雄馬の腹の中を突き上げた。
「─────!」
伴の反り返った男根がこすりあげる位置から走った快楽のそれが飛雄馬の背筋を駆け上がり、脳天を貫く。
ここがたくさんの人が行き交う料亭の一室であることや、口に入れたネクタイを外さぬよう伴が両手をひと纏めにするように掴んできたことなどそういった現実感が今の一打で簡単に吹き飛んだ。
腹の奥を叩きつけるその感覚だけが心地よく脳を揺らす。
飛雄馬は涙に濡れた虚ろな目を晒しながら伴を締め付け、股関節にかかる彼の重みから逃れるため、腰の位置を変える。
しかして伴はそれを許さず、飛雄馬が逃げた分だけ追いかけ、ぐりぐりと中を掻き乱す。
ぎしぎしと部屋が揺れ、座卓の上から箸が畳へと転がり落ちた。
伴は飛雄馬の握った両手の手首を、彼の頭上、畳の上に押し付け、おもむろに彼の胸に顔を寄せる。
そうしてその突起を吸い上げ、尖らせた舌先でそれを舐め上げ、押しつぶす。
「く、ぅ…………っ!」
続いて、呻き声を上げた飛雄馬の首筋に顔を寄せ、伴は薄い皮膚に跡を刻み込む。
「星……」
どすん、と腰を押し付けてから伴は腰を回すと飛雄馬の腹の中を掻き回す。
「っ………っ!」
ぼんやりとした意識を現実に引き戻すのは伴の鋭い一打で、飛雄馬は彼に貫かれ、中を抉られるたびにがくがくと体を揺らした。
いつの間にか自由になっていた手で伴の腕に縋って、飛雄馬は彼の腰に足を回す。
「…………」
伴は飛雄馬の口から唾液でぐっしょりと濡れたネクタイを抜いてやってから、ふと、その唇に口付けを落とすと、すんでのところで男根を抜き、彼の腹の上に白濁をぶちまけるに至った。
「う、っ……」
「あ、危ないところじゃった……!」
伴はふう、と額に浮いた汗を拭ってから、ハッと今頃になって酔いが覚めたか己が仕出かした事の重大さを認識する。
親友は全裸に近い格好で自分に組み敷かれているし、それも顔を覆っている腕、その両手にはハッキリと赤い跡が残っていた。
わしは、ジャイアンツの、エースを捕まえて、なんたる、ことを……!
「すまん!星ぃ!!わしができることなら何でもする!じゃから、その、嫌いにならんでくれえ!」
「……………」
飛雄馬は体を起こすと、妙なところに体重をかけられたせいか震える足をさすりつつ、先程と同じように正座の格好で下げた頭の前で両掌を合わせている伴を瞳に映す。
「う、う……」
「しばらく、酒は控えろ、伴」
「そのつもりじゃい……いかん酒じゃあ。まさかこんな、星にこんな、わし……」
「……終わったことを責めてもしょうがない。もうお前も懲りただろう。気にするな」
赤くなってしまった手首を撫で、飛雄馬はぶるぶると震えている伴にそんな慰めの言葉をかけてやった。
「星っ、お前ってやつは……!」
ぱぁあっ!と再び伴は顔を輝かせ、飛雄馬を見つめる。
敵わんな、伴には。
飛雄馬は苦笑し、おれもいくら親友の頼みとは言えども、断る術を身に着けねばならんな、と畳の上に放られていた下着を手繰るとそれに足を通しつつ、大粒の涙を流しながらよかったあ〜!と身支度もせぬままに歓喜の声を上げている親友を横目に、ふふ、と思わず笑みを溢したのだった。