おむすび
おむすび とうちゃん!と聞き慣れた声に一徹は額に浮いた汗を拭ってから、飛雄馬か、と背後を振り返った。
ちょうど昼飯時であり、弁当持参の労働者たちも日陰に陣取って包みを開いている最中の者や、既に半分ほど平らげている者もちらほら見受けられる。
今日は一徹が住んでいる長屋よりほど近い場所にて仕事をするというので、一家の大黒柱である父には温かい食事を摂って欲しいとの明子の願いゆえに飛雄馬の手によって弁当が届けられたという次第であった。 はい、これ、と飛雄馬は一徹に竹皮で丁寧にくるまれたおにぎりを手渡す。
「ご苦労。飛雄馬はもう昼は食べたのか」
「まだだよ。とうちゃんに届けるのが先だからね」
そう言ってニッコリ笑んだ飛雄馬の腹の虫がぐうと鳴ったもので、一徹はわしのを半分やろう、と彼を木陰に招きつつ言った。
「でもとうちゃん、今から夕方まで頑張らなきゃいけないのにそんなことしたら腹が減るよ」
「なーに、心配するな。満腹より腹八分くらいにしておいた方が捗るわい。子供がそんなことを心配するものではない」
言いつつ、地面に腰を下ろし包みを開いた一徹はその中からあまりに不格好な形をしたおにぎりが現れたもので、一瞬目を見張ったが、すぐに口元に笑みを湛えて、「お前が作ったのか」と飛雄馬に訊いた。
「う、うん。ねえちゃんに握り方聞いて頑張って作ってみたんだけど、やっぱりねえちゃんみたいにはうまくいかないや」
「初めてでこれだけ出来れば上出来だろう」
おにぎりをひとつ手に取り、一徹はそのまま口に運ぶ。思いきり力を込め握りしめたようで、少々固いなとも感じたが、こちらを心配そうに見上げている飛雄馬を前にそんなことを言えるはずもなく、はたまたそれを口にするほど野暮天でもないゆえに、うまいぞ、とだけ飛雄馬に告げた。
「ほ、ほんとう?」
きらきらと目を輝かせて尋ねる飛雄馬に深く頷き、二口目を口にする。塩気がだいぶ効いているが、これは疲れた体には大変美味であり、汗で流れた塩分の補給的な意味合いでも非常にありがたかった。
「とうちゃんの顔を思い浮かべながら握ったんだぜ。おれたちのために頑張って働いてくれてるとうちゃんにあったかいご飯を食べてほしくてさ」
「………」
飛雄馬のまだまだ小さな手で握られたおにぎりは普段明子がこしらえるものよりも一周りほど小さかったが、それでも十分一徹の胸を打つ。
一つ目を食べ終え、二つ目を口にする頃にはどうにも涙がこぼれてしまいそうで、一徹は首に巻いていた手拭いで顔の汗を拭くふりをして瞳に浮いた涙を拭った。
「喜んでもらえて嬉しいや。へへ、じゃあ、とうちゃん。おれ、さっきの話はだけど、やっぱり昼ご飯食べにうちに帰るぜ」
「……ああ、明子によろしくな」
「とうちゃんもあと半日、頑張ってね」
飛雄馬はそうとだけ言うと、またここを訪ねてきたときのように駆け出して行ってしまう。
他の労働者たちが食事を終え、一服したりと思い思いに休憩時間を過ごす中、一徹はゆっくりと飛雄馬の握ってくれたやたらと塩の効いたおにぎりを噛み締めながら、小さく肩を震わせるのだった。