いてて、と寮の部屋にてユニフォームを脱ぎながら思わず声を上げる伴の体にできた無数の痣を目の当たりにして、飛雄馬はハッと息を飲むが、すぐに目を逸らすとゆっくりと息を吐く。
その視線に気付いたか伴は気にすることはないわい!と満面の笑みを作ってみせた。
新しい変化球を作る、と決意に燃えた飛雄馬に無条件協力をする、と言ったものの伴自身、何がなんだかわけが分からないまま日に日に体の痣は増えるばかりである。
果たして、自分の友人は変人のまま終わるか、それとも。
考えたくはないが、目隠しをさせられバットを握らされたり、ボクシングジムや警察署の剣道場、はたまたその射撃練習場に共に出向かされたりと、もしや星はやけっぱちを起こしているのではないか?次なる就職先でも探しとるんじゃなかろうな、とそんな思いが伴の頭をよぎることさえあった。
「伴よ、きみには、感謝してもしきれん」
「……星。そんな暗い顔をせんでもええ。それに見た目ほど痛くはないわい」
「…………」
飛雄馬は目を伏せ、黙った。
慌てて伴は私服へと着替え、星、と再び名を呼ぶ。ユニフォームを着替えることもなく飛雄馬は自分のベッドに腰掛けたままで、伴はそんな彼を見かね隣に腰を下ろした。
「どうしたんじゃい、星らしくもない。おれのことなら動く的くらいに思ってくれたらええ。星には星なりの考えがあってのことじゃろう」
「しかし、おれはきみに何も返してあげられん。一方的にお願いするばかりで」
そこまで言いかけた飛雄馬の言葉に伴はぷっと吹き出すと、可笑しくて堪らないと言うように声を上げ笑い始める。
まさかの伴の反応に飛雄馬はきょとんと大きな瞳を更に大きく見開いて彼を見つめた。
「ほし、星よ。なんじゃきさま、ふふ、そんなことを、気にしとったんか?何も返してあげられん?そんな、ふふふ」
「な、何がおかしい?笑うようなことか?おれは、真剣に」
呆然となっていた飛雄馬であったが、我に返ると伏せていた顔を上げ、声に怒りの感情を滲ませた。
「星、おれは星と一緒にいられるだけで嬉しいし、こうして頼ってもらえるのが何より幸せじゃい」
と、それを待ち構えていたかのごとく伴は飛雄馬の肩にそれぞれ手を添え、まっすぐ彼の顔を見据えつつ、そんな台詞を口にする。その双眸には何の淀みも迷いもなく、ただ飛雄馬をじっとその瞳に捉えているのみであった。
「…………ありがとう」
震える声で、やっとそうとだけ言葉を紡いで飛雄馬は伴の瞳に映る自分が今にも泣き出しそうな顔をしていることに気が付いて、目を閉じる。
「………星」
熱を孕む吐息が唇に掛かって、飛雄馬はそれに戸惑い小さく震えたものの伴の口付けを受け入れた。微かに飛雄馬と唇を触れ合わせてから、伴はその小柄な体をぎゅうと二本の腕で胸に抱き留める。
一瞬、飛雄馬も身を強張らせたがすぐに緊張を解いてそのまま伴に体を預けた。
「星は大リーグボールとやらの開発のことだけを考えていたらいい。おれの体のことやおれに何もしてやれんとか、そういうことは何ひとつ今のお前が考えることではないぞい」
「伴は、ふふ、いいやつだな」
「やっぱり星は笑っとる顔の方が似合うわい」
体を離し、伴もまた、微笑む。
「ふ、ふふっ」
笑みの形を作った飛雄馬の瞳から溢れた涙が頬を滑り落ちる。
「涙はのう、無事大リーグボールが完成したときに流すために取っておくとええ」
「伴、きみと友人になることができて本当によかった。ありがとう」
「その言葉だけで、十分じゃい」
飛雄馬の頬を濡らす熱い涙を指でそっと拭う伴の瞳からも涙が滑って、二人、顔を見合わせぷっと吹き出してから、どちらともなく唇を重ね合わせる。
きっと星なら、おれの不安など打ち消してくれる、と、そんな確信めいたものを抱きつつ、伴は自分に強くしがみついてくる小さな体に秘められた熱をただただ、きつく抱き締めた。
飛雄馬もまた暖かな腕に包まれつつ、この親友に報いるためにも必ず完成させてみせる、とそう強く思った。