思惑
思惑 今日は試合もなく、親友の伴も家の用事とかで不在のため飛雄馬はひとり、自宅マンションで野球雑誌などをめくっていた。
同居している姉の明子もまた、今日はアルバイトがあるとかでつい1時間ほど前に家を出ている。
そろそろ夕食にしようか、どうしようかと考えあぐねていたところに玄関のチャイムが鳴り、飛雄馬は返事をしつつそちらに駆けた。
「今日は1日親父さんの手伝いだとか言ってなかったか──」
言いつつ、扉を開くとそこに立っていたのは親友の伴ではなく、不倶戴天の敵である阪神の花形であり、さあっと飛雄馬の背筋には冷たいものが走った。
そんな飛雄馬の心中など露知らず、花形はニッと笑みを浮かべて口を開くや否や、明子さんは?と尋ねる。
「あ、っ、ねえちゃんに、用事ですか。驚いた。てっきりおれに用があるのかと」
「……そう思って来たのだが、あいにく、振られてしまったようだね」
え?と花形の発言に飛雄馬は眉をひそめ、どういう意味か、と彼の視線の先を辿るとどうやら玄関先に並ぶ靴が一足だけなのが目に入ったらしく、そんな皮肉を口にしたようだった。
「ねえちゃんと、約束、していたんですか?」
「突然訪ねて驚かせようと思ったぼくの考えが甘かったようだ。なに、チケットは無駄になるが、運がなかったと思うまでさ。きみも今日はオフだろう。いきなり訪ねて悪かった」
「………………」
「明子さんによろしく」
花形がフフッと笑みを湛え、その場を立ち去ろうとしたのを飛雄馬が呼び止める。
「何の、チケットですか」
「…………」
「無駄にするくらいならおれでよければ付き合います」
真っ直ぐ花形の瞳を見据え、飛雄馬は自分の胸に立てた親指を向けつつそんな言葉を吐いた。
「支度をしたまえ。下で待っている」
そうとだけ言って、花形は先にひとりエレベーターで1階へと下り、飛雄馬も上着を引っ掛けると鍵を締め地上へと下り立った。
すでに花形は運転席に座ってエンジンをかけており、飛雄馬はお待たせしましたと後部座席に乗ろうとドアノブに手をかける。
「隣に乗るといい。後ろだと話すのに風のせいで声が聞こえないこともあるからね」
それもそうか、と飛雄馬は助手席のドアを開け花形の隣に座ると、シートベルトを付けた。
それを確認してか、花形は軽やかに車を発進させる。
頬を撫でる夜風が心地よく、飛雄馬は思わず微笑みを浮かべた。
「え?」
ぼそっと花形が何事か呟いた気がして、飛雄馬は隣で巧みに車を走らせる花形の横顔を見つめる。
「きみがそんな顔をするのは初めて見た。いや、ぼくの前では、と言うべきか」
「………いつも、花形さんの前でおれはどんな顔をしていますか」
正面から来る風に目を細め、飛雄馬は問う。
「炎だ」
「炎?」
「そう。きみの目はいつも燃える火を宿している。ぼくを焼き焦がさんばかりに熱く、少しの淀みもなく、ただ美しく燃えている」
「ふ……ふふ。変なことを言いますね。女の子への口説き文句ですかそれは」
思わず吹き出し、飛雄馬は肩を震わせる。
「そう、取ってくれても構わんが、ぼくに口説かれる気が星くんにはあるのかね」
ちら、と花形は視線を飛雄馬へと向け、ニコッと微笑む。
「………おれも花形さんのそんな顔初めて見ましたよ」
「フッ、ハハ。冗談だ。さて、話は変わるがさっきのチケットと言うのがとあるクラシックコンサートのものでね。なに、そう仰々しいものではない。元はと言えば父から譲り受けたものだ」
「こんな格好で、いいんですか」
「仰々しいものではないと言っただろう。ぼくだって普段着だ。気にしないでいい」
赤信号で花形は車を停止させた。
「ねえちゃん、きっと喜んだと思います。花形さんとコンサートなんて」
「済んだことさ。気にしないでくれたまえ」
慰めるように囁いて、花形は青信号にて車を走らせ都内にあるコンサートホールの駐車場に車を停めると、チケットで飛雄馬と共に会場に入った。
そうして、演奏終了後にはこういったものにはてんで疎い飛雄馬でさえ外国人のみで結成されたオーケストラの演奏には感動し、他の観客と共に盛大な拍手を送ることとなった。
きらきらと目を輝かせ、あの楽器は何だとか2番目に演奏された曲名は何だと尋ねる飛雄馬に花形は丁寧に答えてやり、嬉しそうに目を細める。
「お気に召したようで何よりだよ星くん。ところでこの後、時間はあるかね」
「時間?」
言われ、飛雄馬は手首にはめた腕時計に視線を遣り、少しならと花形の顔を仰ぐ。
もう会場には花形と飛雄馬の他には誰もおらず、花形は出ようかと急かした。
再び、花形の運転する車に乗り込んで、飛雄馬は今度はどこに?と尋ねる。
「食事でもどうかね。話し足りないだろう、きみも」
「食事………それは、願ってもないことですが、人の目が」
「ぼくも馬鹿ではないさ。他の客が来るところになど行きはしない」
「……………」
飛雄馬の返事を待つことなく車を走らせ、花形は都内ではなく実家のある神奈川寄りの住宅街から離れた場所に建てられた料亭に彼は車を停めた。
「ここも、ねえちゃんと来る予定だったんですか?」
車を降りつつ飛雄馬は訊く。
「明子さんのことを言うのはよしたまえ。ぼくはきみだからここに連れてきた」
店の入り口の戸を開けつつ、花形は眉間に皺を寄せ飛雄馬を振り返った。
出迎えた女性従業員に何やら話をつけ、花形は行こう、と飛雄馬を誘う。
慌てて飛雄馬は靴を脱ぐと、花形の後を追い、案内された個室へと入った。
「何か好きなものを食べるといい」
座布団の上に腰を下ろし、花形は飛雄馬にも座るように言って、お品書きを手渡す。
「いつも、こういうところに来るんですか」
「誰かとここに来たのはきみが初めてだよ」
「……………」
花形の顔を一瞥してお品書きを開いた飛雄馬は料理の値段に目を丸くし、こっそり花形に分からぬよう桁を数えた。ひとつゼロが多いのではないかと思ったが間違いではないらしい。
「何か、気になるものでもあったかね」
「いえ、それで、さっきの話の続きなんだが」
「ああ。続けたまえ」
話題を逸らすように飛雄馬は先程のコンサートの話を振る。
花形が言うにはさっき観覧したコンサートはなかなかチケットの手に入りにくい楽団のものであること、はたまた座った席とて通常なら何万もする最上級のものであったこと。
それを彼はさらっと言ってのけ、飛雄馬はついさっきお品書きを見たときのように目を瞬かせる。
「星くんが気にすることではない。と、言ってもきみなら気にするだろうね」
花形は座卓に肘をついたまま俯きつつ、くっくっと喉を鳴らす。
「何が、目的ですか」
「目的?どういう意味かね」
「なぜおれをこんな席に連れてきて、尚且つそんな話をするんですか」
「なぜ、とは、ふふ、随分なことを言ってくれるね。人が来ない場所だからここに来たまでで、チケットだって父から譲り受けたものだとさっき言ったろう。別にきみが気にすることではない」
「ねえちゃんが目的なら最初からそういえばいい。回りくどいことをして、花形さんらしくない。食事の誘いでも取り次いでくれとでも言うつもりだろう」
花形は俯けていた顔を上げ、じっと飛雄馬の瞳を見つめる。その眼光の鋭さに飛雄馬は思わずたじろいだが、負けじと彼もまた目の前の男を睨んだ。
「きみは、この花形がそんな卑怯な手を使うと思うのか」
「っ、そう、でもなければ、あなたは」
「そうか。そう思っていたか、フフ…………」
花形は目を伏せ、ニヤリと片方の口角を上げると立ち上がり、飛雄馬のそばへと歩み寄る。
「…………!」
目の前に突如として立ちはだかった花形の顔を見上げて、飛雄馬は唇を引き結んだ。
「そう考えていたのならそう、最後まで思っていたまえ。その方がいい」
「最後まで、とは……」
訊いた飛雄馬の前へと屈んで、花形は彼の顎に手をかけるとついと顔を上向かせる。
驚いたように飛雄馬の唇が薄く開いて、花形は顔を傾けてからそっとそこを啄む。
ぎくっと強張った飛雄馬の唇の隙間を這うように花形は舌を彼の口内へと滑り込ませ、上顎を舌先でくすぐる。
そうすると飛雄馬は口付けから逃れるように後ろに倒れ込んで、花形はそのまま彼の上へと跨った。倒れた勢いで頭を畳にぶつけ、飛雄馬は小さく呻く。
花形はそれに対し謝るでもなく、ただ組み敷く飛雄馬を見下ろしながらフフッと笑んでみせた。
「なんの、冗談、っ、ですか」
「冗談。まさか、ぼくは本気だよ」
跨る場所の僅かに後ろに位置する飛雄馬のベルトを後ろ手で緩めつつ、花形はそんな台詞を口にする。
「花形、さ、っ………」
「誰にも見られたくはあるまい」
「それはっ、あなたも同じことっ……」
飛雄馬の穿くスラックスのボタンを外し、花形はファスナーを下ろすと、下着の上から彼の下腹部を撫でさすった。
ビクッと飛雄馬は体を弓なりに反らし、声を漏らさぬよう口元に手を遣る。
「っ、は…………」
花形の指の感触が下着の布越しに伝わって、徐々に飛雄馬の臍下は首をもたげ始め、その鈴口に当たる箇所はじんわりと先走りが滲み始めた。
数回、花形が掌全体で飛雄馬の男根を下着の上からの撫でると完全に彼の臍の下は上向いた。
「フフッ、こんな状況でも立つものだな。いや、こんな状況だからか?」
「見るな、見ないで………花形、ァっ」
いやいやと首を振る飛雄馬の願いなど聞き入れることなく、花形は彼の下着を腹の方から捲り、中から男性器を取り出す。
完全に膨れた逸物がそこから顔を出し、飛雄馬が呼吸をするたびにそれは戦慄いて鈴口から先走りを垂らした。しかして花形はそこに触れようとはせず、飛雄馬の上から下りると彼の真横の畳に膝をつき、一気に下着とスラックスを抜き取った。
「花形っ!」
叫び、飛雄馬は両手で股間を隠すようにして花形を睨む。花形は一切動じることなく、飛雄馬の片方の足を跨ぐようにしながら上体を屈め、彼のまぶたへと口付けた。
「星くん、緊張しないでいい……力を抜いて」
囁くように言い聞かせつつ、花形は飛雄馬の鼻先から頬を啄み、遂には唇へと唇を押し当てる。体の上に覆いかぶさる体を押し返そうと藻掻く左右の手首を両手で掴んで、畳に押しつけながら花形は飛雄馬の顔の輪郭線へと口付け、その首筋に吸い付く。
「っ、く………ぅ、う」
肌が粟立ち、花形が触れた箇所が熱を持つのが飛雄馬にも分かる。
花形は顔を上げ、再び飛雄馬の唇に口付けてから頑なに唇を閉じたままの彼に、口を開けてと囁く。
飛雄馬は顔を左右に振って、拒絶の意思を示し、涙に濡れた瞳で花形を睨む。
「……………」
花形は右手は飛雄馬の左手首を掴んだまま、左手で組み敷く彼の着ているシャツを捲った。
白い腹が裾から覗いて、そこから胸、鎖骨までが明かりの下に照らされる。
「な、に、っ………ふ、」
かあっと頬を染め、声を上げた飛雄馬の唇に噛み付くような口付けを与えて、花形は舌を滑り込ませると彼の口内を丹念に嬲った。
抵抗を見せていた飛雄馬の腕の力も次第に弱まって来て、彼の体温が上がったのが花形にも感じとれる。
「あ、………ぅ、っ」
気持ちよさそうに目を閉じ、花形の与える愛撫に声を上げながら飛雄馬は背中を反らす。
白い首筋から胸、腹へと唇を押し付け、花形は舌を這わせていく。
それから、はちきれんばかりに勃起している男根の数センチ下、飛雄馬の膝を立たせてやってからその体の中心へと花形は唾液を纏わせた指を飲み込ませ、そこを入念に慣らす。
一度指を抜き、スラックスの尻ポケットから何やら容器を取り出し、花形はその中身を掬うと指で柔らかく溶かしてから再び飛雄馬の足の間へと指を挿入する。
「はぁ、っ………ァ………ん、ん」
花形が奥まで指を差し入れ、抜き差しすることを繰り返すと飛雄馬は甘い鼻がかった声を上げる。
「…………」
じゅうぶんに解れたそこから花形は指を抜くと、先程飛雄馬にしてやったように自分のベルトを緩めスラックスのボタンを外すとファスナーを下ろした。
下着の中からいきり立った男根を花形は取り出し、飛雄馬の尻へと充てがうと腰を押し付け、彼の中へ己を突き立てる。
「う、ぁ………あ、あ」
ゆっくり、ゆっくりと花形は飛雄馬の体内を押し進み、根元までを彼の中に埋めると、粘膜が己が形に順応するのを待った。
それから、腰を打ち付けるかと思えばそうではなく、花形はずるっ、と逸物を飛雄馬から抜くと、えっ!?と顔を上げた彼に対し、おいで、と手招いた。
「ほら、星くんが好きなようにしてくれて構わんよ」
畳に尻をついて、花形は両足を投げ出したまま飛雄馬を呼ぶ。
「っ、どうして、そんなこと………」
「……………」
飛雄馬は体を起こし、花形の元ににじり寄ると彼と向かい合うようにしてその体の上に膝立ちの格好で跨る。
「腰を下ろせばすぐだよ星くん。堪らんのだろう」
目の前にある飛雄馬の先走りをとろとろと零す男根を指で弾いて、花形はくっくっと喉を鳴らす。
「っ、ひ………ぅ」
ぶるっと飛雄馬は体を跳ねさせ、唇を引き結んでからゆっくりと腰を下ろしていく。
亀頭が窄まりを押し広げて、中の粘膜を擦っていき、その度にきゅうっと飛雄馬の後孔は花形を締め付け、彼の眉間に皺を刻ませた。
全てを腹の中に埋めて、飛雄馬は体を戦慄かせると花形の手に導かれるままに彼の肩から首へと腕を回す。
無意識の内に腰がゆるゆると動いて、腹の中の花形をも刺激していることに飛雄馬は気付かず、快楽の吐息を漏らした。
「気持ちいいかい?」
下から見上げるようにしながら花形が訊く。
飛雄馬はハッとそこで我に返り、しまったとばかりに体を離そうとしたが、花形が突き上げるように腰を動かして、鼻がかった声を漏らした。
「逃げることはない。心ゆくまで楽しみたまえ」
飛雄馬の背中に腕を回し、花形は彼の体を抱きすくめるようにしながら腰を回す。
「あ、っ、う………っ、ん」
花形の動きに合わせるように飛雄馬は腰を揺らし、勃起した男根をゆらゆらと震わせる。
「…………」
花形は目を閉じ、恍惚の表情を浮かべつつ喘ぐ飛雄馬を見つめていたが、ふいに彼の男根を握るとそれを擦りたて始めた。
「いやっ、いやらっ、そこは………」
「嫌?嫌なもんかね。触ってほしかったんだろう」
先走りを手に纏わせ、花形は飛雄馬の亀頭をぬるぬると積極的に責めあげる。
「はなっ、はながたさ………っく、」
花形が手を滑らせるたびに飛雄馬は腰を震わせ、彼をきつく締め上げながら甘い声を上げた。くちゅくちゅと先走りが滴る男根が花形のが滑るたびに鳴り、飛雄馬はいく、いくとうわ言のように呟く。
「構わず出したまえ、ほら」
「っ、あ…………!!」
ビクッと飛雄馬は震え、花形の掌の中で吐精する。絶頂の余韻に肩を震わせる飛雄馬の額に口付けてやってから、花形は彼の体を真横に倒す。と、弾みで抜けたまだ屹立したままの男根で再び飛雄馬を貫く。
飛雄馬の片足を肩に担ぎ上げ、普通よりも深く己を埋める形を取るや否や、花形は腰を叩き付ける。
「いっ………!!あ、あっ!花形ぁっ」
飛雄馬の中を深く抉って、花形は腰を押し付け、中を掻き乱す。
真っ赤になった飛雄馬の頬を涙が幾重にも伝って、畳へと落ちる。
壊れる、頭が変になると喘ぐ飛雄馬にニヤリと微笑み返しながら花形は腰を叩く。
射精したばかりの飛雄馬の男根が揺れ、その先からは精液の糸が垂れている。
「そ、れ、ぇ……ン………ぁ、っ」
花形の男根が掻く位置に飛雄馬は顔を蕩けさせ、虚ろに開いた口から唾液を滴らせた。
花形の額には汗が滲み、飛雄馬の肌は赤く染まり汗に濡れている。
「中に出すよ、いいね」
「だめ、だめだ、はな、っ………」
宣言通りに花形は飛雄馬の中に精を吐き、飛雄馬は目元に腕を遣り、ひくひくと体を痙攣させる。
「……………」
花形はぬるっと飛雄馬から射精し終えた男根を取り出して、辺りを見回してからティッシュを見つけるとそれを拭い、下着とスラックスの中に仕舞った。
畳に寝転び、息を整えている飛雄馬の濡れた唇に花形は優しく口付け、そっと口を離す。
「ぼくが全部仕組んだことさ、星くん。ふふ、聞いてはいないだろうけど」
汗に濡れた髪を指で梳いてやって、花形は疲れ、寝入った飛雄馬に対しそんな種明かしをしてみせた。
起きたら果たして星くんはなんと言うだろうか。ぼくを軽蔑するだろうか。それともなんにも覚えていないだろうか。
フフッ、と花形は笑みを湛え、飛雄馬の頬に光る涙を指で拭った。