大晦日の晩
大晦日の晩 「伴、伴、おい、起きろ」
畳に大の字になり、眠ってしまったビル・サンダーの大いびきを聞きながら、飛雄馬は座卓に突っ伏し、これまたいびきをかいている伴の肩を掴み、揺り起こす。伴、と再三に渡り、名を呼ぶが、返ってくるのはいびきばかりで反応はない。
風邪をひくぞ、と続けたが、返事がないために、ひとまず、サンダーにのみ、布団をかけてやろうと客間から廊下へと出た。
大晦日の除夜の鐘を聞くまではまだふたりとも意識があった。しかし、それから一時間もせぬうちにまずサンダーが酔い潰れ、そちらに気を取られていた飛雄馬の横で伴が座卓へと突っ伏した。
まったく、正月気分でうらやましいことだ、と飛雄馬が胸中で悪態など吐きつつ、サンダーの居室に向かう途中で、家政婦の老女とばったり鉢合わせる。
「あら、星さん。まだ起きていらしたんですか」
「おばさん、明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いします」
「あらあら、嫌ですよ、星さん。改まって。こちらこそ今年もよろしくお願いします。星さんさえよければいつまでもうちにいてくださいな。それで、坊っちゃんとサンダーさんは?」
顔を合わせた老女に深々と頭を下げ、新年の挨拶を交わしてから、飛雄馬は実は……と事の顛末を語って聞かせる。それは大変。何か手伝いましょうかと言う彼女の申し出を断り、おばさんは早く休んでくださいとだけ告げてから、廊下の先にあるサンダーの部屋へと入った。
部屋の隅に避けられた荷物類を踏まぬよう注意を払いながら、奥にある押し入れの襖を開け、適当に押し込まれていた布団一式を引き出すと、畳んだ掛布団を抱え、再び廊下へと出る。
それから、客間へと向かって、部屋を出たときと同じ格好のままのサンダーの体の上へと布団をそっと掛けてやった。
ふう、と溜息をひとつ吐いて、飛雄馬は再度、伴を起こしにかかる。
「伴、起きろ。こんなところで寝るんじゃない、伴」
座卓に突っ伏した伴の大きな体を揺すり、何度も名前を呼ぶ。その間にも時間は刻一刻と過ぎていき、このままでは明日、自分が起きれんな、と起こすのを諦め、寝てしまおうと考えたところで、むくりと伴が顔を上げた。
「なんじゃあ、星、どうした。もう朝かあ」
伴の半開きのとろんとした瞳が飛雄馬を見つめ、間の抜けた台詞を口にする。真っ赤な顔を見るにつけ、アルコールを大量に摂取しているのがわかる。
「伴、寝るのなら自分の部屋に行け。こんなところで眠ると体も固まって明日、身動きが取れんぞ。それに風邪もひいてしまう」
「ミスター・サンダーは?」
「サンダーさんも酔い潰れて眠ってしまっている。お前は部屋に戻れ」
「むにゃ……星はどこで寝るんじゃあ」
欠伸を繰り返しながらふにゃふにゃと、半ば寝惚けたような口調で伴は飛雄馬に問い掛けた。
「おれは自分の部屋で寝るさ。明日も早起きし、町内をランニングしたいからな」
「明日?明日は元日じゃろ……正月くらいゆっくりしたってバチは当たらんぞい……」
「長島さんや巨人軍の先輩方は今だってキャンプで体を鍛えている。おれも正月だからと言って休むわけにはいかないさ」
「そりゃあ、そう、じゃが……」
「ほら、肩を貸すから部屋に戻ろう」
「星が一緒に寝てくれると言うまでわしはここを動かん」
「ばか、冗談はよしてくれ。ただでさえ夜遅いのに」
「冗談じゃないわい。五年ぶりに星に会えたっちゅうのに」
「今までも何度か一緒に寝てやったじゃないか。また今度にしてくれ」
「嫌じゃ。一緒に寝ると言うまで部屋には戻らん」
始まった、と飛雄馬は紋付羽織袴姿でその場にどっしりとあぐらをかいた伴から顔を背け、眉間に皺を寄せる。酔っているから尚更たちが悪い。
付き合いきれない。放っておいて自分だけ部屋に戻ろう。口には出さずともそう決断し、飛雄馬は畳から腰を上げる。すると、その腕を伴に強く握られ、ハッ、と歩みを止めた。
互いに言葉はなく、サンダーのいびきのみが部屋に響く。
「ばっ、伴!離せ!離すんだ、今何時だと思っている」
「いいや死んでも離さんぞい」
「くっ……!」
掴まれた手を振り解くべく腕に力を込めるが、伴の腕力には勝てず、それには至らない。
そのまましばらく攻防が続いたが、終いには伴の馬鹿力に押され、飛雄馬は彼の腕の中へと抱き寄せられた。
「冷たいのう、星の体は。風邪をひくぞい」
「それは伴が酒を飲んだせいだろう」
「うんにゃ、それを差し引いても冷たい。上着をもう一枚羽織った方がええ」
「わかった、そうしよう。だから、離してくれ」
次第に強くなる腕の力に胸が締め付けられるのを感じながら、飛雄馬は伴の首筋に顔を埋める形を取りうつも話題を逸らすよう努める。
「……星」
ふいに顔を寄せてきた伴の熱い吐息が耳に掛かって、飛雄馬は身を強張らせた。かと思うと、続けざまに大きな手が頭を撫でた。飛雄馬の心臓の鼓動が妙に速くなる。冷えた体を抱かれたせいだろうか、それとも、熱を帯びた吐息が耳に触れたせいか。
「よ、よせ。伴、サンダーさんもいるのに、っ……」
髪を掴まれ、体を強引に引き剥がされたのち、上向かされた顔、その口元に伴の唇が力強く押し付けられる。
「っ……ちゅ、……ふ、」
音を立て、唇に吸い付く伴にされるがままに口を開け、飛雄馬はそろりと口内に差し込まれた舌を受け入れた。そうして、伴の体の下に組み敷かれる形で畳の上へと倒れ込むと、彼の体を挟み込むような形で開かれた両足の中心に押し当てられた熱く、固い何かの存在の正体を確かめる間も与えられぬまま、首筋に熱い舌が這うのを感じる。
「ば、っ……よせ、今日は勘弁してくれっ……」
「星はいつもそう言うじゃろう。今日と言う今日は我慢ならんわい」
伴は体を起こすなり羽織を脱ぐと、飛雄馬の穿くスラックスへと手を掛けた。やめろと腕を伸ばした飛雄馬の手は振り解かれ、ベルトを緩められたスラックスを下着ごと両足から引き剥がされた。
「伴!」
「静かにしちょれ、星よ。見られて困るのはそっちじゃろ」
伴はそう言うなり、身を屈めたかと思うと押し広げた飛雄馬の両足の中心へと顔を寄せる。
「っ……」
顔を上げ、飛雄馬は自身の立ち上がった男根には触れず、その付近、内股に唇を寄せた彼の顔を睨み据えた。ちゅっ、とその唇は太腿へと登って、そこに舌を這わせる。
「く、ぅ、うっ……!」
掌で口元を覆い、飛雄馬は立てた膝を震わせる。
触れられた派だが熱を持つ。焦らされた男根が刺激を求め、揺れる。とろり、と鈴口から溢れた体液が飛雄馬の男根を伝った。
その情けなく揺れる男根から、目を逸らすようまぶたを閉じた飛雄馬だったが、次の瞬間、温かな濡れた何かに包み込まれ、背中を反らす。
「あ、ぁっ」
目を開け、視線を寄せた先では伴が男根を咥えており、こちらに見せびらかすよう、一度ずるりとそれを口から取り出してみせた。唾液に濡れた男根は蛍光灯に照らされ、嫌な光を放っている。
飛雄馬はせめてもの抵抗とばかりに、伴の頭に手を寄せ、その髪を強く握り締めた。
「手を離せ、星ぃ、舐められんわい」
「しっ、なくて、いいからっ……!そんなこと」
「せっかく気持ちよくしてやろうと言うのに」
「いらん、気遣い、っつ!」
男根を責めるのを諦めたか、伴が指を口に咥え何やらしばらく舐め回したあと、尻の窄まりへとそれをあてがい、中にそろりと滑らせた。
「二本入りそうじゃのう」
慣れる間もないまま、尻への圧迫感が増す。
「ん、ンっ……」
伴の髪から指を離し、飛雄馬は口を両手で覆う。
入口を浅く指が行き来し、何かを探すように指先画腹側の粘膜の表面を叩く。
「もう少し奥か?」
「っ、…………!」
一度、入口付近まで抜かれた指が、今度は奥を撫でる。淡い痺れが全身に走り、体を火照らせる。
「む、いかん。このままだと入れる前に出てしまうぞい。星よ、そろそろいいか」
「入れる前に、っ、出てくれた方がどれだけ助かるか……」
「困ったもんじゃい、星の強情っぱりには」
「強情、っなんかじゃ……っ」
「ええい、面倒じゃい」
伴がぼやき、もぞもぞと身に着けている袴の紐を解いていく。袴を脱ぎ、着物を羽織るのみとなった伴が飛雄馬の開いた両足の間に身を寄せ、尻へと男根を這わせた。
「はやく、してくれ、伴……こっちの身にもなれ……」
「可愛気がないのう。早くしてくれはないじゃろう、早くしてくれは……上手におねだりしてみせたらどうじゃ」
「あとで覚えてろっ……っう!」
窄まりに押し当てられた伴の男根が入口を押し開き、腹の中を突き進んでくる。中を擦り、奥へと昇ってくるのに合わせ、飛雄馬の体が伴から逃げるように仰け反っていく。すると伴がそれを阻むように飛雄馬の膝を掴み、それでいて腰を突き出し、奥を目指す。
「う、うっ……」
「ん、ぁ、あっ……っ、」
開いた口から息を吐き、飛雄馬がゆるゆると口を閉じると、伴の両腕が体の脇の畳にそれぞれ置かれ、こちらに覆いかぶさるよう身を屈めてきた。
腹の中にぴたりと収まった伴の存在、体温が、じわりと己の中に解けていくのを感じつつ、飛雄馬は彼から与えられた口付けを受け入れる。絡ませられる舌に応えながら、腹の中を探るように腰を回す伴の太い首に縋りついた。
離された唇から束の間の安息を得ながら、はだけた着物から現れた伴の肩越しに見上げる室内灯が、僅かに歪んでいるのは、自身の瞳が涙に潤んでいるからか。
こちらを押しつぶさんばかりに身を寄せてきた伴の首にしがみついて、飛雄馬は必死に腰を打ちつけてくる伴の名前を呼んだ。
視界の端で、サンダーが寝返りを打った。
「あ、いかん。出る、出そうじゃ」
「まだ、もう少し……我慢できる、か?」
「どのくらいじゃい。ううっ……」
腰を打ち付ける速度を緩めつつ、伴が訊く。
「ふふっ……」
「なっ、なんで笑う?」
「いや、出すのを我慢している伴の顔が……っ、好きだから……」
「なっ、にゃんじゃとお?」
その言葉に驚いたか伴の動きが止まり、飛雄馬は腹の中で彼の男根が射精に合わせ、脈動するのを感じる。
「ふふふっ……」
「へっ、変なことを言うから中に出てしまったじゃろう。星のせいじゃぞ」
「…………」
あたふたと取り乱しながら辺りを見回し、何かを探す伴を見上げ、飛雄馬はティッシュは卓の上だと囁く。
「一回抜くぞい」
「わかった……」 言うが早いか、伴がずるりと腹の中から抜け出ていき、掻き出された体液が尻を伝い落ちた。
手にした箱から数枚を取り出した伴からティッシュを受け取り、飛雄馬は知りを拭うと、ふう、と溜息を吐いて、額の汗を拭う。
「…………」
「早く部屋に戻れ。おれも落ち着いたら部屋に戻る」
「わ、わしの部屋か?それとも星の部屋?」
「まだ言ってるのか……伴の部屋でいいだろう。その代わり布団を敷いておいてくれ」
「お、おう。わかった!」
飛雄馬の言葉を受け、目を輝かせた伴が部屋を後にするなりドタドタと廊下を駆けていく。
一刻も早く、球界に復帰せねば身が保たんな、と飛雄馬はまたしても大きな溜息を吐くと、立ち上がり、近くに放られたままの下着とスラックスを拾い上げ、身に着けると、いびきをかくサンダーを見下ろす。
それから室内灯を消し、部屋を出る際に、おやすみなさい、サンダーさん、と小声で囁いてから戸を閉めると、しばらく歩いた先にある伴の寝室の中に入ってから満面の笑みで敷いた布団の中にもぐって、隣を掌で叩いている彼を見つめ、やれやれと三度目となる溜息を吐いてからその隣に横たわる。
「おやすみ、伴」
「おう、おやすみ、星。明日も頑張ろう」
「ああ……」
そう、返事をしてから、伴の体温で温まった布団の中でゆっくりと眠りに落ちていく。そんな大晦日の晩。