「任せたぞ。星!」
「は、はい!」
球場のベンチから選手が使用するロッカー室へと続く長い通路の途中で、明日の試合展開について長島監督から先発を任せるとの命を受けた飛雄馬は緊張した面持ちのまま、目の前に立つ彼の顔を見上げている。
「なに、そんなに緊張するな。いつも通りやればいい。いつも通りな」
緊張を解すように微笑む長島に、ポンと肩を叩かれ飛雄馬は照れ臭さも手伝い、ぎこちない笑みを浮かべつつ頷く。
長島さんが、今やジャイアンツの監督となったお人が、おれを激励し、任せたとまで言ってくれる。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
この人を失望させるような真似だけはしたくない。
今日はこのまま帰寮し、早めに休むつもりであったが調整のため少し投げ込んでおくか──と飛雄馬が右手で拳を作った刹那、おや、長島さんに飛雄馬くんじゃないか、と背後から聞き覚えのある声が選手用通路の中に響いた。
「おお、花形くん。いやあ、敵ながらあっぱれだよきみの試合センスには脱帽だ。ぜひともうちに欲しいくらいだよ」
「ご冗談を、長島さん。ぼくたちも星くんにはきりきり舞いさせられました。まったく、恐ろしい【おとうと】です」
「…………」
何やら楽しそうに談笑する長島、花形のふたりを飛雄馬はしばらく眺めていたが、失礼しますと言うなり踵を返す。
正直、花形と長島さんが楽しそうに話をしているのは見たくない。
生来、口下手なおれはあまり人と他愛ない会話を交わすということがあまり得意ではない。
それに比べて、花形という男は実に社交的で、年齢性別を問わずああして相手の懐にスルリと入り込み、話題を自分のものにしてしまえる。
それが羨ましいとか、妬ましいと感じたことはないが、自分の知人友人と己を介さぬまま距離を縮められるというのは釈然としない。
長島さんは、おれなんかより花形の方がジャイアンツに欲しかったんじゃないか。
なんて、馬鹿なことを考えてしまうくらいには滅入っているらしい。
「飛雄馬くん、待ちたまえ。飛雄馬くん!」
後ろから再び、先程耳にした声が聞こえて飛雄馬は足を止めると背後を振り返る。
すると案の定、後ろから花形が追いかけてきていて、飛雄馬はおれにも何か用ですか?と尋ねた。
「用があるからわざわざジャイアンツのベンチまで走って来たのさ」
「はは、花形くん。あんまりうちの星をいじめんでやってくれよ」
「いやだな、長島さん。阪神時代のぼくならまだしもそんなことをしたら妻に叱られてしまいますよ」
「ははは、そりゃいかん。じゃあな、星。また明日」
立ち止まった花形・飛雄馬両人の脇を通り過ぎながら長島はふたりにひらひらと手を振りつつ、通路の奥へと消えた。
「……用なら早いところ済ませてくれ。おれは明日に備えて少し投げておきたいんだ」
「投げる?試合であれだけ投げておいて、まだ投球練習をすると言うのかね、きみは」
「明日の先発を任された。長島さんの顔に泥を塗るわけにはいかない」
「その調子だと右腕も壊しかねんぞ飛雄馬くん。休息も練習のうちだ」
「…………花形さんには関係のないことだ。何もないなら失礼する」
「おっと、待ちたまえ。用を早く済ませたいというのならきみ次第だ」
「おれ、し……っ!」
花形はにやりと口角を上げる、彼独特の笑みをその顔に浮かべてから飛雄馬の右手を取ると、それを口元まで引き寄せてから、人差し指をぱくりと口に含む。
ねっとりと熱い舌が指を包んで、その滑らかな表面で指全体を撫でた。
うっ!と飛雄馬は小さな呻き声を上げると、花形から目を逸らし、まぶたを閉じる。
柔らかな頬の内側に指先を当てられ、窄めた唇でゆるく吸われる。
その甘い刺激が、飛雄馬の下腹部を熱くさせた。
「あ、あっ!花形さ、っ……」
思わず、身を震わせながら喘いだ彼の指を離し、花形は握った腕を引き寄せると、壁際に押し付けた飛雄馬の体を抱きつつその薄く開いた唇に己のそれを触れ合わせた。
ひさしがぶつかり合うのを防ぐため、花形は互いがかぶる帽子をそれぞれ外してやってから、ぎこちなく舌を絡ませてくる飛雄馬の誘いを素直に受けた。
「やけに素直じゃないか、今日に限って。まさかこの花形を前にしながら、違う誰かを頭に思い浮かべていやしていないだろうね」
「そ、ん、な……」
煽る言葉を口にしながら花形は飛雄馬の唇を啄み、クスクスと笑みを漏らす。
「ぼくは飛雄馬くんしか見ていないというのに、ずいぶん気の多い」
「っ、」
花形の発言に飛雄馬は眉間に深い皺を刻みつつ、己の口元を手で拭った。
「フフッ……相変わらず嘘がつけんな、飛雄馬くんは。それがきみのいいところでもあるが」
「それで、用と言うのは……」
「飛雄馬くんを抱きにきたのさ」
「また、そんな……人をからかうのはよしてくれ花形さん」
「冗談。冗談に聞こえたかね。では、どうすれば信じてもらえる?」
背中を抱いていた花形の手が飛雄馬の腰を滑り、それから尻を撫でた。
「う、っ……」
撫でられた尻に力が入り、飛雄馬は奥歯を噛む。 と、花形の指がユニフォーム越しに尻の谷間をなぞった。
「不満かい、この花形では」
背伸びをするように体を反らし、距離を取ろうとする飛雄馬の喉元に顔を寄せ、花形はそこに唇を押し当てる。
「ふっ、まんとか……そういう話では、ない……」
「場所を変えよう。きみも誰かが来るやもしれんという不安の中では楽しめまい」
飛雄馬の尻の膨らみを左右の手で掴んで、花形はそれを指が食い込むほど強く揉みしだいた。
「そう、花形さんの都合よく毎回、っ……話が進むわけないだろうっ……そんなに、そういうことがしたいなら、早く家に帰って、その……ねえちゃんと」
「…………」
ふと、花形の表情が険しくなり、飛雄馬はまさか怒らせたか、と己の発言を悔やむ。
しかして花形は、怯んだ飛雄馬の隙を突き、再び彼の唇に口付けると、そのまま尻を撫でていた手でジャイアンツのユニフォームズボンのファスナーを下ろした。
「……っ、く」
はだけられたそこからスライディングパンツの奥で首をもたげたつつあった男根を取り出され、飛雄馬は嫌だと首を横に振る。
弾みで、互いの唇が離れ、唾液の線がつうっと糸を引く。
「嫌と来たか。そこをそんなに昂ぶらせておきながら、フフ……」
「これは、っ、生理現象で不可抗力だ……決して、そんな」
「そんな?」
花形は先走りを鈴口からとろりと垂らしている飛雄馬のそれに下から手を添え、その透明な液体ごと亀頭を掌に握り込んだ。
「ひ、っ……」
腰が震え、飛雄馬の締まった喉奥からはか細い悲鳴が漏れた。
そこから根元にかけて花形は手を滑らせ、掌に付着した先走りを塗り広げていく。
次第に鈴口から溢れる先走りの量も増え、その大きさも固さも言い逃れができぬほどに増していくばかりだ。飛雄馬の顔は真っ赤に火照り、その目元には涙が滲む。
「いくときはそう、言いたまえ」
「言わな、っ……い」
裏筋を指の腹でぬるぬると撫でつつ花形は飛雄馬の耳元でそう囁く。
震える声で飛雄馬はそうとだけ言うと、再び唇を引き結び、懸命に耐えた。
と、ふいに花形の手が下腹部から離れ、気配も一瞬消えたために、飛雄馬はぼうっとなった頭を必死に働かせ、彼の姿を探した。
すると、俯けた顔、視線の先に今にも己の臍の下のそれを咥えようとしている花形と視線がかち合って、飛雄馬は花形っ!と彼の名を叫んだ。
けれども花形は、飛雄馬の顔を見上げたまま手にした男根を口に咥え込むと、窄めた唇で音を立てそれを啜り上げる。
狭いコンクリート製のまるでトンネルのような構造をしている通路に、花形が飛雄馬を啜る音がやたらに大きく反響した。
かぁあっ!とこれまで以上に飛雄馬は顔を真っ赤に染め、花形の頭を掴む。
離してくれ!と声量を抑えることもままならないまま、飛雄馬は懇願するが、柔くそこに歯を立てられ、与えられた甘い痛みに、無様に体を反らすことになった。
口を離され、べろりと根元から裏筋を舐め上げられたかと思えば再び口の中に咥え込まれ、窄めた唇で上下にしごかれる。
「うぅ、っ……ん、ん」
頭に添えられた飛雄馬の手、その指に花形は己の指を絡ませ、ぎゅうと握り締めた。
そうして、たっぷりと唾液を溜めた口で飛雄馬を射精へと導いてやる。
「あ、ぁっ、はながたっ、はながたさ、っ……」
「…………」
花形は飛雄馬の涙に濡れ、ゆらゆらと揺れる大きな瞳を見上げつつ、彼の男根を責め立てる。
と、そう間を置かぬうちに飛雄馬は果て、濃い精液を花形の口の中に放出した。
喉奥でどくどくと脈打つのを感じながら花形は射精が収まるのを待って、飛雄馬から口を離す。
しかして、口内に出されたそれを花形は飲み込みはせず、壁に背中を預けることでようやく立位を保持している飛雄馬の顔を覗き込むと、不意打ちの形で彼の唇に口付けた。
そのまま、彼の口内に精液を流し込んでやってから、喉が嚥下したことを知らせるようにごくりと鳴るのを見計らうと距離を取る。
薄っすらと開いたままの飛雄馬の唇に花形は間髪入れず人差し指と中指の2本指を滑り込ませ、口を開けるように指示した。
「ん……」
舌の表面を撫で、そのまま奥歯と頬の隙間に指を滑らせると飛雄馬の口元からはとろりと唾液が滴る。
「次はぼくの番といこうか」
唾液に濡れた指を引き抜き、花形はその手で飛雄馬の手を取ると己の臍下に手を添えさせる。
蕩けた顔を晒していた飛雄馬も、手に触れた熱にハッと見開いた目、その視線を花形の下腹部へと下ろした。
「きみを抱きたいのは山々だが、明日の試合に障るといけないからね」
「…………っ、」
明日の試合におれを出場させないことが花形の狙いなんだろうか。しかし、花形はそんな男ではないはず。なぜ、こんなことを。
飛雄馬は衣服の乱れを整えてから震える膝を曲げ、花形の臍下の位置に顔が来るまで身を屈めると、顔を背けながら手探りでファスナーを探す。
「ちゃんと見たまえ、飛雄馬くん。目を逸らさないでほしいね」
「何か、悩みでもあるのか、花形さん……だからこんなこと……おれでよければ話くらい」
「悩み?飛雄馬くんがなかなかぼくの思いに気づいてくれないことが専ら悩みの種さ」
「また、そんな………っ、」
飛雄馬はようやく抓んだファスナーの金具を下ろし、中に手を差し入れるとそこから花形の男根を取り出す。
ユニフォームの中で既に膨らんでいたそれは飛雄馬のものよりも幾分か大きい。
飛雄馬は奥歯を一度強く噛むと、辺りに人がいないことを確かめるように視線を左右に泳がせてから、ちゅっと花形のそれに口付けた。
そうして、花形がしたように根元から上に舌を這わせていき、亀頭を咥え込むが喉奥にぶつかってすべて口にいれることなど不可能に近い。
飛雄馬はえずきそうになるのを堪え、限界まで花形を咥えた。
「あ……ん、ふ……っ、っ」
吐息を微かに漏らしつつ、飛雄馬は花形がしてくれたことを思い出しながら舌を這わせ、唇を使い、何とか彼がここで思い留まってくれることを願う。
じゅる、と音を立て男根を啜って、上顎と舌でそれをしごいてやる。
こんなに長く口を開きっぱなしでいることもそうないため、次第に顎とこめかみが痛み出して、飛雄馬は一旦、花形から口を離すとそれを握り、ゆるゆると上下に擦った。
と、こちらを見つめる花形と視線が合って、飛雄馬は顔を背けると目を閉じ、再び男根を咥える。
「それでは飛雄馬くん、夜が明けてしまうよ」
花形は口調こそ物腰の柔らかいそれであったが、限界まで咥えた飛雄馬の頭を掴むと、そのまま腰を叩きつけた。
すなわち、飛雄馬の喉、限界の更に奥まで花形は自自身を飲み込ませたことになる。
「──〜〜!!」
ぎゅうっ、と飛雄馬の喉奥が締まり、花形を締め付ける。
気道が塞がれ、息ができない。
それどころか、胃の内容物がせり上がるような感覚を覚え、飛雄馬は花形を睨みつけた。
ぺろりと花形は唇の端から舌を出すと、飛雄馬を見下ろし、腰を叩きつけ始める。
「ゔっ、っ──!」
ごぽっ、と飛雄馬の喉が不穏な音を立てた。
鼻からは流れ込んだ涙が溢れ出て、口からはほとんど垂れ流し状態の涎が滴り落ちる。
何度も意識が飛びそうになるのを堪えて、飛雄馬は花形を睨む。
「その顔……フフ。たまらなく、汚したくなる」
ぬるっ、と花形は飛雄馬から男根を引き抜くと彼の額から鼻筋、開いたまま口元から顎にかけて白濁を撒き散らした。
頬を赤く染まって涙に濡れた黒い瞳がぼやけた、とろとろに蕩けた顔を花形に晒し、飛雄馬は喉から真冬の冷たい隙間風にも似た音を鳴らす。
そうして、微量、舌に乗った花形の精液と唾液を痛む喉奥に追いやり、ゆっくりと飲み下す。
「明日の先発出場、ぼくも楽しみにしているよ」
飛雄馬の汗でじっとりと濡れた髪を撫で、花形は何事もなかったようにベルトを締め直すと、ニッと笑みを浮かべ、去っていく。
飛雄馬はようやくそこで自我を取り戻したようになって、数回咳き込むと、アンダーシャツの袖で顔を拭う。
明日のヤクルト戦、絶対に負けられん、長島さんのためにもおれの屈辱を晴らすためにも、と壁を支えに立ち上がると、花形や長島らがそうしたように彼もまた、痛む喉をさすりながらゆっくりと歩み出した。