生憎降り続く雨のせいで、今日の部活は自主トレもなく休みということになった。
まったく家に帰っても何もすることがなくて暇じゃのう、と悪態を吐く伴を笑い飛ばしつつ隣を歩く飛雄馬の足元を首に鈴のついた首輪をつけた白い猫が横切った。 雨のせいで水たまりにでも入ったか足元が汚れている。
「チュータ?」
「はあ?なんじゃ星。おれの名前なんぞ急に呼びおって」
「あっ、いや、昔子供の頃、いたんだ。チュータって白い猫が。ネズミを取るのがうまくて、オスだからチュータ……ふふ、そういえば伴も宙太だったな」
「む、むむう……そうじゃったか」
「あの猫があまりにチュータに似ていたからな。すまない、気を悪くしたか」
首につけた鈴を鳴らし、駆けていく猫を見送って、飛雄馬は伴の顔を見上げる。
「星の昔話を聞けて嬉しいぞい」
「人懐っこい猫だった。最初はそう、本当に伴みたいに誰も寄せ付けず、誰にも懐かず手でも出そうもんならたちまち爪を立てられた。でもある日、ケガをしているところを助けてやったんだ。それこそ手当をしてやりながらおれも生傷だらけになった」
「ふむ……」
傘の表面を雨粒が叩く音を聞きつつ、二人泥を跳ね上げ道を歩く。
「そうしてしばらく姿を見せなくて心配してたんだが、ある日、そう、今思えばどこかで傷が癒えるまでじっとしていたんだろう。ふらりとまた現れたかと思うと、おれの足にすり寄ってきたんだ。それからチュータとおれは時間が許す限り一緒に遊んだ。とうちゃんが家に上げるのは許してくれなかったから主に家の外でだったが……」
「それで?」
時折、当時を思い出すのか微笑みさえ浮かべつつ饒舌に語る飛雄馬に伴は噤んだ言葉の先を尋ねる。
「死んだんだ。車にはねられて、即死だった。いつも小学校の校門の前でチュータは待ってた。雨の日も暑くてたまらない日も………ずっと、ずっと」
「あ、う………嫌なことを思い出させてしもうたな」
「………さっきの猫はチュータの生まれ変わりかも知れないな。チュータは首輪はしていなかったが、さっきの猫はしていた。きっとどこかで大事に飼われているんだろう」
「お、おれは死んだりはせんぞい」
「ぷっ、なんだそれ……」
クスッと飛雄馬は吹き出して、耳まで赤くして隣を行く大男を見上げる。
「おれと同じ名前の猫、星とこうして出会った縁も他人のそれとは思えん。そのチュータが死んでしまったことは残念だが、同じ名前のついたおれは星にどこまででもついていくわい」
「………またそんな臭いことを」
「に、にゃにが臭いだ!男の一世一代の告白をきさま臭いとぬかすかあ」
「ふふっ、怒った」
「怒るわい!茶化すな!」
噛みつかんばかりに怒る伴の剣幕に飛雄馬は参ったなと肩をすくめたが、ふと雨がやんでいることに気付いて空を仰ぐ。するとどんよりとした雨雲が開けて青空が頭上には広がっていた。
「お、虹だ」
「は、話を逸らすな星ぃっ!」
「ふふ、約束だぞ」
傘を閉じ、飛雄馬は駆け出す。
「あっ、星!」
もたもたと伴もまた傘を閉じると飛雄馬の後を追い、駆け出す。
そんな二人の頭上には先程飛雄馬が口にしたとおり、大きな虹が掛かっており、水たまりを跳ね上げ走る飛雄馬たちの耳にどこからともなく、小さな鈴の音が響いて、爽やかな風が頬を撫でた。