盲目
盲目 「ふう、いつもすまんな星ぃ」
「なに……それはこっちのセリフだぜ、伴よ」
飛雄馬は目元を包帯で幾重にも覆った伴にそんな言葉を返しつつ、彼をベッドの端へと座らせた。
飛雄馬も少し前までこの巨人軍宿舎で伴と共に寝起きし、日々練習に励んでいたが、つい最近になって住所をとあるマンションに移している。
それにも関わらず、飛雄馬が伴を宿舎の部屋まで案内したのには訳がある。
飛雄馬は実の父星一徹擁するアームストロング・オズマに打ち勝つため、大リーグボール一号に代わる新しい魔球を開発することに一昼夜を問わず伴相手に練習に明け暮れていた──その練習と言うのが、問題であった。
まだ開発途中ではあるが、「大リーグボール二号」を投げようとする際、飛雄馬は一号投球時以上に頭上高く足を上げる。
そのせいで舞い上がったグラウンドの砂塵及び土埃は、打席で構えていた伴の元まで飛来するなり彼の視力を奪うに至った。
目に異物が入ろうとした刹那、人間誰しも反射的にまぶたを閉じようとするのが普通であろうが、伴はなぜ球が消えるのか──その始終を見極めようとし、顔面に迫りくる土埃から目を背けようとしなかったのである。
開発当初はまだ加減が利かず、飛雄馬も完成形以上に土埃を強く巻き上げており、それがまた伴の目を傷付ける原因ともなった。
「もう星もマンションに帰るがええ。疲れたじゃろう」
そのうちに、伴は帽子を取り、額の汗を拭きつつ飛雄馬を労うような言葉をかけてきた。
「ありがとう。しかし、まだ風呂にも入っとらんだろう」
「風呂くらいひとりで入れるわい。もうこの生活にもだいぶ慣れてきた。心配には及ばん」
「…………」
汗で湿った帽子を取ると、飛雄馬は伴の持ち物が置かれたデスクの上にそれを置き、彼のそばに歩み寄った。
「星?なんじゃ?」
気配を感じたか伴が包帯の巻かれた目を飛雄馬に向け、首を傾げる。
飛雄馬はそのまま向き合う彼の両肩、それぞれに手を置くと、目の調子はだいぶいいのかと尋ねた。
「目?なぁに、星が気にすることではないわい。星はまず大リーグボール二号を完成させることを優先せい。おれの目はその後でいい」
「……伴」
「星、おまえまた泣きそうな顔をしとるじゃろ。嘘をつくな。見えずともわかるわい。星のことなら何でも……」
飛雄馬は伴の言葉に動揺し、目を閉じる。
彼が指摘したとおり、飛雄馬の瞳はすでに涙に濡れている。目を閉じたことで溜まっていた涙の粒が頬をいくつも滑り落ち、顎から滴り落ちた。
本来、労らなければならないのはおれの方なのに、伴に気を遣わせてしまうとは不甲斐ない、と飛雄馬は己の情けなさに歯噛みし、彼の優しさに涙する。
口を開けば声が震え、泣いていることを悟られるであろう。
「…………」
飛雄馬は口を噤んだまま、目を開ける。
伴にこれ以上、おれのことで心配や迷惑をかけてはならない。
伴は気にするなと言ってくれるが、それを真に受けてはいけない。
「星、どうした。何か気に障ったか。何か言うてくれんかのう」
「ふ、ふふふ…………たった今、おれのことなら何でもわかると言ったじゃないか」
発した声はやはり震えていて、飛雄馬は大きく息を吸うと口からゆっくりと吐いた。
すると、伴の腕が飛雄馬の背へと回るが早いか、ぎゅうとその体を抱き締める。
「泣いているのはわかるが、心の中まではわからんわい……おれ相手じゃ二号がいつまで経っても完成せんことに嫌気が差したか?」
「嫌気なんて差すものか、伴。きみこそ愛想が尽きたろう」
「馬鹿を言え星。地獄の底までついていくと誓ったおれがこんなことで愛想が尽きるわけなかろう。ふふ、実を言うとな星よ、おれは目が見えんことが嬉しいんじゃい。星に甲斐甲斐しく世話を焼いてもらえることが嬉しくてたまらんのよ」
「ばか……」
飛雄馬は吹き出したものの、伴が体を伸び上がらせるようにして顔を寄せてきたことに一瞬、流されかけたが、すぐにその唇を手で覆うと彼を諌める。
「星……」
「伴、きみに求められるのは嬉しいが、つい一昨日も同じことをしたじゃないか」
「じゃあ、口だけ許してもらえんかのう」
「伴……!」
「…………」
飛雄馬は躊躇いつつも口を開き、伴に唇を寄せた。
土埃を浴び続けたせいかかさついており、ほのかにしょっぱささえ感じるのは汗のそれだろうか。
一旦は離した飛雄馬の唇を追い、伴は彼の口を啄むとそのまま後ろに倒れ、寝返りを打つように体を回すと体勢の上下を変えた。
すなわち、飛雄馬はベッドを背にし、伴に組み敷かれる格好を取る羽目になった。
「…………」
飛雄馬は己の唇を貪るように乱暴に口付けてきた伴を受け入れつつ、目を閉じる。
最初からこうなるであろうことは予想はしていた。
いや、むしろ、こうされたかったのかもしれない。
はぁ、はぁと熱気を孕んだ伴の吐息を首筋に受けながら飛雄馬は左右に広げられた脚、スパイクを履いたままになっているそれの膝を曲げ、ベッドの上に足の裏を乗せた。
股の間に伴の体重と共に、固いものが押し当てられて飛雄馬はピクリと体を反応させる。
星、と伴はしきりに飛雄馬を呼びつつ彼の穿く薄汚れた白のユニフォーム、そのズボンを留めるベルトを緩めていく。
カチャカチャと乾いた金属音が辺りに響いて、飛雄馬も期待に唇を引き結ぶ。
伴は、目を負傷してからしきりとおれと繋がることを求めるようになった。
目が見えないことへの不安があるというのはわかるが、なぜここまでその先を望むのか。
おれも、特訓に突き合わせている以上嫌とは言えない。ただただ、罪滅ぼしのように、まるで恩を返すように伴に身を委ねている。
伴は体を起こし、ズボンだけでなく、飛雄馬の片足からソックスとストッキング、はたまたスパイクまで脱がせてやりながら飛雄馬を呼ぶ。
すると、抑圧するものがなくなり、顔を出した飛雄馬の男根を伴は手探りで探すとそれを握り、上下にゆっくりしごいた。
「う……ぁっ、」
「星よう、出してやりたいんじゃが、すまん。おれの方が爆発しそうじゃい」
「じゃあ来るといい……」
「…………」
伴は飛雄馬の言葉にゴクリと唾を飲み込むと、己のズボンの前をくつろげる。
下着の中から取り出された伴の男根に飛雄馬は釘付けになり、大きく息を吐く。
位置を合わせようと伴は腰の位置を低くし、手を添えたそれで近いところをくすぐるが、なかなか到達せず飛雄馬を焦らした。
「ん、ぅ……っ、伴、もっと下……」
つるりと亀頭が入り口を撫で、飛雄馬は、うっ!と思わず声を上げる。
「こ、この辺かのう」
「うぅ、っ……」
伴のものが尻をかすめるたび切ない声を上げ、飛雄馬は眉根を寄せるが、どうにも届きそうにない。
その内に痺れを切らした飛雄馬は、おれがやるから、と広げた足の間から手を伸ばし、彼の股間に手を宛てがうと自分の中に彼を導いた。
ろくに慣らしもしていないそこは伴により拡張され、彼が腹の中を押し進んでくるたびに飛雄馬に痛みの感覚をもたらす。
少しでもその痛みから逃れようと飛雄馬は体を仰け反らせ、奥歯を噛み締めた。
腹の奥が熱くて、伴がそこにいるのがわかる。
星、と名を呼ばれるたびに胸が切なく疼く。
「目が見えんから、なんだか過敏になってしまっとるようじゃ」
「ふ、ふ……おれとしては早めに出してもらった方が助かるぜ……」
足を股関節の限界までギリギリに開いて、飛雄馬は伴を受け入れる。
おれは、伴に出会えてよかったと思っているが、果たして伴はどうなのだろう。
地獄の底までついていくと言ったことを後悔しているんじゃないだろうか。
伴は優しい、いいやつだから、おれに本音を言えないんじゃないか。
腹の中が伴の形に馴染んでいくのがわかって、飛雄馬は小さく身震いする。
「動いてもええか」
「………く、ぅっ」
長らく挿入したままであった男根をゆっくりと半分ほど抜かれ、飛雄馬は顔を反らすと口元に手を遣った。
「痛かったら我慢せず言うんじゃぞ……」
言いながらも伴は引いた腰を飛雄馬の尻に押し付け、彼の腹の中を掻き回す。
どうやら先程の言葉に嘘偽りはないようで、限界が近いらしい。
飛雄馬は腹の内側をぐりぐりと擦り上げる男根の感触に肌を粟立たせつつ、もっと早く動いてくれて構わないぜと伴にそんな言葉を投げかけた。
「しかし、まだ入れたばかりじゃろ……」
「おれのことは、っ……いいから、伴の好きにしてくれ」
「…………」
伴は体を飛雄馬に密着させ、その身を抱きつつ腰を遣い始める。
まったく的外れな位置に口付けてきた伴を呼び、飛雄馬は彼に自分から唇を寄せながら彼の腰に足を回した。
足が回るのがやっとという大きな体を両足で挟み、腰の上で片方はスパイクを着用したまま、もう一方は素足の足首同士を交差させる。
ギシギシと伴の腰の動きに合わせベッドが軋んだ。
「伴……っ、ふぁ……っむ、ん、ん」
一度は離した唇を無理やり押し当てられ、飛雄馬は呼吸困難に喘ぐ。
そうでなくとも、自分のおよそ倍はありそうな体が己の上にほぼ全体重を預けているのだ。
ぎゅうっとその背に回した腕でしがみついて、飛雄馬は伴の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「星、いくぞ。足を離せ、星よ」
「…………」
伴が今更、慌て始めるが飛雄馬はしがみつく腕の力を緩めることも足を離す気もなく、それどころか中に出すことを彼に催促した。
「なっ、星!馬鹿な、そんな真似、できんわい」
「おれだってこう見えて伴と離れるのは寂しいんだぜ……」
「…………う、ぐぐ」
「伴……」
囁くように飛雄馬は名を紡ぎ、ぎゅっと尻に力を入れ、伴を締め付ける。
すると、どこか間の抜けた声を漏らしながら伴は精を吐き出し、飛雄馬もまた、彼のそれが腹の中で脈動するのを感じつつ小さく体を戦慄かせた。
「ふうっ、ふぅ……中に出してしもうたら辛いのは星じゃろうに」
「本気で抵抗したら振り解けん伴の柔道じゃないだろうに」
「そ、それは……」
飛雄馬は伴の顔に口を寄せ、ちゅっと唇を啄む。
それから、ようやく伴から足を離してやり、腹の中から彼が抜け出た際、精液が掻き出され尻を伝ったことに小さく呻いた。
「伴、落ち着いたら汗を流そう。きみはさっきひとりでいいと言ったがやはり手伝わせてもらう」
枕元に置かれていたティッシュの箱を彼に手渡すと、飛雄馬はそう、切り出す。
「じゃから、気にするなと言うとるじゃろ。星はさっさと帰って体を休めることに専念せい。わしはただ突っ立ってバットを振ってりゃいいんじゃからそんなに疲れとりゃせんわい」
「…………」
伴は今のひと騒動で目元の包帯が緩んだか、後始末をしてから包帯を外していく。
飛雄馬は己の後処理もそこそこにおれがやろう、と半ば無理やりに伴から包帯を取り上げる。
「いや、ええわい。風呂に入ってからまた巻き直す」
「誰に巻き直してもらうんだ」
「あ、う、だ、誰かに頼むわい」
「……それじゃあ、きみが風呂から上がるまで待っていよう」
「…………」
「風呂の支度はタオルと下着だけでよかったか」
言うと飛雄馬は伴の荷物の中から下着やタオル類を用意してやり、彼に手渡してやる。
「すまんのう……」
「風呂まで行こう。後始末をするから少し待ってくれ」
飛雄馬は尻を拭ってから下着やズボンをそれぞれ身に着け、伴の手を握ると部屋の外へと出た。
「おお、風呂か。毎度大変だな星も」
「目の調子はどうだ、伴」
途中すれ違う先輩たちからの質問に答えながら飛雄馬は浴室のある方へと伴の手を引き向かっていく。
ここでいい、と言った伴としばらく押し問答を続けたが、ついに飛雄馬が折れることになり、脱衣所で彼の入浴が済むのを待つことになった。
飛雄馬は伴の動向に耳を澄ませつつ、彼の熱が残る腹を撫でる。
呑気に洗い場の方から流行りの歌を口ずさむ声が聞こえてきて、飛雄馬は小さく吹き出すと彼の優しさに涙し、投げ続け、マメの出来た左手の指を強く掌に握り込んだ。