見つめ続けたもの
見つめ続けたもの 贅沢をしなければ、しばらくは宿暮らしができるな、と飛雄馬は宛てがわれたドヤ街のとある簡易宿所の一室でかび臭い煎餅布団の上に仰向けに横たわる。
部屋の畳は日に焼け、色褪せており、部屋の壁もタバコの脂で茶色く染まっている。
それでも、自分ひとりの空間というのは貴重であり、飛雄馬は大きな溜息を吐くと、外したサングラスを枕元へと揃え、置いた。
窓の外では通行人が何やら話している声はもちろんだが、どこか遠くで救急車のサイレンが鳴り響く音も耳に入り、飛雄馬は布団の上で寝返りを打つ。
ひとまず、宿を取ったものの眠るのにはまだ早く、近くの銭湯で汗を流しもしたが、夕食を摂るにはまだ日が高い。これからの予定を思案しつつも、飛雄馬はなぜかしらこの簡易宿所に懐かしいものを感じ、その安心感からか布団の上でうとうとと微睡む。
そうして、意識を手放す刹那に、部屋の扉を叩く音で飛雄馬は目を覚ました。
「…………」
安眠妨害を受け、些かの苛立ちを覚えながらも飛雄馬は息を殺す。大方、どこぞの酔っ払いから部屋を間違えたのであろう。応対するまでもない。
このまま無視をすれば諦めて去ってくれる。
扉を叩く何者かの気配が消えたら、一旦、宿を出て食事を摂ろう。
「ちょっと、いるんだろ?おい、トビタさんとやら、受付に客だよ」
扉の向こうから聞き覚えのある──先程、宿所に入る際、顔を突き合わせた受付の男の声がして、飛雄馬は一抹の不安を抱きつつも、枕元のサングラスを着用すると無言のまま部屋の扉を開ける。
客、とは一体何の話だ。誰かと間違えているんじゃないのか。
「…………」
「いるんなら返事くらいしてくれよ。っったく、本来ならよう、客なんて通さねえんだが先方がどうしてもって言うから」
扉を開けてみれば、既に受付の男は持ち場に戻る最中で飛雄馬はしばらく彼の背中を見つめていたが、ふいに廊下の先、宿の出入口に立っている自分に会いに来た、という客の顔に視線を遣った。
その瞬間、飛雄馬は全身が総毛立つのを感じる。
なぜ、あの男がここに?
そしておれはなぜ、あの男を遠目で見たばかりというのに、花形さんだと判別がついた?
扉を開けたまま、飛雄馬は呆然とその場に立ち尽くす。どこで足がついた?彼がここにいるとなると親父や姉ちゃん、それに伴もおれの居場所を知っている?
扉を閉めなければ。金は既に払っている。
訪ねてきた客に会おうが会いまいが、宿の従業員に関係ないはず。普段は客など通さないと言っていたが、大方花形さんが彼に金でも握らせたのだろう。
おれが部屋から出なければきっと彼は、花形さんは何時間でもここに居座るだろう。
いいや、そんなことはおれの知ったことではない。
「…………」
額に浮いた汗が音もなく、飛雄馬の頬を滑り落ちる。
「ああ、間違いない。彼です。お騒がせして申し訳ない」
「っ……」
あの声を、おれは覚えている。
おれの運命を常に、狂わせてきたあの男。
飛雄馬は部屋から足を踏み出すと、宿の入口へと歩を進める。ひとまず、宿から出なければ。
人違いだと言いくるめるのはその後でいい。
こんなところに居座られては、この宿所に迷惑がかかる。花形の顔を一瞥もせず、飛雄馬は宿所の外に出てから背後を振り返ると立ち止まる。
「逃げないのかね」
揶揄するように、口元に笑みを湛えた男をサングラスのレンズ越しに睨みつけながら飛雄馬は、なぜここがわかった?と単刀直入に尋ねた。
東京から姿を消して以来、二度と会うこともないと思っていたが、まさかこんな形で巡り会うことになろうとは。高級そうなスーツに身を包み、佇む彼は相変わらず何を考えているのかわからない。
「こういったことが得意な知り合いがいるのさ、なんて、フフッ……興信所をね、使わせてもらったよ」
「…………」
「きみの、いや、飛雄馬くんの所在についてはまだ誰にも明かしてはいない。その点は安心してくれたまえ」
「強迫でもしにきたのか。わざわざ、こんなドヤの外れまで」
見るからに治安の悪い街の外れ。
日が暮れるにつれ、それに比例するように柄の悪い人間の数も増えていく。
「…………」
「何と言われてもおれはあんたの……いや、あなたたちの前に姿を現すつもりはない。自由気ままにやらせてもらう」
夜の闇がじわじわとふたりの間に忍び寄る。
それに従い、飛雄馬のかけたサングラスも夜に飲まれ、意味を成さなくなっていく。
「食事でも、一緒にどうかね。夕食が、まだだろう」
「断る。もう放っておいてくれ」
きっぱりと花形の申し出を断り、このまま話していても埒が明かぬとばかりに飛雄馬は宿所に引き返すべく足を踏み出す。
「宿にはこれきりで部屋を引き払うと伝えている。今から新しくどこか探すかい」
けれども、すれ違い様に花形の口から発せられた台詞に飛雄馬はハッと息を呑んでから言い返すべく口を開きはしたものの、力及ばず、そのまま開いた唇を強く引き結んだ。
来たまえ、の言葉に飛雄馬は花形の後を追うように歩き出す。いっそのこと、脇目も振らず駆け出して人混みに紛れてしまおうかとも考えたが、そうしたところでまた近いうちに居場所を特定されてしまうだろう。
それならば今、この縁を一刻も早く断ち切るべきだ。
そうして程なく、到着した駅前に乱立するホテルの一室。食事でも、と言っていたはずだが、と飛雄馬は訝しみつつも、ホテルのフロントで鍵を受け取る花形の後ろ姿を見守った。
やはり先程まで自分が泊まろうとしていた宿所とはフロントに立つ従業員の姿ひとつ取っても雲泥の差があるな、と飛雄馬は、競馬新聞片手に奥から二番目が空いてるよと言い放った受付の男の顔を思い浮かべる。
そうして、行こう、とこちらを振り返った花形の後を追った。
部屋に辿り着くまでの数分、互いに言葉を交わすこともなく、他の宿泊客と顔を突き合わせることもなく、粛々と飛雄馬は鍵を開け、入るようにと促された部屋の中へと足を踏み入れる。
「ご希望は?」
「え?」
部屋の明かりを付け、広い室内の中ほどにあるテーブル付近まで歩み寄った花形が、どこからともなく取り出した煙草を一本、口に携えてから飛雄馬にそう尋ねた。
「何か、食べたいものは?」
「誘ったのはそっちだろう。なぜおれにそんなことを訊く?」
「なに、せっかくならきみの好みのものをと思ってね。フフッ、心配せずとも目処はつけてあるさ」
「…………」
咥えた煙草に火をつけ、花形が微笑む。
「つい、三日ほど前になるか、北関東の某所できみを見つけたという報告が興信所から上がってね。事故に遭いかけた少年をすんでのところで救出し、それが縁で彼が属する野球クラブの臨時コーチとして雇われた、と」
「花形さんたちに迷惑はかけていないつもりだ。おれがどう生き、どう死のうと花形さんには関係ないはず。人のことをあれこれ詮索するのはやめてくれないか」
「きみはそれでいいかもしれんが、ぼくはともかくとしても、毎日弟の身を案じ、夜も眠れないと嘆く姉とかつての親友のことを考えたことは?お義父さんもここのところだいぶ弱ってきている」
「…………」
それを語って聞かせたところで、おれにどうしろとこの男は言うのか。急に姿を現したと思えばこんな話、説教ならたくさんだ。
「明子に子ができんのは恐らくきみのせいだろうね。不妊の理由のひとつにストレスがある。弟のことで悩み、心を痛める彼女を思うとこちらも辛い」
「何を、そんな、急に……そんなこと……」
ふいに姉の話を振られ、飛雄馬は冷静さを失う。
子供ができない、という話を聞かされただけでもまともに目の前の男の顔が見られぬと言うのに。
花形さんとねえちゃんの結婚式には祝電を送りもしたが、夫婦になるということはつまりそういうことだ。
飛雄馬は奥歯を噛み締め、僅かにずり落ちたサングラスを定位置に戻すと、人のせいにばかりするが、問題があるのはあなたの方じゃないのか、と皮肉たっぷりに反論する。
「ぼくに?」
煙草の灰を指でテーブル上の灰皿へと弾き落とし、花形は声を上ずらせた。それが意味するのは怒りか、それとも驚きか。飛雄馬は、夫婦の問題におれを巻き込まないでくれ、とも続けた。
しばしの沈黙のあと、花形がゆっくりと口を開く。
「まあいい。飛雄馬くんになら明かしておくべきだろう。ぼくは結婚してからと言うもの一度も明子に触れていない。なぜだと思う」
「…………」
飛雄馬は、恐るべき言葉を口にした男が短くなった煙草を灰皿に押しつけるのをじっとを見つめる。
理解が追いつかない。さっきから花形さんは何を口走っている?結局は何が言いたいのだ。
おれの体はあの宿所で眠ったまま、夢を見ているんじゃないのか?食事に誘われ、辿り着いた先はこのホテルで、何の脈絡もなく夫婦の話を振られ、おれはどう反応すればいいんだ。
「なんて、冗談さ。フフ……この話は忘れてくれたまえ。変な話をして悪かったね。食事に行こうじゃないか」
「ここまで話しておきながら有耶無耶にするのか?今日、おれとここにいることをねえちゃんは知っているのか?ねえちゃんの心配をしながらあなたがやっているのはおれと同じことじゃないか」
「ぼくは彼女にそういう欲を抱いたことがない。あれでは立たんのだよ」
「なっ、花形さん、いくら何でも言っていいことと悪いことがある。ねえちゃんに謝れ!取り消すんだ、今の言葉」
飛雄馬は花形に詰め寄ると我も忘れ、非難の言葉を浴びせかける。ねえちゃんがどんなつもりであなたのところに嫁いだと思っているんだ、おれは花形さんならとそう思って、ねえちゃんを託したのに、と。
「…………」
「く、っ……」
今もひとりで夫の帰りを待っているであろう姉に思いを馳せ、飛雄馬はサングラスの下、その瞳を涙に濡らす。堪えきれず溢れた一雫が頬を伝い、顎から部屋の床へと滴り落ちた。
すると、その涙を拭うように花形の指が頬に触れて、飛雄馬はさっと顔を逸らす。
「こちらを見たまえ、飛雄馬くん」
「あなたとこれ以上話をするつもりはない」
「…………」
ふと、花形が先程涙を拭いたのと同じように、手を差し伸べてきたために飛雄馬は身構えたが、それきり距離を詰めるでもなく彼が腕を引っ込めたもので、ホッと息を吐いた。
「花形さんがねえちゃんを愛しているのは知っている。クラウンマンションに一緒に住んでいたときから愛のこもった手紙や遠征先の菓子折を贈ってくれていたじゃないか。おれの動揺を誘うつもりかもしれんが、そういうことを言うのは冗談でもやめてもらいたい」
「あれは全部、きみに見てもらうためだったと言ったら?花を贈ったのも、その土地の名産を贈ったのもすべて、きみの目を意識してのこと」
「…………」
驚き、呆然と立ち尽くす飛雄馬だったが、花形から不意打ちの形で唇に口付けを受け、ギクッ!とそこで正気に返ると全身を戦慄かせる。
すると、その弾みで頬へと再び、涙が滑り落ちたのを花形の唇によって受け止められたばかりか、二度目の口付けを与えられることとなり、飛雄馬はまぶたをきつく閉じた。
ちゅっ、と音を立て唇を啄まれて、飛雄馬は恥ずかしさのあまり、自分の体温が急激に上昇していくのを感じる。
「ぼくはずっときみだけを見ていたよ、飛雄馬くん」
きみがずっと、巨人の星を仰ぎ続けていたように、花形はそう続け、飛雄馬の手を取ると自分の下腹部へと導く。
「っ、う…………」
じわり、と花形のスラックスの膨らみに這わせた掌に汗が滲んで、飛雄馬は心臓が馬鹿に速く脈打つのを感じつつ唾を飲み込み、喉を鳴らす。
この奥に何があるのか、同じ男ならわからぬはずがない。花形さんは、ねえちゃんではこうはならないと言っていたか。それなら、これが意味するのは。形を確かめるように手を這わせ、指を添わせられ、飛雄馬はその熱さと固さとに顔を紅潮させた。
そうして、ちらりと視線を遣った花形の表情を目の当たりにし、飛雄馬は彼が冗談ではなく、真剣にこの行為を行っていることを知る。
「どう、しろというのだ。おれに……こんなことをさせて」
指先に触れたファスナーの金具を飛雄馬はそっと抓むと、指示をされていないにも関わらず、それを下げ、開いた前から手を差し入れ、下着越しに花形の怒張へと指を這わせた。直に花形の熱が指先に伝わり、飛雄馬は自分の手元を見つめると、更にその中から男根を取り出そうと指を滑らせる。
「飛雄馬くんはどうしたい?ぼくに直接触れようとしているが、このままぼくに抱かれるつもりはあるのかね」
「っ……!」
飛雄馬は花形に指摘されるまで、この一連の流れをほとんど無意識的に行っていたことに驚愕し、慌てて男根から手を離す。しかして、たった今まで、それに触れていた指はその熱さを覚えていて、飛雄馬は掌に指を握り込むと、花形から距離を取るように後退った。
心臓は今も破裂せんばかりに高鳴っている。
だというのに、目の前の男は落ち着き払い、平然とこちらを見つめている。
おれひとり取り乱し、動揺してしまっている。
「飛雄馬くん」
名を呼ばれ、飛雄馬はビクッ、と体を震わせると、大きく息を吸い、口から緩やかに吐き出した。
「好きにするといい。その代わり、ねえちゃ…………っ、」
目を逸らし、花形へと交換条件を投げかけた飛雄馬だったが、その隙を突かれ、唇を奪われたばかりか背後にあったベッドの上へと組み倒されてしまう。
そのまま仰け反った首筋に舌を這わせられ、飛雄馬は奥歯を噛むと、身をよじる。すると、飛雄馬の首筋に花形は吸い付き、そっと薄い皮膚に歯を立てつつ指先で胸の突起を探り当てるとそれを捻り上げた。
突然、強い快感が全身を貫き、飛雄馬はスラックスの中、下着が濡れるのを感じる。今の刺激で、自分のものがゆるく射精したことを嫌でも自覚させられ、飛雄馬は口元を両手で覆った。
泣き顔を見られずに済んでいるのはサングラスのおかげである。シャツの上から花形に乳首を舌の腹で舐め上げられ、飛雄馬はうっ、とくぐもった声を漏らすと同時に、再び、スラックスの中が反応したことに目元を潤ませた。
そのうちに、またしても花形に唇を貪られ、飛雄馬は絡ませられる舌の動きに喘ぎ、スラックスを留めるベルトに彼の手がかかったことに対し体を火照らせた。
「フフッ……抵抗しないところを見ると、飛雄馬くんもこうされることを望んでいたようだ」
「おれは、っ……ねえちゃんのためを思って、っあ、」
「明子のため、ね」
ベルトを緩めたスラックスを花形は飛雄馬の足から引き抜き、染みのできた下着の上から男根を指で弾くと、自分で脱ぎたまえ、と続ける。
「これが、っ、済んだら……ねえちゃん、とっ、」
腰を上げ、飛雄馬は下着を引き下ろすと、両足からそれを抜きベッドの上へとそっと放った。
「明子と、なに?」
「ねえちゃんと、子供を持つ、そうだ、っ、ん、う、」
唾液で湿らせた花形の指が尻を撫で、飛雄馬は腰をくねらせると膝を曲げ、左右に開いた足の爪先でシーツを掻く。
「まだそれを言うのかね」
飛雄馬は体の中を初めて探る指の動きに、再び乳首を尖らせ、口からは噛み殺したような嬌声を漏らす。
入口を慣らすために浅い位置を出入りしていたかと思えば、ふいに奥を嬲られて、飛雄馬は臍下で揺れる自分の男根がとろとろと先走りを溢すのを察した。
「おれは、っ……ねえちゃんのことがなければ、あなたにこんなことはさせ、な、あぁっ!」
花形の指先が掠めた箇所から全身に走る痺れに、飛雄馬は叫び声を上げると、触れられた位置から広がる快感に、ぴく、ぴくと体を痙攣させる。
すると、花形の指が腹の中から離れていって、飛雄馬はハッ、と顔を上げ、自分の開いた足の間を見遣った。明るい部屋の中で、花形の男根が開いた両足の向こうに覗くのが見え、飛雄馬は思わず喉を鳴らして──その蕩けきった顔を彼へと向ける。
花形の男根が、飛雄馬の尻にあてがわれると、内壁を擦りつつ奥へと進んでいく。
遠慮も、配慮もなく、根元までを飛雄馬の中に挿入すると花形は腰を引いてからゆっくりと内壁に自分の形を覚えこませていくように腰を押しつける。
無理矢理に入口を押し広げられ、顔を苦痛に歪めていた飛雄馬だったが、体内をゆっくりと擦る動きに眉間に刻んだ皺を解いた。
そうして、気が緩んだ拍子にサングラスを取られ、飛雄馬は涙に濡れた双眸を花形へと晒す。
頬を真っ赤に染め、瞳は虚ろに揺れている。
「このまま中に出したらどうなると思う」
「はぁ、っ…………っ、」
腰を回され中を掻き乱されて、情けない声を上げつつ、飛雄馬は顔を左右に振った。
すると、両手の指にそれぞれ指を絡ませられて、飛雄馬は腕をベッドの上へと縫い留められる。
開いた足の付け根に、体重がかけられたかより奥を花形が侵したような気がして、飛雄馬は握られた手を強く握り返した。
「目を閉じないで、飛雄馬くん。しっかり、見ていてくれたまえ、この花形を」
「っ、っ…………う、あ、ぁっ──、」
見たくない、花形、の瞳に映る自分の顔など見たくない。そうでなくとも、こんな、こんな仕打ちには耐えられない。見るな、見ないでくれ、花形さん。
飛雄馬は花形の目を見つめたまま、じわじわと与えられた快感に昇りつめらされたことで絶頂を迎え、その体を戦慄かせる。
脱力し、手を握り返す気力もない飛雄馬に対し、今度は花形が絶頂を迎えるために腰を振った。
「はっ、花形さ、っ……いま、今、おれ、っ、あ、ぁっ」
「…………」
体を揺さぶられ、飛雄馬はまたしても与えられた絶頂に狂わせられる。全身を汗にまみれさせ、濡れたシャツは肌に貼りつき立ち上がった胸の突起を際立たせた。口を開けたまま喘ぎっぱなしの飛雄馬に口付け、花形はその舌をゆるく吸い上げてから口を開くと、唇を触れ合わせて舌を絡め合う。
「ふ、あ…………、っ、ぅう」
花形は宣言通りに飛雄馬の中に吐精すると、脈動が収まるのを待ってからそっと体を離した。
数回咳き込むことを繰り返すとようやく自由になった両足をベッドへと投げ出し、飛雄馬は大きく息を吸う。花形が煙草に火をつけたか、空気に独特の臭気が混ざった。
「落ち着いたら、下りてきたまえ。ロビーで待っているよ」
「…………」
まるで他人事のような口ぶりで花形は囁くと、しばらく煙草の煙をくゆらせていたが、ふいにベッドに腰掛け、飛雄馬へと顔を寄せる。
しかして花形はそれ以上、触れて来ることはなく、また何の言葉かけもないままに部屋を出て行った。
煙草の匂いがいつまでも部屋の中に漂っているようで、体が気怠い。
飛雄馬はこのまま眠ってしまおうかとも考えたが、待たせてしまっては悪い、と軋む体に鞭打ち、ベッドから起き上がった。
髪は汗に濡れ、纏うシャツも湿っている。
こんな身なりの男を連れ、花形さんは今からどこに食事に行こうというのか。
花形コンツェルンとやらの御曹司がおれのような人間と行動を共にしているのを目撃されたら、何と取り繕うつもりなのか。
この期に及んで、相手の心配をしてしまうとは、お人好しを通り越し、おれは馬鹿だな。
額に貼りつく前髪を掻き上げ、飛雄馬は苦笑すると、灰皿から立ち昇る、煙の一筋を黙って見つめた。