密会
密会 乗り込んだタクシーに花形コンツェルン本社まで、と告げると、運転手は困惑する様子もなく、ああ!とだけ返事をして車を走らせる。
話したいことがあるから、申し訳ないが我が社まで出向いてくれないだろうか、と花形から寮に電話が入って、飛雄馬は姉の顔を立てるためにも義理の兄の元へ向かうことにしたのがつい1時間ほど前のこと。
運転手は野球にはさほど興味がないのかほとんど話しかけてくることもなく、飛雄馬からしてみれば居心地良くもあった。
運悪く野球狂の運転手のタクシーに乗り込んだ際には目的地に着くまで質問責めという散々な目に遭ったことも一度や二度ではなかった。
「玄関前でいいんですかねえ?」
明日の試合のことについてぼんやりと考えていた飛雄馬はふいに声をかけられ、ハッとなり、お願いしますと答えた。
運転手はメーターを止め、数十メートルだが正門から玄関口まで車を走らせてくれた。飛雄馬は礼を言い、おつりは結構ですと紙幣を彼に手渡し、開けられたドアから外へと一歩、足を踏み出す。
花形が父の興した会社を花形コンツェルンと呼ばれるまでに大きくしたことは姉から聞いていたが、まさかここまでとは、と飛雄馬は背を反らして見上げねば最上階が視界に入らぬほどに高いビルを仰ぎ、玄関の自動ドアから中へと入った。
すると、入ってすぐ目に入った受付のカウンターの向こうに座っていた女性が席を立ち、星飛雄馬さんですね、専務がお待ちです。エレベーターで向かわれてくださいと尋ねるより前に案内してくれたために、些か拍子抜けしたものの、飛雄馬は彼女にも礼を言うとそのままエレベーターへと乗り込む。
最上階が会長室、その次階が専務室のようで飛雄馬はボタンを押すとゆっくりと上昇するエレベーターのモーター音を黙って聞いていた。
そう時間を要すことなくエレベーターは専務室のある階へと飛雄馬を運び、飛雄馬は人気のない廊下を進むと、専務室と書かれたプレートの付いている扉を数回叩いた。
と、すぐに扉が開いて中から見知った顔が覗いて、飛雄馬はほんの少しだけ緊張を解いた。いくら義理の兄の会社とも言えども、こう場違いなところに顔を出すのはどうにも気が引けたゆえに、だ。
「迷わなかったかい。フフ、まあ、エレベーターでそのまま上がってくればいいのだから迷うわけがないか」
仕事の途中であったか、書類の並べられたデスクの場所まで戻りつつ花形が笑う。
「電話で話せばいいものをここまで呼び付けるほどの用件が何かあるんですか?」
「そう邪険にしないでくれたまえよ。ライバル同士であった数年前ならまだしも、今や飛雄馬くんとぼくは親戚でもある。そうツンケンすることもあるまい」
「時間が惜しい。伴との誘いも断っているくらいだ。少しの時間でさえ練習に充てたい」
花形は吐き捨てるように言う飛雄馬を椅子に座り、じっと見つめていたが、そうか、と言うなり腕を組む。
「この花形も、フフ……きみに当てられたと言うべきか、野球への未練が捨てきれずにいる。いや、蘇ったと言うべきか」
「………え?」
「まあ、それはいい。飛雄馬くん、来たまえ。渡したいものがあってきみを呼んだんだ」
「…………」
飛雄馬は一瞬、花形のそばに寄ることを躊躇したが、彼が何やらデスクの引き出しを開けたもので、距離を縮めるべく歩みだした。デスクを挟んで対面に立ったが、花形がいや、もっと近くに、と言うもので飛雄馬は彼の座る椅子の近くへと歩み寄る。
と、ふいに花形が立ち上がり、飛雄馬はぎょっとして後退った。
「何を驚くことがある。ほら、手を貸して」
手?と飛雄馬はとっさに左手を差し出す。
今でもふとした時に前に出る手はやはり左で、箸を持ったり何かを握ったりという日常動作を行う分には不便は感じられないが、重量のあるものは腕に力が入らず支えることが出来ないでいた。
それを見据えてか、花形はぎゅっと飛雄馬の左手前腕を力を込めて握った。
「つ────っ!」
鋭い痛みが腕から脳へと一気に突き抜けて、飛雄馬は呻く。それからすぐに花形の手は緩んだものの、疼痛に顔を歪めた飛雄馬の顎へと彼は指をかけ、その顔を上向かせた。
「そう、強くしたつもりはなかったが」
「な、にを………する、つもりですか」
「さあ……それは、飛雄馬くんのご想像にお任せするよ」
微笑さえ湛えつつ、花形は目を閉じ飛雄馬の唇に自身のそれを押し当てる。
「う、っ!」
ぎくっと飛雄馬の身が震え、目を見開く。 刹那、扉がノックされ、「専務、午後の商談の件ですが」と女性の声がその向こうから聞こえたが、花形は後にしたまえと突っぱねた。
かしこまりました、と落ち着いたよく通る声の主は一瞬、間を置いた後ヒールの音を響かせ、遠ざかっていく。
「誰か、来たら………っ、困るのは、花形さんだろう」
「飛雄馬くんは困らないとでも?」
ニッ、と花形は再び笑みを浮かべて飛雄馬の呼吸を奪いに来る。
身構え、飛雄馬は目を閉じ唇を強く引き結んだ。その一瞬である、花形は飛雄馬の腕を取り、彼の体を書類の置かれたデスクの上へと組み敷いたのは。
ガタガタっと大きくデスクは揺れ、床にペンや書類が散らばった。
後頭部を天板へと強かにぶつけた際、舌を噛んだか、飛雄馬の口内には鉄の味がにわかに広がる。
花形の腰は飛雄馬の投げ出された腰から下──その開いた足の付け根へと押し付けられている。
「昔取った杵柄とでも言うのかね。大リーグボール一号を打ち破るために行った特訓のお陰か……きみ一人組み伏せるくらい造作もないことさ」
「それが、今っ…………なんの必要が」
苦し紛れに尋ねた飛雄馬の目の前で花形はネクタイを緩めると、その結び目を解く。
「悪いようにはしないよ」
「っ、これが、悪くないとでも、ぅ!」
皮肉を言った飛雄馬の唇に花形は再び口付けを与える。身をよじって拒絶してみせるが、花形は飛雄馬の顎を掴んで無理矢理にでも唇を奪った。
「っ、ぶ………ん、」
そこからは完全に花形のペースで、口の中に捩じ込まれた舌が飛雄馬の体を火照らせた。尻に押し付けられる花形の下腹部もまた膨らみ、熱を帯びていて、飛雄馬は眉間に皺を寄せる。
「あっ、っ………」
唇から離れ、首筋を這う舌に飛雄馬は喘ぎ、花形の腕に縋って爪を立てた。
「飛雄馬くん、跡を付けられるのは困るのでね。少し手荒な真似になるが我慢してくれたまえ」
言うなり、花形は緩めたネクタイを首から抜き取ると、飛雄馬の両手首をなんの躊躇いもなく一息に括ると、舌を這わせていた首筋へと淡く歯を立てた。
「いっ………っ!」
締められた手首が軋んで、飛雄馬は頭上で強く拳を握る。
花形は飛雄馬の柔らかい首筋に唇を押し当て、噛み付くことを繰り返しながら彼の穿くスラックスのベルトを緩め、着ているシャツの裾へと指を忍ばせる。
「は、っ………花形さ、っ………」
ぞくぞくとその刺激に飛雄馬の肌が粟立って、伴い、胸の突起も固く立ち上がった。
「フフ、だいぶ声が甘くなってきたようだね」
花形は飛雄馬の汗ばんだ肌を指先で撫で、下着ごとシャツをたくし上げていく。
肌の上を花形の指が滑るたびに飛雄馬の体は強張って、その喉からは喘ぎが上がる。
「っ、あ……あ」
身をよじる飛雄馬の股間へと花形は腰を押し付け、勃起した男根をその腹で押しつぶすように体重をかけた。
びくっと飛雄馬は大きく体を跳ね上げ、奥歯を噛み締める。
笑みを浮かべているらしき花形の顔も今の 飛雄馬には涙のせいで歪んで見えた。
花形は少し飛雄馬から体を離すと、彼のスラックスのボタンを外し、ファスナーを下ろしてからその中へ手を差し入れる。
「は、ぁっ………く……」
焦らされたそこに触れられ、飛雄馬は身を震わせた。と、花形の手は下着の中へと滑り込んで、直に逸物へと触れる。
途端に飛雄馬の男根からは先走りが溢れ、花形の指を濡らした。
「一度出すかね」
「いっ………いやだっ、いや……」
首を振る飛雄馬に従うように花形は一度下着から手を抜くと彼のスラックスを脱がしにかかる。下着と共にそれは飛雄馬の下半身から離れ、花形は彼の片足を曲げさせると片方のみ靴を脱がせ、そこからスラックスと下着とを抜いた。
と、そこで花形はデスクの上にあった糊の蓋を開け中身を掌に出すと、飛雄馬の尻を慣らしていく。
「う、っ………ん、ん、っ」
中を花形の指が行き来するたびに飛雄馬の男根は震え、その鈴口から透明の液を垂らす。指の腹が探り当てた箇所を花形はさすって、飛雄馬の反応を見た。
「な、っ、でも………っ、花形さ………何でも、するから、これ以上っ」
「何でも?では野球界から身を引けと言ったらきみは言うとおりにするかね」
「っ…………!」
飛雄馬は顔をしかめ、花形を睨む。
花形が久しぶりに、数年ぶりに対峙するあの瞳だ。涙に濡れてこそいるがこの目に囚われ、夢にまで見る──。
何度この顔を歪ませたいと思ったか。星飛雄馬がマウンドにひれ伏し、屈辱に喘ぐ姿を幾度夢想したことか。
「それは、っ、できない」
「それでこそぼくの敬愛する星飛雄馬だ」
くくっ、と花形は喉を鳴らして、前戯もそこそこに飛雄馬の尻へと取り出した己の怒張を当てがう。飛雄馬は縋るような目を向けたが、花形は自身の腰を押し付け、彼の中へと己を挿入させた。
「あ…………っ、っ」
飛雄馬の手首が先程より強く軋み、音を立てる。飲み込んだ花形を飛雄馬の粘膜は柔らかく、そして暖かく包み、締め上げる。
「思う存分、声を上げるといい。誰もここまで来る人間はいない」
「うっ………く、」
飛雄馬の額には汗が滲んで、腰が悲鳴を上げた。しかし、馴染む暇もくれぬまま、花形は飛雄馬を揺さぶりにかかる。
初めはゆっくりと、次第に腰を叩きつけるようにしながら花形は飛雄馬を犯す。
縛られた手首で顔を覆う飛雄馬の中を穿って、先程指で探り当て、嬲った場所を突き上げる。
「ふっ、あ、ん、んっ………」
デスクが軋んで、辛うじて天板に乗っていた書類や資料が床へと滑り落ちた。
「飛雄馬くん、こっちを見て」
「は、っ………あ、ァ……あっ!」
顔を覆う飛雄馬の両手を振り払って、花形はその頬を濡らす涙を唇で掬う。
そうして、飛雄馬は花形の口付けを受けつつ、絶頂を迎えた。全身にびっしょりと汗をかいて、腹を上下させる。
ひくひくと体を戦慄かせているものの、花形はまだ達してはいない。熱く絡みつく粘膜に奥歯を噛みながら花形は再び飛雄馬の腰を叩く。
「な、がたさ…………だめだっ、だめ、っ」
蕩けたところを更に突き上げられ、飛雄馬は仰け反り、逃げようともがくが花形の腰がそれを追い、より深いところを探ってくる。
「いっ、あっ………はぁっ……っ」
掠れた声を上げ、飛雄馬は荒い呼吸を繰り返す。腰を打ち付け、花形は飛雄馬の体の脇に手をつくと、彼の唇へと自身の唇を寄せる。
難なく受け入れたと思ったところに花形は飛雄馬に唇へと歯を立てられ、驚き、目を見開く。
じわりと滲む唇の血を拭うこともなく花形は飛雄馬の腹の中を穿ちながら仰け反った彼の顎先へと口付け、その唇に赤い跡を残して一人果てた。
「ふっ、フフ………とんでもない置き土産をくれたね」
飛雄馬の中に欲を放ちつつ、花形は言うと組み敷く彼の腹の上に乗った男根を握るとそれを刺激する。
「っ………はながた……さ、」
ぶるっ、と飛雄馬は震え、潤んだ目を花形へと向ける。次第にそこは花形の手の中で固さを取り戻し、飛雄馬の声も再び熱を帯び始めた。
「いっ………っ!はな、し、あ、ぅうっ!」
飛雄馬は自身の腹と花形の手指を白濁で濡らし、ぐったりと天板の上に脱力した体を預ける。
飛雄馬の中から花形は自身を抜くと、デスクの上に残っていたティシュ箱から中身を取り出しそれを拭った。
今になってようやく齧られた唇がじんじんと痛んで、花形は椅子に座ると痛む箇所を指で撫でる。するとやはりそこには血が滲んだ。
「はずして……て、……」
「…………」
花形は身をよじって体を起こした飛雄馬に気付くと、その手首からネクタイを外してやる。薄っすらと跡の残る手首に飛雄馬は顔を歪ませた。
「はながたさ、っは……じぶんが、なにをしたか、わかってるんですか」
掠れた声で飛雄馬は尋ね、その濡れた瞳を再び潤ませる。
「何を?飛雄馬くんだって楽しんでいたじゃないか。それをぼく一人だけ悪者扱いとはね」
にやっと口角を上げ、花形は飛雄馬を見つめる目を細めた。
「……………」
飛雄馬は顔を背け、デスクの上から降りると後処理もそのままに足に引っかかっていた下着とをスラックスとを身に付ける。
「飛雄馬くん、これを」
無言で立ち去ろうとする飛雄馬へと花形はデスクの中から取り出した紙袋を投げて寄越す。
「……貰えない。あなたから貰う義理がない」
「心配せずとも送り主はぼくじゃない、明子からの選別だ」
顔を振り、紙袋を突き返す飛雄馬に花形がそう言うと、彼はそれを手に歩み出す。
「飛雄馬くん、きみの活躍、いつも観ているよ。健闘を祈る」
「どの口がそれを、言うんですか………」
扉を開け、飛雄馬は言うと後ろを振り返りもせず部屋を出て行く。
野球への未練、か、と掌に残る鉄球打ちの特訓の際負った傷跡を眺めつつ花形はひとりごちる。果たして、今のぼくが飛雄馬くんのライバルとして再び蘇ることはできるのだろうか、と。
花形がそんなことを考える中で、飛雄馬は1階へと降りるエレベーターの中で紙袋の中身を覗く。
中には黒いバッティンググローブが1組、入れられており、飛雄馬はぎゅうっとそれを握り締めると花形の熱さの残る唇を強く噛んだ。