メモ
メモ 飛雄馬は遠征先の宿舎として球団が利用しているホテルのフロントから伝言です、と一枚のメモ紙を渡され、ハア、と戸惑いながらもそれを受け取った。
誰からです?と飛雄馬が問うと、お名前は教えてくれませんでしたが、男性の方でしたよ、とだけフロントに立つ支配人の名札を付けた初老の男性はズレた眼鏡を定位置へと戻しつつ、そう、答えた。
男性の、方ねえ、と飛雄馬はホテル名と部屋の番号が書かれたメモ紙に視線を落とすと、恐らく伴だろうな、近々出張でこちらを訪ねると言っていたなと合点し、一旦、監督の許を訪ねてから外出する旨を伝え、サングラス片手に再びホテルの出入り口へと舞い戻った。
遠征先での外出など監督やコーチに許可を得ずとも誰しも行っていることではあるが、飛雄馬は馬鹿正直にどこに行くにも監督やコーチらに一言断ってから出向くようにしていた。
とは言え、飛雄馬が遠征先でホテルの外に出ることなど、辺りをジョギングする以外には、ほとんどないに等しかったが。
飛雄馬はサングラスを着用すると、ホテルの外にちょうど停まっていたタクシーの後部座席に乗り込み、行き先を運転手へと告げてから窓の外へと視線を遣る。
東京の喧騒とはまるで違う、地方都市らしい落ち着いた光景がそこには広がっている。
何やら世間話を振ってくる運転手の言葉にも独特の訛りが見られ、飛雄馬はその和やかな雰囲気に顔を綻ばせつつ目的地までのしばらくの時間、彼との会話を楽しんだ。
そうして、指定された運賃より少し多めの代金を運転手へと支払い、飛雄馬はタクシーを降りると目の前にそびえ立つホテルを見上げ、大きく溜息を吐くと、そのまま中へと入った。
すき焼き屋での食事も経費で落ちるから心配するなと伴は言っていたが、少しは節約すると言うことを覚えたらどうだ。
こんないかにも高そうなホテルに泊まっているとは。
少し、灸を据えてやらねばと思いつつ、飛雄馬はホテルのエレベーターを使い、メモに書かれていた部屋のある階へと向かった。
エレベーターの箱を降り、廊下をしばらく行くと目当ての部屋は角のようで、用心のために掛けてきたサングラスを外すと、部屋の扉をノックする。
「開いているよ」
「…………!」
中から聞こえた声に、飛雄馬の心臓はドキッ!と一瞬、大きく跳ねてから続け様に早鐘を打ち出す。
今の声は、伴じゃない。
おれは、まんまと彼の策に乗せられてしまったらしい──。
開けるべきか、それともこのまま逃げるべきか。
いや、彼が、なぜおれを呼んだのか尋ねてからでも遅くはあるまい。
飛雄馬は目を閉じると大きく息を吸い、気を落ち着かせてから目を開け、扉を開ける。
と、やはり中にいたのは、予想通りの人物──花形満で、飛雄馬は部屋の中に身を滑り込ませると、後ろ手で扉を閉めた。
「おや、逃げるかと思ったが──」
「用件だけ聞こう。なぜ花形さんはおれをここに呼びつけた」
飛雄馬は部屋の中に置かれているベッドの端に腰掛け、こちらを見つめている花形を眼光鋭く睨み付けつつ、単刀直入に切り出す。
「なぜ?きみがこちらに試合で遠征したのとぼくの出張先がかぶった、ただそれだけのことじゃないか」
「わざわざ呼びつける必要はないだろう。ホテルにまで連絡してきて、何事かと思ったじゃないか」
「嘘が下手だね、飛雄馬くんは。フフ、正直に言いたまえ。伴くんかと思ったからここを訪ねたら当てが外れたんだろう」
「…………!」
「フフッ。当たりかな」
ニッ、と笑みを浮かべる花形の表情から視線を逸らし、飛雄馬は、からかうつもりなら失礼する、と言うなり彼に背を向け、扉を開けるためにドアノブを握った。
「まあ、待ちたまえ。せっかく来たのなら少し話そうじゃないか」
「はっ、話すことなんかない!何も!」
「では、別のことをしようか」
いつの間にか背後に立っていた花形が飛雄馬の耳元でそう、囁いた。
「…………!」
ゾクッ、とその甘い声色に飛雄馬の肌が粟立つ。
一瞬にして自分の体温が上がったのがわかる。
飛雄馬は目を閉じると、いい加減にしてくれ、と震える声で拒絶の言葉を口にした。
「何がしたいか教えてはくれまいか飛雄馬くん。きみの言うとおりにしよう」
「おれをそうやって呼びつけてはねえちゃんを悲しませるようなことばかりして、花形さんは良心が咎めないのか?こんなことをするくらいならねえちゃんを連れてきてやったらどうな……っ」
ふいに腕を掴まれ、飛雄馬はそのあまりの力強さに顔をしかめたが、そのまま花形と対面し、扉に背を向ける格好を取らされ、彼の顔を見上げる羽目になった。
「飛雄馬くん自身散々楽しんでおきながら二言目にはそれだ。まったくきみの狡猾さには頭が下がるね」
「たっ、楽しんでなんか……」
カッ!と飛雄馬は頬を染め、花形の言葉を否定する。
「ならば、どうして前を反応させているのかな」
「…………!」
言われ、飛雄馬は自分の腰へと視線を落とす。
花形の言葉通りに私服のスラックス、その前は膨らんでしまっている。
フフッ、と微笑む声が頭上から降ってきて、飛雄馬は羞恥のあまり、瞳に涙を滲ませた。
「泣くことはないだろう、飛雄馬くん。ぼくとしては嬉しいよ。きみがこの花形のことを受け入れてくれるのはね」
飛雄馬の足の間に花形は膝を入れ、その太腿で首をもたげているそれを刺激する。
ぐりぐりと下着の中で自分の腹と花形の腿とで男根を押しつぶされ、飛雄馬は扉を背にしたまま、小さく声を上げる。
「っ……ぅ、」
「前を開けようか。汚れては帰れまい」
花形は飛雄馬のスラックスのファスナーを下ろすと、中に手を差し入れ、下着の中を弄る。
「花形っ、やめろ……」
「やめるのは構わんが一度出していた方がきみも楽ななのではないかね」
そうして、下着の中から天を仰ぐように反り返った男根を取り出し、花形はそれに手を添えるとゆっくりと上下にしごいた。
「あ、ぅ、っ……っ!」
「たまには抜いてた?」
くすくすと花形は飛雄馬を煽るような言葉を口にしながら、溢れる先走りを指に纏わせつつ、彼を射精へと導いていく。
「誰が、っ……そんな真似」
「フフ、冗談さ」
一度、根元まで下った花形の手は飛雄馬の亀頭を握り、そこを重点的に責める。
その動きの、何と巧みなことだろう。
達しそうになると動きを緩め、落ち着くと再びその手を速めることを繰り返す。
その度に飛雄馬は腰を震わせ、鈴口からはとろとろと先走りを溢れさせた。
膝が震え、立っているのもやっとの状態であるが、扉が支えとなり、どうにか持ち堪えている。
「はぁ……っ、う、ぅっ!」
堪らない。生殺しだ。もう、何度目になるのか。
「出したい?」
「っ……!」
飛雄馬は花形に尋ねられるが首を振り、彼の問い掛けを否定する。
「顔が蕩けてきたね」
「…………!」
きっ、と飛雄馬は花形を睨み据える。
「顔を上げて、口を開けて」
「……は、っ」
飛雄馬は言われるがままに俯けていた顔を上げ、薄っすらと唇を開くが、ハッ!と瞬時に我に返ると再び顔を逸らし、口元を手で覆った。
「飽きないね、きみは」
フフ、と花形は笑みを浮かべると、何を思ったか飛雄馬の胸、その突起を服の上からもう一方の手で抓り上げた。
「う、あ、ぁッ──」
瞬間、凄まじい快感が飛雄馬の全身を駆け抜け、どくどくっ、と焦らしに焦らされた男根からは大量の精液を放出する。
目の前には閃光が走り、チカチカと火花が散った。
捻られた突起は甘い痛みをそこから全身へと走らせ、飛雄馬の腹の奥を疼かせた。
「扉に手をついて、腰をこちらに向けて」
「…………」
はぁ、はぁと肩で息をしつつ、飛雄馬は濡れた瞳を花形へと向ける。
とっくに膝の間から花形の足を抜けている。
「飛雄馬くん」
「…………」
この扉を開ければ、この地獄からは抜け出せる。
そうしておれは素知らぬ顔をして宿舎へと戻ればいい。それなのに、どうしておれは花形の指示に従おうとしているのか。
この後のことを、期待してしまっている。
飛雄馬は奥歯を噛み締め、体の向きを変えると扉に手を付き、尻を突き出す格好を取る。
「どうして逃げなかった?」
背後から聞こえた声に、飛雄馬の全身が総毛立つ。
「あ、っく……」
スラックスを剥ぎ取り、露わになった尻へと花形が指を這わせた感触に飛雄馬は体を震わせた。
「ぼくは無理強いはしたくないからね。きみが嫌だと言うのならここを開け放って出て行ってくれても構わんよ」
ややひやりと冷たい、液体らしきものを纏わせた指が飛雄馬の尻の窄まりへと挿入される。
「ん……ん、」
腹の中を這う指の感触に、一度は萎えた男根が再び熱を持ち始める。
「嫌だ嫌だと言っておきながら一番楽しんでいるのは飛雄馬くんだろう」
「ちが、ぁっ……っ!!」
続けざまに挿入された二本目の指の圧に飛雄馬は軽く達し、ぶるぶると体を戦慄かせた。
すると花形はぐるりと指を回転させ、飛雄馬の腹側にある前立腺の位置を指先で撫で回す。
その、的確な位置を捉え、途切れることなく快感を与えてくる指に飛雄馬はただただ酔った。
ぐちゅぐちゅと花形が指を動かすたびに結合部からは音が鳴り、飛雄馬は奥歯を噛む。
と、ふいに指が離れていき、飛雄馬は閉じていた目を開ける。
カチャカチャと部屋に鳴り響く金属音が止んだ刹那、腹の中を一息に貫かれ、飛雄馬はだらしなく大きな声を上げた。
開いたままの口からは唾液がつうっと滴り落ち、床へと溢れた。突然腹の中を満たした圧に息ができない。
「はぁ、っ……っ、」
「動くよ」
「待っ、え、ぅっ!」
制止も聞かず、花形は腰を引くと飛雄馬の尻へとそれを打ち付ける。
突っ張っていた腕は肘で曲がり、飛雄馬は扉に頭を押し当てると、浅い呼吸を繰り返す。
しかして花形は一度、抜けるギリギリまで引いた腰をどすん、と尻に打ち付けて来て飛雄馬は悲鳴を上げた。普段とは違う位置を花形の反ったそれが擦り、突き上げて来る。
動きが止まったと思えば、中を掻き回される。
「後ろからの方が好きかね」
「っ、ふ……ぅ、う!」
「答えて、飛雄馬くん」
飛雄馬は顔を横に振り、ぎゅっと指を拳に握り込んだ。すると、尻に鋭い痛みが走って、飛雄馬はひぃっ!と喉から掠れた声を上げる。
それから、二度、三度と尻に痛みが走り──飛雄馬はそれが花形の平手打ちに因るものだと知る。
「いっ──っ、」
ヒリヒリとした熱を帯びた痛みでさえ、今の飛雄馬は快感のそれへと昇華させてしまう。
そのまま絶頂を迎えつつ飛雄馬は花形をきつく締め上げる。
「ほらどこに出そうか」
「あ、ぅ……っ、ん」
「言わないとこのまま出してしまうよ」
言いつつ、花形は浅い箇所をゆるゆると突く。
「動くな、ぁっ……っ」
呻くように声を上げた飛雄馬の中に花形は精を吐き、その脈動が治まるのを待ってからぬるりと彼から離れた。
「は……っ、はぁっ……っ、っ」
花形が掻き出した精液がつうっと飛雄馬の尻から滴り落ち、腿を滑る。
花形は先に身支度を整えると、未だ足に力が入らぬのか扉の前で立ち尽くす飛雄馬へと歩み寄り、濡れた箇所をティッシュで拭ってやった。
「っ……!」
未だ絶頂の余韻からか感覚過敏なままの飛雄馬はその感触に身震いし、隣に立つ花形を濡れた瞳で見上げる。
「今日はここに泊まりたまえ。連絡はぼくから入れておく」
「いや……帰るさ。心配には及ばん」
掠れた声で飛雄馬は返事をし、何やら手を差し出してきた花形の腕を跳ね除けると、扉を背に、それを支えとしながら床に落ちてしまっている下着とスラックスを引き上げ、腰で留めた。
「宿舎まで送ろう」
「その優しさはねえちゃんのために遣ってくれ」
飛雄馬は目元の涙を腕で拭うと、花形をそれから一瞥もせずに部屋を出た。
来たときよりも長く感じる廊下を腰をさすりつつ飛雄馬は歩くと、来たときのまま止まっていたらしいエレベーターに乗り込み、一階へと降りる。
もう二度と、その手には乗らぬと毎回思うのに、もしかするとねえちゃんや親父の身に何かあってのことでは、と最悪の事態を考えてしまうのがいけないのだろう。
ねえちゃんのためにも、花形さんの、おれの今後のためにも彼と関係を持つのはこれきりにしなければ。
「…………」
飛雄馬はふと、エレベーターを降り、フロントの前を通り過ぎてホテルを出ると背後を振り返る。
何を、期待しているのだろうか。
たった今、この関係に終止符を打とうと思ったばかりなのに。
火照った体を夜の空気が冷やしてくれる。
このまま何もかも夜の闇に紛れ、消え失せてくれたらいいのに。
飛雄馬はついさっきまで己がいたホテルの階を見上げ、花形が最後まで触れてくれなかった唇を噛むと、近くのタクシーに乗り込み、座席に触れる尻が痛むのを運転手に悟られぬよう、愛想笑いでごまかしながらその場を去った。