酩酊
酩酊 伴は突然、座卓の上に突っ伏すなり、その大きな肩を揺らし部屋の家財を揺らすようないびきをかき始めた。
座卓の向かいに座っていた飛雄馬は彼に対しそのまま寝るなよ、と苦言を呈したものの、返ってきたのは寝らんわい!と言う半ば気の抜けた寝惚け声である。
座卓の中心に置かれたすき焼き鍋の中では手付かずのままの葱や春菊の切れ端が浮いている。
誘ったのはお前の方だろうに、と飛雄馬は苦笑しつつも、普段の疲れも重なったのだろう、このまま仲居さんに伴のことを伝えてこの場を後にしよう。
そんなことを考えながら、このままでは寒かろうと着ていたジャケットを脱ぎ、それをかけてやるべく彼のそばに歩み寄ってから身を屈めた飛雄馬の腕をいつの間に目を覚ましたのか伴はギュッと掴んでおり、爛々と光る両眼をこちらに向けてきた。
「伴……寝たのかと思っていた。だったら話は早い。一刻も早く家に帰って寝るべきだ。こんなところで寝られては皆に迷惑がかかる」
「どこにいこうと、いうんじゃ、ほしはあ」
「…………?」
目を覚ましてはいるが、どうやら本調子ではないらしい。
飛雄馬はどこにも行かんさ、と当たり障りのない言葉を口にすると、再び、起きてくれ、と彼の帰宅を促す。
「またわしをひとりにするのかあ、きさまというやつはあ」
「…………伴、いい加減にしろ。声が大きい」
「いいわけするな、ほしぃ。おまえはそうやって、いつもいつも」
飛雄馬の腕を掴んだまま、伴はその体を己の方へといとも容易く引き寄せ、自身の腕の中へと抱き留める。
「ふざけるんじゃない、伴。酒癖が悪すぎるぞ」
「わしはふざけてなどおらん!まったく!ぜんぜん!」
言うなり、伴は飛雄馬の体をガバッと突き放すとその酒臭い唇を尖らせ、口付けを迫った。
「十分、ふざけとると思うが……ここは伴がよく行く馴染みのすき焼き屋で、お前の家じゃない。変な気を起こすのはよせ」
「わしのうちだったらだかせてくれるっちゅうのか!」
襖1枚隔てた部屋の向こう、共有の廊下をバタバタと行き来する足音が幾度となく聞こえ、飛雄馬はしっ!と自分の唇に立てた人差し指を当ててから伴の口をもう一方の手で押さえた。
「伴の頭の中にはそれしかないのか」
「もご、もごもご、もぐ」
「…………」
口元を押さえているために何やら要領を得ないことを口走る伴から飛雄馬が、手を離してやると、「好きな相手と繋がりたいと思うのは本能じゃろう」と彼は続ける。
「別に、おれはそんなことをしなくても伴と一緒にいられるだけで幸せだが」
「ここのところ星はずっと忙しかろう。電話をしても梨の礫じゃし、わしが見る姿といえばテレビの中での活躍や球場で豆粒みたいにちっこいのだけじゃし……寂しいわい」
現役時代より更に肥えたであろう体を縮こまらせながら伴はアルコールのせいか、やたらと湿っぽい台詞を口にする。
「今日、久しぶりに会えたじゃないか」
「う、じゃ、じゃから、その、き、キスだけでも、い、いかんか?それ以上は、せ、せんから」
「……よくそんな台詞を恥ずかしげもなく口にできるな」
「だってわしは星に惚れとるからのう。ふふふ」
にかっ、と伴が見せた屈託のない笑みに飛雄馬はここに来て初めて、彼から視線を逸らした。
「また、そんなことを言って……」
「なんじゃ?恥ずかしいか?星はウブじゃのう。そういうところもすきじゃぞい」
「よせ、伴。おしゃべりがすぎる」
「星、わしゃお前に再会できて嬉しいんじゃ」
すり、と大きな手で飛雄馬の頬を撫で、伴はとろんと据わった瞳に目の前の彼の顔を映す。
「おれの尻ばかり追いかけとらんで自分の職務を全うするべき……っ、あ」
そこから先は言わせない、とばかりに伴はやや強引に飛雄馬の唇を己のそれで塞いだ。
久しぶりに触れる伴の唇の感触に、一瞬にして飛雄馬の肌はかあっと火照る。
そうして、あわよくばとばかりに舌を滑らせてきた伴から顔を背け、口付けから逃げると飛雄馬は改めて瞳に映る彼を睨み付けた。
「これだけだと、言ったのは伴だろう」
「じゃから、これだけじゃい……他のことはせん、から、星、頼む」
縋るような、今にも泣き出しそうな声でそう頼まれ、飛雄馬はしばらく考えていたが、伴の首にすうっ、と腕を回すとほんの少し顔を傾け、ちゅっ、と彼の唇を啄む。
かと思えば、僅かに出した舌先で伴の閉じ合わさったままの唇をちろちろと舐め、再び音を立てそこに吸い付いた。
「口を開けてくれ、伴……」
「あ、星…………」
ごくんっ、と伴が唾液を飲み込む音が飛雄馬の耳にも入った。
そうでなくとも、互いの心臓はそれこそ壊れてしまうのではないかと言うほどに激しく鼓動を繰り返している。
下半身がぐずぐずと疼き始め、飛雄馬は伴の首に縋る腕の力を強めた。
薄く開いた唇の隙間から飛雄馬は伴の口内に舌を差し入れ、そこにあった彼の舌へと自分の唾液を纏った粘膜を触れ合わせる。
やり場のないままになっていた伴の腕もいつの間にか飛雄馬の背中に回っており、ふたりは夢中で互いの唇を貪りあった。
「ほ、星……」
唇を離し、伴は熱っぽい声で飛雄馬を呼びつつ彼の耳元へと顔を寄せる。
熱い吐息が耳にかかって、飛雄馬はビクッ、と素直に反応を返したものの、そこに待ったをかけた。
「約束、しただろう…………ここで、終わりだ」
「し、しかし……こんな、このまま帰れんじゃろう。わしも、星も」
「しばらくすれば治まる。伴、時と場所を考えろ。こんなところで事に及べば店の人たちに迷惑がかかる」
伴から離れ、飛雄馬はグラスの半分ほどに残っていたオレンジジュースを口にすると、鍋の中に浮いたままになっている葱を箸で掴み、とんすいへと入れた。
「…………」
「まだ少し残っているぞ。伴も食べるといい」
「星!きさまと、言うやつは」
叫ぶなり、伴は飛雄馬の着ているシャツの胸元を柔道の絞め技の要領で掴むと、そのまま彼の体を畳の上へと押し倒す。
「…………!」
「わしは!ここで素直にハイ分かりましたと引き下がれるほど大人じゃないぞいっ!」
「ば、んっ……!」
驚いたまま固まる飛雄馬の唇に伴は自分の唇を押し付けると、そのまま彼の下半身へと手を遣った。
治まりつつはあるがまだやや膨らんだままの飛雄馬のスラックスの前部分を大きな掌で撫でさすり、ビクッ、と組み敷く彼が体を上ずらせた際に離れた唇で伴は眼下に現れた白い首筋を吸い上げる。
「こんな状態でよくあんなことが言えたもんじゃのう」
「う、っ……伴……約束、ちが、ぁ、っ」
すり、すりと伴は飛雄馬の股間を撫で、更にその怒張へと刺激を与えてやる。
すると、それは伴の手に反発するよう首をもたげ、スラックスの前部分をふっくらと持ち上げた。
「辛かろう、星。脱ぐとええ。汚すと帰れんぞい」
ちゅっ、と優しく啄んだかと思えば次は跡を付けんばかりに強く首筋に吸い付くことを何度も繰り返しつつ、伴は飛雄馬の穿くスラックスのベルトを外すと、前をはだけ、下着の中から勃起した逸物を取り出してやった。
「あ…………」
完全に首をもたげた飛雄馬のそれは、立ち上がった頂にある鈴口からぷくりと先走りの滴を垂らしている。
伴はちらりとその様子を伺ってから、飛雄馬の露出した男根に手を添えると、上下にそれをすり始めた。
「…………」
あっ、あっ、と小さく声を上げる飛雄馬の表情を見ながら伴は男根をしごく手に緩急をつけ、彼を昂ぶらせる。
「ひさ、しぶりで………っ、いっ、ん、ぅ」
飛雄馬の腰が跳ね、その声は少し鼻にかかったように甘ったるい。
ぞくぞくとした奇妙な感覚が腰から飛雄馬の脳天へと走る。
「そうじゃろう。久しぶりで堪らんかったのは星も同じじゃろうて強がりおって」
「強がり、じゃ……っ、あ、ぁ!」
にゅるっ、と先走りに濡れた伴の手が飛雄馬の亀頭の上を滑った。
背中を押し倒された畳の上で大きく反らして、飛雄馬は口を腕で覆う。
「星、聞かせい……きさまの声が聞きたい」
「…………!!」
飛雄馬は首を左右に振り、ぎゅっと目を閉じた。
すると、伴は手にした男根をしごく速度を速め、握る指にもまた少し力を込めた。
「っ…………ぅ、う────!」
どぷっ、と飛雄馬は伴の掌の中に白い精を吐き、射精の快感に声を上げた。
伴の手の中で脈動は中々治まらず、大量の白濁を放出してから飛雄馬はようやく全身の力を抜く。
びく、びくと飛雄馬が絶頂の余韻に浸る中、伴は次の準備を始める。
一旦、飛雄馬の足から下着とスラックスとを剥ぎ取ってから伴は膝立ちになった。
そうして、スラックスのポケットから取り出したハンカチで汚れた手を拭き、飛雄馬の畳の上に投げ出されたままの足を股関節と膝の位置から曲げると、己を受け入れさせるため大きく足を開かせた。
「伴っ……」
「星、わしのわがままを聞いてくれい……」
「ふ……強引すぎるぞ、おまえは、いつも」
飛雄馬にそう言われ、伴はくしゃっと顔を歪めてからスラックスのポケットから再び何やら取り出すと、手にした容器の蓋を取り、指先で現れた容器の中身をたっぷりと掬い取る。
「整髪料じゃい。ちと臭うかもしれんが害はない」
言うと伴は指でそれを柔らかく捏ね合わせてから、広げた飛雄馬の足の中心へと練り伸ばした整髪料を塗り付けた。
「あ、……っう、は、ぁっ」
くり、くりと入口付近を指で撫でられ、刺激に慣らされたかと思うと、入れるぞいの声と共に太い指が腹の中を弄る。
幾度となく受け入れたこの指だが、最初のこれはいつだって慣れない。
本来、何かを受け入れるようには出来ていないそこを無理やり突き進んでくる指に、体がゆっくりとしか順応しないからだ。
粘膜が伴の指の形を覚え、そこを指の腹で撫でられる度に腹の中だけでなく全身に甘い痺れが走る。
「あ、ん、んっ……!」
ぶるっ、と飛雄馬は体を戦慄かせ、伴の指を締め付けると鼻がかった声を漏らす。
そうして、ハッ、とここが伴と食事に来たすき焼き屋と言うことに気が付いて、いつの間にか外れていた腕で口元を押さえた。
「星、行くぞい」
「いつでも、来るといい……久しぶりで、ふふ、お互いきついかもしれんが」
ぬるっ、と伴は飛雄馬から指を抜くと、再び膝立ちになると慌てた様子でジャケットのボタンを外し、スラックスの前をはだけると、取り出した男根を組み敷く彼の尻へと当てがった。
飛雄馬もまた、伴を受け入れやすいよう、腰の位置を変え、ふうっ、と一度大きく息を吐いた。
と、伴は飛雄馬の中へ己の亀頭を飲み込ませると、男根に添えていた手を離し、ゆっくりと腰を使い奥へ奥へと突き進む。
「は…………っ、ん……ん、ぅ、うっ」
この腹の中を分け入ってくる痛みが堪らない。
腹の中がゆっくりと伴の形に作り変えられていく感覚にぞくぞくと肌が粟立つ。
会うこと自体が久しぶりで、この行為をしたくなかったと言えば嘘になるかも知れない。
根元まで伴は己を挿入させると、飛雄馬の体が馴染むまで少し間を置く。
そうして、見計らったように腰を引き、打ち付けることをゆるく繰り返す。
「ひ、っ、ぐ……」
どすん、と伴が腰を叩くたびに衝撃が飛雄馬の体を貫く。
腹の奥底を勢いのままに叩かれ、角度のついた亀頭が腹の中をぐりぐりと抉る。
腹の中を探られたせいで再び立ち上がった飛雄馬の逸物が、伴が腰を穿つたびに揺れた。
「ん、あ、ぁっ……」
顔の横に置いた手で拳を握り、飛雄馬は眉間に皺を寄せると奥歯を噛む。
伴はそれを目の当たりにすると、ぐっと自分の腹を押し付けるように、飛雄馬の己の体の両脇でそれぞれ揺れていた足を更に広げさせ、組み敷く彼の体の傍ら、それぞれの畳の上に両手をついた。
だらりと己の首元から下がるネクタイが邪魔で、伴はそれをシャツの胸ポケットに押し込むと、飛雄馬の額へと口付けを落とす。
ぐっ、ぐっ、と先程よりもっと深く、腹の奥を伴の男根は掻き乱し、腰を鋭く打ち付けてくる。
酔っているときの伴はいつもこうだ。
自分の欲を我武者羅に自分勝手にぶつけてくる。
こっちの気など、露ほども知らないで。
お前は引退した身で、体のことなど気にするべくもないが、こちらのことも考えてほしいものだ────と、飛雄馬が胸中で悪態を吐いたとき、伴が腰を回し、男根が触れる位置から絶頂の波が全身へと走る。
「あ、…………っ、っく……!」
背中を弓なりに反らして、飛雄馬は全身を貫く快感の強い刺激にビクビクっ!と身を痙攣させた。
しかして、伴の腰は未だ止まらず、それどころか更に激しさを増し、飛雄馬の腹の中を弄んだ。
「う、そ………ァっ、伴……!ば、んんっ!」
「静かにせいと言ったのは星じゃぞい……!わしはまだ出しとらん」
ぎりっ、と飛雄馬は奥歯を噛み締め、涙の浮いた瞳で自分を犯す伴を睨みつける。
しかして、幾度となく緩い絶頂が何度も何度も飛雄馬を襲って、その度に情けない声を上げる羽目になる。
背にした畳が熱く、湿っぽく、相当の汗を吸っていることを伺わせる。
「………っぐ、くるしっ、……ばん、伴っ、ッ!!」
ぶるぶるっ、と飛雄馬は再び軽い絶頂を迎えて、男根の先から精液を飛ばす。
「星……」
「い、いかげんに、伴、んっ」
腰を深く突き入れたまま中をぐちゅぐちゅと掻き回して、伴は飛雄馬の赤く火照った涙とも汗とも唾液とも判別のつかぬほど濡れそぼった唇へと口付けると、ようやくそこで射精を行った。
「う……ぐ、ぐっ」
腹の中で精を吐く伴の脈動を感じつつ、飛雄馬もまた小さく体を震わせると、唇に己のそれを押し付けてきた伴の口付けに応えた。
「はぁ………っ、く」
ようやく畳に尻と足をつけ、飛雄馬は上体を起こすと、男根を抜かれた際に溢れた精液を伴から手渡されたティッシュで拭う。
「あう、ほ、星よ、その、久しぶり過ぎて、また酒も入っとって、その、あの、」
「…………ふ、これからは少しでも時間を見つけて会うことにしようじゃないか伴よ、久しぶりに会う度にこんなことをされては身が持たん」
かすれた声で飛雄馬は呟き、腰をさする。
「ほ、星ぃ……」
すっかり酔いも覚めたか、行為が終わるといつもの伴に戻っており、飛雄馬はおれの今年の目標は巨人の優勝だが、お前は酒の量を減らすことに努めろ、と言うなり、散乱していた衣服を手に身に着け始める。
「あ、う、わかった……約束、するぞい」
「ふふ、それなら今日は久しぶりの再開を祝しておれが奢ろう。身支度が済んだら出るといい」
「星……」
沈んでいた伴の顔が瞬時に明るくなり、飛雄馬はふふっ、と微笑むと、座卓の上に置かれていた伝票を手に、一足先に部屋を出ていく。
まだ頭と腹の中がふわふわとしており、現実味を帯びていなかったが、飛雄馬は慌てた様子で背後から追ってきた伴に再び笑みを零すと、彼もまたへらり、と照れ臭いようなバツが悪いような、そんな顔をして、笑った。