迷い
迷い 「なあ星よ、日曜は練習がないじゃろ。よかったら映画にでも行かんか?ほら、お前と同じ名字の女優が出とるやつ。もちろんおれの奢りじゃい」
カラコロと下駄の音を響かせながら自転車を押す伴が照れ臭いのをごまかすためか、にこにこと顔を綻ばせながらそんな文句を口にした。
放課後、野球部の練習帰りに伴と飛雄馬はふたり連れ添いながら帰路についている。
いつも己の家とは正反対に位置する飛雄馬の長屋まで彼を見送ってから帰宅するのが日課で、普段と変わらず、何気ない日常的な会話を繰り広げつつ通学路を歩いていたが、今日に限って伴はいつもと違う台詞を吐いたのだ。
映画?と飛雄馬はまさかのことに面食らい、一瞬固まったが、伴の顔を見遣ってからふと、視線を逸らすと五月晴れの青空を仰ぎ見る。
「……誘いは嬉しいが、映画は投手の目によくないらしくてさ。遠慮しておくよ。それに、日曜はとうちゃんとの練習があるから伴とは、会えない……」
「う、うむ、そ、そうか。それは仕方ないのう……急に誘ってすまんかった」
肩を落とし、しゅんとなってしまった伴に対し、きみが謝ることじゃないさ。誘ってくれてとても嬉しい。ありがとう、と慌てて彼を慰め、飛雄馬はもう一度、すまない、と謝罪の言葉を紡いだ。
「いや、なに。もっと星と話がしたいと思ってつい、な。すまん。忘れてくれい。それじゃあ、また月曜に会おう!」
「…………」
ワハハ、と大声を上げ、笑うなり自転車と己の体をUターンさせ、去っていこうとするその大きく広い背中を飛雄馬は呼び止める。
まるで行かないでくれ、とでも言うように。
少なくとも、勇気を振り絞り、日曜に会わないかと飛雄馬を誘った伴にとって、彼のその声は己を思い留まらせるに充分すぎるほどであった。
伴はハッ、と足を止め、何事かと背後を振り返る。
「あ……伴!その、なんでもない!すまない。また、月曜に会おう」
しかして飛雄馬は、伴の思いなど露ほども知らぬまま、立ち止まった彼から顔を背け、口を塞ぐとそう言うなり、一目散に己が住む長屋の一角まで走っていく。
星!と呼ぶ伴の声も無視し、飛雄馬は角を曲がるとそのまま息を潜めた。
伴はしばらく、その場に立ちすくんでいたようだが、そのうちに自転車に跨ると去って行ってしまう。
伴もまた、心にもやもやとしたものを抱えてしまったが、尋ねに引き返したところできっと、星ははぐらかすじゃろう、と。
彼が何でもないというのならこれ以上詮索するのはよそう、とそのまま帰宅するに至ったのである。

飛雄馬は伴の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、星の表札がかけられた長屋の引き戸の前で深呼吸をする。
そうして、勢いよく戸を開けると、とうちゃん、ねえちゃんただいま、と心の内を悟られぬよう、精一杯努めながら微笑んでみせた。
戸を開けた先、部屋の中に姉の姿はなく、薄暗い部屋の中で煙草を燻らす父の姿だけがぼんやりと浮かび上がって、飛雄馬はギクッ!と身を強張らせた。
「あ、と、とうちゃん。どうしたの?電気もつけずに……ねえちゃんは?買い物?」
きょろきょろと辺りを見回し、苦し紛れに矢継ぎ早に質問を繰り返す飛雄馬に父・一徹は、靴を脱いでこっちに来いと低い声でそう、言い放つ。
飛雄馬は一徹の醸す雰囲気に気圧され、その場に呆けた。
背中一面にびっしょりと嫌な汗をかいて、下着代わりに着用しているタンクトップが肌に貼りつく。
だと言うのに、口の中はカラカラに乾いてしまっている。
どうして、ねえちゃん、いないんだ?
姉に対して胸中で恨み節など吐きつつ飛雄馬はよろよろと後ろによろめき、閉めたばかりの戸に寄りかかる。
「聞こえなかったか、飛雄馬よ」
「あ、う……」
もたつき、覚束ない足を懸命に動かし、靴を脱ぐと飛雄馬は乗り上げた畳の上に正座をした。
「こちらに来て服を脱げ」
「…………!」
飛雄馬は驚き、目を見開くが、鼻から大きく息を吸うと覚悟を決めたようにしてシャツのボタンをひとつずつ外していく。
とうちゃんは、気まぐれにこうしておれの体を検分するのだ。馬鹿げている。
とうちゃんは気でも狂ったのかとさえ思う。
けれども、至って真面目に、とうちゃんは服を脱いで裸になったおれの体を隅から隅まで眺めて、確かめて、それで何もなかったことが確認できると安心するらしい。
青雲に入って、伴と野球をしろと言ったのはとうちゃんで、おれはそれを忠実に守っているに過ぎない。
伴とは、それ以上でも、それ以下でもない。
おれが巨人の星になるために、協力してもらっている間柄。
きっと、高校を卒業したら離れ離れになってしまうに違いないし、そうしたらもう二度と、会うこともないんだろう。
「手が止まっておるぞ」
「!」
飛雄馬はビクッ!と一徹の言葉で我に返り、慌ててボタンを下まで外すとシャツを脱ぎ、汗の染みたタンクトップをめくり上げた。
「ふむ。見たところ何もないようじゃな」
「…………」
何も、ないに決まっているじゃないか。
とうちゃんは高校をなんだと思っているんだ。
おれは野球をしに青雲に通っているというのに。
とうちゃんが思うような、そんなこと、誰とするっていうんだ。
「下を見せてみい。ズボンも脱いでみろ」
「…………!」
飛雄馬はここで引いてくれるだろうと高を括っていたが、まさか下まで脱げと言われるとは、と思惑が外れ、唇を引き結ぶ。
正座の格好からバックルを緩め、ベルトを抜いてから飛雄馬は立ち上がるとスラックスを足元に落としてから下着に手をかける。
ねえちゃん、帰ってきてくれないだろうか。
いやだ。いやだ。とうちゃん、もう、勘弁してくれ。
「明子の帰りを期待しても無駄じゃぞ飛雄馬。めしの前に風呂に行くように言うたからな。1時間は帰らんぞ」
「…………」
飛雄馬は震える手を懸命に押さえ、下着に手をかけるとそれを一息に引き下ろす。
かあっ、と飛雄馬の体温が一気に上がり、心臓が今にも破裂しそうに鼓動を刻む。
視界がじわりと滲んで、飛雄馬は思わず鼻を啜った。
「こちらに来なさい」
「な、何もしていないし、されてもいない!とうちゃんの考えすぎだ!伴はそんなやつじゃない!青雲野球部れんじゅうだって真面目にやってるよ!」
「……いつからそんなに偉くなったんじゃ飛雄馬よ。わしに口応えできる身分か?おまえが」
「…………く、っ」
飛雄馬は奥歯を噛み締め、ぎゅっと体の横で拳を握る。
「今までわしにほとんど口応えなどすることのなかったおまえが、急にわしを拒絶する理由など考えられることはひとつじゃ」
「……………」
「否定せん、ということはフフ……飛雄馬、おまえ……」
「ちっ、ちがう!とうちゃんの、考えすぎだと言っているじゃないか。おれは伴のことをそんな風に考えたことはない」
首を振り、飛雄馬は必死に一徹の言葉を否定した。
「わしは伴のことを言ったつもりはなかったが。さっき映画に誘われたことがよほど嬉しかったようじゃな」
しかしてそれが墓穴を掘ったか一徹は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、更に飛雄馬を煽った。
「う、嬉しくなんか……おれは、青雲に野球をしに行っているに過ぎない。それ以上は何も望んでない」
「畳に手をついてこっちに尻を向けるんじゃ。できんとは言わせんぞ。今まで何度もさせてきたことじゃろう」
「そ、れは」
一徹の命令を受け、飛雄馬の下腹部がぴくりと反応を見せる。
期待している。今から行われることに。
飛雄馬はこちらを真っ直ぐに見つめ、にやりと微笑んでいる一徹から顔を逸らし、他に何でもするからこれだけは勘弁してほしいとか細い声でそう、父に考えを改めるように言ったが、彼は首を縦に振ることはなく淡々と同じ台詞を紡ぐ。
「なぜできん?何を恥ずかしがることがある」
「…………」
飛雄馬は血が滲むほど強く、唇を噛み締めると震える膝を一度叩いてから一徹に背を向けるとそのまま畳に手をつき、四つん這いで尻を突き出すような格好を取る。
畳に顔を擦り付けて、飛雄馬は声を殺す。
泣いているのがバレてはいけない。
足が震える。腰を突き出す格好を取るのがきつい。
こんな屈辱的な格好、いっそのこと消えてしまいたいとさえ思う。
おれは、伴みたいな、あんなに綺麗な人間とは付き合っちゃいけない。
おれは、汚れている。
つうっ、と突き出した尻の中心を何やら這うような感覚があって、飛雄馬は眉間に皺を寄せる。
ぴくん!と無意識にそこに力を入れ、飛雄馬は吐息を漏らす。
それが唾液を充分に纏った指であることに気付いたのは、無理やりに腹の中にねじ込まれたそれの本数が2本に増えたときであった。
固く緊張した入り口をゆっくりと解し、中を刺激に慣らしていくその丁寧な指の動きに飛雄馬は腰を揺らし、顔の前で拳を握る。
いやだ、さわるな、いい加減にしてくれとそう頭では思うのに、体は幼い頃から教え込まれた快感を追ってしまう。
この指は、とうちゃんは、おれの体のことをすべて知っている。
おれの体はとうちゃんが作ったものだ。
おれがどこをどう触れば、気持ちよくなれるかこの指はぜんぶ知っている。
投球の際の足や腕の運びだってそう、本来利き手ではない左で球を放るのがどれだけ難しかったか。
「あ、あっ……」
腹側に位置する器官を内壁越しにゆるゆると撫でて、一徹はぬるっ、と一度指を抜いた。
びく!とまさかのことに飛雄馬は体を震わせ、今ので軽く達したか、膨らみきった男根の先からとろとろと先走りを畳に溢した。
「あの男のことでも考えておれ」
「ひ、っ……!」
己の足の間から飛雄馬は父が自身の尻にあてがったものを朧気ながら目の当たりにする。
とうちゃんは、本気で、言っているのか?
入り口に怒張が押し当てられ飛雄馬はうっ!と呻き声を上げた。
そうして、いやだと、やめてくれと言う間も与えられぬままに、腹の中を最奥まで一気に貫かれて、飛雄馬の頭の中に閃光が走った。
「────!」
目の前にチカチカと火花が散って、飛雄馬は真っ赤な頬に熱い涙の雫を伝わらせる。
腹の中がいっぱいで、今動かれたらきっと壊れてしまう。
はあっ、はあっと開きっぱなしの口から唾液を畳に滴らせながら飛雄馬はどうにか一徹の男根の圧に慣れようと目を閉じる。
しかして、一徹は無慈悲にも一旦、腰を引き男根を引き出すとそのまま腰を打ち付け、飛雄馬の腹の中を抉った。
「はぁ、ぐっ!あ"──っ!」
まるで己のものではないような声が口から上がって、飛雄馬は思わず口に手を遣る。
薄い長屋の壁の向こうには他の住人が暮らし、生活を営んでいる。
こんな声をきかれる、わけには──。
飛雄馬の腰を掴み、一徹は彼の尻に腰を叩きつける。そのたびに入り口は一徹を締め上げ、中はいやらしく彼を包み込む。
白い尻を振り上げた平手で叩くと更に飛雄馬は一徹を締め付け、わなわなと体を震わせた。
「ふぁ、っあ……ァ」
ぞくぞくと背筋を駆け上がり、脳を焼く絶頂の快感に飛雄馬は身を委ね、畳を精液で濡らす。
「腰を上げんか飛雄馬!」
「いっ、う、ぅ」
赤く腫れているであろう尻を再びはたいて、一徹は再び気を遣ったらしき飛雄馬から己を抜くと、支えを失い畳の上に倒れ込んだ彼の体を仰向けにさせ、左右に大きく開かせた足の間に自分の身を置いた。
飛雄馬の涙に濡れた虚ろな瞳が薄暗い部屋の中で鈍く光っている。
一徹は飛雄馬の膝から曲げさせた足を脇に抱えると、そのまま彼の体の中心を貫く。
「う、ぐっ!」
放心状態となっていた飛雄馬だが、ふいに腹の中を満たした熱に背を反らし、己を組み敷く父の腕に縋った。
今度は先程とは違い、ゆっくり、大きく腰を使われて飛雄馬は思わず身震いする。
優しく腹の内側を擦られ、甘い吐息が口からは漏れた。
飛雄馬は今、優しく慈しむように腹の中を探る彼が己を激しく犯した父とは別人ではないかという錯覚に陥る。
何度も気を遣り、頭は朦朧としてしまっているゆえだ。
そろりと触れられた唇に飛雄馬も口を開け、応えるとその舌にむしゃぶりついた。
「ん、ぅ、う、伴……伴っ」
「…………」
腰を回し、中を掻き乱して、一徹は飛雄馬に目を開けるよう囁く。
「は……ひっ、とうちゃ、ぁ!あ、あっ」
閉じた目をうっすらと開け、飛雄馬は目の前にあった一徹の顔に驚き身をよじった。
嘘だ!こんなのは、嘘だ、おれは、伴と映画に行って、それで、それで……。
飛雄馬は大きな瞳をぐちゃぐちゃに涙で濡らして一徹を睨む。
腹の中に未だ埋められたままの父を締め付け、飛雄馬は身をよじり、奥歯を噛んだ。
「飛雄馬よ、おまえはわしのものだ。誰にも渡しはしない」
「……………」
ぐり、と奥を突かれ、飛雄馬は眉根を寄せる。 何も考えられなくされる。
洗脳とおんなじだ、こんなのは。
おれが全部打ち明けて、あの手を取ったら伴は助けてくれるだろうか。
それとも汚らわしい、気味が悪いとばかりにおれを拒絶するだろうか。
「う、ぁ……」
仰け反り、晒した喉に一徹は口付け、淡くそこに歯を立てるとまた絶頂を迎えた飛雄馬の中に容赦なく精を吐いた。
そうして飛雄馬は己から離れた一徹が煙草に火を付けた微かな音を聞きながら、寝返りを打つ。
伴が言っていた、女優って誰のことなんだろうか。
おれは、言われてみれば流行りの曲も、俳優の名前も何ひとつ知らんのだ。
とうちゃんの熱と、乱暴に与えられる快楽、それに野球以外のことは何も与えられてこなかった。
伴と友達になりたい。
おれのことをわかってほしいなんて言わない。
ただ、おれをとうちゃんとのふたりだけの世界から連れ出してほしい。
映画、観たかったな。
飛雄馬は一徹が男根を抜いた際に掻き出され、体内から溢れた精液で濡れた尻を拭うとそれをチリ箱に投げ捨ててから下着とスラックスを身につける。
「行くぞ。飛雄馬」
「…………」
それを待っていたかのように煙草を消し、キャッチャーミットと球を手に表に出ようとする一徹の姿を横目で見遣り、飛雄馬はふらふらと立ち上がると自身もまた、グラブを手に長屋の外へと飛び出した。