街外れ
街外れ 寝苦しいな、と飛雄馬は安宿の煎餅布団の上で目を覚ますと、煙草の脂で薄汚れた天井を見上げる。
外では雨がしとしとと音を立てて降り続いているようで、時計を見なければ今が夜なのか昼なのか皆目見当がつかない。いつ洗ったかもわからぬ布団を包むシーツがじっとりとランニングシャツを纏った背中に貼り付き、熱を持つ。
雨が止むまでは、ここで過ごすことにしよう。
腹は減ったが、この雨では外に出る気がしない。
それに、壁に掛けられている時計の短針は四を指している。恐らく、短針が指す時刻は午前四時──。
なぜそう感じたか──安宿の窓の向こうに人の気配がまったく感じられないからだ。
ふらりと立ち寄った街の、日雇い労働者が寝床とする安宿は日中であれば地域の住民が多数行き交うであろう、住宅街の外れにある。比較的安価な品物の手に入る商店は近くにあり、銭湯や小さな個人病院なども徒歩圏内という好条件を揃えていた。
テレビと布団、それにラジオと手垢で天板がてかてかと光る年季の入った座机が置かれた簡素な部屋。
かつて住んでいた長屋は、古くはあったが部屋は広く、布団だってねえちゃんがいつもきちんと干してくれていてこんなに湿ってはいなかったな。
確かに、貧乏ではあったかもしれんが、あの場所はもっとずっと温かかった。
幼い頃は、あんなにあの場から逃れたいと、そんなことばかり考えていたのに、今になってみれば戻りたいと強く思う、何とも身勝手な自分がいる。
雨が止んだら銭湯に行って汗を流し、めしを調達することにしよう。
しかし、この雨はいつ止むだろうか。
昨日、寝る前に半ば夢うつつで聴いたラジオの予報は何と言っていただろうか。
飛雄馬は、布団から僅かに離れた位置に置かれた座机の上に置いていた百円玉を手に取ると、テレビに備えられたコイン・タイマーに硬貨を投入した。
カチャン、と機械に組み込まれた硬貨が鳴り、飛雄馬がテレビの電源を入れると、耳鳴りにも似た音を立て、ブラウン管が起動する。
暇潰しにテレビを付けたはいいものの、この時間はもしかするとテレビは何もやっていないかもしれない。
飛雄馬は今更ながらそんなことを思いはしたが、布団で何もせず横になっているのも気が狂いそうで、一か八かチャンネルを回してみることにした。
ほとんど砂嵐の中、映像が映し出されてみればどこぞのキャバレーだの風俗店だののいかがわしい宣伝ばかりで辟易し、飛雄馬はテレビのスイッチを切ると、再び布団に横になった。
雨脚が強くなったか、雨粒が地面を叩く音は先程よりも大きい。
ひとりは快適なようでもあり、寂しくもある。
特に深夜、寝付けぬときには話し相手がほしい、と、強く思う。世間と繋がりがほしいわけではない。
ただ、生きた人間と、二言三言、言葉を交わしたい、とそう思うのだ。
人間は、ひとりでは生きていけないと言ったのは誰だったか。髪を伸ばし、サングラスで顔を隠し世捨て人として生きる自分にも、そんな俗っぽい感情が残っていたのだな。
そんなことを思うのも、雨のせいかもしれない。
雨は、気分を沈ませる。
いつの間にか足元に追いやっていた掛け布団を引き寄せ、飛雄馬は肩までそれをかぶる。
眠くはないが、起きていても仕方がない。
無駄に嫌なことを思い出し、余計なことを考えるだけだ。飛雄馬は目を閉じ、雨音に耳を澄ませる。
雨音に混じり人の声がちらほらと聞こえ始め、始発が動き出したか、電車が線路を走る軽快な音が耳に入った。もうそんな時間か、この雨の中、ご苦労なことだな。苦笑し、飛雄馬はこんな土砂降りの日でもユニフォーム姿でグラウンドを駆け回った在りし日のことを思い出し、小さく苦笑すると、その内にゆるゆると寝入った。