魔性
魔性 夏の午後、どこかの長屋の軒先に吊るされているらしき風鈴が涼し気な音色を奏でているが、肌を伝う汗は不快極まりない。
ただいま、と学校から帰ってきたばかりの飛雄馬は己が住まう長屋の玄関の引き戸を開け、中を覗き込む。
部屋の灯りが消えているせいか中は薄暗く、いつも朗らかな笑顔で彼を迎えてくれる姉の姿も見えない。
あるのはただ、部屋の真ん中で大の字になって高いびきをかいている父の姿のみ。
近くには焼酎の瓶が転がっている。
もしやねえちゃん、愛想を尽かして出て行ってしまったのでは。
飛雄馬は今の一瞬でさあっと血の気が引くのを感じつつ、まさかねえちゃんに限ってそんな、と後ろ手で戸を閉めると、靴を脱ぐなり肩にかけていた白の帆布鞄を放ると畳敷きの室内へと足を踏み入れる。
そうして、部屋の中にどこか変わったところはないか──と注意深く辺りを見渡しつつふと、卓袱台の上に『買い物に出てきます。夕飯までには帰ります。』のメモ書きを見つけ、飛雄馬はホッと胸を撫で下ろした。
安堵したせいか暑さが増したような気さえする。
ねえちゃんはおれがまだ小学生の頃だったか、この家にいるのは耐えられないと家出をしたことがあった。
夜中じゅうねえちゃんを探しておれは街を駆けずり回ったけど、とうちゃんはその内帰ってくるから心配するなとその時も酒を飲んでいたように記憶している。
結局、近くの神社の境内にぽつんと座ってるのを見つけたときには夜も明ける頃で、ねえちゃんが泣きながらとうちゃんへの恨み辛みを語るのを聞いてあげたっけ……。
何とかなだめてねえちゃんを家に連れ帰ったとき、とうちゃんはそれこそ鬼のように怒鳴り散らした。
その声に驚いた近所の人が何事かと見に来たし、部屋の隅で身を縮め、声を殺して泣く姿を目の当たりにした時、おれはねえちゃんがひとりで抱え込まなくて済むように、出来るだけ力になろうと心に決めたのだ。
とうちゃん、酒を飲んでいないときは優しいのに。
どうして酒が入ると誰彼構わず怒鳴っては物を壊すんだろう。
嫌だなあ、とうちゃんのこと、おれは大好きだけど、長屋のみんなが何となく避けているのもわかる気がするぜ。
ひとまず、飛雄馬は畳の上に転がっていた酒瓶をどかそうと父一徹のそばへと膝を使い、四つん這いの格好でにじり寄る。
すると、眠っているとばかり思っていた一徹は目を明け、飛雄馬の腕を掴むや否や、自分の胸へと抱き寄せた。
「あ、うっ……!!」
どっと勢いのままに倒れ込んだ飛雄馬の足に手を添え、一徹は彼の膝を曲げてやりながら己の足の上に跨らせるような格好を取らせると、帰っとったのか、と低い声をその酒臭い口から発した。
「い、今帰ったんだ……」
飛雄馬は己の声が震え、背中がじっとりと重い汗で濡れるのを感じつつ、簡潔に、そしてはっきりとした口調で一徹の問いに答える。
「明子の姿が見えんようじゃが」
「ね、ねえちゃんは……っ、買い物に行くってそこにメモが……あっ、」
一徹の指がぎりぎりと掴まれている腕に食い込み、飛雄馬は苦痛に顔を歪める。
「そうか。それなら都合がよい。飛雄馬、顔を上げい」
「っ……」
腕を掴む指の力が緩んで、飛雄馬は一徹に言われたとおりに顔を上げた。
と、一徹は飛雄馬の頬に手を添え、誰にも色目を使っとらんじゃろうな、と笑み混じりにそんな言葉を口にする。
飛雄馬はかあっと体を上気させるとすぐ、誰がそんなこと……と一徹の言葉を否定した。
「それなら父が教えた通りにしてみせい」
「し、してないったら!」
「飛雄馬」
名を呼ばれ、飛雄馬はビクッ!と身を震わせ、口内に滲み出た唾液を飲み込むと、仰向けに寝転ぶ一徹の顔を覗き込めるような位置まで伸び上がると、彼の唇へとそっと口付ける。
ねえちゃんが、帰ってきたら……いや、いっそのこと帰ってきてくれたらこの悪夢から解放されるのに。
飛雄馬は口を開けろと指図してきた一徹の指示通りに唇を開き、父の舌と唾液を受け入れると、跨がっている彼の腰に無意識に自分の尻を擦り付けた。
やや立ち上がりかけつつある父の臍の下が尻を突き上げ、飛雄馬は切なげに声を漏らす。
「はしたないのう、飛雄馬。腰が揺れとるぞ」
「あ、ぁっ……!」
指摘され、飛雄馬は初めてそこで己が尻の位置を調整しつつ、父の熱を追っていたことに気付いた。
「父が欲しくば、まずはわしを満足させい」
飛雄馬はごく、と再び喉を鳴らすと、一旦父の上から降り、彼の腰付近へと身を寄せる。
そうして、一徹の穿いている色褪せたズボン、その前ボタンを開け、ファスナーをゆっくりと下ろした。
汗がとめどなく肌の上を滑り落ちては畳の上、あるいは父のズボンの上へと滴る。
飛雄馬は下着の中からもう完全に勃起しているそれを取り出すと、目を閉じ、根元に手を添えたままぱくりと口に咥えた。
とうちゃんを見てはいけない。他のことを考えてはならない。ただただ、早く終わることを祈りながら舌と唇の感触を頼りに、とうちゃんを気持ちよくさせたらいいんだ。たったそれだけでいい。
飛雄馬は喉奥を突く、一徹の男根の熱さに嘔吐きつつも根元までを咥え込むと、裏筋に舌を這わせながらわざとらしく音を立ててそれをしゃぶり上げた。
「ん……っ、ぶ……ぅ」
ああ、だめだ、とうちゃんのこれを見てしまうと体が火照って仕方がない。
さっき尻を擦り付けたせいか余計にそんなことを考えてしまう。
「は、ぁっ………」
ちゅっ、と亀頭の先に滲む先走りを啜って、飛雄馬は体を戦慄かせる。
「物欲しそうな顔をしおるわい。まったく……」
一徹は飛雄馬の汗に濡れた髪を撫でてやりつつ、ニッとその顔に笑みを浮かべた。
とうちゃんが、笑ってくれた、と飛雄馬は釣られたように微笑むと、再び父のそれを口に含む。
顔を上下させ、じゅるじゅると音を立てながら飛雄馬は男根を吸い上げる。
「飛雄馬よ、わしは良い息子を持ったわい」
一徹の言葉に、飛雄馬の腹の中がきゅんと疼いた。
何より嬉しい、父の言葉である。
学校の先生に褒められるより、級友らに尊敬の眼差しを向けられることより、偉大なる父にそう言われることがどれだけ嬉しく、満たされることか。
「と、とうちゃん……」
「ふふ、欲しいか。父が」
飛雄馬は一徹の男根を咥えたまま、頷く。
「ならば来るがいい。慣らさずとも入るじゃろうて……」
とうちゃんのその言葉を耳にしただけで、頭の芯がぼうっと蕩けたようになってしまう。
飛雄馬は一徹から一旦離れると、膝立ちになり穿いているスラックスのベルトを緩めてから下半身に着けているものすべてを脱ぎ捨てる。
おれは、とうちゃんの操り人形なのかもしれない。
とうちゃんが望むことをして、とうちゃんを喜ばせるためだけに生きている。
野球に関しても、この行為に関してもそうだ。
逃げたらいい、嫌だと抵抗すればいいと頭のどこかでわかっていながらも、こうすることでとうちゃんの機嫌はよくなるし、ねえちゃんも泣かせずに済むのだから。
飛雄馬は己の唾液に濡れた一徹の男根に手を添えつつ、その上に跨がると腰を下ろしていく。
固く閉じ合わされた入り口に熱くて固いものが触れて、飛雄馬は奥歯を噛み締めつつ父を受け入れる。
「っ……ん、ん」
ぬるっ、と腹の中を一徹のそれが搔いて、飛雄馬は身を小さく震わせながら彼をゆっくりと飲み込んでいく。
ごり、ごりと腹の中を父の固く反り立ったものが押し広げながら奥へ奥へと進むのを飛雄馬は口元を押さえつつ、必死に声を出すことを堪える。
やっとのことで根元までを飲み込んでから飛雄馬は熱い吐息を漏らして腹の中が馴染むのを待った。
「誰が間を置いてよいと言った」
「とうちゃ、っ………待って、入れたばかり……ぃっ────!」
一徹は膝立ちの格好で己に跨る飛雄馬の腰にそれぞれ手をかけると、自分もまた膝を立て、下から彼の体を突き上げた。
刹那、飛雄馬の体に鋭い衝撃が走って、突き上げられた腹の奥から脳天までを強い快感が走り抜ける。
とろっ、と飛雄馬の半立ち状態の男根の先からは精液が溢れ落ち、一徹の着ている衣服を濡らした。
学生服の白いワイシャツが汗で素肌に貼り付き、強い快楽を与えられたせいか固くしこりたった胸の突起がシャツの上でぷくりと膨らんでいる。
「こんなに立たせてどうした飛雄馬よ。まるで女みたいじゃのう」
「っ──っ………とうちゃ、ん……うごかな、ぁっ──!!」
尖りきった乳首をいきなり、強い力で捻り上げられ、飛雄馬またしても一徹の上に跨ったまま絶頂に浸る。
その度にきゅうきゅうと飛雄馬は一徹を締め上げ、彼の顔にも苦悶の表情を浮かべさせた。
「え?飛雄馬よ、こんなに尖った乳を見て何か言われんかったか」
「いつもはっ、こんなに……っ!」
「下が動いとらんぞ」
「い、っ……」
尻を叩かれ、飛雄馬は腰をくねらせる。
腹の中が熱くて、頭の中がぼうっとして、飛雄馬は口から途切れ途切れに吐息を漏らしつつ腰を振る。
「…………」
一徹は無言のまま、下から飛雄馬の体を突き上げることを再開させ、後ろに仰け反りそうになる体を支えてやった。
「う、ぁ、あっ……」
一徹に激しく突き上げられた飛雄馬の頭の中で火花が散り、腹の中にある父のものを幾重にも渡り締め上げる。
半ば放心状態の飛雄馬の中から一徹は己を抜くと、彼の体を畳の上に組み敷いてから再びその身を貫く。
両足をそれぞれ左右の脇に抱え込んで、一徹が腰を回すと飛雄馬はうっ!と呻いてその白い腹をひくひくと戦慄かせた。
「我が子ながら恐ろしいわい、飛雄馬。お前の魔性が」
腰を叩きつけながら一徹は飛雄馬の汗に濡れた首筋に舌を這わせ、その唇に口付ける。
そうして、そのまま飛雄馬の中に欲を吐くと男根を抜き取り、近くにあったちり紙でそれを拭ってから手繰った煙草に火を付けた。
「…………っ、」
喘いだせいで酸素不足に陥った頭には煙草の煙が染みて、飛雄馬は軽い眩暈を覚えながらも震える手で下着とスラックスを掴むとそれに足を通す。
いつもの倍、時間をかけスラックスを身に着けた瞬間、ただいまと明子が顔を出して、飛雄馬はよかった、と畳に寝転がったまま目元を腕で覆う。
「あら、飛雄馬にお父さん」
すぐ、支度するわねと買ってきた荷物を手に部屋へと上がる明子の声を聞きながら飛雄馬は腹の中に残る父の存在と、何も知らない姉の弾んだような声に胸が痛んで、はたまた、背徳的な行為にふけり快感を貪った己の汚さに奥歯を強く噛む。
間もなく、夜が訪れる。