まどろみ
まどろみ 「おう、星よ。どこか寄るとこもないのなら乗っていくがええ」
球場を出てすぐ、大通りに抜けるために駐車場を横切っていた飛雄馬に、後部座席の窓を開け顔を出した男がそんな声をかけた。
「伴。来ていたのか」
少し顔を綻ばせながら男の名を口にし、飛雄馬はお言葉に甘えさせてもらおう、と続ける。
「来ていたのかとはずいぶんじゃのう。いつも来とるわい」
「それは、ありがたいことだ」
伴の座る反対側のドアを開け、飛雄馬は運転手に、お世話になりますと頭を下げてから手にしていたケース入りのバットやユニフォームを入れた鞄共々、座席に乗り込んだ。
「いえいえ、星さん。お気になさらず。そんな水臭い」
飛雄馬の他人行儀な挨拶にバックミラー越しに伴常務お抱えの運転手はニコリと微笑んでみせる。
「しっかし、今日の試合は危ないところじゃったのう。見とってヒヤヒヤしたわい」
「一瞬、球場が静まり返ったからな」
「まっすぐ、宿舎に向かってよろしいので?」
「ええ、お願いします」
運転手に尋ねられ、飛雄馬は頷くとふう、と大きな溜息を吐いた。
「だいぶ、疲れとるようじゃのう」
運転手はエンジンをかけると軽やかにハンドルを回し、軽やかにベンツを発進させる。
そのまま駐車場から大通りに出て、車は国道を走った。
「…………」
しかして、伴の声を聞いているのかいないのか、飛雄馬は目を閉じたまま車の揺れに身を任せている。
伴が星?と小さな声で呼ぶと、飛雄馬は俯けていた顔を上げ、まじまじと隣に座る彼を仰いでから、何か言ったか?と逆に聞き返す。
「いや、何も言うとらん。起こしてすまんかったのう」
「……寝ていたか」
「ええんじゃ、星。着いたら起こしてやるから寝ちょるがええ。練習も大事だが何より睡眠が1番じゃぞい」
「…………」
伴の言葉に安心したか、飛雄馬は腕を組むと後部座席の窓に頭を寄せてから目を閉じる。
そのまま本当に寝入ってしまったらしく、車の揺れとは関係なく彼の肩が呼吸のたびに微かに上下するばかりだ。
「眠ってしまわれましたね」
「うむ。相当疲れとるんじゃろうて」
ハンドルを握る運転手に囁かれ、伴はちらと隣で眠る星の顔を横目で見遣った。
「私もラジオで中継は聴いていましたが、今日の試合も星さん、大健闘でしたねえ」
「そうじゃろう。星はそのつもりで巨人に返り咲いたんじゃからな。長島巨人軍の役に立ちたいと」
「私が星さんと関わり合いになることと言えば、こうして送り迎えの際に少しお話するくらいですが、優しい、気の良い人だと言うのが十分伝わってきます」
「…………じゃから、損することも多いんじゃい、この、星という男は」
「間もなく、着きますが起こされますか」
「すまんが、しばらく辺りを走ってくれんか。残業代は弾むぞい」
「……承知しました」
ベンツは本来、左に曲がる交差点を直進し法定速度を守りつつ国道を駆ける。
伴はこちらの思惑など、露ほども知らず寝息を立てる親友の顔を再び瞳に映すと、あまり無理はしすぎるなよ、星、と胸中でそんな言葉を彼へとかけた。