手紙
手紙 初めは、差出人不明の封書が突然にダイレクトメール等に混ざって会社に届けられた。伴大造は気持ちが悪いからそんなものは捨ててしまえ、と息子であり、現在伴重工業の常務となった伴宙太にそう、息巻いたが、宛先の文字、その書き方にどうも見覚えがあるような気がして伴はコッソリ中身を見た。
するとそれは、現在行方不明中の星飛雄馬からで、伴は誰からじゃ?と尋ねてきた大造に昔の友人から金の無心じゃいとでまかせを言い、くしゃくしゃと封筒と便箋ごと丸めてからスーツのポケットに押し込む。 何やら腑に落ちないような怪訝な顔を大造は浮かべていたが、そうか、と口ひげを撫でつつ頷いた。
伴は焦る気持ちを抑え、仕事が残っているからと慌てて会長室を飛び出した。
廊下を駆け抜けている最中も心臓は変に高鳴る。全力疾走をしているからではない。 あの星飛雄馬から、あの試合のあと忽然と姿を消してしまった彼から手紙が届いたからだ。
まだ書き出しの部分を呼んだだけで、内容までは把握していないが行方不明になってから数年。彼から接触があるのは初めてのことで。伴は今や100キロあまりとなった三揃いのスーツに包んだ体を揺らし、乗務室へと飛び込み、秘書がいないのを確認すると中から鍵をかけた。
そうして、デスクに着きながらポケットに押し込んだ便箋と封筒を取り出し、その皺を丁寧に伸ばしていく。
幾度となく手紙を送りあった彼の筆跡そのままの文字がお世辞にも上等とは言えない便箋に書き綴ってある。
今までなんの音沙汰もないことを詫びる文章から始まり、自分は元気にやっていること。日本各地を名を伏せて野球のコーチなどを請け負いつつ日銭を稼いで暮らしている。だからあまり心配しないでほしいこと。伴の活躍はテレビやラジオなどで知っているし、伴のことを忘れぬ日はないこと。
そして、伴のことだからおれの身を案じ悶々としているだろうが、伴は自分の人生を自分の足で歩いてくれ、と。
最後の方は涙で滲んでろくに読めず、伴は便箋を掴むと、それを持ち上げ額にぎゅうと押し付ける。肩が震えて、閉じた瞼から涙がぼろぼろと溢れる。
言いたいことはたくさんある。自分ばかり思いを告げて、こちらのことなどほとんど考えてくれちゃいない。
それはあの日、決定的な別れとなった座談会の一幕だってそうだ。流血し、痛む頭を押さえ、一緒に大リーグボール三号を作ろうと言った日だって、おれの気持ちを考えてくれることなく、ただ冷ややかに中日に行け、と彼はそう言った。
おれがどんな気持ちで、どんな思いでそれからを過ごしたと思っているのか、星は考えたことがあるのか。
互いに一言も交わさず別れた宿舎の朝。
おれがどんな気持ちだったか。
嗚咽を漏らして、伴は星、と差出人の名を口にする。慟哭であった。
声を殺すことなく伴は大粒の涙を零し、しばらくその体を震わせていたが、涙を拭くと手紙の続きに目を通す。
いつまでも泣いていてはいけない。
星がどこかで一人、頑張っているのなら自分もいつか星が帰ってきたときに恥ずかしくないように成長しておかねばならない。
伴自動車工業を親父の手も借りつつ重工業にまで発展させた。
あの花形だって、花形モーターズを一代でコンツェルンと呼ばれるまでの会社に急成長させたのだ。
それも皆、飛雄馬がいつ帰ってきてもいいように、という理由も少なからずあったし、何より人知れず消えてしまった飛雄馬がどこかで一人その命を燃やして生きているのなら、自分もまた違う場所で、立場ではあるがそうありたい、と思ったからだ。
手紙の最後には、とうちゃんや花形、ねえちゃんには手紙のことは黙っていてほしい、と綴ってあり、出来れば読後は燃やしてほしい、ともあったが、伴は涙で濡れた手紙を鍵の掛かるデスクの一番上の引き出しに入れると、そこに鍵を掛ける。
と、ほぼ同時に出入り口の扉がノックされ、常務、と外から秘書の声がしたもので、伴はふと手首にはめた時計を見遣ってから、夕方からの他社の営業との商談に向かうために椅子から力強く立ち上がった。