休日
休日 いつ来てもここは眺めがいいのう、と伴はにこやかに笑顔を浮かべ窓の外に見える東京タワーに視線を遣る。
もう見飽きたんじゃないか?と飛雄馬もまた微笑みを浮かべつつ、テーブルの上にコーヒーの入ったカップを置いた。
「星の顔と一緒でいつ見ても色んな表情を見せてくれるわい」
「なんだそれ……」
フフッ、と飛雄馬は笑みを零して自分のカップの中身を啜る。
今日は試合が休みと言うこともあり2人で出掛けようかとも思ったが、たまには家でゆっくりするのもいいんじゃないか?と言う飛雄馬の一言で彼の部屋にて束の間の休息を取ることとした。
試合ともなると激しく体力や気力を消耗する飛雄馬が休みの日はほっと一息つき、彼本来の表情を見せてくれることが伴も嬉しかったし、彼もまた安らぐことが出来た。
コーヒーの砂糖の数やミルクの量などもわざわざ口にせずとも飛雄馬はしっかりとそれを覚えてくれていて、伴はソファーに座って野球雑誌などに目を通す彼を一瞥しにんまりと笑むのだった。
「急ににやついたりしてどうした?」
「に、にやついたんじゃにゃいわい!星が穏やかでいてくれるとおれも嬉しくてのう」
「…………ここのところ快調だからな」
ページをめくり、飛雄馬がポツリと零す。
「ずっと快調に決まっとるわい」
コーヒーを口に含んでから、伴はカップをテーブルの上に置くと立ち上がり、飛雄馬の隣に腰を下ろす。
星、と伴が呼ぶと、飛雄馬は雑誌を閉じ彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
白のユニフォームを身に纏い、絶対に打たせないと打者を睨み据える炎の熱さを今の飛雄馬の瞳は宿していない。
ただただ穏やかに目の前に座る伴を見上げるだけだ。
眉間に深い皺を刻んで、小さな体をしならせ悪魔のような球を左腕から繰り出す彼が今、こうして自分を仰ぎ見ながら少しはにかんだような柔和な表情を浮かべている。
その特別感が何とも嬉しくて、幸せでもあり伴はこみ上げてきた涙を飲み込み、グスンと鼻を啜った。
「伴?」
目を閉じかけていた飛雄馬が瞼を上げ、何事かと伴の顔を見上げる。
「何でもないわい」
誤魔化すように言って、伴は飛雄馬の唇を優しく啄んだ。ちゅっ、と小さく音が響いて、2人は恥ずかしいやら可笑しいやらで互いに顔を見合わせ微笑む。
額を合わせて2人、再び笑みを浮かべてから口付けを交わす。最初は触れるだけであったそれも回数を重ねるごとに次第に吐息が混じって、舌が絡み合う。
「待っ、た。伴!やりすぎだ」
「む、そうかのう……」
すんでのところで唇を離した飛雄馬が制止し、伴は素直に引き下がりはしたが残念そうにぼやいた。
「……………」
しかして、待ったをかけた飛雄馬とて先程の口付けを受け、体は火照り心拍数も上がってしまっている。
ここでやめられるのは酷でもあったが、まだ日も高いこの時間からそういう行為をするのはどうにも気が引けた。
しかもアルバイトに出掛けているとは言え、いつ姉が顔を出してもおかしくない。
この部屋は飛雄馬一人の居住空間ではないのだ。
「コーヒー、淹れ直そう」
「あ、いや、構わん」
唇を拭ってその場を立とうとする飛雄馬を伴が制し、ソファーから下りると絨毯敷きの床に座りカップに口を付ける。
「伴はいいやつだな」
「いいやつなんかじゃないわい。まったく」
腕組みし、フンと伴はそっぽ向く。
「おれの嫌がることは伴は絶対にしないのに、おれはきみに嫌われるようなことばかりしているな」
「またそういうことを言うんじゃのう。おれが星に対して嫌いだとか言ったことが今までに一度だってあるか?星は一人で色々考えすぎなんじゃい!」
「………」
視線を逸らし、飛雄馬は困ったような面持ちで自分の左腕を右手でさする。
「おれは星が笑ってくれていたらそれでいいと思っとる。苦しいとか辛いとか一人で溜め込む必要はないぞい。この伴宙太がちゃあんと控えとるからのう」
「やっぱりいいやつじゃないか」
「とか何とか偉そうに言いながら、寸止めされたのはちと堪えたわい」
ワハハ、と伴は笑って一気にコーヒーを飲み干す。
「伴、いつもありがとう」
一瞬の間ののち、飛雄馬は微笑み、そんな言葉を口にする。
「それは、こっちの台詞じゃい。いつもいつも」
伴の双眸が涙で潤む。
星という男が、こうして自分を顧みてくれる度に、おれはもっと星の役に立ちたいと思う反面、おれのことなど気にしないでくれ、とも思う。
夢のためにただひたすらに一生懸命、真っ直ぐに走る星におれになど構っている暇などないに決まっている。
誰かに強制されたわけでもなく、ただ星飛雄馬という一人の人間がとても好きで、縁があってバッテリーまで組んだ間柄の彼を見守っていたい、と、そう思ったからおれは星のそばにいる。
「…………伴」
飛雄馬はグズグズと鼻を啜り涙を零す伴の隣に再び座って、彼の名を呼ぶ。
「星よう、お前ってやつは本当に」
「きみも大概、思い込みが激しいな」
自嘲するように呟いて、飛雄馬はあぐらをかいた伴の腿に手を乗せると顔を上向ける。頬を流れ落ちる涙を腕で拭ってから伴は飛雄馬の唇に自分のそれを押し当てる。
涙の味の残る伴の口付けを受けながら飛雄馬もじわりと自身の目頭が熱くなるのを感じつつ、服の裾の中に滑り込んできた指に今度は抵抗しなかった。