共有
共有 すうっと開いた扉の隙間から廊下の蛍光灯の明かりが差し込んで、丸目は寝返りを打つ。ベッドが軋んで音を立て、飛雄馬は丸目、起こしたか?と小さな声で尋ねつつ扉を閉めた。
「チッ、せっかく眠りかけてたのによお」
丸目もまた小さな声でブツブツと悪態を吐きつつ、布団を頭からかぶる。
「すまない。ゆっくり休め」
言いつつ、飛雄馬は靴と靴下とを脱ぎ、自分のベッドの中に潜り込んだ。
──丸目が飛雄馬が一人で使っていた部屋に入寮してからもうどれくらいになるだろうか。以前、飛雄馬の捕手を勤めてくれていた同室であった楠木は家庭の事情でジャイアンツを退団している。
こっちの事情は星には関係ないと楠木は言ってくれたが、家族を優先してほしいと飛雄馬は彼を実家のある地方に帰るように勧めた。親切にしてくれる他人の人生を、自分が縛りつけることだけはしない、と飛雄馬は心に決めているからだ。
かつて、左腕時代を共に過ごした伴宙太の件が小さなトゲとなって飛雄馬の心に刺さったままになってしまっている。
数年前、打撃の腕を買われ中日からトレードの申し出があった際にも、伴は飛雄馬にずっと一緒にいる、と言ってくれた。
しかしてそれでは伴のためにならない、と飛雄馬は伴を振り払ったのである。本当は辛かったし、苦しかった。どこにも行くなとそう、言いたかったけれども、自分の心を押し殺した。
己の勝手なわがままで、相手の人生を自分の一部にしてはならない。
だからこそ飛雄馬は楠木を笑って送り出した。そうして、出向いた青雲高校の式典で出会ったのがこの丸目太だった。
「………後援会長のところか」
飛雄馬は寝返りを打ち、丸目に背を向ける。
「詮索するな」
「仮にもバッテリーを組む女房役に隠し事するのかよ」
「変に人のことを勘繰るから腹も立つ。門限までに帰ってきたんだから、おれが今までどこに行っていようと丸目には関係のないことだ。起こしてしまったことは謝るが」
「ケッ、別に今更隠すこたあねえのによ。素直に認めねえからこっちも腹が立つんだよ」
「そうか、それは悪かったな。丸目の言うとおりだ。伴のところに行っていた。どうしてもと言うので食事に付き合っていた。寮長の外出許可は取ったし、こうして門限にも間に合った。それだけだ」
「食事だけか?」
低い声で丸目が訊いた。飛雄馬は半ば苛立ちさえ覚えつつも律儀に答える。
ここで反発し、喧嘩に発展するのも面倒だと思ったからだ。
「もういいだろう。そんなに巨人寿司に行きたいのなら明日にでも連れて行ってやる」
「あんたが部屋に帰ってきたとき、いつもと違う匂いがした。寮の石鹸のそれじゃねえ」
「…………」
丸目が体を起こしたらしく、飛雄馬の耳には布団の擦れる音が聞こえ、ひたひたとカーペット敷の床を踏む音も続いた。
ぎしっ、と自分が横たわるベッドが沈み込んで、飛雄馬は驚いたように目を見開く。
背後には人の気配があって、身動きが取れない。変に騒げばすでに寝静まった他の選手にも迷惑がかかる。
「丸目、お前は、っ」
振り仰いだ飛雄馬の唇に丸目のそれが触れそうになって、慌てて彼は掌で自分の口元を覆う。
「チッ」
飛雄馬は舌打ちをした彼を見上げて、眉間に深い皺を刻んだ。
「何を、するつもりだった」
「何を?純情ぶるなよ。センパイ」
「………別に、純情ぶってはいない。もう、そういう年でもないからな」
自分の顔を覗き込んでにやりと笑う己より十は若い青年の太い首に飛雄馬は左腕を回すと、彼の口元に自分の唇を押し付ける。
「わ、っ、」
驚き、体を離した丸目を睨んで飛雄馬はふっ、と微笑んでみせた。その様がまたしても丸目の神経を逆撫でして、かあっと頭に血を昇らせる。
「オトナってやつは汚ねえぜ、どいつもこいつも人のこと見下しやがってよ!」
「見下す?おれがいつ、丸目を見下した。大事な後輩だとは思っているぞ」
「現に、今そうだろう。人のことからかって笑ったじゃねえか!」
「声を落とせ丸目。皆が起きる」
「うるせえ。起きちまえばいいんだ。星飛雄馬は伴宙太のオッサンと出来てるって皆に知られちまえばいいんだ」
「じゃあ、共有するか、秘密を」
「え?」
飛雄馬が吐いたまさかの台詞に丸目はあんぐりと口を開けたまま固まる。
ふふ、と飛雄馬は再び笑みを漏らしてから着ているジャージのファスナーを下ろすと、それから腕を抜きタンクトップ姿になった。
「ひ、みつを、共有、って、どういう、」
「お前、皆に伴との関係を言いふらすとおれを脅しただろう。だから、丸目にも共犯者になってもらおうと言うわけだ」
「きょう、はんしゃ………?へ、へへ、とんだ食わせモンじゃねえかセンパイ。あのオッサンにも抱かれておれともしようってのかい」
「隠し事はするなと言ったのはお前だろう」
「…………」
丸目はベッドに膝をつき、そこに乗り上げると飛雄馬の膝を曲げて座る足元へと移動し、その膝を左右に割った。
そうして開かせた足の間に身を置き、丸目は真っ直ぐに飛雄馬を見つめる。
熱の篭った澄んだ瞳に射抜かれ、飛雄馬はそっと視線を逸らす。
と、丸目は飛雄馬の着ているタンクトップの裾へと手を入れ、直に肌をまさぐる。
「っ、あ………」
声が漏れ、飛雄馬は唾液を飲み込むと小さく喉を鳴らした。
秘密を共有して、おれはどうしようと言うのだろう。何故、それほどまでに丸目はおれのことを詮索して、知りたがるのだろう。そうまでして、伴との関係をおれは守りたいのだろうか。
おれの復帰を心から願い、そのためにアメリカからビル・サンダー氏を呼んでくれた彼。
あの頃のように共に野球は出来ぬが、そうやって優しく寄り添ってくれた伴。
もう、伴には伴の歩む道があって、確固たる立場があって、彼はおれの大事な親友であろうとも、プロの球団でバッテリーを組む大事な女房役ではないのだ。
「センパイ………」
粟立つ肌を丸目の指先が撫で、タンクトップがそれに伴い腹から胸の方へとずり上がってくる。するとどうだ、丸目は飛雄馬の顔を出した乳首にちゅうっと吸い付いた。 「はっ………ン!」
体を仰け反らせて、飛雄馬は喘ぐ。
ぴりぴりとした甘い痺れが胸の突起から全身に走る。ぎゅっと固く目を閉じて、手の甲を口に当て飛雄馬は声を堪えた。
丸目の口の中で突起が立ち上がって、熱を持つ。肌には汗がじわりと滲んだ。
と、丸目は吸ったそこから一旦、口を離すと舌でそこを舐め上げる。柔らかな舌の腹が突起を撫でたと思えば、尖らせた舌先で嬲られ、飛雄馬は塞いだ口からくぐもった声を上げた。
「……………く、っ………っ」
飛雄馬の胸から顔を離すと丸目はふと、口元を押さえる彼の掌に口付ける。
もう、球も満足に放ることの出来ない左手。今ではグローブを着用する側となったが、ひどい悪球を捕ったあとなどにはひどく痛むときがある。
けれども、それを微塵も感じさせることなく飛雄馬は試合に臨むし、彼自身それを言い訳にしたくもなかった。
「手、たまに痛むんだろう。気付かねえとでも思ったかよ」
「……………」
「その分だと、カントクにも後援会長にも誰にも明かしてねえな。そりゃそうだ。未だにたまにとは言え、痛むとなりゃあ野球どころじゃねえからな」
続けて、おっと、と丸目は体を起こし、両手を胸の位置まで上げてから手のひらを見せ、おれは誰にも言わねえよと笑ってみせる。
「……………」
「おれとあんたの秘密だ」
ニカッ、と丸目は屈託のない笑顔を飛雄馬に向け、再び身を屈めてきた。
それを受け、飛雄馬は口を押さえていた手を離し、丸目の頬にその指で触れるとそっと彼の口へと己の唇を寄せる。
「う、っ!」
妙な声を漏らした彼の唇の隙間に舌を滑らせ、唾液を絡ませ合う。
あまりのことに固まった丸目の唇を解放したかと思えば、今度はわざとらしく音を立てそこを啄んで、ぬるりと彼の口内へと飛雄馬は舌を差し入れる。
変に丸目の体に力が入ったのが感じ取れて、飛雄馬は彼の頬に添えていた手を太い首へと回した。
「ちょっ、まっ……待っ、セン、パ……」
「自分から仕掛けておいてそれはないだろう」
「っ、くそ……」
かあっ、と丸目は頬を染め、飛雄馬の浮いた背の下に腕を差し込み、自分の首を巻く彼の腕を離す。と、そのまま彼の白い首筋へと唇を這わせた。
何やら寮の安い石鹸とは違い、良い匂いのするボディーソープだかなんだかの香りが鼻をついて丸目は奥歯を噛みしめる。
ああ、そうだ、この人は、もう他人のものなのだ、と否応なく丸目にそれを知らせる。青雲高校野球部をその黄金の左腕で甲子園出場、はたまた準優勝にまで導いた彼。プロの球団で巨人の星として活躍し、ライバルに叩かれ、何度も挫折を味わいながらも蘇るその姿を誰もが不死鳥と称した星飛雄馬と言う男。
あの日、青雲高校野球部創立10周年式典にむけて学校中が皆浮足立っていたのがどうしても気に食わなかった。野球が何だ、鞠つき遊びが何だ、と、舐めてかかったおれをぶちのめしたあの球。あの瞳。
「ん、ん……っ」
幼い頃、兄貴が観ていた野球中継で背番号16を背負う彼を見た記憶が朧げながら残っている。決して野球選手向きではない小柄な体で懸命に試合に臨む彼を、魔術としか思えぬ魔球を操る星飛雄馬に、目を奪われない人間が果たして存在するのか。
あえて青雲に進む道を選んだわけじゃなかった。星飛雄馬という名前と青雲が結びついていたわけでもなかった。
興味があったレスリングに力を入れている高校がたまたま青雲だっただけだ。
丸目は飛雄馬の穿くジャージのズボンのゴムの位置から手を入れ、下着の中にも手を滑らせる。やや勃起しつつある男根が指先に触れ、先走りに濡れた陰毛がざらりと鳴った。
「あっ、ん、んっ………」
上ずった声が飛雄馬の口から漏れ、眉間に皺が寄る。丸目の心臓は破裂しそうなほど早鐘を打ち、彼を焦らした。
差し入れた手でぐいっとジャージと下着を押し下げ、首をもたげつつある飛雄馬の逸物と濡れ、光る陰毛とを外気に晒す。
「は、はは……すっげえ、勃起してんじゃねえか」
ちらと視線を遣ってから丸目は飛雄馬を煽るような言葉を口にする。
「い、うな………っ」
「へっ、へへへ……」
丸目は笑って、飛雄馬の背中から腕を抜くとジャージと下着をそのまま脱がせていく。飛雄馬は腰を浮かせ、それを手伝い、遂にタンクトップ一枚のみとなる。
「…………」
震える手で丸目は飛雄馬の男根に触れ、それを握るとそれをゆっくりと擦りたてた。 ああっ、と飛雄馬は声を上げて、身をよじる。
「センパイ、星センパイ………」
耳元で囁きつつ、丸目は飛雄馬の逸物を擦った。当初は半立ち状態であったそこも完全に勃起している。
「丸目、っ………丸目、ぇ………」
「出しちまいなよ。辛いだろ」
「あ、………いっ、く……」
露わになった亀頭を中心に責め、丸目は飛雄馬に射精を促す。大きな掌でそれを包んで、親指で亀頭と竿とを繋ぐ筋を撫でれば、飛雄馬は苦しそうに呻いて、立てた膝を左右にゆらゆらとやる。
「ま、る………っ、あ、ァっ!」
耐えきれず、遂に飛雄馬は自分の腹の上に飛ばすように射精し、丸目の手の中でヒクヒクと男根を絶頂の余韻に揺らした。
いつの間にか飛雄馬の閉じたまぶたの目尻には涙が光っている。
「センパイ、と、ひとつになりてえ、この先に行きてえ」
「は、ぁ………っ、は………はぁっ」
白濁の乗った腹を上下させ、飛雄馬は自分の股の間に座る男を仰ぐ。
「嫌とは、言わねえだろう」
「………来たら、いい。でなければ伴と、同じことをしたことにはならない」
「…………」
丸目は自分もまたパジャマの下とパンツとを脱ぎ去って飛雄馬と同じくタンクトップ姿になると、すっかり出来上がってしまっている男根に手を添え、飛雄馬に挿入を仕掛けるが、どうも上手く入らない。
「………ふ、ふ」
飛雄馬は小さく笑みを溢すと、自分の頭の近くにあった枕を腰の下に入れ、足をいっぱい開いてから丸目の手を取り、ここだと彼を導く。
「こ、こ……っ、う、あっ」
あまりの熱さに丸目は声を上げ、身震いする。先ほど、伴としたせいか──容易く飛雄馬のそこは丸目を取り込む。
とはいえ、本来、ものを受け入れる器官ではないそこに異物を挿入させられ、飛雄馬の尻は引き攣り、彼に痛みをもたらす。
「い、っ………ま、るめ、ゆっくり……ゆっくり、たのむ」
「ゆっくり、ったってよ、センパイが飲み込んで、いきやがる……」
丸目を包み込んで、飛雄馬は彼を締め付ける。顔を苦痛に歪めて、丸目は自身を根本まで飛雄馬の中に埋めると、ぶるぶるっと体を震わせた。
「ふ………っ、う」
飛雄馬は腹の中を満たす質量に体を戦慄かせ、丸目の腕に縋る。
「センパイ、い、いくぜ……」
「あ、っ、丸目、あぁっ」
声をかけるが早いか丸目は腰を使い始める。とはいえ、それは非常に拙く、リズムもめちゃくちゃなもので、一向に飛雄馬の良いところには当たらない。
しかして、この勢い、腰の動きの鈍さが飛雄馬には懐かしくもあり、変に心地よかった。丸目の突き出た腹がぐうっと腹に乗って、飛雄馬の呼吸が苦しくなる。
太い指が飛雄馬の指と絡んで、その手を強く握る。
ベッドが大きく軋んで、飛雄馬は丸目の大きな体の下で喘いだ。
「センパイ、センパイ……」
「は、っ……はあっ、あ、ァっ」
震え、飛雄馬は絡ませた指の力を強める。 丸目は顔からポタポタと汗を垂らしつつ、飛雄馬の口元に顔を寄せるとその唇から呼吸を奪う。汗の混じる口付けを飛雄馬は受け、丸目の舌と自分のそれを絡ませる。
「あ、センパイ、いっ、出る、いく」
「………」
唇を強引に離して、丸目は間一髪、飛雄馬の中から男根を抜くと彼の腹の上に精液を撒き散らした。
「ふ、うっ……う」
呻いて、丸目は飛雄馬と絡めた指を離してやると、微かに口を開き呼吸をする彼の唇にまた、口付ける。
ほんの少し、触れただけで彼は体を起こすと額の汗を拭い、満足気に笑みを溢した。 飛雄馬は数回目を瞬かせてから、腹の上に撒かれた丸目の体液と自分のそれを拭うためにベッドから下りる。
一体、おれは何をやっているんだろうか、と独特の匂いのする白濁液を拭って飛雄馬はティッシュをゴミ箱に投げ捨てた。
このことが伴に知れたら、彼は怒るだろうか。おれを軽蔑するだろうか。
飛雄馬が床に落ちた下着を手に取り、それを身に着けると未だ彼のベッドに座っていた丸目がその手を取って、ぎゅうと抱き締める。飛雄馬は一瞬、ハッとなったがそれを拒むこともせず黙って抱かれていた。
「あんたの女房役を仰せつかったからには、一生懸命やり抜くつもりだし、誰にも言わねえよ」
「そう、してくれると助かるな」
言い聞かせるように囁いて、飛雄馬は丸目の背に腕を回すと彼の体にしがみつく。
「…………?」
まさか抱き返してくるとは思わなかった丸目は飛雄馬の行動に目を白黒させつつも、自分の肩に顔を埋める彼の顔に自分の頬を擦り寄せる。わかりきっていることだ。
この人は、きっと、優しいから。
おれのことを何とも思っちゃいないし、皆の人気者で、きっと、おれなんかが触れてはいけない存在なのだ。
「おやすみ、丸目。起こして悪かったな」
「…………」
なんの未練もなく飛雄馬は丸目から離れ、一人ベッドに潜り込む。
自分に背を向ける飛雄馬にそれきり、丸目は何も言えず彼もまた、自分のベッドに戻るとそこに横たわった。
もう、向かいで眠る彼は眠ってしまったのか、微かに寝息が聞こえるだけで丸目は寝返りを打つと、目を閉じる。
辺りはしん、と静まり返り、それきり物音は聞こえなくなった。