狂言
狂言 飛雄馬はふと、窓を叩きつける激しい雨の音で目を覚ます。
昨夜、寝苦しく感じたのはこのせいだったか、と飛雄馬はひとり用にしては広く大きなベッドの上で目を閉じる。
しかして、一度気にしてしまうとこういった音は妙に耳について離れぬもので、飛雄馬は目元に腕を置くと、つい、数時間前のことを思い出す。
──伴が血相を変えて伴重工業専用グラウンドに飛び込んできたのが日も落ちかけた時分であった。
何でも、花形とねえちゃんがおれとサンダー氏、それに伴を屋敷に来るように招待状を寄越してきたと言うのだ。
もちろん、おれも伴も断るつもりでいたところに、サンダー氏は数年前、日本からの輸入車であるミツル・ハナガタ2000に乗っていたことがあるという話を片言の日本語で振ってきて、その輸出主に会いたいと言うのだから渋々、花形からの誘いに乗ることになった。
伴はおれが消えてから数年、花形らとは交流があったと言うことは聞いてはいたが、食事中もねえちゃんとよくわからん横文字で話をしていたし、サンダー氏も花形と英語で何やら盛り上がっており、おれひとりが完全に蚊帳の外であった。
ここで席を立ち、帰ると言わなかったのはサンダー氏と伴の顔を立ててのことだが、今になってやはり辞去するべきだったな、と考えてしまうのは雨音がやたらと耳障りゆえか。
そのままなし崩しに風呂を借り、こうして3人、花形の屋敷に泊まることになり今現在に至る──。
着替えこそ上等な寝間着など身につける気になれず、着てきたシャツとスラックスでベッドに潜り込んだが、伴やサンダーさんはもう眠ってしまっただろうか。
飛雄馬は共に屋敷を訪ねたふたりのことを思い描きつつ、掛け布団を跳ね除け体を起こすと、ベッド脇に揃えて置いたスリッパを履くなり手探りで出入り口を探すと扉を開け、そのまま部屋を出た。
廊下もやはり電気が消されており、薄暗い。
ねえちゃんはこの屋敷の建坪はいくつだと言っていたか。
似たような扉ばかりで、まるで迷路の中に迷い込んだような錯覚さえ覚える。
水を飲みたい、と思ったゆえの行動であったが、飛雄馬は今更そのふとした思いつきを後悔した。
台所は確か1階の……トイレは2階にもあるという話だったか……。
ぶつぶつと飛雄馬は姉に案内された屋敷の見取り図を脳内で朧気に展開し、口元で反芻しながら台所を目指す。
どこかに雷が落ちたか激しい雷鳴と共にカーテン越しに窓の外が明るく光るのが飛雄馬には見えた。
そうして階段を降り、これまた長い廊下を行く。
すると、見覚えのある場所が目に入って、飛雄馬は目的地に到着した安堵感にほっと胸を撫で下ろすと、シンクに設置されているハンドルレバーを上げ、そばに洗って置いてあったグラスに水を注いだ。
そうして、グラスに口をつけお世辞にも冷たいとは言えないぬるい水を口に含んだところで再び、窓の外で雷が光る。
ひどく降るだろうか、明日の朝には止むだろうか、とそんなことを考えつつ、グラスの残りを飲もうとした瞬間、今度は先程聞いたものより一段と大きく激しい雷鳴が耳をつんざき、思わず目を閉じた飛雄馬がおそるおそるまぶたを上げると、台所の出入り口にぼうっと立つ人影があった。
「…………!」
すわ強盗か、それとも今流行りのオカルトもどきのそれかと飛雄馬が身構えた刹那、再度光った雷がその人物の顔を明々と照らした。
「眠れないのかね」
尋ね、ニッ、と唇を歪めた人物──彼こそこの屋敷の主である花形満その人で、今や飛雄馬と義理とはいえ兄弟に当たる。
飛雄馬はまさかの人物の登場に面食らい、たじろいだものの、まずは勝手に出歩いてすまないと詫びた。
けれども花形は気にしてはいないさと明るく笑い飛ばし、こちらこそ急に驚かせて悪かったねとそんな言葉を口にした。
ずいぶん、雰囲気が変わったものだ、と飛雄馬はいきなり目の前に現れた彼を闇に慣れてきた目で見据える。
果たして数年前の花形は、こんなに明るく笑う男だっただろうか。
少なくとも、おれと野球以外のことで接点を持とうとはしてこなかったはず。
今回のこの夕食会がどんな意味を持つのかおれには分かりかねるが、まさか伴と家族ぐるみの付き合いをしていたというのにも驚く。
いつも彼の挑発に乗ってカッとなるのは当事者のおれではなく、どちらかといえば伴の方で、おれはそんな伴を見て幾分か熱くなった頭を冷やし、冷静に対処することができていたように思うのだが──。
5年という月日は、人を変えるのに余りあると言うことだろうか。
「眠れないのならぼくの書斎にでも来ないか。ひとりで部屋にいるよりはマシだろう」
花形は廊下へと続く先を立てた親指で指し示し、飛雄馬に笑みを向けた。
「……いや、遠慮しておく。だいぶ雨も落ち着いてきたようだし部屋に戻らせてもらう」
「ぼくとは話もしたくないと?」
「…………」
嫌な言い方をする、と飛雄馬は出入り口に立ったまま、こちらを見つめる花形の顔から視線を逸らす。
顔を突き合わせて話をしたところで、野球からは手を引くべきだ、とそう言いたいのだろう。
サンダーさんと何やら外国の言葉で話をしていたようだが、説得でもしていたのだろうか。
「サンダー氏は飛雄馬くんのことを今時珍しくガッツのある青年だと褒めていたよ、フフフ……」
「ガッツ、とは?」
英語に疎い飛雄馬は首を傾げ、訊き返す。
「ああ、根性がある、とそういう意味さ。彼はオズマとも少し交流があったらしい」
「オズマと?」
懐かしい名前にぱあっと飛雄馬の顔が輝き、花形はニッ、と口元に笑みを湛える。
「今も大リーグで活躍しているそうだ。親父ドノのスパルタのおかげだろうね」
花形はそこまで言うと、少し話そう、と飛雄馬に再び誘いをかけてきた。
懐かしい、数年前に別れたきりになっていた彼の名を耳にし、一瞬気を許しかけた飛雄馬だが、果たしてこの誘いに乗ってもいいものかと立ち止まる。
おれが高校中退の身で、英語などほとんどわからんと知っているからこその罠ではないのか、しかして花形はそんな見え透いた嘘をつくだろうか。
おれは、この誘いに乗ってもいいのだろうか。
窓の外で稲妻が光り、ふたりの顔を照らす。
雨は一段と強さを増し、窓ガラスを激しく叩いている。
「…………もちろん、無理にとは言わんよ。フフ、邪魔をして悪かったね。きみの部屋は階段を上がって右から3番目さ」
先に口を開いたのは花形の方で、飛雄馬はハッ!とその声に我に返った。
「……少し、だけなら」
そうして、勢いのままに、そんな台詞を吐く。
「………………」
沈黙ののち、花形が、来たまえと発した言葉に飛雄馬は操られるように歩み出す。
果たして、この選択が正解であったか──。
飛雄馬は答えの出ぬまま、招かれるがままに花形の書斎へと足を踏み入れ、背後で扉が閉まる音を聞いた。
「意外と、広いんだな」
部屋の明かりをつけられ、室内の全貌が明らかになった途端、飛雄馬はそんな声を漏らす。
壁全体をぐるりと囲むように置かれた本棚、それに加え大きめのソファーが部屋の真ん中には設置されている。
壁の上部にひとつ明り取り用の窓が小さくあるだけで、時間も遅く雨も激しく降り続く現在、部屋を照らす頼みの綱は天井に付けられた蛍光灯のみと言ったところか。
「本を読むのは好きだからね。いや、本が友達だったとでも言おうか。フフ……嫌な話を聞かせたね」
「つまり?」
初めて聞く花形の幼少期に纏わる逸話に飛雄馬はその先の展開をねだる。
「わざわざ来てくれた飛雄馬くんに語って聞かせるほど面白い話ではない。まあ、本を読むのは嫌いじゃないさ。物語の中には色んな世界があって、ぼくは想像の中では何にでもなれる。そんなところさ」
フフ、とまたしても笑みを漏らす花形の顔を瞳に映しつつ、飛雄馬はこの人はどんな子供時代を過ごして来たのだろうか──とここに来て初めて彼の身辺について思いを馳せた。
伴も金持ちの家に生まれるというのもそれはそれで辛いこともあるぞ、と笑っていたが──花形にもそんな経験があるのだろうか。
おれは、言われてみれば花形のことを何も知らんのだな──。
「サンダーさんは、他になんと?」
「日本食では特にスキヤキが好きと言っていた。生卵に浸して食べるというのは信じられなかったが、いざやってみるとこれがまた格別だそうだ」
「……………」
まさかの返答に飛雄馬は驚き、目を見開く。
花形は飛雄馬のそんな顔を見て吹き出すと、着ていた三揃いのスーツのジャケットを脱ぎ、ソファーの座面に放ると、おや、きみの欲しい答えじゃなかったかねととぼけた。
「アメリカでは生の卵は食べんそうだな」
「日本に比べて鶏の衛生管理が良くないからね。それでオズマの話だが────」
オズマの名を口にするなり、急に花形の声がか細くなり、飛雄馬は眉根を寄せた。
え?と訊き返しても声が大きくなる気配はなく、飛雄馬はほんの少し花形との距離を縮める。
それを数回繰り返したところで、花形の指がついと飛雄馬の顎先を跳ね上げ、呆気にとられた唇からふいに呼吸を奪った。
「…………!」
ぺろりと舌が飛雄馬の唇を舐め、離れていったのも束の間、花形は目の前の彼の伸びた髪に指を絡めてから、飛雄馬くんと熱の篭った声でその名を紡ぐ。
「悪い、冗談は」
「冗談?ぼくは戯れや冗談でこんなことはしない。それとも、飛雄馬くんから見たぼくはそんな軽薄な男かい」
髪からするりと抜けた花形の人差し指がつうっ…と飛雄馬の首筋を撫で下ろす。
ごくりと唾を飲んだ喉仏の隆起を滑り、その下にある鎖骨上窩へと指は肌の上を下る。
「っ…………」
飛雄馬の肌が粟立ち、心臓の鼓動はどくどくと早鐘を打った。
「左腕はもう、どうにもならんそうだね。サンダー氏から聞いたよ。東京中の医者を訪ねたそうじゃないか」
「そんな、ことまで……」
「さあ……ぼくが語ったことのどこまでが本当でどこまでが嘘だろうね」
飛雄馬の肌から指を離し、花形は再び彼の顎先に手をかけるとその顔を上向かせてから抵抗する間も与えぬまま唇にそっと口付ける。
「うぅ、っ……」
よろめく飛雄馬の腰を抱き、花形は口を開けてと囁く。
しかして飛雄馬は頭を振り、それを拒否すると己の腰を抱く花形を突き飛ばし、自分の唇を手で拭った。
「お気に召さなかったかい」
クスクス、と花形は笑みを溢しつつ飛雄馬との距離を詰めていく。
「おれは、こんなことをしにここに来たわけでは……」
飛雄馬は花形が歩み寄って来るのに合わせ、1歩々々後退るが、そのうち踵を本棚に並べられた本にぶつけ、足が止まる。
「アメリカに帰ったらオズマにきみのことを伝えるともサンダー氏は言っていたか」
「…………」
眉をひそめ、飛雄馬は自分の顔を覗き込むようにして顔を寄せてくる花形から視線を外した。
と、花形は顔を逸らした飛雄馬の耳に口付け、その立っている足の間へと己の膝を入れる。
体温よりもやや高い、濡れた舌が耳の形をなぞって、飛雄馬は思わず呻き声を上げた。
花形の愛用している何やら独特な香水の匂いと、この異様な雰囲気とが相俟って、飛雄馬はクラクラと立ちくらみ、あるいは眩暈にも似た感覚を抱く。
「こっちを向いて」
「なぜ、こんな…………っ、」
言い終わる前に唇を塞がれ、口の中には花形の舌が滑り込んだ。
花形の舌先が上の前歯を撫でて、飛雄馬はピクン、と体を震わせる。
そうして、開いた歯列の奥へと花形の侵入を許し、飛雄馬は口内を彼の気が済むまで、弄ばれることになる。
舌が絡み合い、漏れる吐息と時折奏でられるリップ音が飛雄馬の耳を犯し続け、その刺激がじわじわと臍下のモノを反応させていく。
「いい顔になってきたじゃないか」
笑み混じりに花形が囁くと、飛雄馬は涙に濡れた瞳に怒りの色を浮かべつつ彼を睨み返した。
すると花形は足の間入れた膝、その腿でグッと飛雄馬のスラックスの膨らみを圧迫する。
「あ、う…………!」
「ずいぶん、反応がいい。しばらくご無沙汰かね」
「っ、そんな、こと……」
「まあ、詮索はせんよ……フフ、きみが誰とどこで何をしていようと、ね」
花形は言葉に詰まった飛雄馬の口に再び唇を押し付け、彼の腰に手を回すとスラックスの中からシャツの裾を引き出し、その中に手を差し入れるや否や背を指でなぞっていく。
「汗が冷えるとよくない。脱いでしまいたまえ」
言って、花形は首元までたくし上げたシャツをいとも容易く飛雄馬の首から抜き、そのまま床へと落とした。
「………」
「よそ見をする余裕がまだあったかい」
床に落ちたシャツの始終を目で追っていた飛雄馬の上半身裸となったその胸、その突起を花形は緩く抓り上げ、呻いた彼の唇を小さく啄む。
「ん、っ……つ、っ」
軽い痛みが抓られたそこからじわじわと全身に走って、飛雄馬の圧迫されたままの下腹部が更に膨らみを増す。
かと思えば、ゆるゆると突起に指の腹で揉みこむように愛撫を与えられ、飛雄馬は声を上ずらせその心地良さに身震いした。
「次はどこを触ろうか」
「……………」
花形の声にビクビクとスラックスの中が脈打つ。
分かって聞いているのだこの男は──と飛雄馬は一瞬、目を開けたがすぐに閉じるとふいと花形から顔ごと逸らした。
「強情っぱりなところは変わらんね、飛雄馬くんは」
飛雄馬の耳元で囁き、花形は少し圧迫させるために使っていた腿を離すと、そこには興奮を物語るモノがスラックスを大きく膨らませている。
花形はスラックスの上からそれに手を這わせ、ゆるく刺激を与えてやった。
「あ、っ……く、ぅ、うっ」
「直接触ってほしい、そうだろう」
言われ、飛雄馬は首を横に振る。
「じゃあ、後ろを嬲られる方がきみの好みか」
「…………!」
花形が言うと、飛雄馬はハッと目を見開き、目の前の彼を見つめた。
「まあ、初めからそのつもりではあったが──フフ」
言うなり、花形は飛雄馬の左手を取ると、そのままくるりと彼の体を本棚と向かい合うよう回転させた。
そうして、腰を突き出させる格好を取らせながらベルトを緩め、スラックスと下着とを引き下ろした。
「あ…………!」
花形の眼前に尻を晒す羽目になり、飛雄馬は羞恥に頬を火照らせながらも、もうやめてくれ──とそう、彼に頼むべく口を開いた瞬間、突き出した尻の中心に何やらヒヤリとした冷たいものを塗られた気味悪さに戦慄いた。
その冷たいものは飛雄馬の尻の中心、その窪みの上にしばらく円を描くよう塗り込まれていたが、そのうち、ぬるっとその窄まりの中に何やら温かいものと共に挿入された。
「あ、う、ぅっ………」
それはいわゆる、花形が潤滑剤代わりに使用した整髪料であり──飛雄馬の腹の中を探る温かいものと言うのは彼の指であった。
「は………ん、んっ」
何をされているのかまったくここからは見えはせず、ただただ腹の中をぐりぐりと掻き混ぜられ、抜き差しされるばかりで、先程中途半端に触れられた膨らみ──今は下着の中から開放された飛雄馬の男根はその先からつうっと先走りの滴を溢している。
膝が震え、本棚に手をつき立っているのがやっとで、飛雄馬は奥歯を噛み締めた。
くちゅくちゅと整髪料がわざとらしく音を立てるよう、花形は飛雄馬のそこを掻き回し、指を動かす。
「つ、っ…………」
「飛雄馬くん、あまり大きな声を立てないでくれたまえよ……ここはぼくらの寝室の真下でね」
そんな台詞を口にし、花形は飛雄馬から指を抜くと何やらカチャカチャと金属音を立て始めた。
まさか、そんな──飛雄馬が後生だ、やめてくれ──と嘆願したときにはすでに、花形のそれは彼の体の中心を貫きつつある。
「あ、ひ……………」
指で幾分か広げられた粘膜を更に花形の怒張がそこを押し広げ、奥へと進んでいく。
あまりの快楽の強さに腰が浮き、震える飛雄馬の尻に手を置き、腰を落とさせながら花形は腰を進めていく。
「あ、あ、ぁっ………あ」
ゆっくり、ゆっくり根元までを飲み込ませてから花形は本棚に腕をつき、戦慄く飛雄馬の口元に手を遣り、己の指を口に含ませた。
「静かにしてくれと言っただろう。起きてこられたら困るのはきみも同じじゃないのか」
口ではそう、言いつつも花形は徐々に腰を打ち付け出す。
「っ………ふ、ぅ……」
とろとろと花形の指を伝い、唾液が飛雄馬の口からは零れ落ちる。
あんなにしていた雷の音はもう聞こえてはこない。 どこか遠くに行ってしまったのか、それとも明かり取りの窓があんなに高いところにあるがゆえに聞こえてはこないのか。
ぬるっ、と飛雄馬の口から花形は指を抜くと、今度は犯す彼の腰の動きに合わせて揺れる男根を唾液に濡れた手で擦り始めた。
「は、ぅ………うっ!」
腹の中を嬲られる感覚と、前をしごかれるそれとが混ざり合い、飛雄馬は大きな絶頂を迎える。
口を押さえているために声こそそれほど漏れなかったが、全身はビクビクと痙攣し、花形を締め付ける。
しかして、これで解放されるはずもなく、花形は腰の勢いを強め、しごく男根をも射精に導こうとその手の動きを速めた。
「っ、っ………」
汗をかいたせいか、花形の香水の匂いが強く香る。
飛雄馬くん、と呼ぶ声が鼓膜を震わせ、ぞくぞくと肌を粟立たせる。
「ひ、ぃっ………く、また、またい、っ……」
とぷ、とぷと男根の先から白濁を溢し、飛雄馬は虚ろな目を瞬かせる。
上気した頬には涙が滑り、花形もまたラストスパートをかけるべく、飛雄馬の腰を掴むと腰を激しく振った。
「は………ぁ、あっ!ッ」
背中をしならせ、飛雄馬は再び訪れた絶頂に戦慄く。
すると花形もそこで達したか、動きを止め、飛雄馬の尻に爪を立てるようにしながら彼の腹の中へと欲を吐いた。
それから、射精の脈動が治まるのを待ち、花形が飛雄馬から己を抜くと結合部からは掻き出された体液が溢れ、飛雄馬の会陰を伝った。
「………………」
震える膝で飛雄馬は懸命に体勢を立て直し、本棚を支えに体を起こす。
今になって雨の音が微かに耳に入り、まだ降っていたのか、と飛雄馬は膝の辺りで留まっていた下着とスラックスを元の位置に戻すとベルトをはめ、落ちていたシャツに袖を通す。
頭がまだぼんやりとしている。
花形の香りが汗と共に肌に染み付いていて、気分が悪い。
「きみと話がしたかったのは本当だよ。だからこそきみたちをうちに呼んだ」
ひとり、ソファーに座り足を組んでいた花形が口を開く。
おれは、このひとを信用していいものか、はたまた口を吐くことすべてを嘘と切り捨ててしまっていいのかわからない。
この人のおれを見据える瞳は昔から苦手だ。
何もかもをが、この瞳にはお見通しのようで──。
飛雄馬がそんな思いを己に抱いていることを知ってか知らずか花形はフフ、と微笑み、シャワーを浴びたいのなら部屋を案内するが、と、言ってのけた。
「…………」
今すぐ、この男を張り倒し、皆を叩き起こし洗いざらいぶちまけてしまうことは容易いだろう。
しかし、おれひとり我慢すれば万事皆丸く収まるのだ。
それどころか誰が今や青年実業家として名の知れた花形を疑うだろうか、どうせ夢でも見たんだろう、とそう一蹴されるに違いない──。
飛雄馬は、いらん、とだけ返すと、ふと本棚の中段、そこに飾られていた色褪せた賞状の最優秀賞の文字に、天才と讃えられたであろう花形の幼き頃の苦労を見た気がしてぎゅっと下唇を噛んだ。