暗がり
暗がり 飛雄馬くん、ちょっと。
試合の帰り道中、ふいに背後からかけられた声に飛雄馬はビクッ!と体を反応させた。
自分のことを「飛雄馬くん」と名前をくん付けで呼ぶ人物などこの世にひとりしか存在していないからだ。相手もヤクルトスワローズから見事プロに返り咲いた身。
会いたくない、と思っていようとも、球場で試合となれば嫌でも顔を突き合わす羽目になる。
飛雄馬はおそるおそる後ろを振り返り、「花形さん」と自身の名を呼んだ男の名を口にした。
選手通路の中でひらひらとこちらに手を振る花形がそこには立っており、飛雄馬は顔を引き攣らせる。
昨日もねえちゃんから食事の招待を受けたのにそれを蹴ったことを咎められるだろうか、はたまた、先日、宿舎までわざわざ訪ねてくれたのに居留守を使ったことに対して嫌味を言われるだろうか、と飛雄馬は少々の小言は覚悟しつつ彼の元に歩み寄った。
「帰らないんですか」
「帰るさ。きみとの用が済んだら、すぐ」
「用?」
様子を伺うように尋ねた飛雄馬だったが、花形の口をついて出た言葉は予想外のそれで、用とは?と眉をひそめる。
いいから来たまえよ、と誘われるがままに飛雄馬は花形の後を追う。
選手用通路はあまり光も届かず昼間でも薄暗く、些か肌寒ささえ覚える場所である。
そんなところにわざわざ呼ぶなんて、一体何の用なのだと思ったところで、花形が歩みを止め、こちらを振り返った。
飛雄馬は、きっと家に寄り付かないことを窘めるために人気のないところを選んだのだろう、とそのときは思った。
と、花形は少し身を屈め、近くまで歩み寄ってきた飛雄馬の頬に口付けようとする。
「え?あ…………!?」
驚き、目を見開いたまま飛雄馬は体をよじった。
口付けを躱され、一瞬、不機嫌そうな表情を浮かべた花形だったが、すぐにいつもの笑みをその顔に浮かべ、冗談さ、と、そんな言葉を口にした。
「からかうのは、よしてくれ……」
花形から視線を逸らし、不自然に瞬きを繰り返しながら、それで、用とは?と飛雄馬は訊く。
すると、やや顔を俯けていた飛雄馬の顎に花形は親指と人差し指とをかけ、すっ、とそれを持ち上げると、互いの目線を絡み合わせた。
「…………!」
「なぜ目を逸らす?何かやましいことでもあるのかい」
「別に、何も、そんなことは」
目を細めるようにして飛雄馬は不敵な笑みを口元に湛えている花形の顔を瞳に映す。
「ふぅん。それなら、いいんだが」
「っ、それで、用とは何なんだ?あなたはこれから家に帰るだけだろうが、宿舎に戻らねば寮長たちに心配をかけてしまう」
「まあ、そう急かさないでくれたまえ。フフ……」
微笑み、花形は飛雄馬の顎にかけた親指で彼の下唇をそろりとなぞった。
ぶるっ、と飛雄馬は与えられた奇妙な感覚に体を震わせ、目の前の彼を睨む。
「明子がきみが来ないことをずいぶん気にしていた。たまには会いに来てやってくれないか。ぼくが留守のときでもきみなら構わんさ」
飛雄馬の唇をさすりつつ、花形は囁くように言葉を紡ぐ。
「いずれ、そのうち……必ず、伺わせてもらう」
「それは聞き飽きたぞ飛雄馬くん。よほどぼくの家がお気に召さんと見た」
「そういう、わけでは……」
「…………」
花形は目を閉じると、飛雄馬の唇にそっと口付けた。ちゅっ、と軽くそこを喋んでから、花形は飛雄馬に口を開けるよう囁く。
しかして飛雄馬は首を横に振り、花形を拒絶する。
すると、花形は何を思ったか飛雄馬の顔から手を離すと、両腕を彼の脇の下から背中へと回した。
「!」
固いコンクリート製の壁を背にし、飛雄馬は身動きが取れなくなってしまう。
自分を抱く男の顔を見ぬように、慌てて顔を逸らした飛雄馬の耳に花形は軽く歯を立てた。
「ん……っ!」
鼻がかった声を漏らし、飛雄馬はピクン、と体を戦慄かせる。
唾液を纏った舌がゆっくりと耳をなぞる音がじわじわと飛雄馬の体温を上げていく。
「っ、やめて……ください」
「じゃあ、こちらを向きたまえよ」
耳元でそう、囁かれ、飛雄馬はぎゅっと唇を引き結ぶと顔を上げ、花形の顔を仰ぎ見た。
瞬間、花形は己を真っ直ぐに見上げてきた飛雄馬に再び口付けを与え、唇を優しく食む。
「あ、う、っ……!」
ふふっ、と花形は笑みを漏らし、飛雄馬の閉じ合わせた唇を舌でなぞる。
と、微かに開いた唇の隙間に舌を滑り込ませると、花形は飛雄馬の体を強く抱いた。
飛雄馬はだらりと自身の体の脇に下ろしていた手を挙げ、花形の腕に縋りつく。
「もっと口を開けて」
「………は、っ、」
指示されるがままに唇を開き、飛雄馬は花形を受け入れると、彼が口内に差し入れてきた舌に応えるよう、自分もまた、舌を絡ませた。
ちゅっ、ちゅっ、と互いの唇を啄み、時折、口から漏れる微かな吐息が薄暗い通路の中に響いて、飛雄馬は花形の腕を掴む指に力を込める。
花形は飛雄馬に口付けを与えながら彼の背に回していた手を離すと、そのまま下腹部へと滑らせた。
「っあ、待っ……」
ユニフォームのズボンの上から花形はやや前に張り出している飛雄馬の股間を撫でさする。
すり、すりと足の間から張り出す前にかけてを掌で撫でられ、飛雄馬が高い声を漏らすと、弾みで触れ合っていた唇同士が離れた。
飛雄馬の腰は花形の手の動きに合わせるように揺れ、前の膨らみは段々と大きさを増していく。
「花形っ……やめろ、やめてくれ……こんな、のっ」
「きみが素直にぼくの屋敷に来てくれないからだろう。どれだけぼくや明子が飛雄馬くんが来てくれるのを楽しみにしていると思う?」
「次は、いく、から、あっ……!」
声を上げる飛雄馬の顔は真っ赤に上気し、その目元には涙さえ浮かんでいる。
花形は飛雄馬の瞳を濡らす涙を唇で拭い取ってやりながら、彼の穿くユニフォーム、その前を閉じ合わせるファスナーを下ろしていく。
「それはっ……それだけはっ、ん、ぁあ……」
ファスナーをすべて下げ終え、花形は開いたそこに手を入れると、僅かに湿ったスライディングパンツの上から飛雄馬の男根に触れた。
そうして、腹に留まるゴムをずり下げるようにして開いたズボンの前から完全に勃起しきり、先走りで鈴口を濡らす男根を取り出す。
「完全に出来上がってしまっているじゃないか。ん?」
クスクス、と笑みを溢しつつ、花形は飛雄馬のそれを握るとゆっくりと上下にしごき始める。
「あ、あっ!」
腰が引け、飛雄馬の尻は壁にぶつかる。
しかして花形はその手を緩めることはなく、先走りを纏わせた指で飛雄馬の男根を嬲った。
「ふふ……さっきの試合、素晴らしかったよ飛雄馬くん。完全に不死鳥は蘇った」
「あ……ん、ん……っ、ん」
花形が飛雄馬の男根を擦る音が辺りに反響する。
その動きをじわじわと速めながら花形は飛雄馬を絶頂へと誘う。
いく、いくとうわ言のように繰り返す唇に自身の唇を緩く押し付けながら、花形は飛雄馬のぶち撒けた白濁を掌で受け留めた。
「っ……ふ、」
虚ろな目で自身を仰ぐ飛雄馬のズボンのベルトを緩めてやってから、花形は彼の尻側から手を入れ、身につけているズボンとスライディングパンツとを引き摺り下ろした。
それだけに留まらず、花形は飛雄馬の尻を撫でると、その谷間の中心にある窄まった箇所へ精液に濡れた指を宛てがう。
花形の指の触れたそこはひくつき、飛雄馬はかあっ、と頬を染めた。
「なんだ、きみも期待していたんじゃないか……」
「そっ、な、こと……っ、う」
つぷ、と花形は飛雄馬にすべてを言わせず、彼の体内へと指を挿入する。
入り口を解すように指を動かしつつ、花形はまた飛雄馬に口付けを与えるべく、顔を寄せた。
「ん、あ……」
花形の指を締め付け、飛雄馬は吐息混じりに声を上げる。
指をゆっくり出し入れし、花形は飛雄馬の体をじっくりと慣らしていく。
「そろそろ、いこうか……」
唇を離し、花形は飛雄馬から指を抜くと、何を思ったか右腕を掴むや否やぐいっと彼の体を壁に向かい合わせになるよう回転させ、ドンとその手を壁につかせた。
「…………!」
花形は己に背を向けた飛雄馬の腰に手をやると、尻を突き出させ、自身のユニフォーム、そのズボンのファスナーを下ろす。
飛雄馬から花形の姿は見えぬが、ファスナーを下ろす音だけは、その耳にも入る。
「はっ、花形……馬鹿なことは、やっ、め……」
ぬるっ、と花形の男根が飛雄馬の尻を撫でた。
期待に尻の中心はきゅんと戦慄き、飛雄馬は歯噛みする。
花形は片手で飛雄馬の尻を押し開き、もう一方の手で自身の男根を握ると、そのまま彼の窄まりへと己を挿入していく。
「ひ……ぐ、っ、う」
指以上に大きく、質量のあるものが飛雄馬の腹の中を突き進む。
僅かに開かれた粘膜にその形を覚えさせながら奥へ奥へと花形は自身を飲み込ませていく。
と、花形は一度に最奥まで入れることはせず、少し己を入れたところで腰を引き、飛雄馬の腹の中を弄んだ。
腰が自然に花形を追うように動いて、飛雄馬の口からは大きな嬌声が上がった。
「声が大きいな飛雄馬くん。ここは球場だぞ……」
囁きつつ、花形は引いた腰を押し進める。
「ひっ、ンン……」
ゾクゾクっ、と肌の粟立つ感覚が飛雄馬の全身に走った。逃げる腰を花形は掴み、飛雄馬の中を抉る。
壁についた手で飛雄馬は拳を握ると、必死に声を出すのを堪え、奥歯を噛み締めるが、花形はそれを見越してか激しく腰を叩きつけた。
飛雄馬の額からは汗が頬を滑り落ち、奥歯を噛み締める口からは唾液が滴る。
白い、丸みを帯びた尻は花形が腰を叩くたびに柔らかく形を変え、彼を受け入れた。
「っ……」
達する瞬間、花形は飛雄馬から男根を抜き、彼の背負う背番号3目掛け欲を吐く。
はあっ、と大きく呼吸をした花形も額の汗を拭うと帽子をかぶり直してから、自身の男根をユニフォームの中に仕舞った。
飛雄馬はしばらく、体を落ち着かせるように壁に手をついたまま、背中を上下させていたが、そのうちゆっくり上体を起こすと、かろうじて折り込んだストッキングとソックスの位置で止まっていたユニフォームとパンツを身につけた。
「…………」
花形は飛雄馬の汗に濡れた手を握り、こちらを振り返らせると、驚き、目を丸くした彼の唇に口付け、逃げようと顔を逸らしたその頬に手を添える。
「い、っ……加減、に……っん、」
「……明日の夜はぼくの家に来たまえ。迎えの車を回す」
「…………」
とろん、とした目で花形を見上げる飛雄馬の顎に手をかけ、花形はそんな言葉を口にする。
「それじゃあ、飛雄馬くん。ゆっくりお休みよ……」
フフッ、と花形は笑みを浮かべると、飛雄馬から手を離し、ひとり背を向け歩み始めた。
その後ろ姿を潤んだ瞳で見つめながら、飛雄馬は花形に何度も口付けられた唇を手で拭い、笑う膝に鞭打つようにして自身も宿舎に向かうべく、その一歩を踏み出した。