苦言
苦言 伴が帰ってきたみたいだな、と飛雄馬は板張りの廊下をふらふらと覚束ぬ足取りで寝室へと向かう彼の足音を暗い部屋の中で聞く。
ここのところ接待が立て続けに入っているとかで、朝のサンダーさんとのランニングにも、その後の朝食の時間にも伴は顔を出さない。
まるっきり真逆の生活を互いに送っていて、伴の近況はおばさんの口から食事の時間に聞かせられるのみとなってしまっている。
無理をしていないといいのだが。
夜もちゃんと眠れているんだろうか。
飛雄馬は寝返りを打ち、廊下を行く足音に耳を澄ます。と、伴が隣の部屋──寝室の襖を勢い良く開け、中に足を踏み入れると、あらかじめ用意されていた布団の上に横たわったらしき地響きが聞こえ、飛雄馬は布団の中で体を縮こまらせる。
しばらくの間、天井から下がる明かりの紐が地響きの余韻で揺れていたが、その内にピタリと止まった。
それを受け、飛雄馬が縮めていた手足をゆっくりと伸ばし、再び眠りに就こうかとした矢先に、隣の部屋からこれまた屋敷全体を揺らすような大きないびきが轟く。
「…………」
今日のは、また一段と大きいな。
サンダーさんは大丈夫だろうか。
飛雄馬は目を閉じ、この騒音の中どうにか眠ろうと努力するものの、布団を頭からかぶったところでこの状況が改善されるわけでもなく、却って気になる始末である。
注意しに行こうか。
しかし、伴も疲れているのだろうし、サンダーさんが起きたような気配もない。
ここはおれが我慢をすれば済むこと。
だが、寝不足だと明日の練習に支障が出る。
どうしたものか。
飛雄馬は目を閉じたまま、伴のいびきが自然に止んでくれることを祈ったが、どうやらそううまく事が運ぶことはなさそうで、気持ちよく眠る彼には申し訳ないが、注意をしに行こう、と思い立つなり即、布団から抜け出した。
そろそろと音を立てぬように廊下を行き、該当の部屋の襖を開ける。
これで起きないサンダーさんも伴に負けず劣らず肝が座っているな、と飛雄馬は室内に身を翻し、開けた襖を閉めてから彼のもとに歩み寄った。
布団の上で揃いのスーツ姿のまま、靴下も脱がずに気持ちよさそうにいびきをかく伴のそばまで来ると飛雄馬は膝を折り、その場に腰を下ろしてから、小さな声で名を呼ぶ。
「伴、伴」
囁くように呼んだところでいびきに掻き消されているのか、伴の耳には届いていない様子で飛雄馬は声量を少し増やした。
「むにゃむにゃ……もう食べられませんわい」
「伴、起きろ。伴」
「酒ももう飲めませんぞい……」
「伴!」
「これ以上飲み食いさせてどうするおつもりですかい!ものには限度っちゅうものがありますわい!」
その叫び声が響いたのを聞くが早いか飛雄馬は伴に腕を取られ、そのまま彼の胸の上へと抱き寄せられる。
「う、!」
「それ以上うるさくされますと、わしの柔道が爆発しますぞい」
「ば、伴!」
「ん……ん!?星っ!?」
ここに来て伴もようやく胸に抱いたのが取引先の会社役員ではなく、己が屋敷に居候している親友・星飛雄馬であることに気づいたようで、慌ててその体を離すと、すまん……と暗い部屋の中でか細く謝罪の言葉を口にした。
「いや、おれの方こそ驚かせてしまってすまないな」
飛雄馬は今の騒ぎで乱れてしまった寝間着代わりの浴衣の合わせを正してから、布団の上で正座をし肩を落とす親友に笑顔を向ける。
「そ、それにしたってなんで星がここに?便所に行って戻る部屋を間違えたか?」
「……疲れて帰宅したであろうきみにこんなことを言うのも心苦しいが、その、伴の、いびきがあまりにもうるさくてな」
「あ、う……う、それは、す、すまなんだ」
「…………」
「へ、部屋を離すか。使っていない部屋なら、う、うち、たくさんあるからのう」
「わかった。明日からは少し離れた部屋で眠らせてもらう。伝えたかったのはそれだけだ。ゆっくり眠ってくれ」
「あ、っ、星!ち、ちょっと待ってくれい。なんじゃい、自分の言いたいことだけ言うて出て行くなんてひどいぞい」
「まだ何かあるのか」
立ち上がりかけた飛雄馬だが、伴の言葉にその場に膝を折ると、彼と向き合うように畳の上へと正座をした。
「そ、その……ここのところ、行き違いの生活が続いとったじゃろ?星の話はおばさんからも聞いちょるし、例の二軍のやつらからも聞かされとるが、会うのは久しぶりじゃから……えっと、」
「もう夜も遅い。伝えたいことがあるなら手短に頼む」
「あ、あう、あう……」
「……明日じゃいかんのか」
「明日じゃいかん!今じゃ!今でないと!」
突然、伴が吠えたために、飛雄馬はギクッ!と身を強張らせてから、自分の口元に立てた人差し指を当てる。とは言え、暗い部屋の中でこの仕草が伴に伝わっているのか甚だ疑問だが。
「それで」
飛雄馬は低い声で伴に続きを促す。
「ぎ、ぎゅっと、いや、抱いてもいいか?あ、いや、違う!断じて変な意味じゃないぞい!その……抱きしめさせてほしいんじゃ」
「抱きしめるだけでいいのか」
「ぜ、贅沢は言わん!星も明日早いじゃろうし、わしも明日は朝から会議が入っちょるからのう」
わかった、と飛雄馬は頷いてから立ち上がると、伴の待つ布団の上に歩み寄り、両手を広げて待っている彼の腕の中に飛び込んだ。
すると、ぎゅうっ、とその太い腕を背中に回すが早いか、伴は飛雄馬の体全体を両腕できつく締め上げる。 腕の中で飛雄馬は目を閉じ、伴の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
まったく、いつも強引なんだからと苦笑を浮かべ、飛雄馬もまた、伴の背に腕を回した。
この腕に、おれはいつも助けられてきたのだ。
現役時代も、そして長島さん率いる巨人軍に返り咲こうとしている今も。
「ほ、星……」
そんなことを考えつつ、哀愁に浸っていた飛雄馬だが、目の前の彼がふいに体を離し、熱の篭った声で名を呼ぶと同時に唇を寄せてきたために、その口元を両手で押さえるに至った。
間一髪、防ぐことができたのも長年の付き合いゆえの勘、とでも言うのだろうか。
「ま、待て、伴。約束が違う」
「…………」
「おまえのことだ、これ以上を許せば歯止めが効かなくなるに決まっている」
苦言を呈してきた飛雄馬の両手を、伴は無言のまま難なく片手で捻り上げると、なんの躊躇いもなくその体を押し倒した。
受け身もろくに取れぬまま、飛雄馬は頭上で両腕をひとつに纏められた状態で布団に背中から倒れ込み、うっ!と短く喉から掠れた声を上げる。
伴は自由の利くもう一方の手で飛雄馬の足を左右に開かせ、その間に身を置いた。
腿を撫でる伴の手がやたらに熱く、飛雄馬は奥歯を噛み締める。
頭の上で纏められた手を握る伴の指を振り解くのは容易ではない。
しかして、このままでは互いのためにならない。
飛雄馬は手首の痛みに顔をしかめつつ、伴!と鋭く己を組み敷く彼の名を呼んだ。
けれども伴はその声に怯むこともなく、飛雄馬の唇に無理やり口付けを与えると、腰に巻かれた浴衣の紐を解いた。
「あ……っ、う……」
伴の手が、飛雄馬の腹を撫で、胸を掠める。
ぞくっ!と肌がその感触に粟立って、飛雄馬は隣の部屋にビル・サンダーが眠っていることを承知で、伴!と声を張り上げた。
「静かにせい。星、らしくないぞい」
「らしくないのは、っぁ……!」
唇を離し、伴は飛雄馬の首筋に顔を埋めるなり、白い喉に軽く歯を立てた。
甘美な痛みがそこから全身の末梢へと走って、飛雄馬は背中を反らすと、目を閉じる。
今の一瞬で、体が熱を持ち、下腹部のそれと胸の突起が反応したことに飛雄馬は顔を紅潮させ、唇を強く引き結んだ。
「素直になれい、星……こうしたいと思っちょるのはわしだけじゃないはずじゃぞい」
「く、くっ……」
吐息を交えつつ、伴は飛雄馬の肌に唇を押し付け、そこに薄く滲んだ汗を舌で舐め取っていく。
そうして、首筋から鎖骨を下って、伴は浴衣のはだけた衿から覗く突起に唇を寄せた。
「腰を上げろ、星」
尖り、膨らんだ突起を吸い上げつつ伴は飛雄馬にそう囁き、ほんの少し、手首を掴む手の力を緩める。
「ば、っ……、伴!」
「…………」
抵抗せぬと踏み、伴は飛雄馬から手を離すと、その腰に手を這わせ下着を脱がせにかかった。
「っ……!」
腰から下着を引き剥がし、伴は飛雄馬の両足からそれを抜いた。
と、そのまま伴は体の位置を変え、飛雄馬の足元まで下ってから布団の上に腹這いになる。
吸われ、舌先で弾かれたせいで膨らみきった胸の突起が切なく疼くのに飛雄馬は歯噛みしたが、次の瞬間、己の股間に熱を帯び、濡れた何かが這ったことに悲鳴を上げた。
「じっとしとれい、星」
「ばっ……伴っ、おまえっ……っ、ふ」
尻から会陰にかけてを、熱く濡れたものが何度も何度も上下して飛雄馬は思わず両足を閉じ合わせようとするが、伴の手によってそれを阻まれる。
無理やり左右に押し開かれ、飛雄馬は尻の窪みを突つかれる刺激に刺激に声を上げた。
時折、尻に触れる吐息とその感触から、飛雄馬はその濡れた熱いものが伴の舌と言うことを察する。
その内に、尻を突つく舌は窪みの奥へと到達し、中を舌先で探ったかと思えば再びその窪みを舐め上げた。
「どこを、舐め……っ、あ」
伴の頭を掴み、飛雄馬は下腹を切なく震わせる。
唾液をたっぷりと塗りつけられたそこは中途半端に慣らされ、ひくついた。
「ひ……っん……ん、ぅ」
腹の上に、半ば立ち上がった男根から漏れる先走りが滴り、飛雄馬は立てた膝を震わせる。
「……そろそろいいかのう」
濡れた口元を拭って、伴は体を起こすと再び、飛雄馬の左右に開いた足の間に身を置き、そのまま正座の体勢を取った。
「ば、伴……おまえ、っ、ほんきなのか」
「本気とは今更じゃのう。今の今まで喘いどったくせに」
ベルトを緩め、伴がスラックスのファスナーを下ろす音を飛雄馬は聞く。
「う、う……」
「逃げるなら今の内じゃぞい」
「ば、んっ……」
飛雄馬は股関節にのしかかる伴の体重にごくりと息を呑み、続けざまに腹の中へと入り込んでくる熱に喉を鳴らす。
「…………あっつ……チンポが溶けそうじゃあ」
「ばか……っ、っ」
目元に涙を溜め、飛雄馬は伴を罵ると、鼻から大きく息を吐く。
飛雄馬の膝の裏に手を遣り、足をじゅうぶん開かせてから伴は体を起こすと、ゆっくり彼の腹の中を自分の形に馴染ませていく。
飛雄馬はその充足感と、腹の中を満たす伴の感触だけで達しそうになるのを堪え、口元で拳を握る。
腰の辺りではぴりぴりとした淡い快感の刺激が弾け、はだけた浴衣の衿から覗く両の乳首もまた、それを受け立ち上がっている。
と、伴が腰を引き、やや飛雄馬の中から男根を抜いてから浅いところを嬲った。
「ひ、ぐ………ぅ、ぅ」
引き攣ったような声を漏らして、飛雄馬は涙の滲んだ瞳を伴に向ける。
「なんせ久しぶりじゃからのう。早漏じゃと星も満足できんじゃろうし、せいぜい時間稼ぎさせてもらうぞい」
「いっ………っ、っ!」
引いた腰をなんの断りもなく突き込まれ、飛雄馬はびくびくと体を小さく震わせた。
一息に、伴の反った男根の先が前立腺を突き上げ、それを押し潰した衝撃によって、飛雄馬は無理やり絶頂を迎える羽目になる。
「まだまだ始まったばかりぞい」
「ば、ばん……休憩させ、あ、ぐっ!」
開いた口からだらしなく涎と嘆願の声を漏らす飛雄馬だったが、伴に力強く腹の中を叩かれ、その背を大きく反らす。
目の前にチカチカと閃光が走って、飛雄馬は伴の体を両手で押し戻そうとするも、その手は再び布団の上に縫い留められる結果となった。
「──っ、も、ぅ、いっ、いきたくな……ぁアッ!」
「堪え性がないのう、星は」
飛雄馬は無理やり与えられた絶頂に体を震わせ、虚ろな瞳を伴へと向ける。
伴は飛雄馬の手首から手を離すと、そのまま腰を掴み、やや膝立ちの格好になってから結合部に体重をかけ、組み敷く彼の中をより深く犯す。
「あっ、ァあ、あ──!!」
「ちょっと動くとすぐ砕けてしまいそうじゃのう、星の腰は」
「加減し、……っ〜〜〜!!」
「悪態吐く余裕があるんじゃのう」
「っうっ、ひ………ぃっ!」
中をぐずぐずに掻き回されて、飛雄馬は伴の腕の中でだらしなく絶頂の快楽を貪る。
「ほ、星、いくぞい」
「──〜〜っふ、ぁ……」
声と共に、腹の上に無造作に撒かれた熱に再び気を遣りつつ飛雄馬は爪先をピンと伸ばし、絶頂の余韻に酔う。
「はぁ……はぁ、ふう」
伴は後処理もそのままに、布団の上でぐったりと脱力しきっている飛雄馬の額に口付けを落とすと、彼の傍らに身を横たえた。
「…………」
飛雄馬は掠れた声で伴を呼び、何事かと嬉々として顔を上げた彼に対して、きみとはしばらく口を利かんと言い放つ。
そのまま飛雄馬はうとうとと微睡み始め、眠るに至ったが、伴は朝まで一睡もできずに出席した会議で居眠りをする醜態を晒すこととなった。
──夕方、伴重工業専用グラウンドに大慌てて駆けつけた伴が片付け途中の飛雄馬に平謝りに謝ったことでようやく彼の許しを得ることができ、ほっと胸を撫で下ろすことになるのだが、これはまた別の話である──。