言付け
言付け おう、星!
球場ベンチから繋がる選手通用廊下にて、背後からそんな声をかけられて、飛雄馬はドキン!と体を跳ねさせると共にやたらに高鳴る心臓の鼓動を抑えつつ、何でしょう?と後ろを振り返った。
「今日もよかったぞ!明日もこの調子で頼む」
「は……はい!」
声をかけてきた長島茂雄──新・巨人軍監督に注意を受けるのでは、と一瞬、身構えた飛雄馬だったが、彼の口を吐いた賞賛の言葉に相好を崩す。
よかった──この人に、長島さんにそう言ってもらえることは何より嬉しい──飛雄馬は肩を叩くなり、自身を追い抜くようにして先を行く彼の後姿を顔を綻ばせ、見つめる。
しかして、その彼が、何やら思い出したように振り返り、そうだ、お前の兄が──と、そんな不穏な文句を口にしたために、唇を強く引き結び、一度大きく溜息を吐いてから、わかりました、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、とだけ答えた。
『お前の兄が──いつもの場所で待っているから至急来るように星に伝えてほしいとわざわざこっちのベンチを訪ねてきたぞ。何があったから知らんが、試合に支障のないようにな』
長島の口から告げられた一言が、ぐるぐるといつまでも飛雄馬の頭の中を巡る。明日は月曜で、試合は組まれていない。
だから義兄は──花形さんはそう言ったんだろうか。
わざわざ長島さんに伝言を頼むなんて、そうすればおれが必ず来るだろうと踏んでのことか。
行かなければ花形さんは長島さんにこのことを話すだろうか。
もう、終わりにしようと言ったじゃないか…………。
飛雄馬は奥歯を噛み締め、眉間に深く皺を刻んだが、直ぐさまその負の感情を払拭するよう首を振り、さしあたって着替えを済ませるべく、選手更衣室へと向かった。
選手更衣室の扉を開ければ、中には数人の選手らがまだ残っており、口々に今日の活躍を讃えて来たが、飛雄馬はそれを半分夢見心地のような状態で聞き流し、ありがとうございます……とぎこちない微笑みを返す。
「変な星だな?」
「大丈夫か?」
「あ、いえ……すみません。ちょっと考え事をしていて」
着替えを終え、選手更衣室を出ていく選手らの声で飛雄馬はハッ!と我に返り、小さく会釈を返してから、再び大きな溜息を吐くと共にユニフォームに手をかけた。ボタンを外す指先の動きが、今の心境を映し出しているようで重くぎこちない。
ここで時間を稼いだところで意味はない。
むしろ、遅かったじゃないかと責められるやもしれぬ。何やらロッカーの陰で楽しそうに談笑している先輩らが今は羨ましい。
飛雄馬は自身が使用するロッカーの扉を開けると、ユニフォームとアンダーシャツを脱ぎ、中に揃えて置いていた私服を纏った。
ズボンも同じようにして私服のそれを身に着けると、笑い声を上げている先輩たちに頭を下げてから選手更衣室を後にした。
指定の場所まで、ここからタクシーを使って1時間といったところか。その前に寮に連絡して帰りが遅くなることを一言伝えておかねば。
「…………」
飛雄馬は選手通用出入口から球場の外に出ると、近くにあった公衆電話を使い、寮に電話をするなり訳を話し、今度はタクシーを探す。
寮長は星なら構わんとふたつ返事で許諾してくれたが、ここで馬鹿なことを言っとらんと早く帰ってこいとでも言ってくれたら、それを口実にこの一方的な約束事を反故にできるのに、とも思った。
タクシーは球場周辺ということもあり、そう時間を要さず捕まり、飛雄馬は運転手に花形が指定してきた場所──某ホテルに行くよう伝える。
ここでもまた運転手が何やら話を振ってきたが、飛雄馬はうわの空で聞いており、到着するなり釣りはいらないとほとんど転がるようにしてタクシーを飛び出した。
花形コンツェルン傘下の某ホテルは今や都内だけでなく関東近郊、果ては九州、東北にも進出しているというのだから経営陣らの思い切りの良さとその敏腕ぶりが伺える。
花形コンツェルンの名を、テレビや新聞の宣伝広告で目にせぬ日はない。
親友伴の会社も自動車関係だけでなく、今や重工業と呼ばれるまでとなったが、この花形コンツェルンの規模には遠く及ばないであろう。
それくらいは高校1年程度の学力しかないおれにだってわかる──。
飛雄馬はユニフォームの入った鞄の持ち手を強く握り締めると、ホテルの出入り口、そのガラス扉を開け、中に足を踏み入れる。
フロントに立つ支配人らしき上品な男性が来客に気付き、いかにもわざとらしい営業的な微笑みを浮かべたが、来客が星飛雄馬と知るなり、専務がお待ちです、と頭を深々と下げた。
この瞬間が、飛雄馬は堪らなく嫌いである。
おれは花形さんの義理の弟ではあるが、言ってしまえばそれだけの関係で、何も偉いわけではない。
巨人の星飛雄馬だと街中で大きな声を出されるのも好きではないが、この雰囲気はそれよりも何倍も不快だ。飛雄馬は会釈し、指定された部屋に出向くため、フロントからすぐのところにあるエレベーターに乗り込むと、部屋のある階数のボタンを押す。
箱は軽やかに飛雄馬をその階へと運び、到着したことを告げるように一度揺れてから口を開ける。
「…………」
シーズンオフゆえか、客の数は思ったほど多くはないらしい。飛雄馬は廊下をしばし奥へと進み、目的の部屋の前で立ち止まる。
すると、ノックをする前に中から入りたまえ、の声がかかって、飛雄馬は一瞬、躊躇したがドアノブを捻り、扉の隙間を縫い、室内に身を滑り込ませた。
照明が煌々と辺りを照らしていた廊下から、明かりひとつついていない室内に足を踏み入れたことで飛雄馬は目を細め、部屋の状況に順応するべく動きを止める。
「明かりをつけたまえ。きみから見て右側の壁際にあるスイッチを押すといい」
「どうして」
「え?」
支えを失った扉が飛雄馬の後ろで元の位置に戻るように後退り、音を立てて閉まった。
「どうして、またおれをここへ呼びつけた?」
「どうして?訊くまでもないことだと思うがね」
中にいた彼、花形は、フフフ……と笑い声を上げてから、飛雄馬に再度明かりをつけたまえと指示を出す。
しかして飛雄馬はそれには及ばん、と花形を拒絶し、長島さんを使うなんて卑怯だし、それに失礼だと思わないのか、と吐き捨てる。
「ぼくは使えるものは何でも使うさ。それに、そう思うのであれば素直にこの花形の誘いを受けてほしいものだが」
「……花形さんがねえちゃんの旦那でなければ二度とそんな口を叩けないようにしてやるのに」
「おお、こわ……」
からかうように花形が笑い、暗い部屋の中で絨毯敷きの床を踏みしめる足音が響いた。
距離を詰められた、と身構えた刹那に真正面に立った花形に腰を抱かれ、飛雄馬は、うっ!と呻いた。
「離せ、花形さん……っ、この距離ならおれはあなたを張り倒せる」
「それはぜひ、やってほしいものだね。まあ、出来るならの話だが」
「…………!」
飛雄馬は自分の頭に瞬時に血が昇る感覚を覚え、自由の利く腕、その手で花形の頬を張ろうとしたが、振りかぶった腕を難なく絡め取られ、皮膚に食い込む指の痛さに声を上げた。
「咄嗟に昔の癖で左が出たようだが、こういうときは右を出すべきだよ、飛雄馬くん。そうすれば当たっていた」
「花形っ……っ、」
「むしろ長島さんに頼み込んでまできみに会うことを切望したぼくの思いを汲み取ってほしいね」
握られた腕が動くのを、ようやく、闇に慣れてきた目で飛雄馬は追い、その手、人差し指が花形の微かに開いた口に咥えられるのを見た。
「あぅ……!」
花形の熱い舌が指を包んで、その表面を柔らかな粘膜が舐めさする。ビク!と体が戦慄き、すぐに震えが全身を蝕む。
やわやわと慈しむように舌で指を舐めていたかと思うと、今度は歯を立てられ、飛雄馬はまたしても身を跳ねさせた。時折、花形の口から漏れる吐息が肌を粟立たせ、体の奥を火照らせる。
違う、おれは、こんなことをしに来たわけじゃない。 今日は、今日こそは花形さんに三行半を突きつけるべく、ここを訪ねたんだ。
だと言うのに、こんな…………。
「その気になったかい」
「ばっ、馬鹿な……こんなことして……、」
「往生際が悪いものだ。きみの顔にはそう書いてあるが、ね」
馬鹿な、と飛雄馬は花形から顔を逸らすと、目を閉じ、口を噤む。
と、花形の口から指が抜かれ、ハッとなったところに顎先に手をかけられ、強引に顔を上向けさせられたところで呼吸を奪われ、飛雄馬は彼から逃れるべく身をよじった。
「っ、う……!」
「動かんでほしいな飛雄馬くん。雰囲気が壊れてしまう」
フフ、と花形の微笑む声が飛雄馬の体を疼かせる。
腰を抱く花形の手が尻を撫で、飛雄馬はそれを跳ね除けると顔を逸らし、彼から逃れた。
「あれきりの約束だったじゃないか、それを、なぜ……」
「なに、きみも忘れられんからここに来たんだろう。ぼくに責任を一方的に押し付けて、そして長島さんのせいにして」
「そんな、ことは……」
「人のせいにしておけば心が痛まないで済むからね。フフフ……難しく考える必要はないと思うが。部屋を訪ねるのにも色々と理由をつけるのが飛雄馬くんはお好きのようだから」
花形さんと寝たいからここに来た、と素直に認めるべきだよ飛雄馬くん、とそこまで言われ、飛雄馬は再び彼の頬を張るべく今度は右手を振りかぶった。
拳でないのはせめてもの良心。
明かりのついていない部屋で朧気ではあるが、目の前に佇む花形さんの位置くらいは把握できる。
人を虚仮にするのも大概にしてくれ。
これに懲りたら二度とおれを呼び出さないでくれ。
飛雄馬は振りかぶった腕を打ち下ろし、花形の左頬を思いきり張り飛ばした。
やたらに乾いた音が部屋に響き渡り、腕を振り抜いた飛雄馬の掌は痺れたように熱を持つ。
「…………!」
「気は済んだかい」
「は、っ、花形さん……」
初めて、花形に一打を浴びせた事実と掌の痛みに飛雄馬は震える。
そんな、まさか、本当に、当たるなんて……。
「避けるとでも思ったかね。さっき話したじゃないか。右なら当たっていた、と。飛雄馬くんもそれを覚えていたからこそ右手で食らわせて来たんだろう」
「っ……」
飛雄馬は疼く右手の指を掌に握り込み、目の前に立つ花形から顔を背けた。
しかして再び、花形の手が顎先にかけられて飛雄馬は彼とまともに顔を突き合わせることとなる。
「図星を突かれてカッとなったかい」
「図星、なんか、じゃ…………っ、ふ」
花形の唇と共に何やら口元に触れた液体が鉄錆臭く、飛雄馬は眉間に皺を寄せた。
唾液に混ざったその味と匂いが舌に絡んで、飛雄馬は液体の正体が花形の口の中からの出血であることを知る。
舌を出して、の声に飛雄馬は開いた口から舌を覗かせ、それをゆるく吸い上げてきた花形の口内粘膜から染み出す味に体を強張らせた。
「肩の力を抜きたまえよ。今更緊張する間柄でもあるまい」
「…………」
飛雄馬の唇を啄んだ花形がそう、囁く。
「口の中の傷かね、大したことはない。じき治るさ」
しかし、そう、言葉を紡ごうとしたものの飛雄馬はまたしても口付けを与えてきた花形の唇に口を塞がれ、反射的に目を閉じる。
いや──花形さんに対して負い目を感じることも、申し訳ないと思うこともないのに、なぜおれは彼に対してそんな感情を抱いている?
ねえちゃんのことがあるからか。
このことも花形さんは誰かのせいにして、と、そう言うんだろうか。
おれは花形さんひとりに罪を押し付けて、自己保身を図っているに過ぎないのか。
「は……、あっ……!」
びく!と腰が引け、飛雄馬は鼻がかった声を漏らすと、ようやくまともに呼吸をさせてくれた花形を睨んだ。
「…………」
花形の腕が暗い部屋の中で何やら動いたのが見え、飛雄馬は彼から僅かに距離を取る。
と、金属同士が擦れ合う、微かな音が響いて、飛雄馬はその耳をくすぐる音色にごくりと喉を鳴らした。
その音もまた、花形の耳に届いたか、彼はクスクスと笑みを溢し──指示するまでもなく自分から足元に跪いた飛雄馬の髪を撫でた。
先程聞こえた金属同士が擦れ合う音と言うのは花形が穿くスラックスのファスナーを自主的に下ろす音であり──飛雄馬は教えられた通りに膝を折ると、目の前に立つ彼の下腹部へと顔を寄せる。
眼前にそびえ立つそれに手を添え、飛雄馬は口内に溜まった唾を飲み込んだ。
何度目の密会からだろうか、あの金属が触れ合う音を耳にすると無意識にこの場に跪くようになってしまったのは。頂上の位置を手で確認して、飛雄馬は液体の染み出すそこに口付けると口を開け、それを口内に招き入れる。
口の中で更に固くなって、喉奥を突いた花形から一度距離を取り、飛雄馬は自分の唾液に濡れたそれを握り、頂上から根元に向かってしごいた。
そうして、唾液を口の中に溜めてから飛雄馬は再びそれを咥え、上顎の窪みにあてがったそれを窄めた唇と裏筋に這わせた舌で舐め上げる。
「は……っ、ん」
明かりひとつない部屋のせいか、自分の声と花形のそれを窄めた口でしごく際に上がる水音がやたらに耳障りで、飛雄馬はじわりと目元を涙に潤ませた。
「飲める?」
「………………!」
「出すよ」
だめだ、と言う間も口を離す余裕もなく──否、言われぬようにさせられたと言うべきか、飛雄馬の口の中に花形の欲は躊躇いもなく放出される。
喉奥めがけて放たれた精に噎せ、顔を離そうとした飛雄馬だったが、花形の手によってそれを阻まれ、彼の射精の脈動が収まるまで口を離すことは許されなかった。
「か、はっ……げほっ、う、ぇっ」
舌に纏わり付く液体に咳き込み、飛雄馬はその場に吐き出そうとするが、すんでのところでそれを堪え、ともすれば逆流しそうになる精液を無理やり喉奥に追いやる。
「口を開けて」
「…………う、ぅ」
「ちゃんと飲めたかぼくに見せたまえ」
飛雄馬は奥歯を噛み締め、震える膝に鞭打ち立ち上がると少し顔を上向けてから花形に見せびらかすようにして口を開けた。
「フフッ……」
その開いた唇に花形の唇が触れ、すかさず舌が滑り込む。一度離した唇を再び貪られて、飛雄馬は花形の腕に縋りついた。
「うぁ、っ…………っ、」
「もうそろそろ限界が近いとぼくは見るがね」
「…………」
「あと5歩、いや3歩下がればベッドがある」
「っ…………」
違う、これはおれの意志じゃない。
花形さんが、距離を詰めているからだ。
おれはそれから逃げるために…………。
飛雄馬は後退った先、花形が宣言した位置にあったベッドに足をぶつけ、そのままそこに背中から倒れ込んだ。そうして、汗ばんだ首筋に触れる熱に背中を反らし、固く目を閉じる。
「力を抜いて飛雄馬くん。やり辛くて敵わんよ」
「もう、やめろ……やめてくれ、花形さん……」
顔を腕で覆い、飛雄馬は首を振った。
「…………」
着ていたシャツをたくし上げられ、飛雄馬は直に肌に触れる花形の舌の熱さに声を漏らす。
「あ、あっ!」
跳ねた腰からスラックスと下着を剥ぎ取られ、飛雄馬は、やめろ!と声を上げる。
結局、同じことの繰り返しで、おれは流されるままだ。ねえちゃんだけでなく、長島さんをも寮長さえも巻き込んで、迷惑をかけて。
花形さんを拒絶してねえちゃんの身に何かあったら、なんて考えるふりをして、耽溺してしまっているのはおれの方……?
「っ、っく……」
広げられた足の中心を貫く熱に飛雄馬は白い喉を晒し、体を仰け反らせる。
普段と感覚が違うのは、先程花形さんが封を切って着用していた恐らく──避妊具のせいか。
腹の中を丁寧に犯しつつ口付けを与えてくる花形に応え、飛雄馬は彼の舌に自分のそれを絡めた。
そうして、ゆっくりと腰を使い、粘膜を擦る花形の首に飛雄馬は腕を回し、繋がった箇所で彼を締め上げる。ベッドがその動きに合わせ揺れては軋み、音を立てる。
ああ、なぜ今日に限って花形さんはこんなにも優しいのか。いっそ、何もわからなくなってしまうくらい、乱暴に扱ってくれたらいいのに。
「あ……っ、っ、ん、」
優しくされると余計なことを考えてしまう。
いやだ、何も考えられなくしてくれ。
「…………」
首筋に吐息が触れた瞬間、僅かに痛みが走って、飛雄馬は花形がそこに歯を立てたであろうことを察する。
そこからの淡い痺れが脳を痺れさせ、胸の突起を疼かせる。じわじわとゆっくり、しかし確実に絶頂の波は押し寄せて来ており、飛雄馬は花形の腰に両足を回し、ぎゅっと彼の体を抱き締めた。
「あっ、っ……いくっ、」
「きみは今誰に抱かれているのか言ってみたまえ」
「…………、はぁっ……っ、」
飛雄馬は絶頂を迎える寸前に腰の動きを止められたことで涙に濡れた虚ろな目を開け、自分が抱き締めている男の顔を瞳に映す。
腹の奥は焦らされたことで変に疼いており、臍の上で揺れるそれから溢れる熱い先走りで腹は濡れてしまっている。
「ほら、言わないとここでやめてしまうよ」
「いっ……いやだ、やめ、っ、……花形さん……!」
「…………」
ニッ、と花形が唇を歪めたのが見えたような気がした刹那、飛雄馬は腹の中を深く抉られて、一際大きな嬌声を上げると共に絶頂を迎えた。
見開いた双眸にチカチカと閃光が走って、与えられた快感は脳を焼き、飛雄馬の体は余韻を噛み締めるがごとく戦慄いた。
「……っ、──!!」
花形の腰に回した足を離すこともままならぬまま、飛雄馬は自分の指に絡められた指、その手に爪を立てる。花形はその間、飛雄馬が落ち着くまでそこを動こうとはせず、彼が脱力し、拘束が緩んだことで初めて体を離すに至った。
避妊具の中に放出した欲を自分から外し、花形はその液体が溢れ出ぬよう口を結ぶと、とりあえずベッドの下へと放り投げた。
「はぁっ…………はぁっ、はっ…………」
飛雄馬はもちろん花形のそんな行動など知る由もなく、ベッドの上で呼吸を整えるべく白い腹を上下させている。絶頂のせいで体が痺れ、頭はぼうっとしてしまっている。
「…………」
花形がベッドに腰掛けたかスプリングが軋み、しばらく揺れていた。
飛雄馬は恐らく近くに座っているであろう花形の気配を感じつつ、囚われてしまっているのはおれの方なのかもしれん、と体を横たえたまま暗闇の中、目を開ける。ノックアウト打法を打ち破ったとき、いや、初めて会ったときからおれはきっと、彼に人生そのものを縛られているのだ。
ふと、触れてきた指から逃れるよう飛雄馬は寝返りを打ち、ここを去り際に口にすべき文句を、懸命に考えたが、痛む頭は使いものにならなかった。部屋は未だに暗闇に包まれている。