幸福
幸福 「星、おらんのかあ」
飛雄馬とその姉の住むマンションの扉を叩きつつ伴は彼の名を呼ぶが応答がなく、はて?と首を傾げる。どこかへ出かけたのだろう、また時間を改めるかとしょんぼり肩を落としたものの、何気なくドアノブを握って捻ったところ、ガチャリと重い音を立ててそれが開いたもので伴は顔をパアッと輝かせた。
「星ぃ!なんじゃい。おるんなら返事くらいせんかい!」
いつもの豪傑笑いを浮かべつつ扉を目一杯開いて体を滑り込ませた玄関先で伴は靴を無造作にぽいぽいと脱いだが、飛雄馬の姉・明子のことを思い出し、靴をこっそり揃えると、「お邪魔しまぁす!」とこれまた大きな声を張り上げた。
しかして相変わらず返事はなく、いくらマンションの高層階とは言え鍵もかけず不用心ではないか。星一人ならまだしも明子さんもおるじゃろうにと伴は眉間に皺を寄せ、もう一度、「星ぃ!」と呼んでリビングに繋がる扉を開けた。
すると、扉を背にカーペット敷の床に座っていた部屋の住人、そして目当ての人物でもある星飛雄馬の姿を見付け、伴は一瞬、ギクッと驚きゆえに身を強張らせたものの、すぐに顔を綻ばせてから再び、「星!」と笑った。
「なんじゃあ、おったのか。てっきりおらんと思って帰ろうかと思ったんだが……」
がっと己に背を向ける飛雄馬の肩を掴み、伴は自身の方を振り向かせようとしたが、飛雄馬がそれを振りほどいて目の辺りを擦るような仕草をしたために、今度は少し声量を落としてから、「星?」と呼んだのだった。
「ああ、伴。悪いな、来たのは知っていたんだが、ちょっと目にゴミが入ってどうにも取れなくてな」
「……おやじさんのことか?」
「とうちゃん?ふふ、違うさ。そんなんじゃない」
「本当に?」
「……」
「やっぱりそうか」
「違う。変な詮索はしないでくれよ」
ぐす、と鼻を啜って飛雄馬は無理に笑顔を作ってみせた。
伴がおやじさんのことか、と訊いたのは飛雄馬の父である一徹がかつての同胞であり盟友でもあった巨人軍監督、川上哲治の是非巨人軍のコーチに、という頼みを断り中日のコーチを務めることになったからであった。幼い頃より二人三脚で父と共に歩んできた飛雄馬にとって、父が他軍のコーチとして、敵として立ちはだかってくる、というのは身を引き裂かれるような心持ちであろうに。それもあの大リーグボール一号を打ち破ったカージナルスのアームストロング・オズマの指導をしていると言うのだから堪らない。
あんなにとうちゃんがね、とうちゃんはねと楽しそうに話していた飛雄馬を知り合った高校生時分から見て来ているからこそ、伴もまた心苦しかった。伴も飛雄馬の父のこと、その性格については十分知っているつもりだった。
だからこそ、とうちゃん、とうちゃんと慕う飛雄馬を少し病的ではないかと思ったこともあるし、この現状に彼が押しつぶされてはいないかと心配になり、部屋を訪ねてきたのであった。
その飛雄馬が一人泣いている。姉の目を盗むようにして誰にその胸中をぶちまけるでもなく、たった一人。野球のこととなると一直線の向こう見ずで、それでいて人一倍泣き虫のちびすけで。
今にも崩れ落ちてしまいそうな橋をようやっと渡っているような危うい彼を伴は放っておけなかった。
野球をやめてもいいとまで言った恋もその最愛の相手の死によって終焉を迎え、何もかもを失くしかけていた飛雄馬を誰が一人に出来ると言うのだ。
小さな体を震わせ、頬に幾重も滴らせる彼を誰が放っておけると言うのだろうか。
伴は頭を垂れ、鼻をぐすぐすと啜る飛雄馬の体を何も言わず抱き締めた。
「伴……」
「おれは何も見とらんし聞いとらん。だから早う目に入ったゴミを取るとええ」
「……ふふ、ふふふっ。そんなに強く抱かれちゃあ取れないだろう」
飛雄馬は笑って、伴の背にしがみついたかと思うと、彼の胸にぎゅうっと顔を埋めてその肩を震わせた。物言わず、ただただ声を殺して泣く飛雄馬が不憫で、儚げで伴も釣られ貰い泣きしそうになるのを堪えた。 星が羨ましいと思ったことがないかと言われると嘘になる。
野球なぞする必要なしと言った己の父、いつまでも子離れの出来ぬ父などいらぬと思ったこともある。
しかして、星のおやじさんはこの小さな体にどれだけの苦難と試練を与えるのか。そう考えたとき、おれは耐えられるのか、とも思う。
「伴っ……伴……っく」
「……」
抱いていた飛雄馬から体をほんの少し離して、伴は涙に濡れた彼の口元にそっと己の唇を押し当てた。言うまでもなく飛雄馬はそれを拒んで伴の大きな体を突き飛ばすようにして彼から距離を取る。
「あっ、星……わし、その」
涙に濡れ、揺らめく瞳で飛雄馬は伴を仰ぐ。何をするんだと叱責されると身構えた伴であったが、今度は飛雄馬からにじり寄って来たために面食らった。
「伴、忘れさせてくれ。み、いや、とうちゃんのことも……今は考えたくない」
「あ……いや。分かった」
飛雄馬は美奈の名を出しかけ、伴の脳裏には飛雄馬と共にこの部屋に住む明子のことがよぎったが、頭を振った二人の口から終いまで言葉は紡がれなかった。飛雄馬の体をカーペット敷の床に組み敷いて、伴は己を見上げてくる彼の唇に口付ける。
と、飛雄馬は伴の首に腕を回してゆるりと彼の口の中に舌を滑らせた。ピクッと伴の体が揺れる。たったこれだけで伴の下腹部は熱を持ち、その首をもたげるのだ。
「……」
腕を回した伴の襟首にじわりと汗が滲んで飛雄馬は閉じていた目を開ける。
「もう立ったのか」
「ん?な、違うわい!そんなことはない」
伴が急に声を荒らげるときは大体図星を突かれたときで、飛雄馬はぷぷっと吹き出した。
「たっ、立ってなんぞおらん!」
「嘘が下手くそだな伴は」
「違うと言ってるだろう!」
上体を起こして尚も違うと言い張る伴の体の下から飛雄馬は這い出して、彼の懐に飛び込まんばかりに己の体を寄せてから張ったスラックスの前を撫でる。
「星っ」
「別に恥ずかしがることじゃないだろう」
伴の穿くスラックスのファスナーを下ろし、飛雄馬は片手で彼のベルトを緩めてやった。そうして、開いたスラックスの前から手を差し入れ、下着を目一杯持ち上げた伴の逸物に触れた。
「う、あっ」
じわりと伴の下着に先走りが滲んだのを見て、飛雄馬は彼の下着を引き下ろす。すると、押さえつけられていた布地から放たれた伴の逸物が跳ね上がって、その鈴口には先走りがぷっくりと浮いていた。かあっと伴の顔が染まって、飛雄馬はごくりと喉を鳴らす。
「ほっ、星。恥ずかしいわい」
「……」
飛雄馬は伴の立ち上がった逸物を握ったかと思うと、緩やかにその手を上下させる。
「ぬわぁ、あっ!星ぃっ」
手を動かす度にビクッ、ビクッと跳ねる伴の男根の反応が面白いやら可愛いやらで飛雄馬は己も羞恥に耐えながら、彼の下腹部を擦った。皮膚に覆われた陰茎部位だけではなく粘膜の露出した亀頭もゆるゆると飛雄馬は撫でてやる。
「星、星っ!」
喘ぐ伴の様子を眺めながら飛雄馬は床に寝そべると、そのまま彼の逸物を咥えた。 僅かに飛雄馬が口を窄めて、伴自身を吸ってやると彼は顔をしかめ、歯を食い縛る。
伴の逸物から溢れた先走りと自身の口内に溜まった唾液を飛雄馬は時折喉を鳴らし飲み下しながら、彼を絶頂へといざなった。達するのを堪えるかのように伴は拳を握ったり開いたりを繰り返してみたり、足の指に力を込めたり緩めたりとしばらくやっていたが、遂には飛雄馬の口内で精を放った。
舌に乗った体液を喉奥に追いやって、ごくりと喉仏を上下させたところで伴が飛雄馬の腕を取り、ぐいとその体を引き起こすようにして抱き留めたかと思うと、再び彼の唇に口付ける。
未だ出したばかりの白濁の味の残る舌を絡めつつ、伴は飛雄馬の体を床に押し倒す。
「っ、む……うぁっ」
飛雄馬の着ているシャツの中に手を差し入れて、それを腹から胸へとたくし上げつつ、伴は現れた彼の肌へ口付けを落としていく。飛雄馬の背中がその刺激にびくんと浮いて、鼻にかかった声で伴を呼んだ。
日に焼けていない組み敷く彼の白い肌を指先で撫でて、伴は耳まで真っ赤に染まった飛雄馬を見下ろすと、「星は強いのう」とぽつりと呟いた。
「え?」
「その強さにおれは惹かれたんじゃが」
「強いように見えるか。ふふ……見てくれだけさ。そんなのは」
「そんなことはない!そんなことは」
「今する話か、それ」
吹き出して、飛雄馬は口元に微笑を浮かべたまま目を閉じやや顎を上げる。すると、伴の唇が降ってきて、飛雄馬は彼の背中に腕を回す。
「は、あ、っふ……」
ちゅっ、ちゅっと音を立て伴は飛雄馬の唇を啄んでやっていたかと思うと、彼の首筋に顔を埋める。熱い舌をそこに這わせると、飛雄馬の体がびくんと大きく跳ねた。伴は飛雄馬の首筋から胸へと下りつつ、彼の穿くスラックス、それを留めるベルトを緩める。
「っ……伴、そこ」
「人のこと言えた立場かい!さっきは好き勝手してくれおってからに」
拒む飛雄馬の言葉を制し、伴は飛雄馬のスラックスとその下にあるパンツの中からやや小ぶりの逸物を取り出したかと思うと、それを軽い摩擦音を立てしごき始める。
「あっ!?」
「仕返しじゃい」
「ん、あ、あっ、伴、いやだっ、いや……」
伴の大きな手が動くたびに上から下までを一息に擦って、飛雄馬の腰が揺れる。腹の奥が変に疼いて、飛雄馬は声を漏らさぬよう口を手の甲で覆った。
「ああっ、伴、ぅ……だ、っめ、」
「出そうか。ふふ」
「はっ、く……いっ、くならっ……伴のでいきた、いっ……」
「!」
飛雄馬の言葉に伴の動きが止まる。飛雄馬は潤んだ瞳で彼を仰ぎつつ、その頬には涙を滴らせた。
「えっ、ええ……っ、星よ、ええのか」
訊かれ、飛雄馬はゆっくりと頷く。そうして、腰を浮かせると自分で下着とスラックスとを脱ぎ去った。
白く肉付きのいい足を蛍光灯の下に晒して、飛雄馬は、「伴、来い……」と囁く。
ごくっ、と伴は喉を鳴らして飛雄馬の足を掴んで己の腰の高さまで彼の尻を上げてやってから、その中心に自身の怒張を充てがう。手を添え、飛雄馬の中に亀頭をゆっくりと飲み込ませ、彼の粘膜に形を馴染ませていく。
「あ、ぅうっ……」
「星……」
腰を飛雄馬の尻に押し付けるようにしながら伴は彼の腹の中を突き進んでいく。柔らかな肉壁が伴自身を包んで、ぎゅうっと締め付けてくる。
丹念に時間をかけ、根元までを挿入してから伴は飛雄馬の額に口付けた。身長差があるゆえに不格好ではあるが、無理をすれば唇同士触れ合わせることも可能ではある。 伴は飛雄馬の体の緊張が緩んだところで、彼の両足を逃げぬように掴んで、脇に抱えてからそろりそろりと腰を動かし始める。
「は、あぁっ――あ、あっ」
いくらゆっくりとは言えども、腹の中を引きずられたかと思うと、強く押し込まれ飛雄馬は喘いだ。背中を弓なりに反らして、床についている手で拳を握った。
と、伴は飛雄馬の足を支えていた片手を取り払って、彼の手を握ってからその指同士を絡ませる。
「気持ちええか、星よう」
「ふ、っ……ふふ、おれは、伴と一緒のときがいちば、ん……しあわせだ」
「……」
腰を逸物が抜けるギリギリまで引き抜いて、伴はがつんと音がするほど強く、そして深く飛雄馬の中を穿つ。
その強い刺激ゆえに絡めた指に力が篭って、飛雄馬は一際大きく声を上げた。
「あっ、あぁ……伴、伴っ……」
カーペットに頭を押し付け、飛雄馬は顎を反らす。開いた口から呼吸のたびに赤い舌を覗かせて、眉をひそめた。
「ばっ、ん……いっ、っふ、う、ううっ!」
飛雄馬は伴の手を強く握ったかと思うと、びくっと一度跳ねてから、その後小さく戦慄く。強張った体がゆっくりと解れていくのを感じながら、伴は飛雄馬の膝の下に手を入れるとぐいっと彼の腹につかんばかりにその足を押し付け、飛雄馬の上にのしかかった。
そうして、腰で深く、そして強く飛雄馬の尻を叩いていく。今度は己が絶頂を迎えるためだ。
「あっ、ああ、ばっ、今いっ――っ!」
「星、好きじゃあ。わしはおまえが」
ろくに飛雄馬が聞いていないことを承知の上で伴は囁く。絶頂を迎えたところを更に責め立てられ、飛雄馬の意識はもはや朦朧としてしまっている。
「う、うーーっ、伴、伴っ」
「どうした星……」
「おれをっ……一人に、しないでくれ……」
「……な、何を言うかあ」
「ふ、ふふっ……ん、んっ」
目尻に涙を浮かべ、飛雄馬は笑顔を見せた。伴はぐっとこみ上げる涙を堪えつつ、飛雄馬の中へと射精する。
「はあっ、はっ……すまん、星。中に出してしもうた」
「……いや、気にするな」
伴は息を整えてから、飛雄馬の唇に軽く口付けてから彼の体内から男根を抜いた。テーブルの上にあったティッシュで後始末を終え、飛雄馬にも箱ごとそれを渡した。
飛雄馬ものそのそと尻を拭ってからスラックスと下着を身に付けると、先に身支度を整え座っていた伴の膝の上へとゴロンと寝転がる。
「少し、寝てもいいか……ねえちゃんが帰ったら起こして……」
「星……」
すべて言い終わらぬうちに飛雄馬は伴の 足を枕に寝入ってしまう。伴は無造作にその辺に放られていたティッシュをかき集めると、ゴミ箱めがけそれを投げた。その刹那に、玄関先でガチャガチャと音がして、帰宅したらしい明子が、「飛雄馬、ただいま」とリビングにやって来た。
「あら、伴さん。来てらしたのね、って、飛雄馬ったら」
「ははは、ええんです。星もだいぶ疲れとるようですから」
伴の顔を見るなりニコッと微笑んだ明子だったが、彼の足を枕にして眠っている飛雄馬の姿を見つけるや否や、目を丸くする。
「いつもいつも、飛雄馬がお世話になって……」
「なんの!それはこっちの台詞ですわい」
「伴さんと出会って飛雄馬、変わったわ。毎日とても楽しそう」
「えっ、それは」
「ふふ、夕飯、食べていらして」
含み笑いを浮かべ、明子は上着を脱ぐと夕食の準備をするべく買い物袋の中から食材を取り出すと台所に立った。
しばらく、伴はその背を眺めていたが、 せめておれとおるときだけでも、星がどうか幸せであるように、とそんなことを願いながらふと自身の足の上で眠る飛雄馬を見遣って、その頬を人差し指で擽るように撫でてやった。