幸福
幸福 風呂上がりの髪を、タオルで拭いながらあてがわれた伴の屋敷の自室にて飛雄馬は新聞紙をめくる。
午後に届いた夕刊に載る、長島率いる巨人軍の練習風景。早く、この場に参加したいものだな、とタオルを頭から外しつつあった飛雄馬の許に、玄関の引戸を勢いよく開け、帰ったぞ〜いと高らかに宣言した屋敷の主の声が届く。
そうして、家政婦のおばさんの小言を聞き流しながらドタドタと板張りの廊下を駆ける足音が響いた。
「おう、星よ。今日の練習はどうじゃった」
廊下と部屋とを隔てる襖をこれまた勢いをつけ、開けた伴が顔を出す。
「おかえり、伴」
新聞を小さく折り畳むと、飛雄馬は顔を綻ばせ、家主の帰宅に対し、優しく言葉を投げかけた。
「よかった、今日は早めに帰ることができたぞい」
伴もまた、飛雄馬の言葉を受け、ニカッ、と満面の笑みを浮かべるとそのまま部屋の中に踏み入る。
「夕飯を食べてこい。まだ眠るつもりはないから」
「こないだもそう言って、戻ってきたらきさまというやつはぐっすり眠っとったじゃないか」
後ろ手で襖を閉め、伴は飛雄馬のそばに歩み寄ると、その場で膝を折った。
「だいぶサンダーさんとの練習にも体が慣れてきたからな。今日は寝ないで待っておくさ」
「本当じゃな?」
「約束する」
じっと己を見つめてくる伴の瞳を見返し、飛雄馬はそう言うと、ほら、またおばさんに小言を言われてしまうぞ、と続ける。
「う、うむ……それじゃあ……」
やおら目を閉じ口を尖らせた伴に、やれやれと飛雄馬は溜息を吐くと、そっと彼との距離を詰め、その唇に口付けてやった。
「ほら、早く行ってこい」
「もう一回じゃ、星よ。頼む」
「いい加減にしろ!」
飛雄馬が叫ぶと、伴はその場から立ち上がるや否や脇目も振らず部屋を飛び出していく。
開け放しになったままの襖を閉めに、飛雄馬もまた、腰を上げると、台所に続く廊下の角を曲がった大きな背中を見遣ってから、苦笑し、戸を閉めた。
部屋の時計は七時を指している。
眠るまではもうしばらく時間がある。
たまには伴の申し出を受けてやらねばな、とそんなことを考えながら飛雄馬は押し入れから布団一式を引き出し、畳の上にそれを敷いた。
それから、布団の上にごろりと横になると、天井から下がる室内灯の紐を飛雄馬は見上げる。
時計の秒針の音が部屋の中には響き渡り、眠気を誘う。隣の部屋に滞在しているサンダー氏はとっくに眠ってしまっているのか、物音ひとつ聞こえてはこない。
「…………」
伴の尽力がなければ、今のおれはない。
ねえちゃんや花形さんからはもう野球から手を引け、とそう、言われはしたが、左腕時代を支えてくれ、時に励まし、時に叱咤してくれた長島さんのためにも、おれは再び球界に戻らなければならない。
無謀だと、他人は言うが、そんなことはやってみなければわからない。いや、成し遂げねばならないのだ。 再び、廊下を駆ける足音が耳に届き、飛雄馬は体を起こすと、伴の到着を待つ。
襖がそろりと開けられ、起きちょるか、の声と共に伴が顔を覗かせた。
「手短に、済ませてくれると助かる」
「雰囲気もへったくれもないのう」
「なに、こんなことをやっている場合じゃないのは伴だって承知の上だろう……」
「それはそうじゃが、もっと、こう……」
「いいから早く来い」
伴を呼び、飛雄馬は明かりを消すように言うと、にじり寄ってきた彼に組み敷かれる形で、暗い部屋の中、布団へと背中を預ける。体の上にずしりと感じる伴の体重を受け、体が火照ってしまうのは、口では彼を拒みつつも、己もまた、この日を待ち侘びていたからだろうか。
ふいに、唇の端に触れた温かさに飛雄馬は肌を粟立たせると共に、そっと口を開く。すると、ぬるりと口内に滑り込んだ感触に思わず声を上げて、体の脇に置かれた伴の腕に縋った。
「っ、ふ……」
頭の芯がじんと熱くなって、全身の緊張が解けていく。首筋に埋められた伴の顔、その鼻から漏れる吐息がくすぐったくて、飛雄馬はふふっ、と笑みを溢す。
けれども伴の耳にそれは届いていないようで、飛雄馬は彼の手によって両足を左右に押し広げられる。
下着の中で、一際熱を持つ男根が足を広げられたことによって首をもたげ始めている。
寝間着代わりと渡された浴衣一枚では、無防備すぎるのだ。
伴の手が、暗闇の中で飛雄馬の下腹部を正確に探り当て、膨らみつつあった男根を刺激する。
下着の中へと差し入れられた手が、溢れつつあった先走りを滑らせ、握った男根をそろそろとしごいていく。 
「……っ、ァ、」
「なんじゃい、星もずいぶん興奮しとるじゃないか」
伴の嬉しげな声を耳にしつつ、飛雄馬は、馬鹿、と小さく彼を罵った。すると、男根から離れた手が、下着を脱がせるような仕草をしたために、飛雄馬は腰を上げ、開かれた足を僅かに閉じる。
「まったく、素直じゃないのう、星も」
笑い声混じりにそう言った伴が、足元の方へ下ったために、飛雄馬は、はっと上体を起こすと、再び彼が自身の足を大きく広げると同時に、先走りに濡れる男根を咥えるのを目の当たりにする。
「あ、ぁっ──!!」
柔らかな粘膜と舌とが己の男根を包み込み、ゆるゆると刺激を与えてくる、その快感の強さに飛雄馬は背中を反らし、口元を両手で覆う。
体温よりよほど熱い、濡れた粘膜が男根を締め上げたかと思うと、上下にしごいた。
開いた飛雄馬の足はわなわなと震え、その爪先には力が篭もる。全身には汗が滲み、目の前には幾重にも閃光が走った。
閉じたまぶたの目尻には涙が滲み、こめかみを滑る。
「──〜〜っ、──!!」
「出してくれて構わんぞい。全部受け止めてやるからのう」
そう、言った伴が一度、口を離してくれたことで、飛雄馬は小さく安堵したものの、今度はその下にある窄まりへと指を挿入してきたことに驚き、くぐもった声を上げる。
太い指が、中を押し広げ、腹側の内壁を何かを探るように掻いていく。そのたびに、飛雄馬は体を戦慄かせ、いやだと首を左右に振った。
すると、再び伴は飛雄馬の男根を咥え、中を探る指の本数を増やした。
奥まで差し入れられた指が、入口を解すように浅い位置まで戻ってくる。かと思えば、咥えられた男根を舌先でちろちろとくすぐられて、飛雄馬は口元に当てた手で拳を握った。
「どの位置じゃったかのう。久しぶりで忘れてしもうたぞい……」
再び、奥を探った指が関節で曲げられ、飛雄馬は指先が触れた位置から脳天を突き抜けた絶頂の快感に全身を強張らせ、伴の口内へと射精する。
「っ、ぐ……ぅ、ぅ……」
臍の下が引き攣る感覚と、己の男根の脈動を感じつつ、飛雄馬は涙に濡れた瞳を何度か瞬かせ、こちらを見下ろしてきた伴の顔を見上げた。
口元に遣っていた手を払い除けられ、力強く口付けられたかと思うと、伴の指が探っていた箇所に、熱く固いものが押し当てられる。
「ん、ぅ……ふ、」
口の中を優しく這い回る舌に酔わされ、飛雄馬はそのまま腹の中を満たしていく熱さに体を震わせた。
呼吸のために離した唇を再度触れ合わせて、飛雄馬は自分の腹を押しつぶす伴の重さに幸福感を得る。
ゆっくりと、そこから腰を使い始める伴の肩にしがみついて、飛雄馬は小さく彼の名を呼んだ。
「なっ、なんじゃい。痛いか?慣らしたつもりじゃったが」
肩から手を上ずらせ、汗に濡れた伴の髪に指を絡ませて飛雄馬は再度、彼を呼ぶ。
「……心配せんでもええ。わしはここにおるぞい」
「…………」
密着していた体が離れていき、そのまま体を起こした伴が腰をグラインドさせるように飛雄馬の腹の中を掻き乱す。
「っ、いかん。出る、星っ!」
「いっ、ぁあっ……!」
どくっ、と中に放たれた熱を感じつつ、飛雄馬もまた、絶頂を迎え、両手で顔を覆うようにして余韻に体を震わせた。
「はぁっ……すまん、中で出すつもりは……」
額の汗を拭いつつ、男根を抜くと共に謝罪の言葉を口にした伴に、飛雄馬は大丈夫だ、と掠れた声で返事をし、戦慄く足をゆっくりと閉じる。
「はぁっ……はぁ、っふ……」
体が言うことを聞かず、身を起こすこともままならないまま、飛雄馬は布団の上で呼吸を整えるべく腹を上下させた。
「ゆっくり、眠るとええ……すまんかったのう」
「…………」
伴も足腰が立たぬ状態なのか、優しく頭を撫でてくれたものの、畳の上で荒い呼吸を繰り返している。
飛雄馬は数回、咳をしてから体をゆっくりと起こすと、汗に濡れた髪を掻き上げ、はあっと大きく息を吐いた。
「ちょっと、このまま、落ち着くまで、ここにおってもええか。日頃の運動不足が、ひいっ、祟りおったわい」
「ふふ、伴も明日から早朝ランニングに参加したらどうだ……はぁっ、その腹も少しは引っ込むと思うが……」
「またの機会にしてくれえ……仕事にならんわい」
「坊っちゃん、宙太坊っちゃん。またお風呂にも入らずどこで何をされてるんですか」
「!」
どこからともなく聞こえたおばさんの声に、伴は弾かれたように飛び起き、衣服を整えると、おやすみ、星、と微笑んでから部屋を後にした。
「おうい、おばさん。なんじゃい、わしゃここにおるぞい」
平静を装う伴の声色がおかしく、飛雄馬は思わず吹き出してしまう。
「…………」
どかどかと板張りの廊下を踏み締め、次第に遠ざかっていく足音を聞きながら、飛雄馬は布団の脇に落ちていた下着を手繰り、足に通してから浴衣の乱れを正した。薄闇の中、ぼんやりと形が浮かび上がる時計の針は間もなく九時半を指しつつあるように見える。
思ったよりも早く済んだな、と飛雄馬は布団の中に潜り込み、普段の練習のあとに感じるものとは違う気怠さに、目を閉じる。
これでしばらくは伴も部屋を訪ねては来ないだろう。
しかし、伴と触れ合ったあとは、疲労感はもちろんだが、何とも形容しがたい多幸感に包まれるのは確かである。飛雄馬は遠くでおばさんに雷を落とされ、何やら言い訳を並べているであろう伴の声を聞きながら、小さく微笑した。