鼓舞
鼓舞 ハッ、と花形は街角にてたった今すれ違った男を振り返り、その後を追った。そうして、その肩を掴むやいなやぐいと己の方を振り向かせる。
「星くん……!」
「花形」
やっぱりそうだ、と花形は安堵の表情さえ浮かべて星と呼んだ青年――星飛雄馬の肩を掴む手に無意識に力を込めた。
「いたっ」
「あっ、すまない……」
声を上げられ、花形は慌てて手を離す。 あの時以来ぶりか――大洋ホエールズの左門豊作にホームランを打ち込まれた、と言うのを花形満が記者たちに聞いてから星飛雄馬は行方知らずになっていた。
父親と血の滲むような経験を積み、大リーグボール養成ギプスなどと言うものをいかなるときも着用させられ、ようやく手に入れた左腕より放たれる豪速球。あのONの二人さえもきりきりまいさせ、それは花形も、ましてや噴水を綺麗に上げた左門でさえ例外ではなかった。
オープン戦にてプロ入り後初対面となった後楽園球場でも飛雄馬は目の前の男、花形に見事に打たれている。ライトのファインプレーによって首一枚繋がっていたところを、次戦にて代打として現れた左門が見事に断ち切ったのだ。
「今、何をしているんだ」
「……きみに関係あるのかい」
尋ねた花形に飛雄馬は素っ気なく返事を返す。それに少々ムッとした花形だったが、ふふんと鼻を鳴らし、「かつての好敵手も今やただのさすらい人か」と皮肉った。
「……さすらい人ね。ふふ、それもいいかもしれない」
「……?」
様子がおかしい、と花形は飛雄馬の顔を覗き込む。しかしどこか焦点のあっていないような、遠くを見ているような黒の瞳が目の前の彼を映すのみだ。いつもの星飛雄馬ではない。
それだけショックであったのだろう。やっとのことで幼少より目指した巨人に入れ、血を吐き、体中に潮をふくような練習を繰り返し、ようやく一軍に入れたというのに「体格に恵まれなかったために球質が軽い」なんてそんな話、死刑宣告にも等しい。
「少し、話さないか」
「きみと?ふふ……敵であるきみと今更何を話すと言うんだ。そういう間柄じゃないだろう」
「……皆心配していると聞いている。関西にいるぼくの耳にまで入るくらいに」
「はは、今更どの面下げて帰れと言うんだ。いくら頑張ったって体格はどうにも……」
言いかけた飛雄馬の瞳から涙が溢れた。ギクリ、と花形は動揺する。道行く人々も気付いたかあれは巨人の、だとか、阪神の花形やないか、と言った声が聞こえ始めた。
「き、来たまえ!」
花形は飛雄馬の腕を取り、一刻も早くここから離れるために歩み始める。街中を花形が徒歩で移動する、なんてことはめったにないことだ。星飛雄馬が行方知らずとなってからいつまでも胸に残る悶々とした気が晴れるならと思い、散歩に出たことが幸いしたようで、こうして彼に巡り会えた。
「……」
どこへ行く、と飛雄馬は訊かない。花形は彼の腕を掴んだまま、とあるホテルへと入った。喫茶店、とも考えたが飛雄馬はとにかく花形は顔が割れすぎている。
阪神の花形満と言えば球団本拠地である兵庫で知らぬ者はいないであろう。きゃあきゃあと黄色い声を浴びるのには慣れているが、人と腹を割って話をするのにその喧騒は耳障りである。
「……ふふ、男二人でホテルと言うのもおかしな話だが、喫茶店で人目を気にしながらよりは気が楽だろう」
部屋の中を見渡し、飛雄馬は目を瞬かせる。こういったところは初めてなのであろう、その風体が滑稽でぷっと花形は吹き出す。
「む、なんだよ。急にこんなところに連れ込んで」
「嫌だったら振りほどけばよかった――そうだろう」
壁に寄りかかって、花形は腕を組む。
「……花形、さん、には分からないよ。おれの気持ちなんて」
「分かるわけないだろう。ぼくはきみじゃない。どうした、いつもその悔しさ、苦しみをバネにして立ち上がってきたじゃないか星くん」
「……何でも持ってるきみには分からないよ」
「星くん!やめろ、ぼくはそんな話を聞きたいんじゃない」
首を振り、花形はきっと飛雄馬を睨む。部屋にあった椅子に腰掛けていた飛雄馬はぼうっと彼を見ている。
「ぼくは何度も何度も立ち上がるきみの姿に心を打たれた。まるで、そう、不死鳥のような」
「不死鳥、不死鳥か。うふふ、とうちゃんにも言われたことがあるな……」
「そこらの平々凡々とした投手が落ちぶれようと知ったことではない。しかしだ、あの日ぼくのノックアウト打法を破ったきみだからこそ……」
「よしてくれ。過去の話は聞きたくない。おれはこれから身の振り方も考えなければいけないというのに」
「身の振り方?馬鹿な……なぜ一軍に戻ってみせると、再びこの花形と戦おうと言わん」
「きみはおれを買い被りすぎていたんだよ」
ふふ、と自嘲気味に笑った飛雄馬の頬を花形はばしいっと音がするほど強く平手で張った。それから呆気にとられている飛雄馬の肩をそれぞれ掴んで、がくがくと揺さぶる。
「星くん!ぼくとて馬鹿じゃない!甲子園で怪我を隠してまで投げ抜いたあの一戦を忘れたとは言わせない」
「……」
「星くん!」
要領を得ず部屋の天井を仰ぐ飛雄馬の唇に花形はぐっと己の唇を押し当てる。ギクッとそれに驚き、動揺した飛雄馬が今度は彼の頬を張った。
当たりどころが悪かったか、口内を歯で切ったらしく花形の口の端から唾液混じりの血が滴る。
「うっ……」
「あっ、すまない」
「ふふ、すまない、か。じゃあすまないついでにひとつ、星くん」
「……」
親指で血を拭って、花形はその手で飛雄馬の顎に触れた。僅かに顔を上向けられる格好となり、飛雄馬はじろっと花形を睨んだ。
「いいや、きみは死んじゃいない。目を見れば分かる」
「何をする、っ、う」
眉をひそめ、尋ねた飛雄馬の唇を花形は再び塞ぐ。閉じた唇を優しく舌で撫でてやれば驚いたか飛雄馬は口を開いた。そこで花形は彼の口の中に舌を捩じ込む。びくっと跳ね、顎を引いた飛雄馬の顔を再び上向かせてから彼の舌を緩く吸った。
はあっ、と飛雄馬の口から短い吐息が漏れて、危うく椅子から転げ落ちそうになるのを花形は抱き留める。
現に、なんと小さな体であろうかと花形は思う。花形自身、そこまで体格に恵まれているわけではない、どちらかといえば細身のうちに入る。しかして、それよりもこの星飛雄馬という男は小柄だった。
当たりさえすれば派手に飛ぶなんて事実。今までその速さゆえにバットに当てるのが精一杯で、誰も気づかなかったなんて何たる皮肉。
「っく、くっ……」
ぎゅっと花形の服の腕を掴んで、飛雄馬は 喘いだ。と、ようやく唇が離れて、ふらついた飛雄馬を花形は強く抱いた。よくもこんな体であんな球など投げられたものだ、と感心さえする。
「な、っをする……んだ、花形」
「ふふ、なに……活を入れてやろうと思ったのさ」
「活、だって?」
ぐいぐいと口元を掌で拭いながら飛雄馬はようやく自分から離れた花形の行く末を目で追った。花形はそのまま数歩歩むと、先にあったベッドの上に腰掛ける。勢いがあったためかスプリングが跳ね、花形の体もそれにあわせて揺れた。
「来るといい、星くんも」
「誰が、行くもんか」
すっくと椅子から立ち上がり足早に部屋を出て行こうとした飛雄馬の腕を取って、花形は彼の体をベッドの上に引き寄せ、抱き締める。
「……な、何を、花形!」
「星くん、誓ってくれ。必ずまた戻って来ると」
抱き締めた飛雄馬が膝立ちをしているため、ちょうど胸の位置に顔を埋め、花形は囁く。しかして飛雄馬はうんとは言えなかった。戻って何になると言うのだ。配給王として選手生命を全うしろとでも言うのか、なんと酷か、花形も野球をする身ならそれがどれだけ辛いことかわかっても良さそうなものなのに――と飛雄馬は己の体を抱く花形を見下ろす。
「それは、言えない。おれは嘘はつけない」
「……」
花形は飛雄馬の背を服の上からすうっと掌で撫でた。ぎくっと飛雄馬の背がくすぐったさゆえか弓なりに反る。
そうして膝立ちとなっている彼の太腿を撫で、体勢を崩させると腰をぐっと下ろさせた。要するに、ベッドの真ん中より端付近に座っていた花形の足の上を跨ぐように座らせたのである。
「花形、っん……」
顔を寄せ、花形は飛雄馬の首筋に吸い付く。顔を逸らして距離を取ろうとする飛雄馬の腰を抱き寄せて、わざとらしく音を立てる。そのリップ音がちゅっ、ちゅっと飛雄馬の耳を犯す。首筋を唇はなぞって、顔の輪郭に触れ、耳朶を噛む。
「ぅひゃ!」
「ふっ、くく……色気もくそもないなきみは」
「へっ、んなことするな……」
涙に濡れた瞳を飛雄馬は花形に向け、彼の肩を握る手の指に力を込める。
「星くん」
囁いて、花形は飛雄馬に口付けを与えた。
「あ、ふ、っ、う……うっ」
難なく舌を滑り込ませ、花形は飛雄馬の歯列をそれでなぞった。舌を絡ませ、呼吸のために口を離してからもう一度。
そんな口付けを与えつつ花形は飛雄馬のシャツの中に手を入れる。その指は直に背中、肌ををなぞった。
「ん、あっ……」
声を上げ、外れた唇を花形は追って、尚もその口内を蹂躙しつつ、彼の穿くスラックスを股の間に手を差し入れ、撫でさする。
「……!?」
「はじめてかい」
「いっ、なにを……」
「ふふ」
ニッ、と口角を上げ花形は下から手を添えた飛雄馬の逸物をやわやわと揉み込む。すると柔らかかったそこも次第に固く、芯を持つようになって、ここから解放しろと言わんばかりに自己主張を始めてくる。
そこで花形はその反り立った男根に沿うように手の位置を変え、手根部と呼ばれる掌の付け根辺りで彼の亀頭をぐりぐりと服の上から押しつぶすようにして刺激を与えた。
「あ、っ……っ――!」
逃げる飛雄馬の腰を捕まえて、花形は遂に彼の穿いているスラックス、そのベルトを緩めるとボタン、ファスナー共に開いてから下着の中より彼の逸物を解放してやる。
「は、っふ……うぅ」
くく、と花形は喉を鳴らして飛雄馬の男根を握った。その鈴口からはぷくっと先走りが溢れ、とろりと花形の指を伝い落ちる。 そうしてそのまま、花形は握った逸物を上下にしごき始める。皮膚をこする乾いた音が部屋に響いて、時折先走りを垂らす亀頭に手が触れるかくちゅくちゅと鳴った。
花形っ、と飛雄馬は熱のこもった声で彼を呼び、その肩をぎゅうっと掴む。
親指の腹で鈴口をさすって、一番敏感である亀頭部位のみを花形はやたらに刺激した。ふるふると飛雄馬の腰は震え、その顔は気恥ずかしいような、苦しいようなそんなどうとも取れる表情を浮かべている。
「出そうかい」
花形が訊くと、飛雄馬は小さく頷く。出すといいさ、と花形は苦笑して、彼のカリ首の辺りで手首を左右にひねる。裏筋と亀頭部位を一気にこすられて飛雄馬の背はぐっと反った。
「は、あっ……はぁっ、花形、手を、手を離せ……汚れっ、ンンっ」
「気にすることはない。ふふ、なんだきみはぼくの手が汚れるのが気になるのか」
「あっ、ああ……あっ!」
びくっと一際大きく飛雄馬は体を戦慄かせ、花形の掌へと射精した。
「ふ、っ、すまない……手を」
「まだ言っているのか」
ニヤッと笑みを浮かべ、花形は、「それなら」と言葉を続ける。
「それ、なら……?」
「ぼくを受け入れてもらう」
「え?」
花形は飛雄馬の体を抱き締め、どっとそのままベッドの上に自分の体もろとも横倒しに倒れ込んだ。状況の上手く飲み込めていない飛雄馬を尻目に花形は一人体を起こしてから、彼の上へと跨る。
やや潤んでいるような、そんな瞳を飛雄馬は花形へと向け、一瞬たりとも視線を外さなかった。
「ふふ、ぼくはきみのその目がとても好きだ……真っ直ぐに一途で」
「よせっ……花形」
花形はふっ、と組み敷く彼の頬に口付けを落としてから体を起こすと、飛雄馬の片足を掴んでそれを押し開いた。
そうして、彼の足の間へと身を滑らせる。
「……」
「星くん、ぼくはまたきみと戦いたい。きみなら蘇ってくれるだろう。たとえ灰の中からでも」
飛雄馬の下着とスラックスとを脱がせつつ、花形はそんなことを語ってみせた。
「……期待、しすぎだろう。おれに」
かあっ、と飛雄馬は頬を染めその目元を自身の腕で隠す。謙遜して、と花形は笑み混じりに囁いてから、飛雄馬の尻へと指で先程掌にぶちまかれた精を塗り込んだ。やや乾きつつはあったが、ないよりはマシだろう、と思ったのだ。
「え、っ……そ、こっ」
「ここ以外にどこでぼくを受け入れると言うんだ」
中指の腹でその窄まりをくりくりと撫で回し、花形は飛雄馬の中へ指を滑らせる。
「うぁ、あっ……」
「痛いかい」
「っ、う……」
首を横に振ったものの、飛雄馬はぎゅうっと体を預けるベッドのシーツを握った。
花形もろくに経験などないのだ。はたまた男となんてあろうはずもない。
飛雄馬の反応を伺いつつ、花形は彼の中に入れる指の本数を増やす。熱い肉壁がぎゅうっと花形の指を締め付け、煽る。
「星くん」
名を呼び、花形は指を出し入れする飛雄馬のそこをゆっくりと慣らし、柔らかく解していく。ベッドの上に投げ出された飛雄馬の足は震え、びくっと時折大きく跳ねた。 そうして、花形は飛雄馬から指を抜くと、自身の穿くスラックスの前を開き、そこから自身もまた逸物を取り出す。
花形の動きが止まったもので、はっと彼を仰いだ飛雄馬の目にそれが映った。
自身の左右に開かれた足の間からそれはじっとこちらの様子を伺っているようだった。
「星くん、今更やめろと言っても知らんからな」
「……今更っ、言うもんか」
花形は白濁に濡れた手を一度ベッドの端で拭ってから、飛雄馬の足を更に押し広げると、解した窄まりに己の逸物を充てがう。
「……」
「ん、っ」
眉間に皺を寄せ、飛雄馬は花形の押し当てられたそこへ意識を集中させる。
「力を抜くなよ。でないと怪我をする」
忠告し、花形は自身の男根に手を添え、ぐっと飛雄馬の中にそれを挿入させる。 ズルっ、と腹の中を花形が押し込んで、飛雄馬の体が仰け反った。
「星くん、きみがいないと何も始まらない。ずっとぼくはきみを倒すことだけを夢見てきた」
「う、うっ……ん、ん」
腰を打ち込むようにして花形はゆっくりと飛雄馬の中に己を埋めていく。 根元までしっかり咥え込ませ、花形は動きを止める。それは飛雄馬の腹の中を馴染ませることにもなる。
その一時の間を保つことが後々痛みを和らげるということを花形が知っていたかどうかは分からぬが、彼は飛雄馬の様子を見るために、腰の動きを中断させた。
そうして、彼の体、腕との間の隙間を抜けベッドに手をつく。
星くんと再び名を呼んで、花形は組み敷く彼の唇にそっと己のそれを押し当ててから、緩やかに腰を振る。
「いっ、あ、あっ……あ」
花形の腰の動きに合わせて腹の中が引きずられたかと思うと、ふいに中へと押し込められた。
「星くん、逃げるな」
喉を晒して、喘ぐ飛雄馬の唇を花形は追ってその呼吸を奪う。
「ん、むっ……っふ」
ちゅるっ、と舌と唇とを吸い上げて、花形は再び飛雄馬の唇に己のそれを重ねる。 すると飛雄馬の熱い粘膜は花形を締め上げ、彼を射精へと導いていく。
ベッドを軋ませ、花形は飛雄馬の体を揺らす。今にも泣き出しそうな、そんな顔をして飛雄馬は花形を仰いだ。
そんなさなか、花形は飛雄馬の中にて果てた。ぷっ、と苦笑してから彼は飛雄馬の中から逸物を抜いた。笑ったのはまさかこんなに早く出るなんて、という自虐のそれさえ含んでいる。
ベッドの近く、ついさっきまで飛雄馬が座っていた椅子のそばにあるテーブル上からティッシュの箱を取って、花形は己の下腹部を拭った。全身を汗に濡らした飛雄馬は未だベッドに横たわったままだ。
はあ、はあとしばらく腹を上下させていたがふいに体を起こすと、ベッドの上にあぐらをかいて座った。
「……」
スラックスをきちんと穿き直してから、花形は今度は飛雄馬とは逆に椅子に腰を下ろす。
「もう少し、時間がほしい」
「時間?」
訊いた花形に飛雄馬はこくりと頷く。
「必ず帰ってくるさ」
「……」
飛雄馬は瞳を細め、花形に笑ってみせる。 そうか、と震える声で返事を返し、花形は鼻を啜った。
「待っているさ、いつまでも」
目元を指で拭って、花形は腰を上げ身支度を整える飛雄馬を滲む瞳で見遣る。そうして目を閉じたまま、部屋の扉が静かに閉まる音を聞いた。