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記事 「伴。そろそろ電気を消してくれないか」
「すまんすまん、もう読み終わるから」
「明日起きてからゆっくり読めばいいじゃないか……」
巨人軍選手寮の居室にて、飛雄馬はベッドに入った状態で、半ば眠りかけながら未だ野球雑誌に目を通している親友・伴に苦言を呈す。
本来の消灯時間はとっくに過ぎている。
早いところ眠らなければ、明日に障るというのに。
日々、練習に付き合ってもらっている負い目もあって、ちょっとしたことには目をつぶっている飛雄馬だが、睡眠を妨害されたのでは堪らない。
「ん?星よ、ちょっと見てくれんかあ」
「明日にしてくれ。もう眠いんだ……」
「花形のインタビュー記事が載っとるぞい」
「花形さんの?」
ベッドから跳ね起き、飛雄馬は伴の許に駆け寄ると、彼が指さすページに目を凝らす。
阪神の大型ルーキー、花形満と書かれた見出しにユニフォームを着用し、ポーズを取る写真が掲載された見開き二ページ。新人選手としては異例の待遇である。
「こっちは二軍で腐っとるっちゅうのに羨ましいことじゃい」
「今、一軍戦に駆り出されたところで先輩方の足を引っ張るだけだ」
伴の小言に付き合いつつ、飛雄馬はページの文字をひとつひとつ目で追う。
野球をすることになったきっかけ、阪神を選んだ理由、好きな女性のタイプ……中にはくだらぬ質問もあるようだが、花形はそれにもちゃんと答えているようで好感が持てる。さすが花形さん、と思わず彼を褒め称えてしまう。
「花形のやつが尊敬する人物の欄が気になったんじゃが、誰のことだと思う?」
「尊敬?」
伴が尋ねた項目にはまだ辿り着いていなかった飛雄馬は、視線をずらし、該当する箇所に目を留める。
『名前は明かせませんが、他球団のとある選手です。ぼくは彼と野球がやりたくて阪神に入団したようなものです。彼がこれからもプロ野球界で活躍し続け、観客の関心のみならず、ぼくの闘志に火をつけ続けてくれることを願ってやみません。』
「おれは星のことだと睨んどるがのう」
「まさか」
伴の言葉を一蹴し、飛雄馬は、それにしても花形さんはすごいな、もう雑誌に載るなんて、と続け、自分の布団へと戻る。
「好きな女性のタイプはこだわりなし、じゃと。そりゃあんな色男、女の方から寄ってくるわい」
ふん!と鼻を鳴らして、伴は雑誌を閉じると、ベッド近くにある読書灯のスイッチを切った。
辺りは静まり返り、微かに隣室からいびきが聞こえるくらいで室内は闇に包まれる。
「…………」
目の冴えてしまった飛雄馬は天井を見つめ、先日、試合中継で目の当たりにした花形の顔を思い浮かべた。
いつもより打球が伸びておらず、どこか上の空のようであった彼。何か胸中に、燻るものでもあったのだろうか。
「自分が一番みたいな男だと思っとったが、花形にも尊敬する人間がおるとはのう」
「伴にはいるのか?そんな人が」
「おれはそりゃ、言うまでもなく星じゃい。おれの天狗になっとった鼻っ柱を見事ぶち折ってくれただけでなく、野球の楽しさ、厳しさを身を持って教えてくれたしのう。柔道にも団体戦はあるが、言ってみれば一対一の勝負じゃい。同じチームの人間を信頼すること、友情ちゅうものが何なのか教えてくれたのが星じゃからな」
「ふふ、何を期待しているのか知らんが、そんなに褒めても何も出ないぜ」
「…………」
「伴?」
急に押し黙った伴を心配し、飛雄馬は伴の方に寝返りを打つと、彼の顔を見つめる。
「万年補欠のベンチ温め要員のおれだが、星の特訓相手くらいはやれるからのう。遠慮せず頼ってくれて構わんぞい」
「…………」
「おやすみ、星。遅くまですまんかったな」
「ああ、また明日。おやすみ……」
いつになく、真剣な面持ちでそう語った伴から飛雄馬は目が離せず、それどころか、何も言い返すことができなかった。
伴はおれを買いかぶりすぎだ──おれは幼い頃からとうちゃんと仰いだ巨人の星を目指すために、ただ──花形さんが言う尊敬する人物だって、おれじゃなくて──。
いつの間に眠ってしまったのか、大いびきをかき始めた伴を飛雄馬はしばらく見つめていたが、自分も眠るために天井を見上げる体勢を取り、目を閉じる。
花形や左門、巨人軍の先輩であるONたちの顔がまぶたの裏に浮かんでは消えていく。
時計の秒針が、時を刻む音がやたらに耳に障る。
早く眠って明日に備えなければならないというのに。
「…………」
あの記事を、読まなければよかった。
溜息をひとつ吐いて、飛雄馬は掛布団を頭からかぶると、体を小さく縮こまらせた。夜明けは、まだ遠い。