気掛かり
気掛かり あと少し、もう少しで何か掴めそうなんだが──。
飛雄馬は多摩川グラウンドの土を均し、軽い後片付けをしてから、伴と共に宿舎までの道程を歩みつつ、開発途中のいわゆる『決め球』について思いを馳せる。
何百、何千と球を放る中で、飛雄馬はようやく何か成果を得られそうな気がしていたのだが、どうにもうまくいかず、最近はよく眠れずにいた。
同じ宿舎の部屋、隣のベッドで何度も寝返りを打つ飛雄馬が気になり、親友・伴もここ数日間は寝不足気味である。
「星よ、気晴らしにラーメンでも食べに行かんか。奢るぞい」
「打者の構えた腕の、筋肉の微妙な動きを観察して……」
労うように伴がかけた言葉も、飛雄馬の耳には届いていないようで、口元で何やらぶつぶつと繰り返しながら、彼はひとり、先を歩いている。
「お、おうい?星よう!」
慌てて後を追いかけ、伴は歩調を合わせるが、肝心の飛雄馬は、彼を置き去りにしたことも、隣を歩く人間がいることも気付いていないのか、目を閉じ、うんうん唸っていた。
「しかし、これはどうにも……」
「星!」
突然、伴が叫んだ声で飛雄馬はようやく我に返ったか、大きな瞳を更に見開いてから、すまない……と小さく頭を下げた。
「伴、帰る途中で悪いがあと10球、付き合ってはくれんだろうか」
「……星、そうしたいのは山々じゃが、あまり根詰めるとよくないぞい。休養も練習のうちじゃ」
飛雄馬は眉間に皺を刻み、一瞬、伴を睨みつけるような表情を浮かべたが、すぐにそれを解くと、ふふっと口元に笑みを浮かべる。
「きみの言うとおりだ。おれの意見ばかり通していつも悪いな。早いところ帰って、寝ちまおうぜ」
「……星、きさまここ最近、めしもろくに食っとらんだろう。決め球ももちろん大事だが、体が何より──」
「伴は、おれが、幼い頃から仰ぎ、目指し続けた巨人の星のことを知らんから、そんなことが言えるんだ。休養だ、体が大事だなんて綺麗事じゃないか。休めばそれだけ遅れを取るし、巨人の星がそれだけ遠ざかることになる」
捲し立てるようにして言い放ってから飛雄馬はしまった、と伴から顔を逸らすと、しばし視線を泳がせた。
そうして、きみには関係のないことに巻き込んですまない、とも続ける。
「乗りかかった船じゃい。今更関係ないなんてことないぞい。こっちのことは気にせんでええ。そんなことよりおれは星の腕が心配なんじゃ。たまに肩を押さえとるじゃろう。じゃから……」
「なに、それはこっちの台詞さ、伴。肩が多少痛んだところで支障はない」
「しかし、後に響くじゃろう。今はよくても将来……」
「伴、きみがおれのことを心配してくれるのはありがたい。でも、自分の体のことは自分がよくわかるんだぜ。今日は素直に引き下がるが、明日はおれがいいと言うまで付き合ってもらうぜ」
飛雄馬はニッ、と年相応の笑みを浮かべ、帰ろうと伴を急かす。
伴は飛雄馬の隣を寄り添うようにして歩きつつ、星はなぜ、自分のことをこうも顧みないのだろうか、と時折やはり痛むのか左肩をさする彼の様子を伺う。
自分の体などどうなってもいいような口ぶりで夢について語る星の様子は、それこそ文字通り鬼気迫っており、おれは何も言えなくなってしまう。
何よりも大事な左腕が壊れてしまっては、元も子もないだろうに。
そんなに、巨人の星になる、ということは、星のこれからの人生において、体を壊すことよりも重要なことなんだろうか。
男として産まれた以上、何かに一途に全身全霊をかけ挑みたいと言う気持ちも痛いほどわかるが、おれは星にはずっと、笑って……。
そこまで考え、伴はハッ!とやや俯けていた顔を上げ、おれは今、何を……?と一瞬して真っ赤に染まった顔を手で覆う。
「伴?何か忘れ物でもしたのか」
「あ、いや。大丈夫じゃい。驚かせてすまんのう」
「………本当に、伴がいてくれてよかった。とうちゃんもいい捕手を見つけてくれたもんだぜ」
飛雄馬は顔を綻ばせ、そんな冗談を飛ばす。
「…………」
ようやく、ふたりが身を寄せる巨人軍宿舎の建物の明かりが見えてきて、自然とふたりの歩みも速くなる。
何をやるにも一生懸命で、涙もろいところのある優しいその小さな体が、どうかいつか壊れることがありませんように、と伴は先に宿舎の中に入り、伴!と手を振り、名を呼ぶ彼に手を振り返しつつ、今行く!と返事をした。