関係
関係 「ごめんなさい、お待たせしてしまって……」
そんな謝罪の言葉を口にしつつ、明子は自分の夫と弟の待つ客間へとノックもそこそこに扉を開け、やや駆け足気味に足を踏み入れた。
「…………!」
何やら、ソファーの端に座ったまま口元を拭う弟の飛雄馬と、それより僅かに離れた位置に座っていた自身の夫である花形満の間に流れる雰囲気がいつものそれよりだいぶよそよそしく明子の目には映って、彼女はふと、その場に立ち止まる。
「夕食の支度は、済んだのかね」
明子に視線を遣りつつ花形が訊いた。
「あ、っ、それが、もう少し、時間がかかりそうなの。申し訳ないけど、待っていただけるかしら」
花形の声に面食らい、明子は目を大きく見開いたが、すぐニコリと笑みを浮かべると、再びごめんなさいと頭を下げた。
飛雄馬は相変わらず俯いたままであったし、当の花形はテーブルの上にあった煙草に手を伸ばしつつある。
この義兄弟が楽しげに談笑し、酒を飲み交わすような関係でないことは熟知しているし、何ら変わった様子など見当たらないのだが、どこか、よそよそしいのである。
「……どうか、したのかね。そんなところにぼうっと立って」
「あ……すみません」
花形に言われ、明子は恥ずかしそうに頬を染めると、そのまま客間を出ていく。
胸に抱いた違和感も、その内気にならなくなるだろう、とそう思いながら。

明子の足音が次第に遠ざかり、聞こえなくなったところでようやく花形は咥えた煙草の先に火をつけた。
「っ、あれほど、やめてほしいと言ったのに、一歩遅ければねえちゃんに見られてしまうところだったじゃないか」
眉根を寄せつつ、飛雄馬が呟く。
「……フフ、その割にはずいぶん楽しそうだったじゃないか」
口元に微かに笑みを携えると足を組み、花形は口から紫煙を吐いた。
「誰が、そんな……!」
「そんな?きみがここに来るのもそういうつもりなのだろう」
くっくっ、と花形は肩を揺らし笑い声を上げる。
「馬鹿なことを言わないでくれ!」
おれは、ねえちゃんのことを思って、と続ける飛雄馬のそばまで花形は寄ると、ぐっとその肩を抱き寄せた。
「飛雄馬くんは嘘が下手だ、相変わらず、ね」
より一層、眉間に深い皺を刻んでから飛雄馬は花形から顔を逸らすと、離れてくれとか細く言葉を紡ぐ。
「明子はまだ時間がかかると言っていた。そう焦ることはないさ」
「焦るも何も、離れてくれと言っ────!」
目の前の男を睨み据え、声を上げた飛雄馬の口を塞ぐように花形は荒々しく彼の唇に口付ける。
ぬるっ、と花形の嗜む煙草の独特の苦みが飛雄馬の舌に触れた。
ああ、そうだ、これがいけないのだ。
花形の好む洋酒の味もそうだが、この煙草の匂いと味が飛雄馬の頭をおかしくさせる。
「あ……、う、」
口の中を這う、花形の舌が奏でる水音が殊更、飛雄馬の頭を朦朧とさせた。
花形は飛雄馬の体をソファーの肘置きに横たわらせる形を取らせてから、テーブルの上の灰皿で手にしていた煙草を揉み消した。
はあっ、と瞳を潤ませ、薄く開いた唇から吐息を漏らす飛雄馬の体を組み敷きつつ、花形はネクタイをゆっくりと緩めると、今度は優しく、啄むような口付けを与える。
「ふ、っ……う、はながたっ……こんな、っ」
「こんな?こんなことはやめろ、と?」
飛雄馬の穿くスラックスのベルトを緩めながら花形が問う。
「こんなことをして、何に、なると言うんだ……」
「何に?逆に尋ねるが、飛雄馬くんは、なぜぼくがこんなことをすると思う?」
「っ、あ……!」
飛雄馬の言葉を聞くより先に、花形はボタンを外し、ファスナーを下ろしたスラックスの中へと手を差し入れ、下着の中に触れる。
びくっ、と飛雄馬の体が仰け反り、閉じていた目を薄っすらと開けると花形を仰いだ。
固くなりつつある飛雄馬の男根に花形の指が触れると、ピクリとそこは反応を見せ、首をもたげる。
花形はおもむろに飛雄馬のそれを握ると、最初は優しく、慈しむように上下に擦り始めた。
それを受け、飛雄馬は顔に苦悶の表情を浮かべ、花形の与える快楽に小さく声を漏らすようになる。
次第に皮膚をしごく乾いた音に微かな水音が混じり始め、飛雄馬の声も次第に荒く呼吸が浅くなった。
「あう、う……!っ、う」
客間の扉を隔てた廊下で、微かな足音が響き渡る。
この屋敷の家事をするために雇われた家政婦が何やら行き来しているのであろう。
「気になるかね?」
フフッ、と花形が口元に笑みを浮かべ、尋ねた。
飛雄馬の陰茎を握ったまま、先走りの溢れる鈴口を花形はぬるぬると親指の腹で撫で、彼を煽る。
飛雄馬の腰がビクンと跳ね、喉が大きく動いた。
「ん、ん……っ、はやく……おわらせ……っ」
声が上ずり、飛雄馬の閉じたまぶたの目尻には涙が浮かぶ。
花形は飛雄馬の男根を擦る速度を速め、彼に射精を促した。
いく、いくとうわ言のように飛雄馬は同じ言葉を繰り返し、花形の掌へと自分の体液をぶちまける。
精液のべっとりと付着した掌を花形は飛雄馬の口元へと持っていく。
舐めてごらん、と花形が言うと、飛雄馬は唇から赤い舌を覗かせ、その舌先や腹を使い丹念に自分のそれを舐め取っていった。
時折、唇を寄せ、小さく啜りつつ飛雄馬は唾液と混ざった自身の体液を飲み込んでいく。
「っ……ちゅ、ん……ふ、ぅ」
「…………」
ちゅるん、と飛雄馬の口から指を抜き、花形は彼の穿くスラックスへと手をかける。
あっ、と一瞬、飛雄馬は顔を引きつらせたが、花形は有無を言わせず下着共々それらを剥ぎ取った。
「っ……!!」
花形の眼下に飛雄馬は白い足を晒し、奥歯を噛み締める。
「あなた、ごめんなさい。ちょっと手伝ってほしいの」
ふいに客間の扉を隔てた廊下から明子が声をかけてきた。
「用件を言いたまえ」
答えつつ、花形は飛雄馬の足を広げ、羽織るジャケットのポケットから何やら容器を取り出す。
「ばっ、ばかな……花形っ」
ここで妙な対応をしてしまえば明子が扉を開けてしまうと言うことは飛雄馬自身がよく分かっていた。
だからこそ、抵抗らしい抵抗は見せず、花形にされるがままになっている。
目で必死にやめろと飛雄馬は訴えるが、花形は素知らぬ顔で容器の蓋を開けると指で中身を掬い取り、広げた足の中心、その窄まりへとそれを塗り込む。
「っ、ひ……!」
飛雄馬の視界が揺れ、花形の指を飲み込んだ箇所がきゅうっと彼のそれを締め付ける。
「少し待ってくれんだろうか。今ちょっと席を外せんのでね」
指を2本に増やし、花形は飛雄馬の内壁を優しく指の腹で刺激する。
指に纏わせた何やら粘度の高い軟膏のようなものが練られ、溶けたか花形が指を動かすたびにぐぷ、ぐぷと音を立てた。
「そう。わかったわ……お取り込み中にごめんなさい」
明子の遠ざかる足音を聞きつつ花形は指を回転させ、飛雄馬の中を掻き乱す。
「は……っ、く……」
「明子に、きみの声を聞かせてやってもよかったんだが……フフ、彼女はどんな反応を見せるだろうね」
「ん、んっ……そこ……」
「ここ?」
言いつつ、花形はほんの少し指を奥へと滑らせる。
花形が触れた箇所から僅かに、ピリピリとした電気のようなものが全身に走って、飛雄馬は顎を反らした。
「っ…………」
「ここだろう?もっと正直になるといい……」
花形は探っていた飛雄馬の粘膜、そのとある位置を指の腹でトントンと叩く。
刹那、頭の中に火花が散り、声ならぬ声を上げつつ飛雄馬は顔を歪める。
にやり、と花形は唇の端を笑みの形に釣り上げ、尚も飛雄馬の内壁を弄んだ。
「あっ……あぅ……ぅ、」
白く引き締まった足を揺らし、飛雄馬はぴく、ぴくと体を跳ねさせる。
先程、達したばかりの男根も内壁からの刺激に感化されたか再び立ち上がりつつあり、飛雄馬の体の中心でふるふると揺れていた。
花形はしばらく、飛雄馬の腹の中を指で弄っていたが、ふいに指を抜くと、一旦膝立ちになってからベルトを緩め、スラックスのファスナーを下ろした。
そうして、開けたそこから完全に反り返った男根を取り出すと、飛雄馬の元へにじり寄り、今まで解していたそこへと己のそれを押し当てる。
飛雄馬の潤んだ瞳が花形の顔から、今から彼を受け入れようとする下腹部へと移った。
ぐっ、と花形は腰を押し付けるようにして己を飛雄馬の中へと挿入していく。
「っく……う、!」
飛雄馬の膝を左右に押し広げ、花形は彼の中をゆっくりと進む。
根元までを時間をかけ、埋めてしまってから花形は飛雄馬の顔を覗き込むようにして彼に口付けを与えると、腰を動かし始めた。
腹の中が花形の動きに合わせ引きずられ、中をぐちゅぐちゅと掻き回される。
「んあ、あっ……あ……」
はしたなく、高い声を上げつつ飛雄馬は花形の腕に縋る。
飛雄馬くん、と花形は優しく飛雄馬を呼びつつ、喘ぎ声を上げるその唇を啄む。
「は、っ……ながたっ……あ、あっ」
一瞬、飛雄馬の首筋に吸い着こうとして、花形は思い留まると彼の両足をそれぞれの脇に抱え上げ、奥を抉りにかかった。
欲のままに腰を叩き付け、腹の中を掻き回してやる。
「ほら、出すよ。どこがいいか言ってごらん……」
「あ、う……、う」
ゆっくりと飛雄馬の尻を自分の腰で叩きつつ花形が問う。
「言わないとこのまま中に出してしまうが……」
「そっ、外……外に出し……っ、ん……!」
びゅくっ、と花形は飛雄馬から己を抜くこともなく、そのまま彼の中へと達する。
どく、どくと腹の中に出される脈動を感じつつ飛雄馬もまた全身を震わせ、目を閉じた。
白い腹を上下させ呼吸する飛雄馬から男根を抜くと、花形はそれをテーブル上のティッシュで拭ってからスラックスの中へと仕舞った。
飛雄馬は目元を腕で覆ったまま、ソファーに横たわっている。
花形が煙草を咥え火をつけたらしく、またあの匂いが辺りには漂った。
「さっきの、答えだが」
「え?」
掠れた声で飛雄馬が訊き返したと同時に、客間の扉がノックされ、明子がどうかしら?と声をかけた。
「…………ああ、すまない。煙草に火をつけたばかりだ」
「入っても、構わない?」
明子が続けた言葉に、飛雄馬の心臓がドキンと跳ねた。
煙草をくゆらす花形は動じる様子もまったくなく、紫煙を口から吐いている。
「悪いけど、ねえちゃん。そこで、待っていてくれないか」
「…………」
飛雄馬のまさかの制止の言葉にドアノブを握り、それを回しかけた明子の手が止まる。
中で一体、ふたりは何をしていたのか。
はたまた、何故、少し待ってくれと飛雄馬は言ったのか。
いっそ何の断りもなくここを開け、すべて問い詰めてしまいたい。
そうすればきっと、私のこの心の靄も晴れるに違いないのに。
それが、どういう、結果でも。
しばしの沈黙ののち、花形が入りたまえと明子を招いた。
明子は扉を開け、中を覗く。
ふたりはさっき、ここを後にしたときと同じような位置に座り、テレビを観ているでもなく、かと言って飲んでいたわけでもないようである。
「待たせてすまないね。行こうか」
先に花形が口を開き、腰を上げた。
「こちらこそ、ごめんなさい、急に呼びつけて」
「構わんさ、ほら行こう。飛雄馬くんはここでゆっくりしているといい」
明子とふたり、廊下に出ると花形は扉を閉め、飛雄馬くんはだいぶお疲れのようだからそっとしておいてやろうと耳打ちする。
「ええ、そうね……」
何ら変わらない夫の様子に明子はほっと安堵しつつ、先を行く花形の後を追う。
よかった、私はなんてことを考えてしまったのかしら。
花形と飛雄馬がそんなこと……あるわけないのに。
「…………」
くすくす、と笑みを溢しつつ明子は廊下を行く。
花形はそんな明子にどうしたと聞くこともなく、ただ黙って真っ直ぐ前を見据えたまま、長い廊下を歩いた。