地獄
地獄 どうにも、寝付けんなと飛雄馬は布団の中で大きな溜息を吐く。
高級すぎる掛け布団が合わんのか、はたまた体を預けているベッドの柔らかすぎるマットレスのせいか、それとも広すぎる客人用の寝室のせいか。
食事だけをご馳走になるつもりで花形の屋敷に顔を出したものの、ねえちゃんの泣き落としに絆され、成り行きでここに泊まることになったが、やはり落ち着かない。
初めてここを訪れたときのように、いっそのことカーテンを命綱にしながら窓から出て行ってしまおうかとも考えたが、それではまたねえちゃんを泣かせることになってしまうな、と飛雄馬は小さくクスッと笑みを溢すと、布団の中で寝返りを打ってから目を閉じる。
すると、目を閉じたことで聴覚が幾分か研ぎ澄まされたようで、何やら扉の外、廊下を妙にゆっくりと歩く足音が部屋の中まで聞こえてきて、飛雄馬はこんな夜中に誰だろう、と聞き耳を立てた。
ねえちゃんがおれのことを心配してわざわざ訪ねて来てくれたのだろうか。
優しいねえちゃん、花形と結婚して少しは幸せになれたんだろうか。
これで赤ちゃんでも出来たらきっと、おれの一挙一動に心を痛めることもなくなるだろうに。
おれの甥か姪にねえちゃんを取られるのはどこか寂しい気もするが──飛雄馬はふふっ、と再び笑みを漏らし、ベッドを抜け出すと足元に揃えておいたスリッパを履き、扉を開ける。
と、明かりの消えた薄暗い廊下に佇んでいたのは飛雄馬の姉、明子ではなく彼女の夫に当たる彼で──飛雄馬はあっ!と思わず息を呑んだ。
「おや、飛雄馬くん。まだ起きていたのか」
「…………花形さんは、こんな時間に何を」
花形と呼ばれた彼、は未だ三揃えのスーツの出で立ちで、風呂まで借り、明子に手渡されたこれまたあまり馴染みのない絹のパジャマを身に着けている飛雄馬とはあまりに対照的な風貌であった。
「明子の相手をしていてね、遅くなったのさ」
「ねえちゃんの?」
そう言えば、おれが風呂を借りたあと、ねえちゃんは花形さんにも入るように勧めていたが、彼はまだ仕事が残っていると断っているのを見た覚えがある。
結局、先に入りなさいと花形さんに背中を押され、先に汗を流すことになったんだったか。
クラウンマンションに住んでいた頃もおれが帰るまで風呂にも入らず、夕飯も食べずに待ってくれていたねえちゃん。
相変わらずなんだなとそのときは思ったが、今、花形さんが漏らしたねえちゃんの相手とは一体?と飛雄馬が首を傾げたところで件の彼はフフッ、と口元に笑みを湛えた。
「まあ、いい。そんな話はきみも聞きたくないだろう。眠れんのなら少し付き合わないか。下で飲み直しといこう」
「いや、せっかくだが遠慮しておく。花形さんも早く寝た方がいい」
「まさか飛雄馬くんに説教される日が来ようとはね。フフフ……明子にもあまり飛雄馬くんを困らせるなと言い聞かせておいたよ。明子にしてみれば姉と弟という立場は変わらんだろうが、飛雄馬くんももう子供ではないのだからね」
「別に、困ってはいないが…………」
「義兄としても飛雄馬くんがうちを訪ねてくれるのは大歓迎だが、いつも息苦しそうにしているのを見るのはこちらも気を遣う」
「…………」
花形さんは、いつもこうだと飛雄馬は目の前の彼から視線を逸らすと、そんなつもりはない、と言葉を濁す。
こうもズバリ言い当てられると、花形さんは、もしかしておれの心が読めるのでは?とさえ思う。
おれは花形さんの考えていることなど、何ひとつわからないというのに。
「明子の相手、とやらが気になるかね」
「え?」
飛雄馬は花形の言葉に目線を上げ、彼の顔を仰ぐ。
「顔にそう、書いてある」
「……………」
得意げに笑った花形の顔に飛雄馬はふいと顔を背ける。そんなに、おれはわかりやすいんだろうか。
そんなつもりはないんだが、と飛雄馬が目を不自然に瞬かせたところでふいに腰に腕を回され、そのまま花形の胸に抱き寄せられた。
ギクッ!と、飛雄馬の体は花形に抱かれたまま強張る。
飛雄馬の背後で、支えを失った部屋の扉が閉まり、広い廊下にその残響が木霊した。
一体、何を、と固まった飛雄馬の腰を片手で抱いたまま、花形は彼の後頭部にもう一方の手を添えるとその顔をやや傾けた。
しまった!と思ったとき既に、花形の唇は飛雄馬のそれを捉えている。
花形の愛用している煙草の香りと、僅かに残った香水らしき人工的な匂いが飛雄馬の鼻腔をくすぐり、視界を歪ませた。
「ん……っ、」
「口を開けて……そう、上手いね」
クス、と小さく花形は笑うと、微かに口を開いた飛雄馬の口内に舌を挿入させる。
「ふ、っ……う、」
飛雄馬は己の腰を抱く花形の腕を掴み、せめてもの抵抗とばかりに指に力を込めるが、その腕の力が緩むことはなく、却って口の中を蹂躙される結果となった。
舌と唾液とが絡んで混ざり合って、漏れる吐息ともに薄暗い廊下で反響して、飛雄馬の顔は羞恥のあまり赤く染まる。
かあっ、と上昇した体温のぬくみが伝わったか、花形は興奮した?と唇を離すなり飛雄馬に尋ねた。
「……誰がっ、興奮なんか……からかうのはよしてくれ」
「…………」
花形の腰を抱く腕が飛雄馬の尻に下って、その丸みをパジャマの上からそろりと撫でる。
ビクッ、とその刺激を受け、身を反らした飛雄馬の腕を取ると、花形はその首筋に顔を寄せ、薄い皮膚にゆるく吸い付いた。
「あ、あっ!」
思いがけず口を吐いた己のはしたない声に飛雄馬は慌てて口を塞いで、涙に濡れた瞳を花形に向ける。
「部屋に入ろうか」
「…………」
飛雄馬は嫌だと首を振り、口元に遣った手を外すと早くねえちゃんのところに戻ってくれと囁く。
「フフ。相変わらず優しい男だ、飛雄馬くんは。明子はきみが同じ屋根の下にいるにも関わらず、散々求めてきたというのに」
「…………!」
花形の言葉にたじろいだ飛雄馬の体は、勢いに任せ廊下の壁に押し付けられる。
そうしてそのまま、足の間には花形の膝が滑り込み、膨らんだパジャマのズボンを腿で刺激されることとなった。
「なに、安心したまえ。明子に唇は許していないし避妊もしっかりしたさ。彼女は子が欲しいようだが、ぼくにそのつもりはない」
「な、っ……なぜ、そんな」
ぐりぐりと半ば立ち上がった下腹部を腿で押し潰されたことで飛雄馬は、悲鳴にも似た声を上げ、パジャマの裾から手を差し入れ、腹を撫でてきた花形の指の感触に肌を粟立たせる。
「飛雄馬くんがこの花形の子を産んでくれると言うのなら話は別だが」
ふふっ、と花形は吹き出し、口付けを与えるべく顔を寄せたが、飛雄馬は彼に対し、そんなの人間のすることじゃない、と吐き捨てた。
「花形さんは、ねえちゃんを……っ、く」
背けた顔、その顎を花形に捕まれ、飛雄馬は彼に無理やり唇を奪われる。
そうして、驚きのあまり、うっ!と呻いた飛雄馬の下唇に花形はあろうことか歯を立て、薄く血の滲んだそこに舌を這わせてきたのだ。
ちりちりとした痛みが唇から全身に走って、飛雄馬はその刺激を受け、更に花形の膝の触れるあたりを反応させる。
「言葉と体が伴っていないね。人でなしはどちらかな」
「おれは、っ」
「またそうやって、自己保身に走ろうとする。素直になりたまえ」
自己保身、おれが?
花形さんが始めたことじゃないか。
なぜおれに罪をなすりつけようとする?
ちゅっ、と耳元に口付けられ、飛雄馬はあっ!と声を上げると同時に我に返る。
「花形さ、っ……おれは、ねえちゃんを裏切るような真似は……ん、ンッ!」
耳元を啄まれ、甘い声を漏らした飛雄馬のパジャマのボタンを外していきながら花形は、現れた胸の突起に指先を這わせると、それを指の腹で抓んでからぐりっと押し潰した。
ビクッ!と震えた飛雄馬の体、その突起は彼の意思に反するようにして固く尖り、ぷっくりと膨らむ。
「その割には、説得力がないじゃないか」
「い、っ……っ、あ、ぅ……」
しこった突起を捏ねられ、飛雄馬の腰が花形に勃起した下腹部を擦り付けるようにふらふらと揺れる。
「触ってほしい?」
「あ、っ?!」
尋ねられ、飛雄馬は初めてそこで己の腰が揺れていることを知った。
たった今まで抓られていた胸はじんじんと疼いていて、痛みを覚えるほどに立ち上がってしまっているそれは、呼吸のたびにビクビクと戦慄き、解放を待ち侘びている。
飛雄馬は焦らすようにパジャマの上からそれを撫でてきた花形の腕を掴み、いやだと声を震わせ、彼を拒んだ。
「こんなにしといて?」
「ひ、っ…………う、」
パジャマと下着もろとも花形は飛雄馬のそれを握り、上下にゆるゆると擦る。
じわりと下着どころかパジャマを濡らした先走りに花形は苦笑し、一旦離した手をそのまま下着の中へと滑り込ませた。
そうして、中から先走りに濡れた男根を取り出すとそれを慈しむように撫でつつ、飛雄馬を焦らした。
花形の手がカリ首のくびれた位置を滑るたび、飛雄馬の体はビクン!と大きく震え、閉じた目、その目尻からは涙が滴る。
「飛雄馬くん、我慢はよくないと思うがね。それに、長引けば長引くほど明子が目を覚ます可能性は高くなるとぼくは思う」
「っ……く、う……」
「飛雄馬くん」
名を呼ばれ、虚ろに目を開けた飛雄馬の唇に花形は口付けると、そのまま彼を射精へと導いてやった。
どくっ、と放出された飛雄馬の体液は彼の腹に飛散し、白く薄い腹を白濁に濡らす。
舌を絡ませ、唾液に濡れた唇を触れ合わせながら花形は飛雄馬が射精し終えるのを待つと、一度そこから手を抜いた。
そうして、飛雄馬の体を壁から離してやると、今度はそれと向き合うような形を取らせ、腰を突き出す格好を取らせる。
「………はっ、はながたっ、なにを、」
「静かにしたまえ。往生際の悪い」
「ひ、ぐっ……」
ずるりと下着を引き下ろされ、冷たい外気に飛雄馬の尻が晒される。
続けざまにそこから体内に滑り込んできたのは花形の指だろうか。
飛雄馬は壁に頬を擦り付け、そこで拳を握る。
射精を終えたばかりだというのに中を探られ、再び飛雄馬の下腹部は首をもたげつつある。
ぬる、ぬると腹の中を行き来する花形の指の動きの何と巧みなことか。
潤滑剤の代わりと言わんばかりに尻にたらりと垂れてくるのは恐らく花形の唾液だろう。
もどかしいところに指先が触れはするものの、それ以上奥にはいってくれない。
「は……ン、ん」
恐らく、花形はわかっている。
わかっていながら、あえて指を外しているのだ。
「指を増やそうか。それとももう入れてほしい?」
「っ、入れたいのは、そっちだろ……っ」
「……それなら、お言葉に甘えるとしようか」
飛雄馬の腰に花形は手を添えると、取り出したそれを彼の尻に当てがい、腰を押し進める。
容易く飛雄馬の体は彼を受け入れ、それどころかふるふると小さく戦慄く始末で、花形はしばらく様子を見るつもりであったが、半ばまで入れたそれを抜けるか抜けぬかまでの位置まで引いてから一気に中へと突き込んだ。
「んぁ、あっ!」
どすん!と立っていられぬほどの衝撃を飛雄馬は腰に受け、もどかしく焦らされた位置をぐりぐりと花形の男根が擦り上げた。
挿入されただけで軽く達してしまったというのに、今ので再び絶頂を迎えてしまい、飛雄馬の目は半開きのまま、閉じることもままならない唇からはたらりと唾液の線が絨毯敷きの廊下へと伸びる。
「まだまだこれからだよ、飛雄馬くん。ぼくはまだ一度も出してない」
「っ、だめだ……だめ、もぅ、っ」
腹の中を花形が行き来するたび、飛雄馬の目の前には閃光が走った。
体がその腰の動きに慣れてきた矢先に今度は中を掻き回され、浅いところを探られる。
「あっ、あぁ……いっ、っ……」
逃げる腰を掴まれ、達したばかりの体を好き勝手に嬲られる。
壁に縋りついて立っているのがやっとで、膝が震えているのがわかる。
頭の中などとうに真っ白で、腹の中を擦る花形の感触だけは辛うじて感じることができる。
もう何度、気を遣った事だろう。
「中に出すよ、いいね」
「なっ、なかは、やだっ……後生だ、はなが、っ、っ────!」
飛雄馬の尻を掴み、花形は欲を彼の中へと注ぎ込む。どく、どくと腹を満たし、脈動する花形の熱さを感じつつ飛雄馬は身を微かに震わせる。
それから、花形が男根を抜くと同時に掻き出された白濁が尻を伝い、飛雄馬の腿を伝い落ちた。
「きみも共犯だよ、飛雄馬くん」
壁に顔を寄せたまま、飛雄馬は花形の言葉を聞く。
汗をびっしょりとかいており、絹のパジャマが肌に貼り付いている。
体が言うことを聞かず、突き出した尻を引き、まずは体を真っ直ぐ立たせることに集中し、飛雄馬はずり下げられたズボンと下着を穿き直した。
「花形さんが、っ……何を考えているかはおれにはわからない。いや、わかりたくもない」
花形が煙草を咥え、火を付けたらしくあたりには独特の香りが漂う。
「きみはしきりに姉のことを口にするが、ぼくを、いやぼくたちを地獄に引きずり込んでおきながらひとり聖人面するのはよしたまえ」
「地獄、……?」
壁に寄り添い、向かい合うようにして立つ己の隣、壁に背を預け立っている花形の顔を見上げ、飛雄馬は自身の涙や汗に濡れた顔をパジャマの袖で拭う。
「……………」
ついと花形の指が顎先を捉え、飛雄馬はそれを手で跳ね除けたが、今度は頬を掴まれ無理やり唇を奪われる。
ようやく塞がった下唇の傷が今の拍子に開いたらしく、唾液に混じり血の味が口の中を満たす。
「っ、ふ……ん、む」
己を支えるように抱く花形の腕を飛雄馬は爪を立て強く握ったが、次第にその指の力を解いていき、遂にはその手に縋る。
喉元まで出かかった姉への謝罪の言葉を飲み込んで、飛雄馬は濡れた唇を引き結ぶ。
そうして飛雄馬は、花形が開けた寝室の扉が不気味に軋み、ふたりを中へと誘う音を聞いた。