居眠り
居眠り いつの間にか居眠りをしていたらしく、飛雄馬は何やら目の前をちらちらと動く人の気配にハッと目を覚ます。
「おや、起こしてしまったかい」
すると、ニッ、といつもの調子で笑みを浮かべる花形の顔が目の前にあって、飛雄馬は慌ててソファーの端、そのアームレストにもたれていた体を起こすと、すみません……と謝罪の言葉を口にした。
「なぁに。謝ることはないさ、飛雄馬くん。自分の家と思ってゆっくり休んでくれたまえ」
「…………」
姉である明子にも自分の家だと思ってゆっくりしてちょうだいねと言われたのがつい2時間程前のことで、いつものように客間に通されたまでは良かったが、家主である花形もちょうどその時分は不在であったためにたったひとり、広々とした客間に残された飛雄馬は暇を持て余し、眠ってしまったのだった。
日頃の疲れが出てしまったといえばそうだが、まさか花形が戻ってきたのにも気付かず眠り惚けていたなんてと飛雄馬は自分の軽薄さに眉根を寄せてから、未だ残る眠気を払拭するように数回、目を瞬かせる。
「疲れているのだろう。明子が呼びに来るまで眠っているといい」
「ん……いえ、そんなわけには……」
言いつつも、飛雄馬の瞼は重い。
昨日の試合でだいぶ体力を消耗したようで、正直、今日の晩餐の件にしても、はっきり断ってしまっても良かったのだが、明子の寂しそうな顔を見るのがどうにも辛く、飛雄馬はこうして疲れた体に鞭打って花形の屋敷を訪ねていたのであった。
もう、若くないと言えばそうなのかもしれん、と飛雄馬は思う。
川上監督の指導の元、巨人の星を目指していた頃はまだ若く、一晩眠れば疲れなど早々残らなかったが、今はどうだ。
何でも気の持ちよう、と言ってしまえばそうだろうが、しっかり休まねば皆に迷惑をかけてしまうな、と飛雄馬はうとうとと船を漕ぎつつ薄ぼんやりとした頭でそんなことを考える。
と、完全に寝入ってしまおうとした、その刹那に、何を思ったのか花形は隣に座る飛雄馬の腿を自身の掌でそろそろと撫でた。
「…………っ!?」
どき、と飛雄馬の心臓が跳ねる。
この仕草のせいで完全に眠気は覚めてしまったが、飛雄馬は覚醒した頭、その瞳で見てはならぬものを目にする。
どうやら、居眠りをしてしまったせいで、自身のそれが立ち上がってしまっているようであった。
何も性的に興奮したわけでもなく、疲れが溜まっているのも手伝って、早い話が子孫を残そうとする生物としての本能が働き、生殖活動を行うために下半身の一部をこうして充血させた、というわけだ。
こうした現象を、飛雄馬はそれこそ背番号16を背負っていた時代からそれなりに経験していた。
いわゆる、疲れマラと言うやつで、体はそれこそ指一本動かせぬほど疲れきっているのに対し、下半身の一部だけはやたらに熱を持ち、ユニフォームのズボンを持ち上げている状態で、それも眠ってしまえば自然と治まるものであった。
しかして、今、花形のいる前で飛雄馬の臍の下はスラックスを持ち上げてしまっていて、その布地の下がどうなっているかなど、火を見るより明らかである。
「……………」
花形は無言のまま、飛雄馬の腿を撫でる手の動きを中断させた。
「あっ、花形さん、これ、は……その、お手洗い、に」
「ふふっ、気にすることはないよ飛雄馬くん……男なら誰しも経験することだろう」
そんな慰めの言葉をあろうことか花形満にかけられ、飛雄馬はかあっと頬を染めた。
今日はとんだ厄日だ、とも思う。
花形の目の前で居眠りをしてしまったことに始まり、まさかこんな醜態を晒してしまうなんて、と。
「…………っ、今日のところは帰ります。こんな、はずじゃ」 「まあ待ちたまえ……その格好じゃ、帰るに帰られんだろう」
言いつつ、花形は飛雄馬の前の張ったスラックスをその布地の上から撫でた。
ひっ、と飛雄馬の喉が締まり、そんな掠れた声を 上げる。
「じっとしていたまえ。フフ……すぐ、済むさ」
花形は飛雄馬の耳元でそう、囁くと、彼の穿くスラックス、その前部を閉じているファスナーをゆっくりと下ろしていった。
「あ…………っ、」
膨らみきった下腹部を圧迫していたスラックスのファスナー部を開き、花形はそこから飛雄馬の男根を取り出すと、下着の上からゆるゆるとそれを指で撫でる。
先程の悲鳴とは打って変わって、鼻にかかった艶やかな声が飛雄馬の口からは上がった。
「ふ、ふ……」
花形は再び笑みを浮かべると、薄く開いた唇を震わせ、呼吸をする飛雄馬のそれに自身の口を押し付け、その甘さに酔う。
「待っ……ん、……」
「待て、とはおかしなことを言うね。早く終わらせてしまわねばそれこそ誰かがきみの様子を見にここに現れるかも知れないよ」
下着もろとも握った男根を花形は上下に擦りつつ、そんな台詞を口にする。
「っ……ひ……」
喘ぎ、脱力した飛雄馬の体がソファーからずり下がり、それにより花形の手が男根から外れた。
先走りの染みの薄っすらと浮いた飛雄馬の下腹部を花形はしばし見つめていたが、ふいに立ち上がったかと思うと、絨毯敷きの床に膝をつき、あろうことかソファーに座ったままの彼の足の間に身を置いた。
「楽しみたいのは山々だが、誰かに見られて困るのはぼくも同じでね……」
にやりと花形は意地悪く口角を上げるようにして微笑むと、飛雄馬の穿くスラックスを留めるベルトを緩めてから、ボタンを外し、完全に前を開けさせる。
そうして、下着をずり下げ、中から臍につくほど反り返った飛雄馬の男根を取り出した。
「ずいぶん、辛そうじゃないか」
現れたそれは、飛雄馬が呼吸をするたびにひくひくと戦慄き、その頂上の鈴口からは先走りが溢れ、亀頭や陰茎を濡らしている。
「み…………る、なっ、見ないで……」
言いつつ、飛雄馬は花形から顔を逸らし、顔を手で覆う。
こんな狂気の沙汰としか思えぬ現状を、甘んじて受け入れる必要など、微塵もないというのに。
場に流されやすいのが、彼の良いところでもあり、悪いところでもあるのだが、と花形は飛雄馬の亀頭と陰茎を繋ぐ裏筋を親指の腹でさすりつつ、そこに顔を寄せて、ちゅっ、と小さく口付けてから男根を口に含んだ。
「な、ァっ………あ、あ、っ」
顔を覆っていた手を離し、飛雄馬は自分の股の間に顔を埋める花形を見つめた。
一体、何が自分の身に起こっているのか、皆目見当がつかない。
何もかもがおかしい、常軌を逸している──もしかすると、自分は夢を見ているのかもしれない、と飛雄馬は己の根元までを咥え込んだ花形の顔を涙に濡れた目で見つめつつ、思う。
ねえちゃんに呼ばれ、ここを訪ねたことからして夢で、あまりの疲労ゆえにこんな狂気じみた幻想を見ているに違いないのだ。
でなければ、花形がこんな、人のモノを咥え込んだりなど────。
柔らかく温かな粘膜が男根全体を包み、圧迫し、それを吸い上げてくる。
「っ、く、ぅ……うっ」
その絶妙な力加減が飛雄馬の肌を粟立たせ、歯噛みさせる。
裏筋を舌がそろりと這ったかと思えば、上顎と舌とで亀頭を強く締められ、飛雄馬は背中を反らす。
花形が足の間に身を置いているお陰でソファーからずり落ちずに済んでいるが、最早飛雄馬に自分の力でそこに座るだけの余力は残っていない。
唾液をたっぷりと溜めた口腔で音を立てるようにして男根全体をしごかれ、飛雄馬は思わず自身の股の間にある花形の頭を掴んだ。
と、花形は閉じていた目を開け、じっと飛雄馬の顔を見上げる。
涙をいっぱいに目に浮かべた飛雄馬の瞳と視線がかち合い、花形は口に溜めた唾液を、男根にぐちゅりとなすりつけてから、それを潤滑剤のようにして彼のモノを5本の指でしごいてやった。
「あ…………っ、っ……」
飛雄馬の腰が引け、花形が握る男根が戦慄く。
いきそうかい?と花形が訊くと、飛雄馬は真っ赤な顔で頷き、口元にやった手で拳を握る。
「ひ……っ、いく……いっ……ん、ん……」
「…………」
声を上げ、射精を予告する飛雄馬の鈴口に顔を寄せ、花形は放出された白濁をすべて口で受け止めた。
どく、どく、と数回、脈動する男根から吐き出された精液を花形は飲み込むことはせず、射精が終わったのを見計らってから、ソファーに身を預けたまま腹を上下させている飛雄馬の唇にそっと口付けると、彼の体液をそのまま口内に注いでやった。
それから、続けざまに花形は彼の口の中に舌を滑り込ませると精液と舌とを絡ませ合い、唾液と共に飲み下す。
「ふ……ぅ、あ……む」
花形の舌を追うように飛雄馬は懸命に唇を動かし、その唾液を味わう。
ちゅ、と小さく飛雄馬の唇を啄んだとき、客間の扉の向こうから声がかかって、花形は一瞬、気付かぬふりを決め込もうかと思ったものの、すぐに返事をした。
明日の件で会長からお電話です、との若いお手伝いの声に、取り込み中だかけ直すと伝えてくれと鋭く言い放つ。
かしこまりました、と彼女は素直に引き下がると、長い廊下を引き返していく。
花形はその足音を聞きつつ、射精をしたばかりで未だ余韻の残る恍惚とした表情を浮かべ、自身を見上げてくる飛雄馬に薄く微笑んでやってから、首元を締めているネクタイをゆっくりと緩めた。