焼き芋
焼き芋 試合を終え、球場を出た左門はふと今し方対戦したばかりの巨人の星の姿を見つけ、彼の元に歩み寄る。
よくよく見れば何やら焼き芋の屋台を引く男とやり取りしているようで、左門は星くん、と彼の名を呼んだ。
「あ、左門さん」
呼ばれ、振り返った飛雄馬が左門を瞳に映すなり、笑顔見せた。
「なんばしよっとですか?」
「ふふ、匂いに釣られてついつい買ってしまったのさ」
左門にそう、問われた飛雄馬は照れ臭そうに笑い、袋状に折られた新聞紙の中に入れられた芋を1本、取り出してみせた。
焼き芋売りはそのままふたりを残し、再び屋台を引きつつ遠ざかって行く。
「焼き芋ですか。買い食いとは星くんにしては珍しかこつですたい」
はは、と笑った左門の腹がぐうと鳴り、一瞬、沈黙が流れたが、飛雄馬がくすっと吹き出したことで場が和んだ。
「左門さんも芋は好きですか」
「熊本におった頃はよく芋ば焼いて皆で食べよりました」
「…………」
飛雄馬はそれを聞くなり、ほかほかと湯気の立つ芋を半分に割り、やや大きい方を左門へと差し出した。
「………!」
ふたつに分けられた焼き芋の黄色が鮮やかで、左門の目を引く。
「どうぞ」
その声に左門はハッと飛雄馬の顔を見て、「いや、貰えんばい。星くんが食べるとよか」と首を振った。
「せっかくだから食べてください。楽しい時間は誰かと共有した方がより楽しいですから」
ほら、冷えますよ、と飛雄馬は左門を急かし、彼が芋を受け取ると、ニコッと笑んでみせた。
「……お言葉に、甘えさせてもらいますたい」
言うと、左門は皮を剥くこともなく芋を頬張る。
懐かしい芋の甘みが広がって、寒空の下、冷えた体がほんの少し暖まった。
それは芋を口にしたから、と言うより目の前の男の優しさに触れたからだ。つい先程まで、互いに火花を散らし戦った敵同士だと言うのに。
初めて、わしたち兄弟のために泣いてくれて、プロの誘いを受けたちゅうこつば、自分の事のように喜んでくれた星飛雄馬という男はなんと気高く、美しいのか。
「東京の芋は口に合いますか」
「……美味しかですたい」
皮を丁寧に剥いてそれを口に運びつつ飛雄馬が問い掛け、左門の返答を聞くと、それは良かった、と再び微笑んだ。
「今日も左門さんは大活躍でしたね」
「なに、星くんに言われたくなか。きみが登板してからは1点も取らせんかったじゃなかですか」
「おれだけの力じゃない。チームの先輩方のお陰ですよ」
「…………謙虚ですな、星くんは」
「え?」
ぱくっと最後の一口を頬張ってから飛雄馬は左門の顔を仰いだ。
「芋の礼に今度、何か奢らせてほしか」
「いや、左門さんに美味しいと言ってもらっただけで満足です。弟さんや妹さんが待っているのに呼び止めてすいません。では、また、球場で」
飛雄馬はグラウンドコートのポケットに剥いた皮を入れた新聞を押し込み、颯爽とその場を後にする。
「星く……」
名を呼びかけたものの、左門は伸ばしかけた手を引っ込め、彼もまた歩み出す。
ライバル同士、余計な感情は抱かん方がお互いのためですな、と苦笑して、ふと頭上を仰ぐ。
冬の澄みきった夜空に浮かんだ星々の美しさに左門は目を細めて、白い息を口からゆっくりと吐いた。