意地悪
意地悪 「本当にすまん。このとおりじゃい。許してくれ」
仕事帰りの格好で着替えもせぬまま、居室の畳に額を擦り付け、伴は一言も言葉を発しない彼に対し平身低頭し侘び続ける。
「…………」
「機嫌を直してくれ!なあ、頼む。星よう」
そのうちに、がばりと体を起こして伴はこちらに背を向けている彼──星飛雄馬に縋りつき、その体を揺さぶる。しかして、星と呼ばれた彼はそれでも無視を決め込み、目を閉じたままだ。
星飛雄馬──彼が無二の親友である伴宙太に対し、このような態度を取る発端はおよそ数時間前に遡る。
前日にわざわざご丁寧に巨人軍宿舎にまで電話をかけてきて、明日久しぶりに晩飯でもどうじゃと言うから早々に練習を切り上げ、馴染みのすき焼き屋を訪ねてみた。
しかして、伴は待てど暮せど姿を見せず、心配になって屋敷を訪ねると顔見知りのおばさんは快く迎え入れてくれたが、件の彼は一向に帰宅せぬまま三時間が経過したというわけだ。
何か理由があったのならまだ許せる。が、しかし、店に来なかったのもただ単に忘れていたというのだから頭にくる──というのが飛雄馬の言い分であった。
「許してくれるならわしゃなんでもするぞい。だから、星!頼む!オネガイ!」
「…………」
機嫌を直す気配のない親友の顔の真横で伴は両手を合わせ、眉間に深い皺を刻む。
「星ぃ!」
「なんでも、するんだな」
閉じていた目を開け、飛雄馬がじろりと伴を睨んだ。
「…………」
その迫力に気圧され、伴は僅かに後退る。
「なっ、何を、言う気じゃ、星……?」
距離を取った伴との間を埋めるように飛雄馬がにじり寄り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
ぎくっ!と伴はそれを受け、四つん這いの格好で、まるで猫のように距離を詰める飛雄馬から視線を逸らせず、その場に固まる。
「目を閉じろ、伴」
「目?な、なんで目なんぞ……」
「なんでもすると言ったのはそっちじゃないか」
「そ、それはそうじゃが、な、殴るのはよせ!試合に響くぞい!」
言われるがままに目を閉じはしたものの、訳もわからぬ状態で少しでも不安と恐怖を紛らわそうと喚き散らす伴だが、飛雄馬に静かにしてくれと制され、文字通り閉口する。
「…………」
「…………」
目を閉じているせいか、やたらと己の心音がうるさく感じられる。緊張から全身に汗が吹き出すのがわかる。星はわしに目と口を閉じさせ何をしようというのじゃあ……さっぱりわからんぞい。
その刹那に、何やら唇に柔らかいものが触れて、伴は再び、ギクリと身を強張らせる。
この眼前に感じる気配は、唇に触れた何やら覚えのある感触は、紛れもなく……。
伴は目を閉じたまま、唇をそろそろと開くと、それを待ちわびていたかのように口の中に滑り込んできた舌に肌を粟立たせた。
「……、っ、…………」
思わず声を上げ、伴は口内に侵入してきた飛雄馬の舌に自分のそれを絡ませ、食い気味に重心を前へと移動させる。微かに漏れ出た飛雄馬の吐息にかあっと全身が熱くなって、そのまま目の前の体を押し倒しそうになるのをギリギリのところで踏みとどまった。
「ふふっ、よく堪えたな」
唇を離し、微笑混じりに飛雄馬が囁いて、伴は知らぬふりを決め込む。
すると、またしても唇を押し付けられ、今度は首に腕を回された。そうして、その背中に腕を回しそうになって、伴は空中で拳を握る。
自我を出してはだめだ、星のやつはわしがどこまで耐えられるかからかっているのだ。
ここで欲に負けてしまってはそれこそ許してはもらえんだろう。
しかし、己の使用するものとは違う、石鹸の匂いが鼻を突いてむらむらと欲を掻き立てる。
もういっそ、ここで勢いのままに押し倒してしまって後のことはその時考えようか。
唇に時折触れる、飛雄馬の熱を帯びた吐息に煽られて、伴は全身にびっしょりと汗をかく。
「どうした、伴。きみらしくないな」
えっ、と飛雄馬の発言に驚き、目を見開いた伴は首に回された腕に体重をかけられ、耐え切れず前屈みに倒れた。不可抗力ながら組み敷くことと相成った親友の体を押しつぶさぬよう、慌てて自分の体重を支えるようにして畳に手を着く。
「ばっ、ばか、星。きさま、間に合ったからよかったようなものの、星がわしの体重を支えきれるわけないじゃろう」
「馬鹿はどっちだ、伴。きみひとりくらい支えるのは朝飯前だ」
「そっ、それで、これからどうしろと?」
「なんでもするんだろう、伴よ。いちいち言わせる気か」
「そ、それじゃあ、許してくれるのか?」
「さあ、それはこれからのきみ次第だな」
「…………」
「…………ふっ、」
ぽかん、と思わず呆けた顔を笑われ、伴は顔を真っ赤にしながらも組み敷いた飛雄馬に口付けるべく身を屈める。すると、唇へと貪りついた拍子に鼻息が漏れ出て、伴は再び飛雄馬に笑われることとなった。
くすくす、と笑みを漏らす飛雄馬の首筋に顔を埋め、汗の滲んだ肌に舌を這わせながら伴は跨がっていた体、その両足を開かせた間に身を置く。
両足で体を挟み込まれることになって、必然的に伴は膨れたスラックスを飛雄馬の股に押し付けることになった。密着させた腹の下では同じく勃起した飛雄馬のそれが熱く脈打っている。
「星、頼む。入れたい。パンツの中で出てしまいそうじゃあ」
「それでよく何でもするから許せと言えたな」
「何をしろと言うんじゃ、意地悪め」
「意地悪はどっちだ伴……そんなもの押し付けておいて……欲しいのはこっちも同じだ」
「…………!」
ぴく、と伴の男根の先から滲み出た先走りが下着を濡らす。い、今、星は、な、なんと?
「脱がせてくれ」
「ほ、星?どうしたんじゃ、そんな、らしくないぞい」
「黙って、言うとおりにしろ、伴……」
「う、うむ…………」
一体全体、星はどうしたんじゃ。こんな、こんな積極的にわしを誘うなんて……嬉しいは嬉しいが、後が怖いぞい……。
伴は言われるがままに飛雄馬の腰からスラックスを剥ぎ、その両足から下着もろともを抜き取ると、彼の腿をそろりと撫でる。
「っ、く……」
声とともに体を震わせ、目を閉じた飛雄馬の唇に伴はそっと口付けると己もまた、スラックスの前をはだけ、取り出した男根の先から滲む液体を指で掬った。
そうして体液を纏わせた指をおもむろに飛雄馬の尻になすりつけ、入口を指先で軽くほぐしてやる。
「う……、あ、っ」
その間にもとろとろと伴の男根は先走りを垂らし続け、畳の上へとひとつ、ふたつとそれは滴り落ちる。
飛雄馬の中にまずは指を一本、飲み込ませてから僅かに関節を曲げ、指先の感覚を頼りに前立腺の位置を探った。すると、飛雄馬の反り返った男根からもすうっと先走りが伝わり、彼の薄い腹の上へと落ちる。
飛雄馬の入口を開くべく指を抜き差ししながら伴は二本目の指を挿入しようとして、もういいの声に手を止めた。
「…………」
「伴、来てくれ。きみの指で達してしまうのはもったいないからな……」
やめろ、と、そう受け取りかけた伴だが、飛雄馬の誘いにごくりと喉を鳴らすと、腰の位置を調整し、彼の尻へと己の男根をあてがう。
そうして、ゆっくり、腰を押し進めながら、飛雄馬の体の両脇へとそれぞれ左右に手を着く。
「っ、星……きついぞい。大丈夫か」
「い、っ、今更、やめられるか?」
「…………」
口では気遣いつつ、一息に根元までを埋め込むと伴は飛雄馬の腹の中が自分に馴染むのを待つ。
ふと、下を見下ろせば、顔を上気させた親友と視線が絡んで、伴はぎこちなく笑んだ。
「伴、好きに動くといい。おれの体のことは気にせず」
「はっ?」
「何でもする、と、言っただろう」
「でっ、でもそれは、星に負担が……」
「いらんことを考えるな、っ、ん……」
「…………」
腰を引き、伴は飛雄馬の中に己を打ち込むと、喉を晒し、背中を反らした彼の体内をおそるおそる犯していく。初めは目を閉じ、ゆるく眉間に皺を刻んでいた飛雄馬だが、伴に勢いがつくにつれ、その表情もより扇情的なものとなる。
「は…………っ、ふ、ぅう、っ……」
「…………」
逃げる腰に体重をかけ、伴は飛雄馬の唇を貪った。
ああっ、と大きく飛雄馬が声を上げると腰を止め、伴は恨めしげにこちらを見上げてくる彼に微笑みかける。先程の余裕など今は微塵も感じられず、ただただこちらの動向に操られるばかりとなった飛雄馬を見つめ、伴は、彼の薄く開いた唇に指を這わせた。
辿々しく口を開け、指を咥えた飛雄馬の舌の柔らかさを堪能しつつ伴は中に出してもよいかと彼に尋ねる。
ついさっきまで主導権を握られていた腹いせ──仕返しと言ってもいい。
普段であれば、中に出すことを嫌がる親友がどう出るか、純粋に興味があったのだ。
「それが、っ、できたら許そうじゃないか、伴…………!」
「うっ!」
「────!」
まさかの言葉に、伴は思わず飛雄馬の中に精を放つ。
どく、どくといつもより強く親友の中で脈動する分身のもたらす快感に打ち震え、伴は大きく息を吐く。
そうして、はたと我に返り、あたふたと取り乱しながら飛雄馬の中から男根を抜き取った。
腹の中からは体液がどろりと掻き出されて、飛雄馬の尻を伝って畳へと落ちる。
「ティッシュ、ティッシュはどこじゃあ!」
「…………」
情けない格好で辺りを見回して、ようやく目についたティッシュ箱を伴は手繰り寄せると、まず飛雄馬の尻を拭ってやった。それから己の分身を綺麗に拭くと、急ぎ下着とスラックスの中に仕舞い込んだ。
畳の上に寝転んだまま、飛雄馬は伴に背を向けており、その表情は見えない。
「星……その……わし……」
「いや、いい。大丈夫だ……」
飛雄馬がそう言ってくれたことで、伴はほっと胸を撫で下ろすと、もう、絶対すっぽかしたりせんから、と口元でぼそぼそと言い訳がましくぼやく。
「なに、初めから怒ってなどいないさ……ふふ……」
「はっ?え、え?」
わけが分からぬまま、首を傾げる伴は立ち上がると下着を身に着け、スラックスに足を通す飛雄馬を見上げる。
「ゆっくり休めよ、伴」
それだけ言い残すと、部屋を出ていく飛雄馬の姿を目で追いながら、とん、と軽く音を立て閉まった出入口の襖を伴は見つめたまま、立ち上がることもできない。怒ってない、つまり、わしは担がれたのか?
伴は、よ、よかった〜と独り言を間抜けに呟くと、先に部屋を出て行ってしまった飛雄馬の後に続くため、自分もまたスラックスを穿き直すと、部屋の襖を勢いよく開き星〜といつもの調子で親友の名を呼び、その姿を追う。
そこから改めて、ラーメンでも食いに行くか、と屋敷の外へ出て、ふたりで久しぶりに他愛もない話を交わしながら夜の街を連れ立ち、歩くのだった。