訪問
訪問 明子ならさっき急用ができたと出て行ったよ、と玄関から顔を出した花形に言われ、飛雄馬は無言のまま固まった。
親父も珍しく来てくれるから、夕飯を一緒に食べましょう、と、ねえちゃんが話を持ちかけてきたからこそ、外出許可まで貰ってここを訪ねてきたと言うのに。
「…………」
「入りたまえ。じき、お義父さんも来る。なに、そう緊張することもないだろう」
飛雄馬はニコッと笑んだ花形から視線を逸らし、左右に数回目線を泳がせてから、お邪魔しますと扉をくぐった。
こんな派手な家、いつ来ても落ち着かないな、と飛雄馬は用意されていたスリッパを履き、先を行く花形の後を追う。
丁寧にワックスがけされたフローリングの床はまるで鏡のように自分の顔を映すし、壁にはどこか著名な画家の絵は飾ってあるし、おまけに高そうな壺まで置いてあるしで歩くのにも躊躇してしまう。
花形は必要なら持っていきたまえと笑うが、どうにも趣味ではないし、ねえちゃんも花形家に嫁いで何だか少し変わってしまったようにも思う──と飛雄馬は花形に促されるまま、これまた天井から大きなシャンデリアの下がる客間へと案内され、ソファーに腰を下ろした。
このソファーも大した代物で、座るとやけにふわふわとしていて何だか収まりが悪い。
テーブルの下に敷かれたカーペットも値段が張りそうで足蹴にして良いものかとも飛雄馬は思ってしまう。
「シャンパンでも飲むかい。ああ、いや、きみは──お酒は飲まなかったね」
「……そう、ですね。おれは飲まんが、花形さんが遠慮することはない」
「そうか、悪いね」
フフッと花形は笑みを漏らしてから、テーブルの上に置かれていたベルを手に取り、それを数回振った。
するとその音を聞きつけた屋敷のお手伝いが御用を聞きにやって来るので、彼女に酒の用意をさせる──と言うわけだ。
自分で飲むものくらい、自分で用意したらいいのに、と飛雄馬は思うが、これが生粋の金持ちと長屋育ちの自分との違いかとも思うし、他人の家のことをとやかく言うのも変な話だしと黙ってその様子を眺めている。
それにしても、早く親父でもいい、ねえちゃんでもいい、帰ってきてくれないかと飛雄馬は客間の壁にかかる時計を仰ぎ、扉の閉められている部屋の出入り口に視線を遣る。
この広い屋敷も言うに及ばずだが、何より花形満という男と同じ空間にふたりでいるということ自体、息が詰まりそうだった。
出会いはもう20年近く前になるか。
あの橋の上での邂逅からまさか義理の兄にまでなってしまうとは。
互いにマウンドとバッターボックス、およそ17mの距離で睨み合い、火花を散らしあった相手。あの何を考えているのか分からぬ笑みに翻弄されたことも一度や二度ではなかったし、決め球を見事打たれ、その場にガックリと膝をつきしばらく立ち上がれなかったことだってある。
ユニフォームを脱いだあとも勝負のことを実生活に持ち込むのはどうかとも思うが、どうにも割り切れず、飛雄馬は花形に話を振られても当たり障りのないことしか言えないままでいた。
その内、封を切っていない冷えたシャンパンのボトルとグラスをふたつ盆に乗せた先程の女性がやって来て、テーブルの上にそれを置くと、しずしずと部屋を出て行く。
しん、と部屋が静寂に包まれる。
「一杯くらい、どうだ。これはあまり度数も強くない」
「……いえ、結構です」
やれやれ、とばかりに花形は首を左右に振って、シャンパンの栓を開けるとグラスにゆっくりと注いだ。炭酸特有の泡が上る音が響いて、グラスの中が薄い黄色に満たされる。
それを花形は口に含み、微かに喉を上下させた。
「だいぶ、右にも慣れたかね」
「…………」
飛雄馬は答えない。
「右投げの飛雄馬くんと、ぼくも戦ってみたいものだ。今のぼくに、きみの球が果たして打てるだろうか」
「………花形さんなら、いえ、こういうのも変な話だが、あなたほどの打者なら今プロとして返り咲いても3割、いや、4割は固いだろう」
「ぼくはきみの話をしている。他の投手の話など聞いていない」
「…………そんなの、やってみないとわかりませんよ」
花形を睨むようにして見据えつつ、飛雄馬は言葉を紡ぐ。だからこの男は苦手なのだ。
人の神経を逆撫でするような言葉をさらりと吐く。
「………フフ、実に飛雄馬くんらしい台詞だ。他意はない。気を悪くさせてしまったのなら謝る」
二杯目をグラスに注ぎながら、花形は声を上げ笑う。アルコールが回っているのかやけに上機嫌だ。
「遅いな、ねえちゃんも親父も」
「………きみも何か飲むといい。オレンジジュースか、コーラか」
「………」
またあの調子でお手伝いさんを呼ぶのかと思うと何とも申し訳ないような気がして、飛雄馬は結構ですと首を横に振る。
そうか、と花形は2杯目も軽快に喉奥に流し込んで、3杯目をグラスへと注ぐ。
と、再びやけに針の進みが遅い時計を仰いでいた飛雄馬の腿を花形が撫でたかと思うと、やおら肩に腕を回してきた。
「…………!?」
何事か、と時計から目線を外し、距離を詰めてきた花形の顔を飛雄馬は見つめる。
瞬きもせず花形は飛雄馬の瞳を見据えたまま、ぽかんと呆けている彼の頬へと口付けて、その髪を優しく撫でた。
何をするんだ、と、この行為の意味を尋ねようと開いた飛雄馬の唇に花形は再び唇を寄せ、躊躇うことなく彼の口内へ舌を挿入する。
「ふ………っ、」
身を引き、逃げる飛雄馬の頬に手を添え、花形は再び唇を押し当てた。
拒むように口を閉じられた唇に吸い付いて、花形は飛雄馬の頬に添わせた手、その指先で彼の耳をくすぐる。
すると、飛雄馬が鼻がかった声を上げ、口を開いたために花形はまた、舌を滑り込ませると彼の上顎を舌先で撫でた。
「や、め………ン、んっ」
花形の押す勢いのまま飛雄馬は後ろに倒れ込み、ソファーの座面の上に背をつく形となって、その上に花形が覆いかぶさった。
飛雄馬は唾液に濡れた唇を擦り合わせつつ、目の前の男を潤んだ瞳で見上げる。
飛雄馬くん、と花形は熱っぽい声で飛雄馬を呼び、ネクタイを緩めてから赤く火照った組み敷く彼の頬を撫でる。
そのまま親指を飛雄馬の僅かに開いた上下の唇に触れさせれば、彼はそっと口を開け花形の指を咥えた。
「…………」
柔らかな舌が花形の指を包んで、舐め上げる。
と、花形は彼の上顎を指の腹でくすぐって、頬の粘膜を撫でてやる。
飛雄馬は眉をひそめつつも抵抗するでもなく、花形の与えてくる愛撫に身を委ね、奥歯を撫でる指の感覚にうち震えた。
「っ、う………」
フフッ、と花形は微かに笑みを漏らして、飛雄馬の奥歯から前歯をなぞるようにして指を滑らせると、彼の口からそれを抜く。
すると、つうっと花形の指と飛雄馬の口とが唾液の糸を引いた。
飛雄馬がハッとなって口元に手を遣り、恥ずかしさゆえに目を閉じると涙が目尻を滑り、こめかみを濡らした。
と、飛雄馬は花形が自分の穿いているスラックスのファスナーを下げる音で目を開ける。
「花形っ………いった、い、あなたは、何を」
「そろそろ、明子も帰ってくるだろう」
言いつつ、花形は飛雄馬の右手を掴むと、あろうことかたった今しがた開けたファスナーの位置に手を触れさせた。
そこは先程の口付けと口内を弄られたことによって膨らんでおり、下着とスラックスを持ち上げている。
ぴくっ、と飛雄馬は体を震わせ、声を上げた。
「飛雄馬くんもこのままだと辛いだろうと思ってね。明子たちが来る前に自分で出してしまうといい」
花形は飛雄馬の手を握ったまま、彼の股間を彼自身の右手によってそろそろと撫でさせる。
「あ、ァ…………っ」
「ほら、堪らんのだろう。出してすっきりしたまえ」
飛雄馬は顔を上げ、花形の促すままにスラックスのボタンを外すと下着の中から完全に勃起した男根を取り出す。
最早、飛雄馬は花形のペースに完全に飲まれてしまっている。天を衝くほどに立ち上がった飛雄馬の逸物の尿道口には先走りがぷくりと顔を出していた。
「はぁっ、う………っく、」
自身の怒張に飛雄馬は手を添え、一番敏感である亀頭部位を指で刺激する。
先から溢れた先走りが飛雄馬の指や亀頭を濡らし、乾いたそれを弄るよりさらに強い快楽を彼に与えた。
その様を花形は何を言うでもなく、ただ、じっと見ている。飛雄馬は自身の男根を握ると、亀頭と陰茎を繋ぐ包皮の繋ぎ目を先走りに濡れた手でしごいていく。そのたびにとろとろと先走りは溢れ、陰茎を濡れ光らせる。
「ん、ん………」
先走りのお陰でくちゅくちゅと手を滑らせるたびに音が鳴り、えも言われぬ快感が飛雄馬の背筋を駆け上って脳を蕩けさせた。
「…………」
ふと、自慰に耽り、腰を揺らす飛雄馬の体の脇に花形は手をつくと彼の額へと口付ける。
そうして、花形は一瞬手を止めた飛雄馬の足を開かせ、その間に体を置くと男根を握るや否や、それをしごき始めた。
自分で弄っていたときよりもさらに強い快感が全身に走って、飛雄馬は体を仰け反らせる。
「うあ、あっ、い………」
「出してくれて構わんよ、飛雄馬くん」
「いっ、ん……う、ぅっ」
仰け反った飛雄馬の顎先に花形は口付けると射精を促すように刺激を与える箇所を亀頭へと絞り込む。
「は、ぁ、あ………あっ」
自身の逸物を嬲る花形の腕、そのスーツを握り込んで飛雄馬はビクンと体を跳ねさせると尿道口から精液を放出させた。
とくん、とくんと脈動に合わせ白濁を吐き、飛雄馬は自身の腹を己の体液で濡らす。
「満足したかね」
「…………」
他人事のようにそう言って、涙を拭うように頬を撫でてくる花形を飛雄馬は見上げて、体液の乗った白い腹を上下させる。
「まだ、大丈夫そうだな」
言うなり、花形は飛雄馬の着ているシャツの裾を掴むとそのまま捲り上げる。
「あ、っ!?」
驚いた飛雄馬のことなど気にも留めず、花形は彼の腹から胸にかけてを露出させるとふいに身を屈め、彼の胸へと吸い付き、やや膨らんでいた突起を指で押し潰す。
と、それは花形の指を押し返すように立ち上がっきたために、彼は乳首を抓んで指の腹同士で擦り合わせた。
「ひ、ぁ………!」
その刺激が再び飛雄馬の男根を反応させる。
加え、臍の奥、腹の中が疼いて飛雄馬ははあっ、と熱い吐息を漏らす。
花形は飛雄馬の汗ばんだ肌に舌を這わせ、唇で跡を付けながら空いた手で彼のスラックスと下着を脱がせていく。
「い、やだ………はながた、やめ……」
「やめたら困るのはきみだろう」
涙の浮いた飛雄馬の目尻に口付けて、花形は彼の開かせた足の中心へと手を遣る。
刺激に慣らすようにそこを指で刺激してから花形は彼の中へと指を飲み込ませた。
「あ、っぐ………」
ちゅうっと花形は飛雄馬の乳首に吸い付いて、それを舌先で撫でつつ彼の腹の中を弄る。
段々とそこも解れ、2本目の指を受け入れるまでになった。
しかして花形は指を抜こうとはせず、組み敷く彼が探ると一際声を上げる箇所を執拗に責めた。
「そ、れ………っ、やめ、っ」
「ここがいいかい?」
尋ねると飛雄馬は首を振る。
嘘が下手だねきみは、と花形は苦笑し、指を曲げそこを中から押し上げた。
ああっ!と飛雄馬は悲鳴にも似た嬌声を上げて背中を反らす。指の腹で花形はその箇所を撫でて、顔を背けた飛雄馬の耳へと唇を寄せる。
その耳の形に沿って舌を滑らせれば飛雄馬は体をひくひくと戦慄かせた。
「飛雄馬くん、そろそろ、いいかね」
花形は指を抜き、体を起こすと、一度膝立ちになってベルトを緩める。
「やっ………やめろ、花形、っ、おねがい」
「…………」
前をはだけ、花形は飛雄馬のそばににじり寄った。飛雄馬は今にも泣き出しそうな、そんな顔をして花形を仰ぎ見る。
「はながた、さ……」
「観念したまえ、飛雄馬くん。ここまで来てやめろというのは無理な相談だ。それに」
飛雄馬の腰の下にクッションをひとつ、入れてやってから花形は彼の尻へと自分の逸物を充てがうと、ゆっくりそれを彼の中へと埋めていく。
「っ、く………う、ぅっ」
「きみだって待ち侘びただろう。切なそうに腰を揺らして」
飛雄馬のそれぞれの腿を掴んで、花形は己の腰を押し付けた。飛雄馬の体の中を花形が押し広げ、突き進んでくる。
飛雄馬の全身が熱くなって、頭が真っ白になる。歯を食い縛り、飛雄馬はその感覚に耐えた。革張りのソファーは汗を吸わず、背中がじっとりと湿る。
花形は根元までを飛雄馬に埋めてから、ピタリとそこで動きを止めた。
「…………っ」
何故、と言わんばかりの視線を飛雄馬は花形へと投げ、口元に遣っていた手で拳を握る。
花形はぐっと飛雄馬に腰を押し付けてから彼の足から手を離し、再びその体の脇へと手をつく。花形の体重分、ソファーの座面が沈む。
「どう、動いてほしい?飛雄馬くんの言うとおりにしてあげよう」
「ど、っ、うも、こうも………はやく、ぬいて……だれか、来、っ」
「………」
花形は腰を引き、飛雄馬から男根を半ば抜くと再びそれを突き入れる。
「は、っ………ン、」
やっと花形の形に馴染んだ腹の中を彼の反り返った男根が掻いて、飛雄馬は素直に反応を返した。
「言わないと、それこそ誰か来てしまうことになる」
「困るのは、おれだけじゃ、なく、っ」
腰をそろそろと花形は動かし、飛雄馬の粘膜を撫でる。
「飛雄馬くん、どこがいい?どうしてほしい?」
「や、だ………だれがっ、言うか」
半ば抜いた逸物を花形は一気に飛雄馬の中へと突き込む。花形自身が中を奥深くを抉って、飛雄馬は吐息混じりに声を漏らす。
中をそろそろと触られるより、奥を突かれ、前立腺を撫でられる方がずっといいに決まっている。それでも、飛雄馬は体の中に埋められた花形を締め付け、蕩けた顔を彼へと向ける。
フフッ、と花形は微笑んで緩く腰を使う。
「はっ、あ、ぁっ………っ、」
開きっぱなしの口から唾液を顎に滴らせつつ、飛雄馬はそれを拭うこともなく喘ぐ。
と、花形は飛雄馬の唇に顔を寄せ、小さくそれを啄んだ。
「や、らっ………くちは、いや、だ」
顔を振り、拒む飛雄馬の膝を曲げさせ、体を押し付けるようにしながら花形は更に奥深く自身を打ち込むと鋭く腰を使い始めた。
「だめ、きつ………っ、ふ、あ、ッ」
指などとは到底比べ物にならない質量が飛雄馬の腹の中を満たし、抉ってくる。
花形のものが行き来し、粘膜を撫でるたびに飛雄馬は彼の腕に縋って、ただただ与えられる快楽に喘いだ。
「ひっ、う………ゆるして、も、っ……くるし……」
ギシギシとソファーを揺らしながら花形は身を屈め、飛雄馬に口付ける。
「口を開けて、飛雄馬くん」
「ふ……ぅ、」
花形の言ったとおりに飛雄馬は口を開け、彼を受け入れる。互いの舌を絡ませて、唾液を飲み込んで、花形は出すよ、と小さな声で囁く。
「なかはっ、勘弁して………花形、っ」
「…………っ、う」
ギリギリのところで花形は逸物を抜き、飛雄馬の腹の上に撒いた。
はーっ、はあっ、と荒い呼吸を繰り返しつつ飛雄馬は全身を痙攣させたまま、ソファーに横たわる。花形は後処理を済ませ、衣服の乱れを直してから炭酸の完全に抜けきったシャンパンを口に含んだ。
「はあっ、っ………」
そうして、やっとのことで体を起こした飛雄馬に口付け、花形はシャンパンを彼の口内へと流し込んでやる。ごくん、と飛雄馬の喉が鳴って、彼はゆるゆると目を開けた。
瞬間、来客を告げるチャイムが鳴り、飛雄馬は慌てて衣服を直そうとするが、花形は落ち着いたら来たまえ、ダイニングで待っていると言うなり廊下に出て行ってしまった。
扉の外ではどうやら明子が帰宅したらしく、何やら騒がしい。飛雄馬はここで食事をするわけじゃなかったのか、と安堵し、とりあえず汚れた腹を拭い下着を穿いてからどっとソファーに体を横たえる。
全身が気怠い。あんなに焦らされ、喘がされたのだから無理もないといえばそうだろう。
まだシャンパンにアルコールが少し残っていたか、はたまた疲れからか飛雄馬は眠気を覚え、うとうとと微睡む。
ああ、下着のままだ、とか、誰か来たら、なんてことも一瞬、飛雄馬の頭をよぎったが、彼はそのまま寝入ってしまう。
すう、っと飛雄馬が寝息を立て始めてから10分もせぬうちに、花形が戻ってきて、おや、と目を見張る。
しばらく、眠らせておいてやろうと花形は自分を呼ぶ明子に今行くと返事をしながら、空調を調節し、着ているジャケットを脱いで彼の体にかけてやった。
それから、飛雄馬の前髪を掻き上げ、額に口付けてから彼を起こさぬよう花形はそっと部屋を出て、扉をゆっくりと閉めた。