日雇い
日雇い 雇い主がよお、サングラスをかけた若いあんちゃんにってさ、ここに来てくれだとよ、と日雇いの手配師から渡された1枚のメモ紙。
記された場所、筆跡共に心当たりはなく、飛雄馬はわざわざ場所を指定してまでおれ個人にやらせる日雇いの仕事とは一体?と疑問を抱きつつも、ひとりその場に出向くことにした。
この道を真っ直ぐに行き、角を曲がったところでとメモに記された道順を行き、丸で囲まれた場所──いわゆる連れ込み宿──の前で飛雄馬は立ち止まる。
えっ!?とまさかの事態に背後を振り返り、目印の八百屋からの道を指で辿りつつ、メモの道順と見比べたがやはり間違いないようで、飛雄馬はサングラスの濃い紺色越しに比較的新しめの連れ込み宿を仰ぎ見た。
こんなところで、日雇いの仕事を?
外観から察するに、まだ内部は出来上がっていないということか?
飛雄馬は辺りを2、3見渡してから人がいないことを確認すると中に足を踏み入れた。
すると予想に反して、中もしっかりと出来上がっており、何やら入ってすぐの受付らしきところから話は聞いてますからどうぞ奥へと女性の声でそう言われ、飛雄馬はかぶっているYGマークの帽子を一旦脱ぐと額の汗を拭いてから奥へと踏み込む。
連れ込み宿など、噂には聞いたことがあっても足を踏み入れることはおろか見るのも初めてで、飛雄馬は変に緊張してしまっている。
もしかすると内装の手伝いをしてくれ、とそういうことなのかもしれん、と似たような戸のいくつか続く廊下を行くと、その奥から「飛雄馬くん」と呼ぶ声があって、飛雄馬は心臓をぎゅうっと握り潰されたような感覚を抱く。
「……………!」
「来たまえ。話がしたい」
続けざまにかけられた声に飛雄馬の顔から血の気が引いた。
肌がひりつき、声が出せない。
「花形、っ、」
「奥の部屋だ。開けて入ってくるといい。ノックはいらない」
「う、ぅっ」
喉から振り絞るように声を上げ、踵を返した飛雄馬を花形が制する。
「なぜ、ぼくがきみの居場所を突き止めたか。それだけでも聞く価値はあると思うがね」
「………………」
目を閉じ、飛雄馬は大きく深呼吸をすると目を開けてから花形がいると言った奥の部屋、その襖を勢い良く開いた。
すると朝というのに部屋の中はやたらに薄暗く、出入り口を入ってすぐのところは靴が脱げるように一段低くなっており、その上は畳敷きの体を取り、少し奥に進んだところに既に布団が2組、並べて敷いてあった。
申し訳程度に部屋の隅に置かれたテレビは何も映しておらず、その前にある小さな座卓の上には灰皿とマッチ、それにティッシュの箱が並べて置いてある。
広さにしておおよそ6畳程度。
花形はその、布団が敷かれていない畳の上、座卓のそばに座り煙草を口に咥えている最中であった。
「よく引き返さなかったね、フフ。飛雄馬くんらしい」
「…………長居するつもりはない。何故おれのことを知っているかだけ教えてくれたらいい」
「まあ、そう焦ることもないだろう。ゆっくりしたまえ。毎日日雇いの仕事で疲れているだろう」
備品らしきマッチを擦り、煙草の先に火を付け花形は煙を肺に入れるがごとく深く吸い込むと、口からふうと息を吐いた。
「あなたに心配されるほどでもない」
「心配?明子も、伴くんも父上も皆心配しているぞ。星飛雄馬は今頃どこで何をしているのだろうか、とね」
「それで、なぜおれの居場所をあなたが知っている?」
「靴を脱いでそばに来たまえ。なに、取って食おうと言うわけじゃない」
「………………」
飛雄馬は靴を脱ぐと、一段上がり、真新しい畳を踏みしめ、布団を踏まぬよう花形のそばに歩み寄る。
「関東近郊で草野球の代打を3万で引き受ける男の姿形がきみに似ている、と興信所から連絡があってね。まさかきみが代打を。それに3万などと言う法外な報酬で」
「…………」
花形の近くに腰を下ろし、飛雄馬は口を噤む。
「金がいるというのならぼくの会社でしかるべき地位に就いてくれたらいい。家がないというのならぼくの家に住むといい。これはぼく個人の意見ではない。明子だって同じだ」
「……今更、そんな間柄でもないだろう」
フフ、と飛雄馬はその提案を鼻で笑い、それだけなら帰らせてもらう、とばかりに立ち上がりかけたところを花形に腕を取られ、そのまま布団の上にどっと肩から倒れ込んだ。
それは痛めた左腕を体の下に敷くような体勢で、飛雄馬は思わず痛みに呻き、顔をしかめる。
「そんな間柄、とは冷たいものだ。きみも、ぼくと明子が結婚したとこはもちろん知っているだろう。身内の心配をしない人間が、どこにいる」
煙草を指に挟んだまま、花形は飛雄馬の両手首を布団の上に押し付ける格好を取り、そんな言葉を投げかけてきた。
「…………花形さんが、そう言うのも世間体を気にしてのことだろう。花形コンツェルン、と言ったか。そんな由緒正しい家系の、っ、身内におれのような人間がいるのは……」
「…………」
花形は何か言いたげに口を開いたが、すぐに唇を引き結ぶと飛雄馬から離れ煙草を咥える。
痛む左腕を撫で、飛雄馬は体を起こすと、話はそれで終わりか?と尋ねた。
「いいや、まだだ。来たからには仕事をしてもらいたい」
「仕事……?」
それは願ってもないことだ、とばかりに飛雄馬は花形に組み敷かれた際に布団の上に落ちた帽子を取り、かぶり直すと先の言葉を待つ。
「きみを抱かせてほしい」
花形の嗜む煙草の煙がゆらゆらとその指の先から揺らめく。
「な、にを、言い出すかと……思えば、そんな、こと」
「不満かね。金か、場所か。それともぼく自身」
「不満も、何も、おかしいだろう。なぜそんな冗談を?抱かせてほしい、だなんて」
「冗談に聞こえたかね。わざわざ日雇いの手配師に飛雄馬くんに渡すようにとメモを渡し、ここまで追い込んだぼくの行動が、きみの目にはそう映るのか」
煙草を唇に挟んだまま、花形はまくし立てる。
「そんな冗談、で、なければ、なぜ」
「…………」
花形は煙草を口から離し、灰皿の窪みにそれを置くと飛雄馬の手を掴むや否やその体を抱き寄せ、つんのめるような形で膝立ちになった彼の背に腕を回す。
「…………?!」
ビクッ、と飛雄馬の体があまりの驚きに跳ね上がった。
花形にこうして抱かれたのは初めてではない。
あれは、甲子園、決勝の──割れた爪のことが、花形にバレたとき──。
「飛雄馬くん………」
囁いて、花形は抱く飛雄馬の背中を掌でそうっと撫で下ろし、その尻の丸みに手を這わせた。
くすぐったいような、妙なピリピリとした感覚が背筋に走って、飛雄馬は体を後ろに反らした。
そのまま、飛雄馬の体は再び花形の体の下に組み敷かれる格好を取り、弾みで帽子が布団の上へと落ちた。
真新しい布団の匂いが鼻をくすぐり、花形がたった今まで嗜んでいた煙草の香りが近くを漂っている。
口付けようと顔を近付けてきた花形から飛雄馬は顔を逸らし、ズレたサングラスを定位置へと指で押し上げた。
「…………」
花形はそれ以上深追いすることなく、飛雄馬の腹に手を遣るとスラックスの中からシャツの裾を引き出し、腹を指先で撫でるようにしてそれをずり上げつつ胸へと指を滑らせていく。
花形の指が肌の上を撫でるたびに、飛雄馬は小さく体をしならせ、微かな呻き声を漏らす。
「ずいぶん、感度がいいね……」
「あ、う、ぅっ」
耳元で囁いて、花形は指先が触れた飛雄馬の胸の突起を指の腹でくりくりと弄った。
するとそれは花形の指の刺激を受け、ぷくりと膨らみ、固く立ち上がる。
花形は突起を親指と人差し指とで抓み上げると、指の腹を使いそれを押し潰す。
「っ、ん、んっ」
飛雄馬の反応を伺いつつ、花形は組み敷く彼の首筋に淡く口付けながら、時折熱い吐息を漏らした。
その熱の篭った呼吸と、花形が与えてくる愛撫の刺激がぞくぞくっ、と飛雄馬の股間に響いて次第にその下腹部も大きく前へと張り出してきていた。
「フフ……もう抵抗する気もなくしたのかね」
ちゅっ、ちゅっと首筋を下り、鎖骨から胸にかけて口付けていた花形だったが、ふいに指で弄る方とは逆の飛雄馬の胸へと吸い付き、その突起を強く吸い上げた。
「あ、っ………!!あ、あ、っ」
口内で固くしこる突起に歯を立てたかと思うと、花形は舌の腹で優しくそこを舐め上げ、軽く吸い付く。
びく、びく、と与えられる愛撫に身を震わせ、声を上げる飛雄馬のスラックス、そのファスナーを下げると、花形は中に手を入れ、染みのついた下着の上から男根をさする。
「いっ、っ……ん」
ほんの少し花形が下着を下げおろしてやると、はだけた前からは飛雄馬の小ぶりの男根が弾かれたようにして顔を出し、とろりと先から先走りを垂らした。
「ここは、どこかで経験済かい?」
飛雄馬の乳首を舌先で嬲りつつ、花形は彼の臍下にある男根に手を這わせるとゆっくりと上下にそれをしごき始める。
花形の手がぬる、ぬると上下に行き来するたびに飛雄馬の鈴口からとめどなく先走りが溢れ、握る手指をとろとろと濡らした。
と、花形は飛雄馬が達する間もないまま、そこから手を離すとそのままスラックスのベルトを緩めにかかり、跨いだ足からスラックスと下着とを剥ぎ取りにかかる。
「…………っ、」
「膝を立てて。ほら、こっちはまだだろう」
「こっ、ち……?」
愛撫を受け、全身を戦慄かせつつも膝を立てた飛雄馬の尻の中心に花形は先走りで濡れた指を潜り込ませる。
「まずは1本目……」
ゆっくりと奥へと指を進めてから、花形は中を慣らすために内壁をゆるゆるとさすった。
花形が指を動かすたびに飛雄馬は身を震わせ、背中を逸らしそれから逃げようとするのを2本目の指が追う。
「あ、ぁっ、そ、こ…………っ」
花形の指が腹の中を探るたびに嬲られていた乳首が疼き、腰が反る。
飛雄馬は立てた膝、その先にある足の指で身を置く布団のシーツを掻き、膝を揺らす。
「この奥、触ってほしい?」
「う、っ、………」
中指の関節を曲げ、腹側の一部分を撫でつつ花形が口を開いた。
花形の指がそこを行き来するたびにもどかしさと切なさがじわじわと腹の奥に広がる。
もっと、奥に来てほしい、だなんて、この男、花形に言わされているだけだ。
花形の金なんて、仕事なんて誰が好きこのんでやるものか。
「もうちょっと、ほら、もうちょっとだろう?腰が動いている」
「はぅ………う、ぅ」
そんなことはない。
やめてくれた方がどれほど都合がいいか。
欲しくない。
そんなもの、花形なんて、おれを弄んでいるだけに違いないんだ。
「そろそろ、外してくれてもいいだろう。きみの顔が見たい」
「い、やだっ………誰が、見せるか」
サングラスを外そうとしてくる花形の手を跳ね除け、飛雄馬は、はあっ、はあっと荒い呼吸を繰り返しつつ、腹の内側を弄られるたびに勃起したままの男根から先走りを垂らす。
「楽になった方がいいと思うが、フフ……焦らされるのが好きかい、飛雄馬くんは」
「あ、っ……きもち、いっ……」
ぶるっ、と身を震わせ、飛雄馬は背を反らす。
すると、僅かに花形の指がそこから外れ、飛雄馬は顔を上げると目の前の男の顔を睨んだ。
「きみは何をしに来た?仕事だろう?ぼくにされるがままでひとり気持ち良くなって、尚且つお金まで貰おうと言うのか」
「…………こ、のっ」
かあっと飛雄馬の頬が花形に煽られ、真っ赤に染まる。
花形は飛雄馬から指を抜くと、きみがいいようにしたらいい、ともう一方の布団の上に腰を下ろし、ネクタイを緩めると、スラックスのベルトを外した。
「こんなこと、して、何が、楽しい……?」
仰向けに横たわった花形の腰の上に、上半身のみシャツを身につけた飛雄馬は跨り、彼にそう、尋ねる。
「そんなことを考える余裕が出てきたかい?」
飛雄馬の手を取り、花形は取り出した己の完全に勃起している男根を触らせると、その形を彼の手指へと教え込むように亀頭からカリ首、そうして根元へと滑らせてやった。
「あ、あ、っ」
「ぼくは仕事できみを呼んだんだ。勘違いしないでくれたまえよ」
「花形さん、こそ………っ」
花形の男根に手を添え、飛雄馬は膝を曲げ、足の裏を布団の上につけるようにして彼の上に跨ると自分の尻へとそれを当てがう。
体重をゆっくりとかけ、花形を飛雄馬は体の中に取り込んでいく。
指が触れていた箇所を花形の男根が撫でて、擦り上げて、奥を犯していく。
かく、かく、と飛雄馬の腰は揺れ、その口からは唾液が垂れ落ちた。
「っふ、ぅ…………っ、こ、んなの、」
「まださっきの位置までは、来ていないね」
言うと花形は布団の上に投げ出していた足を己の方へ引き寄せ、膝を立てると腰を突き上げ、飛雄馬の中へと自身を打ち込む。
「あっ!あ、───!」
背中を丸めるようにして自分のペースで花形を飲み込んでいた飛雄馬を突然、一気に脳天まで突き上げるような激しい快感が襲って彼は俯けていた顔を上げると大きな声を口から発した。
きゅん、きゅんと花形を幾度となく締め上げ、飛雄馬は全身を強張らせ、ひとり絶頂を迎える。
「飛雄馬くん、ほら、動いてごらんよ」
「ひ、っ………ん、」
余韻も覚めやらぬまま、花形にそう言われ、飛雄馬は彼の腹の上に両手を置くとゆっくりと腰を上下させた。
その度、達して敏感になった場所を花形のカリ首が幾度も掻いては撫でるために、飛雄馬ははしたなく声を上げる。
腰を揺らすたびに小さな快感の波が全身の隅々まで行き渡って、飛雄馬の弄られ、尖った乳首も痛いほどに立ち上がったままだ。
着ているシャツは汗でべったりと肌に貼り付き、その白い腹は快楽に酔いしれ、小さく震えている。
「は、あっ…………はっ、ん、ん」
「貪欲だね、飛雄馬くんは。達しながらも腰が揺れているよ。もう今ので何回目になるかね」
花形は笑み混じりにそう言うと、肘を使い、自分の上体を起こしてから飛雄馬の足を膝が布団につくように導いてやる。
そうして、互いに座ったまま向き合うような形を取って、なんの前触れもなく飛雄馬の乳首をつねった。
「いっ、…………あ!!っ、ん」
きゅうっ、とその刺激で更に飛雄馬は花形を締め付け、またしても達したらしく全身をびく、びく、と震わせた。
はーっ、と長い吐息を漏らし、飛雄馬の口からとろっと糸を引いた唾液を舌で舐め取りつつ花形は彼の顔からサングラスを外すとそこで初めて唇に口付けた。
汗に濡れた背中を抱き締め、花形はゆっくり飛雄馬の体を突き上げにかかる。
あっ!と喘いだ飛雄馬の髪に指を絡めて、口付けを与えつつ花形は腰を回す。
ちゅっ、と軽く唇を啄んでやってから、開いた口内へと舌を滑り込ませる。
ここに来てからもうどれくらいの時間が経ったか。
花形も着ているジャケットを布団の上に投げ捨て、ただひたすらに飛雄馬に欲をぶつけた。
いつの間にか花形に組み敷かれ、飛雄馬が背にしていた布団は汗を吸い、じっとりと湿っている。
「だめっ、だめだ………へんになる、へん、花形っ」
「………」
汗に濡れた髪を後ろに掻き上げ、花形は仰け反った飛雄馬の顎先を小さく啄む。
花形の着ているシャツとて汗で貼り付き、その体の線がはっきりと透けて見えている。
飛雄馬の中に最早何度目になるのか分からぬ欲を注いで、花形はようやく彼を解放してやった。
飛雄馬から男根を引き抜く際、掻き出された精液があふれ、布団にとろりと溢れた。
「……………」
花形はネクタイを襟元から抜き取り、シャツのボタンを開けるとそこでようやく一息ついて部屋に備えてある小さな冷蔵庫の戸を開けた。
中には缶ビールがふたつ、冷えており、花形はそれを取り出すとプルを上げ、飲み口に口を付ける。
熱の篭った肌にビールの炭酸とその冷たい喉越しが心地よく、花形は再び額の汗を手で拭うと、座卓の上、その灰皿の窪みで吸口まで燃え消えてしまった煙草を弾き落とすと、新しい1本を咥えた。
「…………はぁ、っ、ふぅ」
ごろり、と飛雄馬は仰向けの格好から横を向くと、そのまま寝息を立て始める。
花形は起きてくるだろうか、とその始終を見守っていたが、飛雄馬が寝入ったことを確認すると煙草に火を付けた。
彼が起きる前にここを出よう。
そちらの方が、お互いにとって良い筈だ。
花形は煙草を吸いつつ、缶ビールを喉奥へと流し込む。
手持ち無沙汰気味に声のボリュームをできる限り小さくして電源を入れたテレビには懐かしのプロ野球中継が映し出されており、在りし日の星飛雄馬の姿がそこにはあって、花形はツンと込み上げた鼻の奥の熱いものを冷たいビールで流し込んだ。