訪問者
訪問者 どうにも寝付けない、と飛雄馬は明子から託された新品のパジャマに身を包んだ格好で、ベッドの上にて今宵、10数回目になる寝返りを打つ。
花形夫婦の屋敷に、伴重工業の伴や大洋の左門、今や超有名漫画家となった牧場と言った旧友たちが招かれ、ささやかな晩餐会が開かれたのがつい、数時間前のこと。
正直、飛雄馬からしてみれば行きたくない気持ちの方が勝ったのだが、伴や左門さんらも顔を出すのならと渋々、花形邸の門を叩いた。
料理はもちろん美味しかったし、皆の笑顔を見ることもできて嬉しかったのだが、どうもこういった団欒には昔から縁がなく、居心地良く楽しかったと言えば嘘になる。
もう今晩は遅いから泊まっていきなさいと言った姉の強い勧めで飛雄馬はシャワーで汗を流したあと、客室の、1人用にしてはだいぶ大きなベッドの上にいた。
伴は明日はどうも外せない用事があると言って帰って行ったし、愛妻家の左門さんは言うまでもなく早々に帰路につき、牧場さんも忙しい連載の合間を縫って来たからと前述のふたりと共に屋敷を出ていった。
やはり、帰るべきであっただろうか。
そうでなくとも、花形の屋敷の布団は高級ゆえか肌に合わず眠れない。
おれには、宿舎の使い古された布団が性に合っている。
飛雄馬が意を決し、勢いをつけ体を起こしたところで出入り口の扉がぎいっ、と不気味な音を立て、開いた。
飛雄馬はドキッ、とまさかの音に体を跳ねさせ、音のした方向に視線を遣る。
すると、そこにはこの屋敷の主──と言うべきか、今や姉の夫であり、自分自身の義理の兄となった花形満の姿があって、飛雄馬は、何だ花形さんか、脅かさないでくれ──と内心、安堵しつつ冗談めいた台詞を口にした。
しかして花形は口を開くことなく、部屋に足を踏み入れると後ろ手で扉を閉め、明かりをつけることもせず飛雄馬のそばへと歩み寄って来る。
「は、花形さん?部屋を間違えてはいないだろうか。ここは花形さんの寝室ではないんだが……」
そう、やんわりと彼のプライドを傷付けぬよう言ったものの、花形は飛雄馬が体を預けているベッドに膝をつき、靴を脱ぐとスプリングを軋ませるようにしてそこに乗り上げてきたではないか。
「…………!」
飛雄馬は瞬きも忘れ、自身の方ににじり寄ってくる花形の顔を見上げる。
と、花形は飛雄馬のベッド上に投げ出した足の上に跨るようにしながら身を屈め、組み敷いた彼の身につけている紺色のパジャマ、その裾から手を差し入れてきた。
強いアルコールの香りが花形から漂い、飛雄馬は唇を強く引き結ぶ。
尚も花形は差し入れた手で飛雄馬の腹を撫で上げ、ゆっくりと彼の羽織るパジャマをたくし上げていく。
「っ、…………」
ぶるっ、と飛雄馬は身を震わせ、花形の指が肌の上をすべる感触に眉間に皺を寄せる。
その感覚にばかり気を取られていた飛雄馬の唇に花形は優しく口付けを与え、そのままベッドの上へと押し倒した。
熱く、アルコールの味をほのかに残す舌が飛雄馬の口内を這いずり回る。
花形の舌や、指が肌の上や口内を滑るたびに肌が粟立ち、かあっとその表面は熱を持ったように火照る。
声を上げてはならない。ねえちゃんと人違いをしている花形さんに、恥をかかせてしまう、と飛雄馬はベッドの上で固く拳を握って吐息ひとつ漏らさぬよう奥歯を噛み締める。
ひとしきり、飛雄馬の唇を堪能したあと、花形は彼の首筋へと顔を埋め、汗の浮いた白く薄い皮膚を淡く吸い上げた。
「───っ〜〜!」
花形が音を立て、首筋を吸うたびに、飛雄馬の肌の表面を甘い痺れが走る。
パジャマの下に今はまだ隠れたままの胸の突起や、下腹部の男の一物がその刺激によって熱を帯び、大きくなり始めている。
花形は飛雄馬の首筋に吸いつきつつ、彼の身につけているパジャマのボタンをひとつずつ外していった。
そうして、現れた胸の突起を指先で転がし、軽く抓み上げる。
「ふっ、ぐ…………うっ」
その強い刺激に飛雄馬の突起は固く尖り、抓まれたそこからは痛みにも似た快感が全身へと走った。
いくら何でも、花形は気付くであろう、と飛雄馬は自身を組み敷く彼の顔を見上げる。
男の胸と、女性のそれは形や大きさからして違うはず、と飛雄馬が目の前の男が離れていってくれることを期待したのも束の間、花形は抓んだ突起をくりくりと捏ね始めた。
「ああっ…………!!」
花形が指を動かすたびに飛雄馬の体はビクビクと跳ね、声を漏らさぬため思わず口元に手を遣る。
と、今度はあろうことか花形は弄っていた側の突起ではなく、もう一方のそれへと口付け、強くその膨らみを吸い上げた。
ビリビリッ、と全身に電気が走ったような感覚が突き抜け、飛雄馬は背中を反らす。
肌には汗が滲み、花形がついさっきまで嬲っていた突起はじくじくと疼く。
「ん、ぅ、うっ………」
臍の下が熱く火照って、飛雄馬は腰をベッドの上で小さく揺らす。
何なんだ、この感覚は。
自分の体は、一体どうなってしまったのだ、と瞳を涙に濡らし、飛雄馬は花形が自分の足の間に膝を入れ、パジャマのズボンの中に手を差し入れようとしているその瞬間を目の当たりにする。
いやだ、やめてくれ、とそう、口にするより早く、花形は飛雄馬のズボンの中に手を滑らせ、下着を持ち上げ、前に大きく張り出した彼の男根を撫でた。
「〜〜〜〜!!!!」
その刺激により、飛雄馬の男根の先からは更に先走りが溢れ、下着を湿らせる。
痛みを覚えるほどに立ち上がったそこを花形は何のためらいもなく下着の上から握ると、布地越しにそれをしごき始めた。
奥歯を強く噛み、飛雄馬は目を閉じる。
布をこする、しゅっ、しゅっと言う音がやたらに部屋の中に響いて飛雄馬は両足に力を込める。
何かの間違いだ、こんなことは。
男根を擦る手の動きが速まり、飛雄馬は喉を花形に晒すように身を仰け反らせた。
そこに花形は再び口付け、下着の上から先走りを溢れさせる鈴口を指の腹で撫で回す。
「っ、ぅ、う……」
かと思えば、花形は飛雄馬のカリ首と裏筋の位置を重点的に責め上げ、彼を射精へと誘った。
びく、びく、と飛雄馬の花形が与える刺激に体を戦慄かせ、この悪夢の終焉をただただ願う。
と、花形は白い首筋に軽く歯を立て、そのまさかの出来事に驚いた飛雄馬は下着の中に勢い良く白濁を放った。
「────ふ、っ……ふ、ぅっ……ふ──っ」
びくん、びくんと男根の脈動に体を預けたまま飛雄馬は口元に置いた腕の下から荒い息を漏らす。
全身にはじっとりと汗をかいて、体を預けているベッドも湿り気を帯びている。
が、花形はそこで臆すこともなく、はたまたベッドから離れていくでもなく、飛雄馬の穿くパジャマのズボンに手をかけると、下着もろとも、彼の足からずるりと抜き取った。
射精したばかりの男根と精液に濡れた下着が糸を引き、飛雄馬の下半身は冷えた外気に晒される。
「は、ながたっ、さん……あなた、気付いて……」
飛雄馬の膝をそれぞれ立たせ、足を開かせると花形は彼の尻へとぐっと自分の腰を押し付ける。
射精し、自分の汗と精液でどろどろになった男根の下に位置する窄まりに熱く、固いものが当てがわれ、飛雄馬は花形を睨む。
「っ、気付いて、おきながら、こんなこと……!ねえちゃんに知れたら」
飛雄馬は言うが、花形は引かず、それどころか穿いているスラックスのファスナーを下ろし始めた。
「あ………!?」
開けたそこから取り出した男根に花形は手を添えると、飛雄馬の会陰から窄まりにかけてを己の男根でぬるぬると撫で始める。
花形の男根からも滴るカウパーが滑りを良くし、飛雄馬の会陰や尻の窪みの上を滑るたびに、くちゅ、くちゅと音を立てた。
「ん、ん…………っ」
熱を持つ固く勃起したそれが尻の窪みの上を通るたび、飛雄馬は切なげに声を上げる。
だめだ、こんなことをしてしまっては、取り返しがつかなくなる。
ねえちゃんを裏切ることにもなってしまう──いや、それだけじゃない。
花形が、今からしようとしていることを受け入れてしまったら最後、おれは。
ぬる、ぬるぬると飛雄馬の会陰から尻の窄まりにかけて自身の男根を滑らせていた花形だったが、ふいにその窄まりへと亀頭を当てがうと、腰を使い、彼の中へと怒張を飲み込ませる。
「ひ、っ…………!」
慣らしていない入り口から粘膜に自身の形を刻みながら花形は己を飛雄馬の中へと挿入させていく。
散々に煽られ、全身に快感を与えられ興奮しきっていた飛雄馬の窄まりは痛みを感じつつも花形を受け入れる。
「……逃げないでいい。痛くはしないさ」
ここに来て初めて花形が口を開いた。
けれども、この状態の飛雄馬がそれを聞いているとは到底思えず、背中を反らしながら顔を背ける彼の耳へと花形は唇を寄せ、そこに軽く吸い付いた。
「はぁ、ぁっ………」
時間をかけ、ゆっくりと腹の中を馴染ませてから花形は飛雄馬が自分の口を覆う手、その指に己の指を絡ませるようにして脇に除けてやってから、彼の唇へと口付ける。
ちゅく、ちゅく、と唾液を纏う舌を絡ませ、音を立てながら花形は腰を動かし始めた。
瞬間、飛雄馬は花形を締め付け、小さく声を上げる。
飛雄馬の出した精液に身につけているベストが汚れることも厭わず、花形はその体を密着させると、絡ませたままの手を握り、腰を優しく叩いた。
飛雄馬の中は熱くうねり、花形を締め上げる。
花形の体の脇で飛雄馬の白い足がその腰の動きに合わせ揺れ動く。
一旦、唇を離しつつも花形は飛雄馬の唇を軽く啄んでから再び深い口付けを与える。
ベッドが派手に軋み、飛雄馬も絶頂が近いか、その触れ合う肌がより一層熱く火照った。
花形は飛雄馬と繋ぐ手を離すと、彼の腰を掴み、口付けを与えたまま腹の中へと精を勢い良く放出させる。
「っ………、──〜〜!」
花形の男根が体内で脈動するたび、飛雄馬は彼を締め付ける。
どく、どくと腹の中に放たれる花形の欲の熱さを感じつつ飛雄馬は腹で大きく呼吸をすることを繰り返しながら、目を閉じた。
「……………」
花形は余韻に浸る飛雄馬からずるりと己を抜くと、ベッドから下り、近くにあるテーブルの上に置かれたままのティッシュ箱から中身を引き抜き、身支度を整えると、近くにあった椅子に腰掛ける。
飛雄馬はベッドの上に身を投げ出したまま、その腹をゆっくりと上下させ、時折、ぴくんと身を震わせた。
着ているジャケットの胸ポケットから花形はシガレットケースを取り出すと、中から1本煙草を取り出し、口元に携えてからマッチを擦り、その先に火を付ける。
煙草の乾燥した葉とそれを巻く紙が焦げた匂いが漂い、独特の香りがそこから立ち昇る。
「花形さん、あなたは……取り返しの、つかないことを……」
掠れた声を上げ、飛雄馬は花形をその濡れた瞳へと映す。
「途中からきみだって楽しんでいた。フフッ、図星だろう。そうでなければ、ぼくを拒絶することだってできたはず」
花形の発言に飛雄馬の顔がかあっ、と火照った。
こっちの気など露ほども知らないくせによくもそんなことが言えたものだな、と言う喉元まで出かかった言葉を飛雄馬は飲み込む。
夜更けに事を荒げ、何も知らず眠っている姉を起こしてしまうことは酷だと思ったがゆえだ。
もう、ここには来ないようにすればいいだけのことで、ねえちゃんの前では仲のいい義兄弟を演じればいいだけのことなのだから。
何も今、よくもこんな目にと怒鳴り散らすことはない。
そんなことをぐるぐると頭の中で考えていたところに、座っていたベッドが軋み、僅かにマットレスが沈んだことに飛雄馬はハッとなった。
が時すでに遅く、花形の唇は飛雄馬のそれを捉えており、煙草の味の乗った舌が口内を犯す。
「ふ…………あ、っ」
「それじゃあ、飛雄馬くん、良い夢を」
なんの未練もなく、花形は飛雄馬から離れると来たときと同じように出入り口の扉を開け、外へと出て行く。
そうして、今度こそ間違いなく、明子の待つ夫婦の寝室の扉を開け、中へと入った。
「……まだ起きていたのか」
「ええ……あら、あなた、廊下で煙草はやめてくださいと前も言ったじゃないですか」
「…………」
枕元に明かりを灯し、読書をしていたらしき明子に声をかけ、花形はベッドの枕元付近にあるサイドテーブル上に置かれた灰皿へと煙草を押し付ける。
「明日は早いの?」
「いや、明日は飛雄馬くんを送ってから会社には向かうつもりだ」
「そう……」
読んでいた本を閉じ、明子がベッドから這い出ようとしたのを制し、花形は疲れているからまたにしてほしいと言うなり、シャワーを浴びてくると再び部屋を出て行く。
ひとり、寝室に残された明子は目を閉じ、大きな溜息を吐いたものの、再び本を開き続きを読み始めた。
来た道を引き返し、花形は飛雄馬の眠る客室の扉を開いて中を覗くと、彼が眠っていることを確認するや否や音を立てぬようゆっくりと扉を閉め、1階に続く階段を降りていく。
飛雄馬はまだ眠っておらず、花形が扉を開けたことにも気付いていたが、それを咎めるでもなく、明日、寝坊などして帰るのが遅れ先輩方皆に迷惑をかけぬよう、一刻も早く眠るために目を閉じた。