一人寝
一人寝 寒いのう、と伴は巨人軍宿舎のベッドの中でその大きな体を震わせた。
目が覚めると暗い部屋の中、隣の部屋から微かに聞こえてくる先輩のいびきや窓をガタガタと揺らす風の音が妙に気になってくる。
この窓を軋ませる風と言うのがどうやら問題のようで、これがあるために布団にくるまれているのにどうやら寒さを感じるらしかった。
去年も、そんな風のうるさい日が何度かあったように記憶しているが、寒いと思った覚えがないのは何故じゃろう、と伴は寝返りを打ちつつ去年の冬のことを頭に思い浮かべる。
すると、ぼんやり浮かび上がってきたのは親友の顔で、ああそう言えば、星がいてくれたから寒さを感じることがなかったんじゃ、とそこまで考えてから伴は再び寝入るために目を閉じる。
星はあの通りちっこくて寒がりだったから、冬になるとおれのベッドで寝ていいかと3日に1度は尋ねてきた。
星はあの長屋で親子3人布団を並べて寝ていたと言う話で、他人の布団に入るのにそれほど抵抗はないのかもしれん。
が、それに比べおれはと言うと物心ついたときから自分の部屋にてひとりで眠っていたし、柔道部の遠征や合宿などで雑魚寝をしたことはあっても、同じ布団で誰かと寝た経験など持ち合わせていなかった。
星の体はちっこい割にあったかくて、それが眠る寸前になるとより一層熱くなって、なんとも言えない気分になった。
今になって考えると、ひとりで眠ると言うのは、こんなに寂しく辛いものだったんじゃのう、と伴は大きな溜息を口から溢す。
明日になれば会えるというのに、どうしてこんなに星が恋しいんじゃろう。
もう星は眠っとるじゃろうか。マンションに移り、門限もないからと夜ふかししとるかもしれん。
星のことだから今頃、ファンレターの返事を書くのに精を出しとるかもしれん。
次の休みは星のマンションを訪ねて、手伝ってやるかのう。
伴は明日の練習のことではなく、数日後のオフ日の計画を立てつつ顔をにやにやと綻ばせる。
その内に、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしく、伴は自分の名を呼ぶ誰かの声で目を覚ます。
「なんじゃい、もう……腹いっぱいで食えんわい」
「伴、寝惚けるな。朝だぞ」
「デザートは別腹じゃい。むにゃむにゃ……」
「伴!」
「わっ!!えっ!?」
耳元で叫ばれ、伴はそこで慌てて飛び起きるとキョロキョロと辺りを見回し、自分の顔を覗き込むようにして立っていたユニフォーム姿の星飛雄馬の姿を目に留めた。
「いつまで寝てる気だ、伴」
「ほ、星。もうそんな時間か?」
伴は枕を抱き締め、ばつが悪そうに顔を綻ばせる。
場を和ませようという魂胆も少なからずあったが、飛雄馬にはそれは通用せぬようで、いつものお小言が始まった。
「まだ早いがどうせきみのことだ。こんな寒い日の朝は特に起きれんだろうと思って起こしに来たのさ。まったく、世話が焼けるぜおれの女房役は」
「星、おれのことを心配して来てくれたのか」
「ほら、早く」
「うう……星よう、お前というやつは本当に優しいのう」
伴は枕を手放すと、飛雄馬を抱き締めようと身を乗り出し、腕を突き出すが、それを難なく躱され見事にベッド下へと転がり落ち、顎を床で強かぶつける羽目となった。
「何をやっているんだ、伴」
「なんで避けるんじゃあ……いてて」
ぶつけた顎をさすりながら伴は体を起こすと、唇を尖らせ、昨日は寒くてなかなか寝付けず寝不足じゃい、とそんな台詞を口にした。
星がいなくなったからじゃぞい、と言う皮肉もこの発言には些か込められている。
「………そうだな。人肌に慣れるとひとり寝は辛いな」
ふっ、と飛雄馬はそうとだけ言うと、呆ける伴をひとり残し、先に外に出てるぜと部屋を後にした。
人肌に慣れると、ひとり寝は辛い、つまりそれは、星も同じっちゅうことか?
飛雄馬の言葉を反芻しつつ、伴は親友と抱く想いが同じだったことに気を良くし、嬉しさを噛み締めながら人知れず、その目尻に涙の粒を光らせたのだった。