必然
必然 すまないが、道を尋ねたい。
突然、街中で肩を叩かれ、飛雄馬は野球帽を目深にかぶったままサングラスの奥で眉を顰める。
ずいぶん、不躾な男がいたものだ、身なりの割に、と飛雄馬は自分の肩を叩いてきた青年の顔に目を留め、そうして、ハッと息を呑む。
この瞳には見覚えがある────。
人々が無数に行き交う東京の街。
その中で、この場所だけ時が止まっているような感覚。彼の双眸は、球場で打席とマウンド間、18と44メートルの距離から、おれを射抜くように見つめてきた瞳に間違いない。
「っ──」
飛雄馬は未だ肩に乗せられたままになっている青年の手を跳ね除けてから、どこの道だ、と訊き返す。青年は飛雄馬の挙動に驚いたか、一瞬、目を大きく見開いたが、すぐにニッ、と口元に笑みを湛えてから、とある会社への道筋を尋ねた。
今から商談に行くところだったんだが、場所を書いたメモを紛失してしまってねと青年は笑い、飛雄馬は、はあ、と気怠い返事をした。
上等な三つ揃えを纏っておきながら、何と間の抜けたことだろう。彼なら、こんなミスは犯すはずがない。
他人の空似だろうか、しかし、対峙した瞬間、総毛立つような視線を送ってくる人間が、この世にふたりと存在するものだろうか。
「……失礼だが、以前どこかで……?」
気付かれたか?と飛雄馬の額にはじわりと汗が滲んだ。こちらを訝しげに青年が見つめている。
「あいにくとおれはこの辺の人間じゃない。道案内なら他を当たってくれ」
顔を逸らし、飛雄馬は雑踏に紛れるべく青年から距離を取る。
「待った」
そうしてそのまま人混みに紛れようと歩き出した飛雄馬の腕を青年は掴み、耳元で、星飛雄馬くんだね、と恐るべき言葉を口にした。
「────!」
「わからないとでも思ったのかい。いくらこんなものを身に着けていてもこの花形の目は欺けない」
「離せっ、──」
声を上げたことで、付近を歩く人々の視線が一斉にこちらを向く。何事だと歩みを止める者まで出てきて、飛雄馬はひとつ、舌打ちをしてから、着いて来い、と青年──花形を先導するように歩き出した。
すると、途端に人々の興味は飛雄馬から離れていき、ふたりの姿は人混みに溶け込む。
「どこへ行くつもりかね」
背後から花形が尋ねた。
「あんたが道を訪ねたから案内してやってるんだろう。それに、あの場でやり合うのは人の目があるから大人しくしたまでであって、おれはあんたの言う星飛雄馬じゃない」
少し、大通りから外れた、店舗と店舗の間に花形を引きずり込むと飛雄馬は自分よりやや背の高い彼を見上げつつ、声を荒らげた。
「人目があると何か不都合でも?昔の知り合いにでも会うのが怖いのかね」
「…………!」
「なに、わかりはしないさ。誰も、きみが星飛雄馬だとは気付かんよ。現に、興信所の連中も誰ひとりとしてきみのことを……いや、こっちの話。あのままぼくを振り払い、逃げてしまった方がよかったんじゃないかね」
「なぜおれを星飛雄馬と決めつける?何を根拠にそう言い切れる?」
「伊達にきみを打席から見てはいないさ。その瞳が、ぼくを見つめる視線の熱さをね」
「気味の、悪いことを」
サングラスのブリッジを指先で押し上げ、飛雄馬は花形の言葉を一笑に付す。
「違うと言うのなら外してみたまえ」
「…………」
「何か、外せない理由があるのかね」
言われ、飛雄馬は視線を一度左右に泳がせてから、サングラスを外す。否定したところで、この男は外せないのは正体が判明するのが嫌だから云々と得意のハッタリを効かせてくるに違いないと踏んだからだ。
「これで満足か」
サングラスを外した裸眼で花形を見据え、飛雄馬は眉間に深い皺を刻む。と、花形の手がふいに顔へと伸びてきて、飛雄馬は体を強張らせた。
花形の指が肩まで伸びた髪に触れ、そろりと後頭部へと回る。何を、する気だ、と飛雄馬は視線を逸らすことなく己を映す花形を睨み、きつく唇を引き結ぶ。
「星、いや、飛雄馬くんもぼくを見てすぐに正体に気付いてくれたじゃないか。名乗らずともね」
「正体?なんのことだか、あんたがあんまりいい男だから驚いた──っ、」
後頭部まで伸びた花形の手が、何の前触れなく飛雄馬の髪を掴み、背中の方へと引いた。顎を上げ、喉を晒す形を取った飛雄馬の顔を花形は見つめている。
髪を引かれたことで、飛雄馬のかぶっていた野球帽が地面へと落ちた。
「いつまで続ける気かね。この茶番を」
「茶番、っだと……?あんたこそどういうつもりでこんな、っこと……」
「…………」
悪態を吐いた飛雄馬の口へ、花形がそっと唇を寄せる。まずい、と口を閉じた飛雄馬に気付いたか、花形は髪を掴んでいた手を離した。
「!」
ふいに拘束を解かれ、自由になったことで飛雄馬は動揺し、一瞬、花形への反応が遅れる。
その刹那、不意打ちなような形で飛雄馬の唇は花形の口付けによって塞がれた。思わず目を閉じた飛雄馬の頬には花形の掌が触れ、指先が耳朶を掠めた。
指先の触れた耳から体が熱を帯びていくのがわかって、飛雄馬は肌を粟立たせる。
先程の乱行とは裏腹に、与えられた口付けは優しく、それどころか慈しみさえ感じられるものであった。
「…………」
一度は唇を離した花形だったが、飛雄馬の顔を見つめ、フフッと笑い声を上げると再び口付けを寄越してきた。
「く、ぅっ…………」
頬を包む花形の手──その腕を掴んで、飛雄馬は声を漏らす。
立っていられない。耳をなぞる花形の指と唇が体を火照らせ、意識を朦朧とさせる。いつの間にか口の中に滑り込んでいた花形の舌とこちらの舌が触れ、絡み合うたびに卑猥な音を立てる。
と、花形のもう一方の手が飛雄馬の背中をそろりと撫でた。
「場所を移そう、飛雄馬くん」
「ば、しょ……?」
「それともここで抱かれるかね」
「───!」
唇を解放されはしたが、口付けのせいでひとりで立つこともままならなくなった飛雄馬は、花形の胸に抱かれる形で辛うじて直立姿勢を保っている。
くすくすと花形は笑みを溢すと、近くに宿がある──と大通りを指差し、歩けるかい、とも訊いた。
飛雄馬は返事をせず、花形を突き飛ばすような形で彼から離れ、店舗同士の隙間から人の行き交う大通りへとふらふらと出て行きはしたものの、その場にへたり込んだ。
「無理はしない方が身のためじゃないか」
「誰のせいだと、思って…………」
花形の差し出された腕を掴んで、飛雄馬は立ち上がると、おあつらえ向きに目と鼻の先にあったホテルへと案内される。名称こそホテルとなっているが、だいぶ古いタイプの宿のようで、中は昼間だというのに薄暗く、他の宿泊客の姿も見当たらない。
花形は慣れた様子で受付を済ませると、出入口付近のソファーで体を休めていた飛雄馬を呼んだ。
受付から歩いて数十メートルの部屋の扉を開け、花形は飛雄馬に先に入室するように勧めた。
「…………」
ここまで来ると、ぼんやりとしていた頭も冴えており、体の火照りも落ち着いている。
花形が受付をしている間に、逃げても良かったのだが──飛雄馬はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める花形を横目に見遣りながら、彼の動向を伺う。
「どうして逃げなかったのかね」
「え、っ」
ドキッ、と花形の問いを受け、飛雄馬の心臓が跳ねた。
「部屋に来るまできみを見ていたが、逃げる時間も十分にあったし、与えていたつもりだ」
「…………」
なぜ、だろうか。
逃げ出せただろうか、あの状況で。
返しておこう。
そう言って、花形は飛雄馬の落としたサングラスと野球帽をテーブルとは名ばかりの簡素な机の上に置いた。
部屋にはベッドがひとつと、机と一脚の椅子。
それに古い型のテレビがひとつ。
窓は嵌め殺しだろうか、見ただけでは判別がつかない。
「寝るなり出ていくなり好きにするといい。ぼくは間もなくここを出ていく」
「出ていく?なぜ」
「商談があると言ったじゃないか。フフッ、嘘だと思ったかい。道を知りたいと言ったのも本当さ。きみに声をかけたのはまったくの偶然だったが……」
「ひとりでここまで?」
「来ては悪いかい。車は駅前に停めている。安心したまえ。道も誰かに訊くことにするさ」
「……商談は何時からだ」
飛雄馬が問うと、花形は腕時計に視線を落とし、四時と答えてから、あと二時間後だとも言った。
「…………」
飛雄馬はベッドに腰を下ろし、靴を脱ぐと掛け布団とマットレスのあいだに体を滑らせる。
こんなに柔らかで、清潔な布団で眠るのはどれくらいぶりだろうか。花形からしてみれば触れるのもはばかられるような代物だろうが、日銭を稼ぎ、その中から宿賃を捻出するおれにとっては極楽のような場所である。
「宿はいつもどこに?いや、いい。眠ってくれたまえ」
椅子に腰掛けた花形に背を向け、飛雄馬はベッドに横たわっている。
「花形さん、こそ、よくこんなところにひとりで泊まるのか」
「宿が近くになければ、の話だが、まあ、ここまでひどいところはあまりない」
「…………」
「まだ、帰らないつもりかね」
花形の声のトーンがひとつ、低くなった。
「帰る、とはここから去れと言うことか、それともあんた──ねえちゃんたちのところにか」
「今頃、何を考えて東京の街を歩いているのかね、きみは」 「特に、理由はない」
花形から返答はなく、無音の状態がしばらく続く。
と、花形が腰掛けたか不自然にベッドが軋み、僅かにマットレスが沈み込んだ。
「本当に抱かれる気でここに来たのかね」
「まだそれを言うのか。ねえちゃんは相手をしてくれないのか?」
嘲るように笑って、飛雄馬はこちらを振り向いた花形の顔を見上げる。ぎしっと古いベッドを軋ませながら、花形が飛雄馬のそばへ身を寄せた。
「毎晩抱いているとでも答えれば満足かい。それとも、明子の代わりになってくれと言えば納得するかね」
「…………」
体の上へと花形が跨るのを視線で追いつつ、飛雄馬はふっ、と小さく微笑む。
「何か気に障ったかい」
「いや、とんだことになったなと思ってな。まさか花形さんと寝ることになるとは考えてもみなかった」
「…………」
今度は花形の口元が笑みの形に歪んで、飛雄馬の頬に手を添えると唇を親指でなぞった。そろりと開いた唇に指が滑り込んで、舌先に触れる。
「ふ……っ、っ」
指先は歯列を辿り、頬を撫で、ゆっくりと離れていく。そうして花形は身を屈めると、飛雄馬の唇に口付けた。間髪入れずに口内へと挿入された舌に飛雄馬は自分のそれを絡め、花形の首へと腕を回した。
「う……ぁ、っ……ん」
フフッ、と花形が笑みを漏らし、飛雄馬の腕を首から離すとそのまま首筋へと口付けながら、着ているシャツの裾から脇腹を辿り、胸元までたくし上げたところで胸へと吸い付く。それから突起に淡く歯を立てつつ、飛雄馬の下腹部へと手を伸ばし、スラックスの上から首をもたげ始めている男根へと触れた。
花形が触れた箇所から、飛雄馬の肌は粟立ち、痺れたような感覚が全身へと広がる。
思わず声が漏れそうになるのを口元に腕を遣ることで堪え、飛雄馬は花形が与えてくる快感に酔う。
肌がじわりと汗ばんで、背を預けているベッドのシーツが熱を持つ。
「誰かに抱かれる想像でもしているのかね」
「…………!」
花形の口から腰を上げての言葉が続いて、素直に腰を浮かせた飛雄馬の足からベルトを緩め、ボタンを外したスラックスと下着とが引き抜かれる。
「それくらい想像がつくさ。飛雄馬くんが黙ってぼくに抱かれるなど考えにくい。フフ、ひどい話もあるものだね」
下半身を晒した飛雄馬の足を広げ、その間に身を置いた花形は咥えた自分の指に唾液を纏わせた。
その様子を飛雄馬は見上げ、何の話だかさっぱり読めんな、と彼の発言を一蹴する。
「東京の街に現れたのも、彼に会いたくて、と言ったところだろう」
そう言って、花形は膝を立たせた飛雄馬の尻へと手を遣り、中心にある窄まりへと這わせた指を中へと挿入した。
「!」
花形の指が、腹の中をそろそろと突き進んでくる。
かと思えば、指を半ばまで抜いてから入口を解すように抜き差しを繰り返す。その微細な動きがもどかしく、また、淡い快感となって飛雄馬の腹の奥を疼かせた。立ち上がりつつあった男根も内側から刺激を受けたことで完全に首をもたげ、腹へと先走りを滴らせている。
「どこがいいのか教えてくれたまえ」
「──っ、ぅ、」
「指を増やすよ」
その声が耳をくすぐるなり、二本目の指が腹の中を犯す。浅い位置を撫でていた指先が男根の裏を内側から掠め、飛雄馬の体を震わせた。
「あ、ぅっ!!」
「ここを撫でられるのが好きかね。それとも叩かれる方が好みかい」
指先が触れた位置をくすぐるように撫でたかと思うと、今度は中からとんとんと叩いてくる。
「ふ、ぅ、うっ──!!」
口元に遣った腕で懸命に声を堪え、飛雄馬は花形から寄越される強い快感に身をよじった。全身には汗が滲み、シーツをじっとりと濡らす。
とろとろと止めどなく溢れる先走りが伝い落ち、飛雄馬の腹を白く染めた。
悪寒のような快楽の電気信号が花形が触れる箇所から全身へと走る。頭の奥がびりびりと痺れたようになって、飛雄馬は閉じたまぶたの目尻から涙を滴らせた。
その刹那に、飛雄馬は絶頂を迎えて、頭の中に火花が散る感覚を覚える。絶頂の快感が背筋を駆け上って、全身が余韻に震えた。
「はぁ、ァっ……は、っ……」
ひくひくと全身を戦慄かせ、呼吸を整える飛雄馬の腹へと、花形の男根が叩き付けられる。
その熱さと、重量とに飛雄馬は我に返って、自分の足の間に身を置く花形の顔と、腹の上に乗せられた男根とを見つめた。腹の上に乗った男根から溢れた先走りが肌の表面を濡らす。自分のそれより大きなものが脈打っているのを感じる。
ごくり、と思わず喉が鳴って、飛雄馬は頬を染めた。 一瞬、あれに貫かれたらどうなるのかと、そんなことを考えてしまった。
「きみの口から言ってみたまえ、飛雄馬くん」
「く、くっ……!」
にやにやと花形が笑みを浮かべている。
先程まで花形が指で嬲ってくれていた入口は切なく、次の到来を待ち侘びるように疼いている。
あれで、腹の中を掻き回されたらどんな気持ちだろうか──そんな考えが頭をよぎって、飛雄馬は奥歯を噛み締めると花形の顔から視線を外した。
「言えない。いや、言いたくないのか……フフ、仕方ない。飛雄馬くん、いくよ」
「花形、よせっ──」
叫び虚しく、一度、腰を引いた花形は飛雄馬の下腹部に乗せていた男根をその尻へとあてがうや否や、一息に腹の中に根元までを潜らせた。
指先が撫で、叩いていた箇所を花形の男根が突き上げて、飛雄馬は大きく背中を反らすと、先程とは比べ物にならないほどの快感に我を忘れる。
腹の中を満たす質量とあまりの存在感に息ができない。仰け反った飛雄馬の口元から腕を外して、唇へと花形は口付けた。
腰には花形の体重が乗り、身動きが取れない。
達してしまったらしく頭がまったく働かない。
ゆるゆると与えられる口付けに震え、それに応えるので精一杯だった飛雄馬から引いた腰を、花形が尻へと打ち付けた。
「あっ!」
声を上げた拍子に唇が離れ、所作なさ気に置かれた飛雄馬の指に花形のそれが絡む。
浅い位置をゆっくりと、花形の男根が行き来する。
「いっ、いま、いった……いったからっ、うごくなっ、ぁあっ!」
「動くな?動いてくれの間違いだろう、飛雄馬くん」
浅い位置を撫でていた花形が、腰を打ち付け、今までよりもやや深い場所を突いた。
「う、ぐっ……!おくはいやだっ、いやぁ"!」
「なぜ奥は嫌?」
中をぐりぐりと掻き回しつつ花形が問う。
「ぬけっ、ぬいてくれ花形っ……!!くるうっ、狂ってしま、っ〜〜〜〜♡♡」
花形を腹の中に埋めたまま、飛雄馬は三度目の絶頂を迎えさせられ、最早閉じることもままならない口から絶え間なく声を上げる。
「狂うといいさ、フフ、そうすれば、もうきみはどこにも行かないだろう」
絡めていた指を解いた花形が、飛雄馬の両足をそれぞれの脇へと抱え、体重を掛けるようにして腰を叩いた。
「ひっ、それ、いやら……いやぁ、あ"!!」
身をよじり、快感から逃れようともがく飛雄馬を花形が腰で押さえつける。汗が滴る首筋に舌を這わせ、花形は飛雄馬を呼ぶ。
その甘い声が、再び絶頂へと誘う。腹の中をいっぱいに満たした花形のそれが内壁を擦って、奥を、そして己の男根の裏を容赦なく叩いた。
「…………」
花形が寄せてきた唇に飛雄馬は応え、そのままどくどくと中で出される熱さと脈動に震えた。
未だ絶頂の余韻が支配する体は言うことを聞かず、花形が離れたあとも飛雄馬はベッドの上で身動きひとつ取れずにいる。
「伴くんにだけはきみのことを伝えておこうか」
突然に花形の口を吐いた人名にピンと来ず、飛雄馬はしばらく呆けていたが、伴?と体を起こしはしたものの、頭が重く、ベッドに横たわる。
伴、なぜ急に花形は伴の名を口にしたのか。
親父やねえちゃんではなく、なぜ。
「悪趣味だな、花形さんも……っ、自分ひとりおれに会っておきながら伴には見かけたことだけを話し、地団駄を踏む彼を見て楽しもうと言う魂胆か」
「フフ、まさか。ぼくはそこまで鬼じゃないさ。ただ、きみが会いたいのではないかと思ってね」
「おれが?」
「どちらでもぼくは構わんが」
「いらん、お節介だ、花形さん。こちらから会おうと思えば手段などいくらでもある。東京に戻ったのもあなたの言葉を真似するつもりじゃないがまったくの偶然だ。この地を踏んだのも数年ぶりになる」
「偶然、ねえ。この人間ばかりの東京でよく巡り会えたものだ、互いに」
「………………」
嘘は、言っていない。深く何も考えずにただ、電車を乗り継ぎ、北関東から東京へと降り立った。
産まれてから十数年を過ごしたこの場所は、少し見ないうちにがらりと姿を変わる。
その変化したものとしないもの、記憶と照らし合わせながら街を歩いていたら声を掛けられたのだ。
「そろそろ、お暇させてもらうよ。商談に遅刻してしまうのでね」
「…………」
「必然だよ、飛雄馬くん。ぼくときみが出会ったのはね。あの日、橋の上で初めて対峙したときから、必ず、今後どこにいても巡り合うだろうさ」
「ふふ、そう願いたいな」
皮肉を口にし、飛雄馬は最後にこちらを一瞥し、部屋を去っていった花形が閉じた扉を見つめる。
頭痛が治まったら、自分も早いところここを発とう。
花形、できれば二度と会いたくないものだが。
ベッドの上で一度寝返りを打ち、飛雄馬は目を閉じる。しばらく、九州──美奈さんのいた宮崎にでも身を寄せていよう、とそんなことを考えながら。