「伴、カバン、おれが持つよ」
飛雄馬は部の練習を終え、帰路に着くさなかにて隣を行く伴にそんな言葉を投げ掛ける。ただでさえろくに野球の経験がない伴は飛雄馬の恐ろしく速い球を放課後、部活中に何度も捕球しているせいで、その手はいくら捕手用の厚く大きなミットをはめているとは言え、赤く腫れ上がっていた。
それを見咎め、飛雄馬は伴が左手に持っている学生カバンを持つと言ったのだった。 けれども伴はいつもの豪傑笑いでその申し出を一蹴し、何なら星のカバンも持ってやろうかと言ってのけたのだ。
「し、しかし」
「しかしもヘチマもないわい。星の肩こそいいのか。あんなに投げまくっていて壊したりせんものかのう」
「おれは、小さい頃からとうちゃんとずっとやってきていることだし……そんなことより」
「なぁに。柔道で鍛えた伴宙太、これしきのことどうってことないわい」
「……」
飛雄馬は申し訳なさそうに伴のカバン目掛け差し出した手を引っ込め、そのまま拳を握る。そのしゅんとした顔がどうにも伴の胸を締め付け、落ち着かなくさせた。
お前のせいじゃないぞうと言えば更に気に病むだろうな、と伴は飛雄馬から視線を逸らし、頬を二、三指で掻いてからカバンを左から右に持ち替える。
そうしてその左手で隣に立つ飛雄馬の右手を握った。これに面食らったのは飛雄馬で、えっ!?と一度握られた右手に視線を遣ってから伴を仰ぐ。
「なっ、伴!?これはどういうつもりだ」
「星の手のおかげで痛みも和らぐわい」
「…………」
「なんて、キザだったかのう!ワハハ」
触れ合う伴の掌が馬鹿に熱くて、その火照りと腫れの具合を語らずとも飛雄馬に鮮明に教えてくれた。相当に痛むであろうに涼しい顔で伴は飛雄馬の手を握っている。
腫れていることを差し引いても伴は飛雄馬よりも大きく広い掌で彼の手を文字通り包み込んでしまっていた。五本の太い指は飛雄馬の手を力強く握り締めている。
「それにしても星の手は小さいのう。よくこれであんな球が投げられるわい」
「む、そうかな……初めて言われたぞ」
「おれも他人の手なぞ握ったのは星が初めてだがのう」
「ふふ、なんだそれ……まあ、人の手なんかそうそう握る機会ないからな」
吹き出して、飛雄馬は伴の手をそっと握り返す。
「星と出会ってからここ数ヶ月で色んな初めてを経験させてもらっちょるのう。毎日が楽しいわい」
「それはおれも同じさ。青雲に入れて、伴と出会えて本当に良かったと思っているよ」
「星よ、おれの手のことは気にする必要はないからな。お前は精一杯、そして力いっぱい投げとればええ。お前の球を取るのがこの伴宙太、女房役の務めよ」
「………伴」
うるっと目を潤ませ、飛雄馬は鼻を啜る。
「まずは都予選、頑張ろうぜ」
照れ隠しからか話題を逸らし、伴は飛雄馬の手を握る指に力を込めた。
「ふふ、それまでに球の処理、ある程度までは出来るようになっていてくれよ」
「む、耳が痛いのう」
それを聞き肩を竦める伴に飛雄馬はまたしてもぷぷっと吹き出すと、彼の体を引きずらんばかりに駆け出した。
「ひいっ!星ぃ!ちっとは加減してくれい!」
飛雄馬の後を追うように伴も駆け出し、互いに手を握り合ったまま沈みゆく夕日目掛け川沿いの土手を二人笑い声を上げながら走った。