話し相手
話し相手 自分の体に掛けていた布団が動いた感覚があって、自室のベッドで一足先に休んでいた飛雄馬はぼんやり目を覚ますと、伴?と尋ねた。
「む、すまん。起こしたか」
「いや……ふふ、ねえちゃんとの話はすんだのか」
伴が隣に横たわるだけの間隔を空けつつ、飛雄馬は笑みを溢す。
オフシーズン中で、明日が休みということもあり、伴宙太はこの日、飛雄馬姉弟が住まうマンションの一室に泊まりにきている。夕飯を終えても尚、何やら芸能人の話で盛り上がるふたりを残し、飛雄馬は風呂を済ませ、先に部屋へ戻ったのだった。
そこで部屋の外から、内容まではわからぬが微かに聞こえてくる親友と姉の楽しげな談笑の声を聞きつつ、いつの間にか眠っていたらしい。
布団の中に滑り込んでくる伴の足が冷えていて、飛雄馬は冷たいぞ、と声に少し怒りの色を滲ませた。
とは言っても、本当に怒っているわけではない。
伴が、すまん、と言ってその大きな体を縮こまらせる様子が見たくて、そう言ったにすぎない。
予想したとおり、布団の中に入れた足を避けながら、伴が、すまん、と小さな声で謝罪の言葉を口にしたために飛雄馬は吹き出し、ほら、もっと中に入れよ、と彼をからかう。
「なんじゃい、怒らせてしもうたかと思ったぞい」
「これくらいで怒るもんか。ふふ、ねえちゃん、毎日退屈そうにしていたから、話し相手になってもらえて助かるぜ」
「話し相手?星がおるじゃろう」
「おれは……ねえちゃんが好きそうな話はできんさ。野球の話をしたところでねえちゃんにはピンと来んだろうから」
「う、うむ……そ、そうか」
言葉に詰まったか、伴がどもった。
飛雄馬は、変な話をしたな、寝るとしよう、と続け、隣に体を横たえた伴の足が徐々に暖かくなっていくことに灯りを消した暗い部屋の中でひとり顔を綻ばせる。
「で、でも、おれはそんな星が好きなんじゃい。野球一筋で、一生懸命で」
「…………」
そんな、歯の浮くような台詞を怯みもせず、臆面なく言ってしまう伴の度胸には頭が下がるな。
飛雄馬は、伴に背を向けるように寝返りを打つと、おやすみ、と小さな声で囁く。
「お、おう」
「……いつもありがとう」
ぽつりと、そう呟いて、飛雄馬は寝たふりを決め込む。すると、背後から暖かな腕が伸びてきて、飛雄馬の体を強く抱き締めた。
「これくらいお安い御用じゃい、星よ。おれにできることなら何でもしてやる所存ぞい」
伴の言葉が、冬の冷たい体に染み渡る。
よからぬ気を、起こしそうになって飛雄馬は目を閉じる。ねえちゃんももう眠ってしまったか、リビングからは物音ひとつ聞こえてこない。
背中に触れる、伴のぬくもりが、妙に体の奥を疼かせる。あんな言葉を、かけられた後だからだろうか。
「ば、ん……」
自分を抱く腕に手を添え、名を呼んだ飛雄馬だったが、背後から聞こえてきたのは耳に懐かしい伴の大いびきである。
まさか眠ってしまったとは思わず、飛雄馬は呆気に取られはしたものの、ねえちゃんの相手をして疲れたのだろう、とそう考え、己もまた、眠るために目を閉じる。一日、身を休めたらまた自主練習を頑張らねばな……ふふ、おれときたらまた野球のことばかり考えている……飛雄馬は次第に薄れる意識の中、苦笑し、そのまま訪れた睡魔に身を委ねると、再び深く眠りに就いた。