背後
背後 外が騒がしいのう、と伴は中日の星コーチに命じられるままにベンチ裏から球場内部に引っ込む傍ら、何やらグラウンドで揉める声を聞いた。
相手球団の──ジャイアンツの投手が暴投でもやらかしたか──いや、確か投手は、星。
薄暗い廊下を奥へと進みつつ伴は記憶を手繰り、今の今までマウンドに立っていた親友の顔を脳裏に思い浮かべる。
その場で立ち止まってみれば、「星がジャイアンツのベンチ際で倒れたらしいぞ」「担架で救護室に運ばれたらしい」などという不穏な会話が中日選手らの間で囁かれるのが耳に入り、伴は慌てて背後を振り返った。
おれが行ってやらねば──ああ、星よ、一体どうしたと言うんじゃい。
ベンチを温めつつ片時も目を離さずずっと見ていたというのに、どうしておれは星の異変に気付けなかったのか──。
悔しさから強く奥歯を噛み締めた伴だったが、目の前に立ちはだかる人影が目に入り、眉間に皺を刻む。
「どうした。はよう戻らんか」
「親父さん……いや、星コーチ。星がどうかしたんですかい。向こうが騒がしいようですが」
腕を組み、仁王立ちの格好で低い声にて制止を掛けてきた相手──星一徹三塁コーチに伴はそう尋ね、どいてくだされい、とも続けた。
「ならん。お前はわしの命令を無視するのか。わしは帰れと言うたはずじゃが、何故こんなところに立ち止まって敵である星飛雄馬の心配なんぞしとるんじゃ」
「…………コーチは心配じゃないんですかい、息子さんが」
「フン、これしきでダメになるような軟弱者に育てた覚えはないわい。はよう行け!」
「冷たい人間ですのう、星コーチは」
「何とでも言うがいい。かぼちゃ頭なんぞにわしの考えていることがわかってたまるか」
はやく行かんか、と目の覚めるような大声で追い払われ、伴は渋々通路の奥を目指す。
後で球団に問い合わせてみるとするか──しかし、星のやつ大丈夫なんじゃろうか。
今、誰が星のそばに着いてくれているんじゃろうか。
救護室でひとり寂しく寝ているんじゃなかろうか。できることなら今すぐにでも駆けつけてやりたいと言うのに……ああ、どうしておれは星を吹っ切れない。
この手で打つと、決めたはずなのに。
伴は選手更衣室の扉を開け、自分の荷物を収めたロッカーを開く。
星とお揃いで買った鞄やタオル類がそこには無造作に置かれている。ロッカーの中は綺麗に整頓しておけよと言ってくれた彼はもういない、かつて一緒に風呂に行こうと誘ってくれた親友と道は違えた。
どうかどうか無事でいてくれ、お願いだから。
伴はその大きな瞳から、頬へと滑り落ちる涙を腕で何度も何度も拭いながら親友の名を口にする。
誰もいない更衣室で声を上げひとしきり泣いたあと、伴は鼻を啜ると荷物を纏め、その場を離れた。