合格発表
合格発表 無事、合格は出来たものの、これでは前途多難、先が思いやられるな、と飛雄馬は青雲高校の正門から外へ出ると、大きな溜息をひとつ吐いた。
この合格には例の会長の息子が一枚噛んでいるようで、おれはどうやら彼に目をつけられたお陰で晴れて合格、という筋書きらしい。
まあ、それでも無事、とうちゃん志望の青雲には入れるようで内心、ほっとしたのも事実だ。加えて、おれが大声で挨拶したときの伴とやらの顔と言ったら、思い出しても笑えてくる。
どんなシゴキが待っているのだろう。不安半分、楽しみ半分……とうちゃんと目指した巨人の星になるために、ここ、青雲で頑張らなければ。
「星くん」
顔を上げ、空を仰いでは澄んだ青に目を細めていた飛雄馬だったが、ふいに名を呼ばれ、慌てて声のした方を振り返った。
と、今し方通り過ぎたばかりの正門にもたれ掛かるようにして立っていた青年──花形満がこちらを見つめ、にやりと微笑んできたために、飛雄馬は、桜が満開のこの気候にも関わらず、学生帽の下から額を汗が滑るのを感じた。
「はっ、花形……」
「合格おめでとう、星くん。一言、それを伝えたくてね」
学生帽を斜めにかぶり、腕を捲った白シャツの上から黒の学生服を肩に羽織る出で立ちでそこに立つ花形は、飛雄馬の動揺など知りもせず、淡々と言葉を紡ぐ。あれ、紅洋の花形じゃないか?まさか、なんでこんなところに、と飛雄馬と同じく合格発表を見に来たらしき青年らが父兄と、あるいは友人と口々に噂している。
「それだけを伝えにわざわざ神奈川から?」
「迷惑かね。フフ、ようやくきみと戦えると思うと居ても立ってもいられなくてね」
「…………」
花形さんもずいぶん暇なんだな、の一言を飛雄馬は飲み込み、じっと彼と睨み合う。それは時間にして数分、あるいは数十秒か。風が強く、青々とした木々の葉がまるで飛雄馬の心境を表すかのようにざわざわと揺れている。
「用件はそれだけさ。また会おう」
言うなり、花形は踵を返すと歩み出し、青雲から出ていく生徒らに紛れ遂にその姿は見えなくなった。
ぽかんとその場にひとり残された飛雄馬は、しばらく呆けていたが、額の汗を拭うと己もまた、帰宅するべく歩み始める。
まだ野球を続けていたのか、花形のやつ────。
隅田公園の一件以来、顔見ることもなかったが、てっきり野球は辞めたのだとばかり──いや、そういえばとうちゃんが読んでいた新聞に彼のことが載っていたような気もする。おれは高校へは行けないとばかり思っていたから、大して気にも留めなかったが──。
花形、そうか、野球を……。
飛雄馬は帰宅の路に着きながら、ふと、立ち止まるや否や、おれはやる!やってやるぞ!と左手を天高く掲げ、叫んだ。
その様子を目の当たりにした人々が驚き、ぎょっと目を丸くするが、飛雄馬はひとり、意気揚々と家路を急ぐ。彼は、花形はどんな選手に育ったんだろうか。
今もあの打法を得意としているのだろうか。
いいや、今はそれよりも、早くとうちゃんとねえちゃんに合格を知らせなければ。
巨人の星は、おれが高校に入ることで、少しは手の届く位置まで来ただろうか。
飛雄馬はにこにこと満面の笑みを浮かべたまま、駆け出し、自宅のある長屋の前まで来ると、ただいま!と叫びながらも、体を壊し、床に伏せている父を刺激せぬよう、そっと玄関の引き戸を開いた。