厳冬
厳冬 「うっ!いてえっ!!」
「伴!何やってる!まだまだ肩慣らしの最中だぞ」
多摩川グラウンドでの二軍選手らによる、投手陣の投球練習の最中、いつにも増して球を取りこぼす伴に対し、飛雄馬が声を荒げた。
その口からは寒さゆえに、白い息が漏れている。
ベンチでは中尾二軍監督が腕を組み、選手らの動向に目を光らせている。
その監督から、またいつ、たるんどるぞ!と怒鳴られ、川沿いをランニングさせられることになるかわからぬ緊張感から、飛雄馬は伴が返してきた球を右手のグラブの中に収めるやいなや、白球を左手に持ち替え、投球モーションを起こした。
「ふぎゃ…………!!」
捕り損ね、キャッチャー・マスクのド真ん中に飛雄馬の投球を食らった伴が間抜けな声を上げ、後ろにひっくり返る。
他の投手らは、女房役である捕手とテンポよく何度もキャッチボールを行っていると言うのに。
中尾監督に直談判し、捕手を変えてもらおうか、とそんなことを考えながらも、飛雄馬は地面に背中を預けたまま、完全に伸びてしまっている伴の許に駆け寄った。
「伴、大丈夫か」
「う、うむ……すまん……大丈夫じゃい」
頭を振りつつ、伴がむくりと体を起こす。
大事はないようで、安堵感にホッと胸を撫で下ろしながら飛雄馬は彼を労うような言葉をかけた。
「もしかして腹でも痛いのか」
「うんにゃ、そうじゃないわい」
「伴と星、どうかしたのか!」
ベンチから叫んだ中尾監督の怒鳴り声が、グラウンドに響き渡る。飛雄馬はひっ、と肩をすくめ、何でもありません、と返してから、伴に立てるか?と尋ねた。
「立てる立てる……大丈夫じゃい。なに、星が朝までおれの腕を枕にして寝とったじゃろ。それでちぃとばかし腕が痺れとってのう」
「…………!!」
伴の口からこっそりと、耳打ちされた言葉に、飛雄馬は昨晩のことを思い出す。
昨夜は、そうだ、部屋の中があまりにも寒くて、布団の中にいても一向に体が暖まらなくて──おれは寝ている伴のベッドの中に忍び込み、彼の隣で眠ったのだ──柔道で鍛えた固く、力強い腕を枕にしながら──。
「何をしとるかふたりは!!伴の体調でも悪いのか!」
「す、すんません。ほら、星!いいから離れろ!」
再び中尾監督の声が響いて、伴に突き飛ばされるような形で飛雄馬はよろよろと背後に後退ってから、そのまま前を向くと、距離を取るべく走った。
そうして、飛雄馬は再び、投球モーションを起こし、伴のミットを構えた手元に球を投げる。
すると今度は、吸い込まれるように飛雄馬の投球は伴のミットのど真ん中に収まり、パーン!と乾いた小気味いい音がグラウンドには響いた。
投球練習をしていた二軍選手一同、驚いたように一斉に飛雄馬たちの方を見遣り、飛雄馬と伴もそれぞれ、ニッ、と顔を見合わせ微笑む。
「お次はバッティング練習に移る!集合!」
そのさなか、中尾監督の声がグラウンドには響いて、選手らは投球練習を中断させると、ベンチ際まで皆駆け出す。
冬の澄んだ空気が心地よく、見上げた青空が地平線のずっとずっと向こうまで続いているようで、飛雄馬はあとで伴に謝らなきゃな、とそんなことを考えながら、隣に佇む親友の横顔に、ふと目線を投げた。
見つめた彼もそれに気付いたか、飛雄馬の方をちらりと見遣ってから、ニコリと微笑んだため──中尾監督に大目玉を食らい、揃って川沿いをランニングすることになったのだった──。