外泊
外泊 門限の時刻が迫っているな、と飛雄馬が手首にはめた腕時計に視線を遣ってから、ちらと対面に座る伴に顔を向ければ、何やら彼は着ている背広のポケットから取り出して、白いクロスの掛けられたテーブルの上に差し出した。
この日、久しぶりに夕飯でもどうじゃい、と伴に誘われた飛雄馬は時間がないからと初めは断るつもりでいたが、もう店を予約したと言われてしまったもので、それならばとその誘いに乗った。
いつもの美味いすき焼きを出す料亭ではなく、伴にしては珍しく、とあるビルの中に併設されたレストランでの食事となった。
互いに巨人軍にいた頃の外食と言えば、あまり高級なものを食べつけていなかった飛雄馬が格式高いところは好まず、個人経営の定食屋やラーメンに行くことが多かった二人だが、今や伴も大会社の重役となったゆえか、そう言った場所からは自然と足が遠のいている。
飛雄馬からしてみれば、こう言った場違いなところよりはこじんまりとした店の方が良かったのだが、伴が決めてくれたことだから、と敢えてそれを口にすることはしなかった。
最近の調子はどうだ、とか、そっちこそ人に構ってばかりいないでちゃんと仕事をしろ、だなんて冗談などを交えつつ、食事を終えたところに伴が背広のポケットから何やら鍵を取り出したのだった。
何の鍵だ、と飛雄馬が尋ねるよりも早く、伴が顔を真っ赤にさせながらも、「上に、部屋を、取ったから、その……」と口をもごもごとさせる。
「……………」
飛雄馬はすっと席を立ち、伴はそれを見るなりギクッと体を跳ねさせてからそろそろと視線を上げる。
「む、無理にとは言わん……さ、最近なかなか会えんかったから、話でもと思ったんじゃが……うう……」
「話なら今、したじゃないか」
そ、それもそうじゃな、と伴は視線を左右に泳がせてから、もう帰らんと門限に間に合わんな、妙なことを言ってすまなんだとテーブルの上に置いた鍵を指で手繰ろうとしたが、飛雄馬がそれよりも早く鍵を握った。
「星」
「大方、そうだろうと思って寮長に外泊許可を貰ってきた。あまり長居はできんがな」
鍵をポケットに押し込んでから飛雄馬は先に行っていると言い残してレストランを後にする。それから鍵の番号を確かめてからその部屋のある階までエレベーターで向かって、扉の錠を解く。
そうして、明かりを付ければ、二人で泊まるには不釣り合いなほどに広い部屋の真ん中に大きなベッドが鎮座していて、部屋の端から端に掛けられた大きなカーテンを開ければその先には目も眩むほどの夜景が広がっているだろうことが伺える。
まったく悪趣味で困るな──と飛雄馬は苦笑して、出向く前に一応汗は流してきたが、と伴が来る前に風呂に入ってしまおうと考え、浴室に繋がる扉を開けた。
するとここもどこかの銭湯のような広さで、大人二人が入っても余裕のある浴槽が備えてある。
「……………」
飛雄馬はシャワーの湯ででさっと浴槽内を流してから、栓をしてそこに湯を張るべく蛇口のハンドルを捻った。
そこまでしてから部屋に戻ると、ちょうどチャイムが鳴って、飛雄馬は扉を開けてやる。と、何やら一杯引っ掛けてきたらしき伴が赤い顔を出して、星〜と呻きながら飛雄馬の体を抱いた。
「伴、飲んできたな、お前」
「飲んどらん。飲んどらんぞ〜い」
「………一先ず、風呂に入ろうじゃないか」
「風呂なんてええわい。後、後!」
言って、伴は飛雄馬に口付けを迫る。
まったく、物事が上手く行くといつも調子に乗るやつだ、と飛雄馬は半ば呆れつつもその口付けを受けた。
強い酒を煽ったらしく、飛雄馬の口の中に苦味が広がる。浴槽に湯が溜まっていくであろう水音が微かに聞こえてきた。
「っ………伴、風呂が、溢れるぞ」
「むう、溜めとったのか。ならば仕方ないのう」
残念そうに伴はぼやくと飛雄馬を解放して、背広を脱ぐとその下に着込むベストのボタンを外していく。
飛雄馬は唇を拭ってから、自身もまた衣服を脱いだ。
「い、一緒に入るのか!?」
下着一枚になった伴がやっとそこで目の前の彼も裸同然になっていることに気付いて、妙な声を上げる。
「別に、今更遠慮するような関係でもないだろう」
「そ、それは、そう、じゃが」
目を何度も瞬かせ、伴はぱっと下着を脱ぐと先に浴室へと入って行った。
やれやれ、と飛雄馬は伴が無造作に脱いでいった背広やスラックスたちを丁寧にハンガーに掛けてやってから彼の後を追う。
大きな体を浴槽の隅で小さく縮こまらせるようにして湯に浸かる伴が変におかしくて、飛雄馬はふふっと吹き出した。
「わ、笑うことは、ないじゃろう」
「風呂なんて、寮にいた頃はよく一緒に入ったじゃないか。それを何故今になって恥ずかしがる」
「別に、恥ずかしがっとるわけじゃ、ないわい」
体を流して、飛雄馬も浴槽へと足を踏み入れる。湯が飛雄馬の体積分、嵩を増して少し浴槽から溢れた。
「風呂にゆっくり入るのも久しぶりだ。寮生活も、もう長いが……あそこは疲れを癒やすところと言うより汗を流すためだけの場所だからな」
「そう、思って部屋を取ったんじゃい。わしの家だとおばさんや親父に遠慮してろくに羽も伸ばせんだろうと思ってな」
「ふ……そうだったか。おれは、てっきり」
「てっきり、なんじゃい」
「………いや、何でもない」
足を伸ばし、飛雄馬は大きく息を吐く。
考えてみれば、伴とこうして一緒に風呂に入るのももう何年ぶりになるだろうか。
互いに16と119の背番号を背負っていた頃にはそれこそ毎日、朝から晩まで、共にいたと言うのに。
「星、こっちに来い」
「もう、緊張が解れたか」
「き、緊張などしとらん!」
伴の声に我に返って、飛雄馬は彼のそばへと近寄る。浴槽に背を預け、座っている伴の唇に飛雄馬はそっと唇を寄せて、膝立ちになるとその太い首に腕を回した。
「わ、っ!ほ、し」
慌てふためく伴の唇を割って、飛雄馬は彼の口内へと舌を忍ばせる。
湯に浸かっているせいか、はたまたアルコールのせいか熱い舌を絡ませ合って、吐息を漏らす。
すると、行き場をなくし、宙に浮いていた伴の両手が背中を抱いて、指を這わせてきたために飛雄馬は顔を上ずらせ、小さく呻いた。
「………」
その眼前に曝け出された白い首筋に伴は舌を這わせ、飛雄馬の背中に添えた手をそのまま腰へと滑らせる。
「あ、っう……」
「星、たまらん……部屋に戻ろう」
「………まだ、時間はある。そう、焦るな」
「………」
伴は湯の中にある飛雄馬の下腹部へと手を遣り、既に出来上がってしまっている彼の男根に触れた。
「っ、く………」
ピクン、とそれは伴に触れられたことで反応を見せ、飛雄馬はその刺激に顔をしかめた。そっと男根を握って、伴はゆるゆると手を上下させる。
「ふ………ぅ、うっ」
「星、我慢するな。誰も聞いとりゃせん」 伴の肩にしがみついて、飛雄馬は唇を引き結ぶ。ちゃぷちゃぷと湯が揺れ、音を立てる。
「伴、っ……」
声を上げ、飛雄馬は湯の中にとぷとぷっと精を吐く。脈動する男根を握ったまま、伴は肩で呼吸をする飛雄馬の唇に口付けると、風呂の栓を抜いた。
「立てるか?」
「………」
頷いて、飛雄馬は落ち着いたら行くからと伴を先に浴室から出させて、空になった浴槽の中でぼうっと天井を仰ぐ。
不思議と寒さは感じず、湯に浸かっていたせいか、まだ体が火照っているようだった。呼吸を整えてから飛雄馬もまた、浴室から出ると、バスローブを纏って居室へと戻る。
と、伴が薄暗い部屋の中、下着を穿いてベッドに座っており、飛雄馬もその傍らにどっと腰を下ろす。
「気分は悪くないか?のぼせたりしとらんか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
笑みを浮かべ、飛雄馬は伴を仰ぐ。
酒も抜けてしまったらしく、伴はまた恥ずかしそうに目を逸らし、咳払いをした。
「何を照れることがある。お前、年を取ってからの方が気が小さくなったんじゃないか」
バスローブの紐を解いて、飛雄馬はそれを脱ぐと伴のそばへと膝を使いにじり寄る。
ベッドが軋んで、鳴った。
「う、う……そりゃあ、星が、その」
「おれが?」
「す、数年ぶりに会えたかと思えば、そんな美人になっとるだなんて、そんな……もう星はおれだけのものじゃないんじゃなあ、とか、押しも押されぬ巨人の大投手になったんじゃなあ、とか、何だか遠い人になってしまったような気がしてのう」
「そんなことを、気にしてたのか」
「なかなか会うこともできんし、そりゃあ球場に出向くこともあるが星は寮生活で、おれは野球界から退いた身。そうやすやすと会えんことくらい分かっとるが………」
「…………」
何やら言葉を続けようとする伴の唇を飛雄馬は自身のそれで塞いでから、話は後で聞く、と小さく囁いた。
「………星ぃ」
鼻声混じりの声を上げて、伴は飛雄馬の腕を取るとそのまま自分の体の下に組み敷く。
「泣き虫なのは変わらんな」
伴の頬を滑る涙を飛雄馬は伸ばした手で拭って、微笑を浮かべる。
「何もかも星のせいじゃあ」
ぼやいて、伴は飛雄馬の額に口付け、その瞼、頬と来てから小さく唇を啄んで、耳へと顔を寄せた。
「あっ……」
音を立てつつ耳に唇を押し当て、伴はそこへ舌を這わせる。唾液を孕んだ舌が這いまわる水音が鼓膜を犯し、飛雄馬は肩をすくめた。と、今度は舌がちろりと首筋を滑って、そこに唇が触れる。
跡は付けんから安心せい、と呟いて、伴は飛雄馬の首に点々と吸い付く。
伴の下着の中は先程出していないこともあって、はたまた近頃抜いていないことも相俟って、布地に染みを作るほどに立ち上がり、解放を待ちわびる。
それと相反するように飛雄馬はさっき射精をしたせいか、妙に体が敏感になってしまっていて、伴の唇が肌に触れるたびに頭の芯が痺れた。貪欲にその先をと腹の奥が切なく疼くのだ。
「あ、ん、んっ………」
刺激に反応し、膨らんだ飛雄馬の乳首を伴が指で押し潰す。それを指で抓んで、捏ねるように指の腹で転がすと、飛雄馬の体は大きく震えた。
ほんの少し捏ねる指に力を込め、強く押し潰してやると飛雄馬はひときわ高い嬌声を上げる。
「伴、きて………たのむ……」
いつもなら、ここで伴は慣らさずとも良いのか?と訊いた。
しかして、今日の彼にそこまでの余裕はなく、言われるがままに下着を脱いで、飛雄馬の足を左右に開くと、そこに体を入れ、彼の尻へと自身の怒張を充てがう。
腰をぐっと突き入れると、容易く飛雄馬は伴を飲み込んで、そのまま強く締め付けた。
「あっ、っ──!」
伴の腕に飛雄馬は爪を立て、体を仰け反らせる。体を貫く熱さに飛雄馬の視界は白く染まった。
間髪入れず、そこにピストン運動が加わって、飛雄馬はだらしなく喘いだ。久しぶりだと伴はさっき、そう言ったが、飛雄馬とてそれは同じである。
こうなることを、期待しなかったかと言えば嘘になる。
一緒に野球をやっていた頃は当たり前だったことが今はそうではなくて。だからと言って、当時に戻りたい訳じゃない。
今があるのも伴のお陰で、伴は大したことはしていない、とそう言ってくれることがまた心苦しくもあった。
「っ、ふう………星……」
「伴、もっと、ふか、ふかく、きてくれ……」
「深く、じゃと?」
額の汗を拭って、伴は飛雄馬の片足を肩に担ぐようにすると、ぐっと腰を押し付ける。すると、腹の中を穿つ伴の触れる位置が変わって、飛雄馬はうっ!と呻いた。
「星、一度出すぞ……ぐ、ぅ」
「抜かなくていい……そのまま、っ……そ、っ……」
飛雄馬の中に伴は欲を放出させたが、それを抜くことなく、再び腰を叩きつける。
「………!」
どすん、と腹の中を抉られ、骨盤を叩かれ、一瞬、飛雄馬の呼吸が止まった。
未だ衰えることのない伴の男根の圧に飛雄馬は目を細め、奥歯を噛む。
伴が腰を使うたびに衝撃が飛雄馬の脳天を貫いて、目の前にチカチカと火花が散る。
「いっ、いくっ……伴、ァ、っ!」
激しい快感が全身を走って、飛雄馬は身をよじり、ぎゅうっと爪先に力を入れるが、それでも伴の猛攻は止まない。
顔を真っ赤に染めて、飛雄馬の虚ろな瞳には涙が浮かぶ。
「ぁ、あ、ぐっ………伴、やめ、やめて、明日、っも、練習……」
「なに、これくらいで壊れるほど星はヤワではないじゃろう……」
「ちっ、が………あ、もどって、もどってこれなくなる……っ」
伴は体を起こし飛雄馬の腰をそれぞれ掴むと、今度はゆっくりと動いた。
ひくひくと飛雄馬は体を痙攣させ、目を虚ろに瞬かせる。
「は、ぅ………っ、ふ、」
と、そこで再び伴はスパートを掛け、今度は飛雄馬の腹の上へと欲を撒いた。
「ふ、う………うっ」
どくどく、っと飛雄馬の腹に白濁を吐いてから伴は彼の中から男根を抜く。
その際、さっき出した自身の精液がとろりと溢れて、ベッドに溢れた。
「……………」
飛雄馬は目元を手で覆って半開きの口から小さく吐息を洩らしている。
「ほ、星。何か飲むか?水か?それともオレンジジュースがええかのう」
「……水がいい」
顔から手を離し、飛雄馬は下着を穿いて自分が横たわるベッドに腰掛けた伴を見上げる。
「す、すまん。調子に乗りすぎたわい。大事な体なのに」
「ふ……だから、泊まりにしたと言っただろう」
飛雄馬は体を起こし、ルームサービスを頼むべく部屋備え付けの電話の受話器を上げた伴にニッと笑みを見せた。
「………」
「ふふ、とは言え、寝る時間も作ってもらわんとそれこそ本当に明日に障る」
「も、もうせんわい。あんなこと……」
「……時間も人目も気にせず会うのは本当に久しぶりだからな」
「いつか星が………いや」
「いつか、か。考えたくはないが、そのときは、伴と共にいられたらいいな」
「そんな日、一生、来なくてええわい」
電話口に出た受付に伴はミネラルウォーターとワインを1本ずつ持ってくるように告げ、受話器を置く。
「汗を、流してくる」
言って、ベッドから立ちかけた飛雄馬を伴は背後から抱き締め、強くその腕に抱く。
「星。お前は無敵じゃい。何も心配することはない。これからも、ずっとずっと星は巨人の星じゃい」
「…………」
自身の体を抱く伴の手に飛雄馬はそっと自分の手を添えてから、目を閉じ、ああ、と頷く。背中に触れる体温が暖かくて優しくて飛雄馬は泣きそうになりつつ、ぎゅうっと右手で拳を握った。