リビングのソファーでバラエティ番組を観ながら、大笑いする伴の声を聞きながら飛雄馬はカーペット敷きの床に座ったまま自身のグラブを磨く。
汗を吸い、泥にまみれたグラブは時折、こうして汚れを落とし、クリームを塗ったりと手入れをしなければすぐに劣化し、大事な試合中に紐が切れたりグラブ自体が破れたりなどしてチームの先輩方にも迷惑をかけることになる。
そうでなくとも、長年使い込んでいるグラブだ。愛着があって当然だろう。
もちろん試合が始まる前にもほつれや綻びはないか、破れてはいないかなど確認はするし、終わってからも点検は行っている。
今日は試合も組まれてはおらず、夜には明日の中日戦のためにミーティングがあるが、日中は各々自由に過ごして構わないという監督のお達しで、伴はこうして飛雄馬の住むマンションを訪ねていた。
「ふふふ、ずいぶんテレビが面白いようだな」
「おう。星も早いとこ手入れを終わらせてこっちに集中せい」
「まあ待て、伴。もうそろそろ終わるから」
「ふむ。それにしてもだいぶボロ……あ、いや、年季の入ったグラブじゃのう」
チラ、と伴は飛雄馬の磨くグラブに視線を遣り、そんな言葉を口にした。
「ボロとはひどいな。確かに年月は経っているがまだまだ使えるぞ」
「親父さんに買ってもらったものか?」
「とうちゃんが日雇いで稼いだ金をコツコツ貯めてくれていたねえちゃんがおれの誕生日に買ってくれたものだ。以前、甲子園で左門の打球を受けて紐が千切れたことがあったと思うが、その時からこれを使っている」
グラブを右手にはめ、飛雄馬は手首を回し、もう一度ほつれなどはないか裏表確認してから、よし、と手からそれを外した。
「なるほどのう。親父さんと明子さんの愛情がたっぷり詰まっとるんじゃのう、そのグラブには」
「そう、なるな。だから見た目はあまり良くないかも知れんが、おれにとっては大事なものだ」
「う、星よ、ボロと言ったのは訂正させてくれい。すまんのう」
ばつが悪そうに伴は視線を泳がせつつ鼻の頭を指で掻く。
気にしてはいないさ、と飛雄馬は微笑んでから、そろそろ昼飯にしようか、と手首にはめた時計を見遣りつつ、話を続けた。
「近所に新しくラーメン屋ができるとチラシが入っていた。ちょっと行ってみないか」
「おう!まだ昼飯時には早いし、店も空いとるはずじゃい!そうと決まればさっさと支度せい!」
うきうきと伴は浮足立ちつつ、ここを訪ねる際に着用してきたコートに腕を通しながらひとり、玄関へと向かう。
せっかちなやつだな相変わらず、と飛雄馬は吹き出してから伴の後を追うようにして上着を羽織り靴を履いた。
「やっぱり冬はラーメンが1番じゃのう」
「夏にも同じようなこと言ってなかったか?」
廊下に出て部屋の戸締まりをしつつ、飛雄馬が苦笑混じりにそう言うと、伴は、そうじゃったか?と首を傾げ、まあ、ラーメンはいつ食っても美味いからのう!と大笑いと共にとぼける。
まったく、見ていて飽きんな、と飛雄馬は隣を歩く伴の横顔を仰ぎ見ながら、ずっとこんな日々が続いていけばいいのに、とそんな物悲しいことを考える。
きっと、季節のせいだろう、伴とはこれからもずっと一緒のはずだ、と飛雄馬はマンションから出て、寒そうに体を縮こまらせながら街を行く人々を掻き分け前に進む。
「冷えるのう。うう、寒い」
「……………」
飛雄馬は雪でも降り出しそうな灰色の空を見上げて、その唇を固く引き結ぶと、どうしたんじゃい?と尋ねてきた伴に、何でもないと返すのが精一杯で冷えた指を温めるようにコートの左右のポケットにそれぞれ手を入れると冷たい空気を鼻から吸い込み、泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。