不道徳
不道徳 「ごめんなさいね、仕込みに時間がかかってしまって……」
申し訳なさそうに明子は言うと、飛雄馬と花形を客間へと残し、足早に部屋を出て行った。
今宵、飛雄馬は姉の明子に呼ばれ、花形邸に出向いたまでは良かったが、まさかその花形とふたりっきりにされるとは夢にも思わず、黙ってテレビに映し出されるバラエティを眺めている。
手伝うよとこの雰囲気に耐え兼ね、台所を一旦は飛雄馬も訪れたのだが、お客さんは座っておいてと笑顔でそう言われ、客間にすごすごと戻ってきたのがついさっきのこと。
花形はこういった番組には興味がないようで、何やら新聞に目を通している。
「コーヒーでも飲むかい」
ぼうっと画面に見入っていた飛雄馬は、ふいに声をかけられ、思わず、えっ?と訊き返した。
「……何か、飲み物を取ってこようか」
花形は柔らかい口調で再び、同じ文句を口にすると、読んでいた新聞を畳み、ソファーの端に座っていた飛雄馬との距離を詰める。
「花形さんと同じものでいい」
わざわざ座る場所を変え、何やら意味ありげに顔を覗き込んできた花形の顔を、上目遣い気味に飛雄馬は見上げ、当たり障りない返事を返した。
「…………」
と、花形は何を思ったか手を挙げ、それを目の当たりにするなりギクリと身構えた飛雄馬の髪を撫でると、そのまま後頭部に手を添えるや否や、鼻がぶつからぬよう傾けた顔を彼へと寄せた。
「…………!」
閉じ合わせた飛雄馬の唇に花形は口付け、舌でぺろりとそこをくすぐる。
微かに呻いて、目を閉じ、口を開けた飛雄馬に花形は再び口付けを与えると、下唇をゆるく食んだ。
「つ、っ……」
そうして、飛雄馬の僅かに開いた口から覗く舌に触れるよう、花形は彼の口内に舌を差し入れた。
かと思うと、小さく唇を啄むようにして距離を取り、上唇を軽く吸い上げる。
「フフッ」
花形が笑ったか、そんな声が耳をくすぐり、飛雄馬が閉じた目を開けると彼はすぐさま呼吸を奪うよう、顔の角度を変えると唇を寄せた。
「ん……ぁ、ふ……」
鼻にかかった甘ったるい声が飛雄馬の口からは吐息と共に漏れ出で、花形は少し、唇を離すと舌を出してと囁く。
とろんと蕩けた顔を花形へと向け、開いた口から舌を出した飛雄馬のそれを花形はちゅっ、と吸い上げてから、再度、唇同士を重ね合わせた。
「あ、っ………う」
濡れた互いの唇が触れ合い、飛雄馬はどちらのものとも判別のつかない唾液を飲み下して、花形の腕を掴んだ。
頭の芯がじわじわと痺れ、飛雄馬の体の表面は熱く火照り始める。
「あ、ぁっ…………」
喘いだところで、ようやく唇を離され、飛雄馬はふらふらとソファーの肘置きに背中を預けるようにして倒れ込む。
と、その刹那、明子が顔を出し、食事の支度が出来た旨を花形へと告げた。
「そうか。しかし、飛雄馬くんは日頃の疲れが出たのか気分が悪くなってしまったらしい。落ち着くまで寝かせておこう」
「まあ、飛雄馬、大丈夫?」
「大丈夫。休めばよくなるさ。きみは先に食べていてくれたまえ。せっかくの料理が冷めてしまうよ」
「私が、代わりましょうか。あなたこそ先に食べていらして」
花形に、自分が看病を代わると明子は申し出るが、きみもたまにはゆっくり食事をするといい、とそんなことを言われ、渋々ながら彼女は部屋を後にすることになった。
「無理をしないでね、飛雄馬……」
心配そうに明子は飛雄馬らに声をかけ、そのままふたりに背を向け廊下の奥へと消える。
飛雄馬は今の間で少し平静を取り戻したか、花形に「なぜそんな嘘をついた」と訊いた。
「嘘?心外だな。飛雄馬くんの顔があまりにひどいからそう伝えたまでのこと。そんな蕩けた顔を姉に見てほしかったかね」
そんなに、ひどい顔を、おれはしているのか。
飛雄馬は口元を手で拭い、ごくりと唾を飲み込む。
すると花形はその顔を下から覗き込むようにしながら、ついと口を寄せ、飛雄馬の唇に触れた。
「あ、ぅ、っ」
びくん、と体を跳ねさせ、飛雄馬の意識が逸れたところに花形はソファーの肘置きに寄りかかるような体勢を取っていた彼の上に、座面に片膝を乗せるような格好で跨る。
「ふふ、さっきのがそんなによかったかい」
「そんな、ことっ」
ネクタイを緩め、花形は飛雄馬の首筋に口付けつつ、彼の穿くスラックスのベルトを緩めた。
そうして、スラックスの中からシャツと下着にしているタンクトップの裾を取り出し、その中に指を這わせる。
呻いた飛雄馬の唇にそっと唇を押し当て、花形は指を這わせた肌をゆっくりなぞっていく。
「ん、ぅ、うっ」
花形の指先が肌の上を滑るたび、飛雄馬の背筋にはぞく、ぞくと淡い痺れが走って、体が強張った。
するとそのうち、花形の指はシャツをたくし上げながら飛雄馬の胸へと到達し、そこにある突起へと触れる。
そうして、僅かに膨らんだそこを指で抓んで、花形はそっと押し潰す。
「っ、ひ……!」
悲鳴を上げた飛雄馬の唇が弾みで花形から離れたものの、彼はそのまま抓んだ方とは逆の胸の突起に口付け、それをちゅうっ、と強く吸い上げる。
かと思えば、吸い上げながらも舌先でそれを弾きつつ、もう一方の突起を嬲っていた手を飛雄馬の股へと遣った。
ベルトを緩めたおかげで出来た腹とスラックスの隙間に手を差し入れ、花形は更にその奥、下着の中にある男根に触れた。
「く、ぅ、う………」
下着の上からゆっくりと膨らんだそれを撫でられ、飛雄馬は背中を逸らすと指を噛む。
「指を、噛むのはいただけんな」
呟いて、花形は飛雄馬の突起に軽く歯を立てる。
そのジクジクとした痛みは花形が撫でる下腹部に電気信号のようにして甘い痺れを伴いながら伝わり、飛雄馬の腹の奥が切なく戦慄いた。
花形の手の熱が飛雄馬の下腹部を熱く疼かせる。
「や、っ、う……」
声を漏らし、顔を背けた飛雄馬の耳元に唇を寄せ、花形はそこを犯しながら先走りに濡れる男根をぬるぬるとしごいた。
そうして、ひとしきり、そこを嬲ったあと、花形は飛雄馬の穿くスラックスと下着を剥ぎ取ると足を大きく左右に開かせる。
「…………!」
ぎりっ、と飛雄馬は奥歯を噛み締め、己を見下ろす花形を睨んだ。
「どうして、そんな顔をするのかね。散々よがっておきながら」
「人の、っ……せいに、するな」
「…………フフッ」
花形は笑うと、指を口に咥え、唾液を十分に纏わせてから飛雄馬の開かせた足の中心へとそれを這わせた。
「あ、っ……」
喉を晒し、仰け反った飛雄馬を追うように指を彼の中にそろりと挿入させ、花形は内壁を指先でくすぐった。
「歯痒いね。全然いいところに当たらない」
「っ、なんの、話だ……」
表情を読まれぬよう、顔を腕で覆い、飛雄馬は目を閉じるが、それが却って花形が嬲る箇所へ意識を集中させる結果になり、ソファーの端で飛雄馬は逃げ場なく身をよじる結果となる。
すると、2本目の指が腹の中に入ってきて、飛雄馬は唇を引き結ぶ。
ゆるゆると入口を付近を撫でられたかと思うと、より深いところを指は弄んだ。
「…………──っ」
その緩急の付け方が巧みで、刺激に慣れてきた頃に別の位置を触られ喘ぐしかなくなる。
中途半端でやめられた臍の下も、切なく先走りを垂らし、飛雄馬が身をよじるたびに揺れた。
「飛雄馬くんには悪いが、そう、ゆっくりもしてはおれんでね」
指を抜き、花形は自身のスラックスを留めるベルトを緩め、下ろしたファスナーの位置から怒張を取り出すと、飛雄馬の尻へとそれを押し当てた。
体勢的には花形が挿入しようとする、その様が飛雄馬には丸見えである。
膝を曲げた足の先に力が篭って、飛雄馬は一度は腕を離し、花形を見上げたが、すぐに目を閉じた。
その、瞬間、花形は手を添えた己のそれを飛雄馬の中に飲み込ませていく。
ゆっくりと、しかし確実に内壁を押し広げ、肉の襞を擦りつつ奥へと潜り込んでくる花形の感覚に、飛雄馬は思わず開けた口から悲鳴にも似た声を上げる。
「おや、そんなによかったかい。顔が赤い」
クスクス、と花形は笑みを浮かべ、ある程度までを飛雄馬の中に挿入すると、彼の開かせた膝の裏に手を遣り、身を乗り出すようにしてその体の上に覆い被さった。
「は、ぐっ……っ、」
びくん、と飛雄馬は深く腹の中を穿った感覚に眉間に皺を寄せ、薄く汗の滲んだ首筋を花形の眼下に晒す。
「さっき、途中でやめたところが気になる?」
言うと、花形は飛雄馬の中に己を埋めたまま、彼の腹の上に乗っている男根を手に取る。
「そ、んな、ことはっ」
「中途半端はきみも好まんだろう」
先走りで指を湿らせ、花形は飛雄馬の露出した亀頭をぬるぬると撫でさする。
「あ、いっ、っ………」
それを受け、喘いだ飛雄馬は身を強張らせ、花形を締め上げる。
飛雄馬の逸らした顔、その耳元に口付けつつ、花形は手にした男根をゆっくりと上下にしごく。
その度、きゅん、と切なく飛雄馬は彼を締め付け、口からは吐息を漏らした。
「はぁっ………は、ぅっ」
「ほら、早くしないと明子がまた来るかもしれない」
「あなたが、っ、やめれば済むこと……」
「またそうして、人のせいにする」
握る手の力を僅かに強めて、花形は飛雄馬の亀頭から裏筋にかけてを上下に擦る。
「っ、ひ………い、くっ、い、っ」
「出すといい。ふふ」
「あ、っ、……!」
耳元で囁かれ、飛雄馬はその声にビクンと体を跳ねさせると同時に、どくっ、と自身の腹の上に己の白濁を飛散させることになった。
「はぁ………っ、ふ……」
全身に汗を滲ませ、射精の余韻に戦慄く飛雄馬だったが、花形は彼の男根から手を離すとゆっくりと腰を使い始める。
ゆるゆると体の緊張が解れ、脱力しかけていたところに新たな刺激と感覚を与えられ、飛雄馬はその衝撃に目を見開くと花形を見上げた。
しかして彼は、ニヤリ、と彼は笑うばかりで、腰の速度を緩めはしない。
「う、ぁ、あっ!」
蕩けた腹の中を、花形のものが内側から擦り上げ、奥を探った。
飛雄馬の射精を終えた男根が再び首をもたげて、花形の腰の動きに合わせ、揺れた。
「はぁ、あっ……あっ!」
閉じた飛雄馬の目尻から滲んだ涙が滑り、こめかみを濡らす。
花形が動くたびに、腹の中が擦れて、そこからの甘い痺れが飛雄馬の脳を焼いた。
視界が次第にふわふわと揺れ白く霞むが、ふいに現実に引き戻すのは、やはり花形が腰を使い、別の位置を叩くときだ。
「あ、っ、ああ…………あ、」
顔を紅潮させながら喘ぐ飛雄馬の名を呼んで、花形は汗に濡れた彼の髪を撫でてから身を屈め、そっとその唇に口付ける。
「っ、ふ………ん、ぅ」
ちゅっ、と唇を食み、舌を出してきた飛雄馬のそれと己の舌を絡めながら、花形はそのまま欲を彼の中へと放出した。
それから、飛雄馬の目尻を濡らす涙を指で拭ってやってから花形は、体を起こすと身支度を整え、またあとで呼びに来ようと言うなり、客間を早々に出て行った。
「……………」
飛雄馬はようやくそこで大きな溜息を吐くと、ソファーに体を横たえたまま目を閉じる。
このまま、眠ってしまいたいがそうもいかない。
ねえちゃんがせっかく、腕によりをかけて食事を作ってくれているのだから。
それなのに、おれはどうして、こんなことに。
目元を腕で覆って、飛雄馬はその腕の下で静かに涙を流すと、ねえちゃん、ごめん、と自身の姉に対し、小さく謝罪の言葉を呟いた。