伝言
伝言 どこかで、食事でもするか、と飛雄馬が遠征先のホテルを出て、関西の街を歩いていると、どこかしこから関東にいる際にはあまり耳にすることない、関西弁が聞こえてきて、つい顔を綻ばせた。
関西に来るとなぜだか気分が明るくなる。
関西圏在住の人々の気質と言うのだろうか。
明るく朗らかで、いわゆる関西弁と呼ばれる話し言葉も相俟って、自然と笑みが溢れてしまうのだ。
さて、何を食べようかと夜の繁華街を歩いていると、客引きが安くするからうちに来なよとばかりに声をかけてきて、まさかの事態に飛雄馬はうろたえる羽目になった。
こんなことならホテルの受付にどこかおすすめの店はないかと尋ねてくるべきだったな、と、客引きの誘いを丁重に断り、手っ取り早くラーメンやうどんで済ませてしまうかと飛雄馬が思い立ったところに、「飛雄馬くん」と背後から名を呼ばれ、ギクッと思わずその場に固まった。
「は、花形!」
振り向いた飛雄馬は後ろに立っていた彼の名を口にし、なぜここに?とも続けて尋ねる。
花形は普段通りの三揃いのスーツに身を包んだ出で立ちでそこには立っており、誰かと一緒と言うわけでもなく、何やら急いでいるような様子も彼の表情からは見受けられない。
「会社の、出張でね。まさかこんなところで飛雄馬くんに会うとは。きみひとりかね」
「…………」
それはこちらの台詞だ、と喉元まで上がった言葉を飲み込み、飛雄馬は、ひとりだ、と答える。
「確か明日からは我が古巣の阪神との試合と聞いていたが、フフ。ぼくも運がいい。出張する役を買って出た甲斐があったと言うもの。どうだね、一緒に食事でも────」
「誘いは嬉しいが遠慮しておく」
花形が言い終わるのを待たずに飛雄馬はピシャリと彼を跳ね除けると、そのまま歩き始める。
「兵庫はぼくの第二の故郷みたいなものでね。何か食べたいものがあれば店に案内するが」
「いらんと言っている。おれは花形さんと違い、そんなにゆっくりしている暇はない。あなたもかつてプロ野球選手としてめしを食ったことがある身ならそれくらい、わかりそうなものだが」
毅然とした態度で飛雄馬は花形を突っぱね、やや足早に先を急ぐ。
「……きみの父上から伝言を預かっていてね」
「伝言?」
花形の口から飛び出した父の名に、飛雄馬は歩みを止める。
「フフ。さあ、来たまえよ」
「……ここでは、言えんことか」
立てた親指で背後を指し示した花形の顔を見据えつつ、飛雄馬はそう、訊き返した。
「きみは大事な父上からの伝言をこんな騒がしいところで聞きたいのかね」
「………………」
今更、親父が何を、と飛雄馬は己から視線を外さない花形の顔を、彼もまたじっと瞳に映しつつ微動だにしない。
わざわざ花形を通すなんて親父の気質からは考えにくいが。
「あまり、悩む暇もあるまい」
手首にはめている腕時計を確かめ、花形が煽るように囁く。
「…………」
この男は相変わらず、動揺を誘うのが上手い。
おれは何度、彼の言葉に惑わされ、失態を犯すことになったか。
果たしてこれもまた、罠なのだろうか。
そんなことをして、なんの得がこの男にはあると言うのか。
もうあの頃とは違う、花形は球界を引退して久しい。
互いの表情や仕草の裏と裏を読み合う打者と投手の関係ではない。
飛雄馬は、行こう、と言うなり、花形から視線を逸らした。
「フフ、そう、来なくてはな。飛雄馬くん」
「…………どこへ?」
「まあ、ついてきたまえよ」
言うなり、花形は飛雄馬に背を向け、歩き出す。
飛雄馬もまた、彼の後を追うようにしてそのまま案内された店へと足を踏み入れる。
そうして、花形馴染みの店で食事をしながら飛雄馬は幾度となく彼の言う父の伝言について尋ねたが、どうにも要領を得ず、悶々とした気持ちを抱え店内を後にすることになった。
「そんなに、気になるかい」
繁華街を行きつつ、花形がぽつりと口を開く。
時間を気にしながら、そろそろ別れねばと思っていたところにそんな言葉をかけられ、飛雄馬は歩みを止め、立ち止まった彼を真っ直ぐに見据えた。
「気になるも何も、親父の伝言をダシに誘ったのは花形さんだろう」
「まだ、時間に余裕はあるだろう。もうひとつ、付き合ってはくれまいか」
「もう、ひとつ?」
訝しげに尋ねた飛雄馬に、花形は部屋を取ってある、と一言、短く、そう告げる。
「………何が言いたい?さっきからあなたの言うことは何ひとつ、要領を得ない」
「人が多い場所で伝えるよりはいいかと思ったに過ぎんが、フフ、何を想像したのかな?」
言われ、飛雄馬の顔がかあっ、と羞恥に赤く染まった。
二の句が告げない飛雄馬と花形の間には沈黙が流れ、道行く酔っ払いらがあれは昔阪神におった花形と巨人の星と違うか?などと口にしながら付近を通り過ぎていく。
「そこまで、言うのなら、聞かせてもらおう!」
飛雄馬は力強い口調で花形に対し、そんな言葉を投げかけた。
「…………」
花形はもうそこに見えている、と背後を立てた親指で指し、行こう、と再び、先を歩き始める。
そうして、少し大通りを抜けた人通りの少ない路地へと入った花形の後を追い、飛雄馬がホテルの入口を抜けると、フロントから鍵を受け取ったらしき彼が目の前には佇んでいた。
「……明日には帰るのか」
「明日の始発で関西を発つ。ぼくも忙しい身でね」
フフ、と花形は笑みを浮かべ、辿り着いた先の、今宵充てがわれた部屋の鍵を開ける。
「それで、親父の伝言とは?」
部屋に足を踏み入れるなり早々に、飛雄馬は伝言の件を切り出し、花形に、まあ、待ちたまえとたしなめられる結果となった。
とりあえず、そこに座るといい、とも言われ、飛雄馬は、ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める花形に部屋にひとつしかない椅子を取られたために渋々、ベッドの端に腰を下ろした。
普通、他人にベッドを触られるのは不快感を催すものだろうに、この男はそういった感情は抱かんのだろうか、と飛雄馬は煙草を咥えた花形を見つめ、そんなことを考える。
おれはこの人の扱い方が出会ったときからよくわからない。
ねえちゃんとは不思議と馬が合うのだろうか。
どういう交際期間を経て、結婚に至ったか別段、興味もなく尋ねることもないが、おれも花形という人間は嫌いではない。
ただ、どう接すれば良いかと言うことだけが未だハッキリしないだけだ。
「煙草、いいかね」
飛雄馬は答えない。
そんなものを吸う暇があるのなら、さっさと帰してくれとは思うものの、口には出さなかった。
ふ、と花形は口に携えた煙草を外すと、椅子と対になるようにして部屋に置かれていたテーブルの上に乗せられている灰皿にそれを預け、席を立つ。
ホテルの部屋自体は簡素な作りで、ベッドがひとつと、灰皿の置かれたテーブルと椅子が1組。
ブラウン管のテレビもだいぶ年式が古いようで、花形がこんな部屋に泊まるとは、と飛雄馬は部屋に入るなりまずそこに驚いた。
そうして今になって、突然腰を上げた彼の姿に驚くことになったのだが、何事か、と身を強張らせた飛雄馬の隣に花形は、何食わぬ顔をして座り込む。
「……………」
「そう、身構えることもあるまい。あの頃なら露知らず、今はそんな関係ではない」
「それは、そうだが」
言葉を濁しつつ、顔を逸らした飛雄馬の顎を下から掬い上げるようにして己の方を向かせ、花形は彼の瞳をじっと見つめる。
「きみと戦える打者が羨ましいよ、飛雄馬くん」
「は………?」
目の前の彼が発した、まさかの言葉に声を上げた飛雄馬の唇に花形は己の唇を押し付け、勢いのままにベッドの上へとその体を組み敷いた。
古ぼけたベッドがふたり分の体重を受け、軋むとマットレス内のスプリングが僅かに跳ねた。
驚き、目を見開いたまま固まる飛雄馬を見下ろし、花形はニッ、と口角を上げ、笑みを浮かべる。
「人を疑うということを覚えた方がいい。いつか痛い目を見る」
「…………く、っ」
眉間に深い皺を刻み、飛雄馬は花形を睨んだが、その両手は手首をそれぞれに掴まれ、頭の横でベッドに押さえつけられている。
「そういうところが、きみの長所と言えばそうだろうがね」
言って、顔を寄せてきた彼から逃げるように顔を背けた飛雄馬の耳元に花形はそのまま唇を押し当てると音を立て、そこを吸い上げる。
「うっ、っ!」
びくん、とその口付けを受け、飛雄馬の体が跳ねた。
吸われた箇所に淡い痛みが走り、体の芯が妙に火照り出したところに首筋を花形の舌が這った。
ちりちりと肌が粟立ち、自然と飛雄馬の身が強張る。
そうして花形は油断した飛雄馬の唇に、己のそれを寄せると、口を開けてと囁いた。
「………!」
しかして飛雄馬が首を振り、それを拒んだために花形は組み敷く彼の顔を埋めると、その柔らかな皮膚に歯を立てる。
「あっ、い………ッ、」
喉を晒し、声を上げた飛雄馬の口に花形は間髪入れず己の唇を押し当て、口内に舌を滑り込ませた。
「やめ、っ、花形っ、」
尚も逃げようともがく飛雄馬の手首から花形は右手を離すと、その顔を自由になった手で押さえつける。
仰け反ったところを追われ、上顎を舌先でくすぐられて、飛雄馬は足の内股を無意識にすり合わせた。
と、花形はその仕草に気付いたか、飛雄馬の唇を解放してやると、すり合わせた両足の間に手を差し入れ、そのまま足を大きく開かせる。
「体は正直だ。フフ、まあ、頭の方もだいぶ出来上がってしまっているように見えるが」
言いつつ、花形は開かせた飛雄馬の股へと手を遣り、張ったスラックスの前をゆっくりと撫でた。
「あ、あっ、」
喘いだ飛雄馬のもう一方の手首からも花形は手を離し、一旦、体を起こすと、組み敷く彼のスラックスのベルトを緩め、その前をはだけさせる。
狭い下着の中から解放され、飛雄馬の男根は外気に晒されると、びくん、と大きく跳ねた。
「もう抵抗もしない、か」
「やめろと言ってやめるのか、ぁっ!」
ぬるっ、と花形の手が飛雄馬の男根を握り、それをしごく。
「ひ、っ、う、ぅうっ」
裏筋とカリのくびれの位置を花形はしばらく責めたかと思うと、今度は先から根本までを一息にしごき、飛雄馬を焦らした。
飛雄馬はそれを受け、腰を揺らすと、情けない声を上げる。
頭の中がぼうっとなって、全身が燃えるように熱い。
絶妙に触れる位置を外され、そのもどかしさに飛雄馬は悶える。
「つ、ぅ、うっ……」
声を殺すように口元を両手で押さえ、飛雄馬は全身を戦慄かせた。
「遠慮なく、出したまえ。ここにはぼくと飛雄馬くんしかいない」
飛雄馬は首を横に振り、目を閉じると、呼吸に合わせ腹を上下させる。
「ふ………うっ、ふ………はっ」
ああ、触ってほしい。
もどかしい。
触ってほしいのはそこじゃない。
飛雄馬は目を開け、花形にしごかれ、揺れる己の男根を見つめる。
「そんなに出したいかね。フフ、触ってほしいのは、もっと……」
花形は手の位置をずらすと、飛雄馬の亀頭を掌に握り込むように上下に擦った。
  「────〜〜!」
瞬間、飛雄馬の目の前に閃光が走る。
きゅうっ、と下腹に力が入った刹那、花形に弄ばれる男根の先から白濁が放出した。
幾度となく花形の手の中で脈動を繰り返し、飛雄馬は彼の手を白く汚す。
「…………」
花形は飛雄馬の射精が治まるのを待ってから、手で受け止めた体液を彼の唇へと塗り付けた。
呼吸のために微かに開いていた口に花形が指を咥えさせると、飛雄馬は拙い舌使いで己の体液を舐めとっていく。
「さて、きみの父上からの伝言だが」
「ん、ん…………っ、」
ちゅるっ、と唾液に濡れた指を飛雄馬の口から抜き取り、花形はもう一方の手で彼の腰からスラックスと下着を引きずり下ろすと脱げた靴と共に床の上に放った。
達したばかりの男根が、縮こまり、飛雄馬の腹の上に乗っている。
花形は飛雄馬が舐めた指を己でも口に含むと、唾液をたっぷりとそれに纏わせ、飛雄馬の開いた足の中心へと這わせた。
「だいぶ柔らかいね。ここを使ったことは?」
「………ぅ、っ、ん」
尋ねた花形だが、飛雄馬はそれを聞いてはいない。
今にも腹の中に入ってこようとする花形の指に意識が向いてしまっているためだ。
それなら、期待に答えてやらねばとばかりに花形は唾液に濡れた指を飛雄馬の中へと挿入した。
「あ…………」
内壁の腹側を指先でくすぐり、時折、何かを探すように花形は壁をトントンと叩く。
「………………」
指を根元まで飲み込ませたのち、花形は一度それを半分ほど抜き、2本同時に飛雄馬の中に忍ばせる。
「っ、っ………」
ピクッ、と飛雄馬の腹の上で萎えていた男根がやや首をもたげた。
そうして、2本目の指の腹が触れた位置に飛雄馬の体はビクビクと震える。
花形はここだね、と微笑み、そこを内側から押し上げ、刺激する。
「あ、ぁあっ………!」
「ここだね」
「そ、こっ、なに……」
「きみの弱点だろうね。フフ」
数回、そこを撫で上げられ、飛雄馬の男根は完全に立ち上がった。
しかして花形はそこには触れようとはせず、中を探り、指の本数を増やすと、入口を解してから指を抜く。
それから、飛雄馬の開かせた足を脇の下に抱え込むようにして腰の位置を合わせると、己のスラックスのファスナーを下ろし、中から男根を取り出した。
「………!」
飛雄馬は、ハッ、と頭を上げ、今にも挿入しようとするその様を己の足の間から見つめる。
「ほら、入るよ……」
ぐっ、と入口に何やらあてがわれたと思った刹那、体の中に何かが侵入してくる感覚があって、飛雄馬は呻き声を上げると共に体を仰け反らせた。
それは容赦なく腹の中を押し広げ、奥へ奥へと進んでいき、飛雄馬は口から大きく息を吐く。
花形は体を反らし、逃げようとする飛雄馬を追うようにして身を乗り出し、呻く彼の手を跳ね除け、その唇に口付けた。
「…………っ、ふ」
ちゅっ、と唇を啄み、花形は根元までを飛雄馬に挿入すると、彼の額にうっすらとかいた汗を拭ってやった。
「飛雄馬くん……」
ぎしっ、と花形の腰の動きに合わせ、ベッド軋む。 ゆるゆると腹の中が引きずられ、擦られ、飛雄馬は奥歯を噛み締める。
「は、ぁ、っ……」
先程、指で嬲られた箇所を花形の男根が突き上げ、飛雄馬の全身に甘い痺れを走らせた。
尚も声を押し殺そうとする飛雄馬の唇を貪るようにして、その唾液の甘露に花形は身震いする。
己の首を抱くよう、飛雄馬の両腕を首の後ろに回させ、花形は体重を彼の上に乗せた。
「う、ぁ、あっ……」
「…………ふ、っ」
花形は小さく呻くと、顔をしかめ、飛雄馬の中にそのまま吐精する。
「……………」
とく、とくと腹の中に注がれる欲に飛雄馬は花形の肩を掴み、彼もまた、絶頂の余韻に震えた。
汗をびっしょりとかいた花形は射精を終えた後、後始末をすると額の汗を拭い、落ちた前髪を掻き上げる。
そうして、手首に巻かれた時計に視線を遣ったが、門限まではまだ余裕があった。
改めて、ついさっきまで座っていた椅子に腰掛けると灰皿に置いた煙草に火をつけ、煙をくゆらせる。
と、飛雄馬が体を起こし、床に落ちていたスラックスと下着とを拾い上げ、それに足を通した。
「体に気を付けて、頑張って欲しいとのことだ」
花形が呟いた一言に、飛雄馬は手を止めたが、すぐにそれを再開させる。
「…………言われずとも、わかっていると、伝えてくれ」
「…………」
いい気な、ものだ、と飛雄馬は花形には一瞥もくれず、ベルトを締める。
花形の言う、伝言とやらが事実か否か、確かめる術は今のおれにはない。
もはや、事実だろうと、花形の誘う口実だったにしろ、もう、すべて、終わったことだ。
「……花形さんも、明日の始発に遅れないようにしてくれ」
言うと、飛雄馬は部屋の出入り口へと向かい、鍵を開け、ノブを握った。
建付けの悪い扉は奇妙な音を立て、口を開けると飛雄馬を部屋の外に誘う。
「おやすみ、飛雄馬くん」
「……………」
背後に、そんな声を聞きながら飛雄馬は部屋の外に体を翻し、そのまま扉を閉めた。