堕罪
堕罪 「それじゃあ飛雄馬くん、お義父さんによろしく」
「…………」
飛雄馬が姉・明子に呼ばれ、花形邸で数時間を過ごした後に訪れたのが己が実父が住むここ川原荘だ。
ひとりで行くと言った彼を強引にキャデラックの後部座席に押し込み、車を走らせたのは他でもない、花形満である。
飛雄馬は運転席の窓を開け、そんな言葉を投げかけてきた義兄を無視し、父の部屋を訪ねようとするが、あろうことか花形がキャデラックのクラクションを派手に鳴らしてきたために、慌てて引き返す羽目になった。
近所迷惑じゃないか──。
走り寄りつつ、視線を遣った先にあったのはにやりと笑みを浮かべている花形の顔で、飛雄馬はその表情につい1時間ほど前に彼から与えられた屈辱を思い出す。
さあっ、と頭の芯が冷え、世界からは音や温度が消えたような感覚を抱いたのに対し、腹の中は妙に火照った。
「…………!」
「フフッ。では、飛雄馬くん、またうちに遊びにきてくれたまえ」
運転席から身を乗り出し、その場に固まった飛雄馬の腕を掴むや否や花形はその頬に口付けると、再びにやりと笑んでから車を切り返し、その場を去って行った。
飛雄馬は血が滲むほど強く、己の下唇を噛み締めてから、父に動揺を悟られぬようにと気を落ち着かせるべく鼻から大きく息を吸い込む。
口の中に滲んだ鉄錆の味を唾液とともに飲み込んで、飛雄馬は頭を振る。
こんなことは忘れなければならない。
おれが口を噤んで、沈黙を守っていればいいことだ。ねえちゃんに会っても素知らぬ顔をして、笑っていればいいことなのだ。
覚えていても何にもならない。
そこまで考え、気を落ち着かせたところで飛雄馬はふと、どこからともなく視線を感じ、何気なく顔を上げた。
するとその先には2階にある自室の窓を開け、こちらを見下ろす己の父・一徹の姿があって飛雄馬は呆然とその場に立ち尽くす。
そんな、いつから。
花形さんがクラクションを鳴らしたときか?
いや、しかし、きっと親父の場所からは死角となって何も見えはしなかったはずだ。
そうだ、そうに決まっている。
何を案ずることがある。何もかもを悪い方にばかり考えるのはおれの悪い癖だ。
飛雄馬は額に浮いた汗をぐいと拭って、視線を逸らすと父の住む部屋に続く外階段を、震える足に鞭打ちながらゆっくりと上がっていく。
何事もなかったような顔をして、戸を開ければ親父も何も言ってはこないだろう。
一徹の部屋の前まで歩いてきて、飛雄馬は微かに聞こえてくる同じアパートに住まう家族連れの幼い子供の笑い声に釣られ、ふふと己も微笑みを浮かべてからドアノブを握ると、それをぐるりと回して開いた扉の先に身を滑り込ませた。
「明子のところに行っとったのか」
開口一番、一徹にそう尋ねられ、飛雄馬は挨拶することもままならないままその問いに答えた。
「あ、ああ。ねえちゃんに呼ばれたもんでさ……それで、話とは」
「いつからじゃ」
「え?」
玄関先で脱いだ靴を揃えていた飛雄馬の心臓が父の紡いだ台詞を受け、どきんと跳ねる。
一徹が開けていた窓を閉め、畳の上に置かれた座布団の上に座るのを黙って見つめながら飛雄馬もまた、彼と対面するように畳の上に正座をする格好を取った。
煙管台の上に乗せていた煙管を手にすると、一徹はおもむろに火皿の上に刻み煙草を丸めたものを押し詰め、擦ったマッチでそれに火を付ける。
煙草をくゆらす呼吸音と、質素な部屋の柱に飾られている時計の秒針が時間を刻む音がやたらに大きく飛雄馬には聞こえた。
「いつからじゃ、とは……」
先に口を開き、恐る恐るそう、尋ねたのは飛雄馬の方で、一徹が煙管を台に叩きつけた大きな音にビクッ!と体を強張らせた。
普段であれば何ということはないこの仕草も、もしや先程のことが親父に見られていたのではないかという疑心暗鬼の中ではやたらに恐ろしく感じられる。
親父は若い頃より丸くなったと皆は口を揃えて言うが、やはりおれにとってこの人は恐ろしい、絶対神のようなもので──。
「花形に抱かれるようになったのはいつからかと訊いている」
「!」
一徹が口にした恐るべき言葉に飛雄馬は己の体温が急激に上がったことを感じる。
背中にはじっとりと汗が滲み、シャツの中に着込むタンクトップが肌に貼り付いた。
違う、とそう言いたいのに舌が、唇が動かない。
親父は、知っているのだ、おれと、花形さんのことを。
「これ見よがしにほれ、首のところに痕をつけてくれとる。ふふふ、それにも気づかんほど義兄との行為に溺れたか。明子が悲しむとは微塵も思わんのか。とんだ魔性よのう」
「…………」
かあっ、と飛雄馬は顔を赤らめ、膝の上で固く拳を握り締める。
「伴とどちらがよかったか言うてみい。人をたぶらかしおって。他人が狂うのが楽しいか」
「っ…………!」
項垂れ、飛雄馬は肩を震わせる。
だめだ、親父には全部お見通しだ。伴とのことも親父は知っている。
「飛雄馬よ。顔を上げい」
俯き、目を閉じていた飛雄馬だが、ハッ!と一徹の言葉に顔を上げた。
すると、いつの間に立ち上がっていたのか目の前には仁王立ちをした一徹がおり、飛雄馬は息を呑む。
それに加え、下穿きをずらし屹立した男根を見せつけるようにしてその場に佇む父の姿に飛雄馬はそれに頬擦りするがごとくにじり寄り、思わず喉を鳴らす──そうして、はたと我に返る。
おれは今、なぜ喉を鳴らしたのか。
「教えた通りにしてみせい」
「う……っ、っ」
飛雄馬は目を細め、ゴクンと唾を飲み込む。
親父の、これを見るのは何年ぶりになるのか──。
ああ、違う。おれは、もうあの頃とは違う。
おれは親父の操り人形じゃない──。
「飛雄馬」
「…………」
口の中が、舌が、唇が、いや、全身が親父を覚えている。
おれのすべてを作った親父の指を、肌の熱さを、あの腹の奥底を穿つものを。
飛雄馬は唾液をたっぷりと溜めた口を開け、一徹のそれを咥え込む。
一息、鼻から吸い込んだ父の匂いにぞくっと肌が粟立ち、頭の中が蕩ける。
この上顎を擦り、喉奥を突く親父のそれは伴とも、花形とも違う。
おれの体にぴたりと馴染む親父の形である。
頭で考えるより先に、体が反応する。
それはこの行為に限ったことじゃない。
野球に関しても同じことだった。
父が打つ球を追いかけ、奔走した幼き日。あの記憶。
口の中で大きさを増した一徹の怒張に飛雄馬は僅かに嘔吐きながらも、喉奥まで咥え込んだそれを窄めた口でしごいていく。
「ん……っ、ふ……ぅ」
この、時折髪を優しく撫でてくれる親父の大きな手がおれは無性に好きだった。
最中に閉じた目を開けてちらと上を仰げば優しくこちらを見下ろす親父の瞳がとても好きだった。
裏筋に舌を這わせ、飛雄馬は亀頭を窄めた唇で強めに吸い上げる。
親父はここを少し強めに吸われることを好む。
花形さんは最中に妙に手慣れたおれを見て、瞬時に親父とのことを見抜いた。
違うと必死に取り繕うのに、すべて彼は知っていたようで……。
彼は、親父よりも比較的優しくおれを抱く。
あの、口角を上げてにやりとやる独特の笑みを浮かべながら。
「お、ぶっ……!」
飛雄馬は突然、勢いよく喉奥を突かれたことに驚き、汚い声を上げる。
一徹が飛雄馬の頭を掴み、腰を思い切り彼に押し付けたのだ。
喉が悲鳴を上げるようにきゅうと締まり、飛雄馬の瞳には涙が滲む。
「誰のことを考えておるのじゃ飛雄馬よ。父との最中に、ずいぶん余裕があるようじゃのう」
言うなり、一徹は飛雄馬の喉奥を犯すよう彼の頭を固定したまま腰を叩きつける。
「……〜〜っ、がっ……ぐ、ぅ、ゔっ」
喉を無遠慮に突かれ、飛雄馬は閉じた目からぼろぼろと涙を滴らせる。
そのうちに、鼻からも涙由来のさらさらとした鼻水が滴って、ぐちゃぐちゃに犯される口からは飲み込むことが許されない大量の唾液が顎や首筋を伝い垂れ落ちている。
「出すぞ、飛雄馬。残さず飲み込め」
「…………!」
どくどくっ、と喉奥で放たれた猛りを飛雄馬は虚ろな目をしながら受け止めた。
飲み込むというより、精液をほぼ流し込まれていると言った方が近いような状況に飛雄馬は無意識に臍下を反応させてしまっている。
「ぷぁっ……はぁっ、は……う、ぐっ」
やっとのことで解放され、呼吸することを許された飛雄馬は急速に脳に流れ込んだ酸素のせいで激しい頭痛に見舞われた。
しかして飛雄馬は朦朧とする頭で、己の唾液と一徹の放った精液で汚れてしまっている彼の男根を掃除するべく、それに舌を這わせる。
「いい子じゃ飛雄馬。さすがわしの子じゃ」
「…………」
一徹は飛雄馬の汗に濡れた髪を撫でてやると、その場に膝を折り、彼の頬を両手で包み込んでから唇に優しく口付けを与えてやった。
一瞬、驚いたように唇を震わせたがすぐに飛雄馬は口を開け、父の舌を受け入れる。
「あ……っ、」
ぬるぬると互いの舌を絡ませ合って、唇を啄み、飛雄馬は一徹の与えてくる唾液を素直に飲み込む。
一徹は先程の行為で濡れた飛雄馬の首筋に舌を這わせながら彼の体を畳の上へと組み敷いていく。
花形の残した痕に上書きするがごとく一徹は飛雄馬の首筋に歯を立て、そこを強く吸い上げる。
「この痕をどう弁明するつもりじゃ。ユニフォームでは隠せぬぞ」
「ひ、っ……う、ぅっ」
ぬるりと唾液を纏った舌が首筋を滑って、飛雄馬は体を震わせる。
歯を立てられたらしき肌が悲鳴を上げ、そこにじわりと血が滲むのがわかる。
「他の選手らに見せびらかし、咥え込むか」
「そ、んな……」
飛雄馬はふいに胸の突起を抓まれ、大きく背中を反らす。
いつの間にシャツとタンクトップの中に滑り込んでいたか一徹の指が飛雄馬の乳首を捉えている。
ぐりぐりとそれを押しつぶすようにして指の腹で捏ねられ、飛雄馬は一徹の体の下で爪先をすり合わせた。
「あ、あ……っ、いたっ、」
「痛い方が好きじゃろうて」
「すきじゃな、っ……」
軽く抓んだ突起を引っ張られ、飛雄馬はびくん!と体を震わせる。
スラックスの中、下着の奥は張り詰め、先走りが布地を濡らしている。
「腰をふらふらさせおって、淫乱めが」
腰を平手で叩かれ、飛雄馬はひっ!と高い声を上げ、涙で濡れた瞳を一徹に向けた。
花形に嬲られた腹の中が疼いている。
散々に弄ばれ、気を遣ったにも関わらずおれは親父に貫かれるのを今か今かと待ち侘びている。
「とうちゃ……っ、親父、っ」
飛雄馬の腰が無意識に揺れる。
「義兄に抱かれてもまだ足りんか。え?何とか言うてみい、飛雄馬よ」
「っ、っ!」
再び、腰を張られ、飛雄馬はぶるぶるっと体を戦慄かせる。
一徹の体を両足で挟み込むような体勢を取って、飛雄馬ははやく、と震える声で囁く。
「とんだ淫乱に育ったものよのう。いや、そう育てたのはわしか。ふふふ……明子が泣いておったぞ」
「っ、ぅ、う……」
飛雄馬は一徹が自分が身につけている下着とスラックスとを剥ぎ取るのを黙って見据えながら、彼が着物の前をはだけ、己の尻に怒張をあてがったことに歓喜の声を上げ、目を閉じる。
いけないことだと、わかっているのに、おれは親父がほしいのだ。
「慣らす必要はないじゃろう。花形の出したものが残っておろうて」
「ああ……っあ……!」
ぐちゅん、と一徹はためらうことなく、根元までを飛雄馬の中に埋め込むと彼の両足、その膝の裏に手を入れ限界ギリギリまで足を開かせると畳につかんばかりに膝を押し込んだ。
そのおかげでより奥深くに一徹のものが潜って、飛雄馬はそれだけで一度軽く達してしまう。
全身を戦慄かせ、絶頂の余韻に浸る飛雄馬だが、中を優しく探るような腰遣いに嬌声を上げた。
「静かにせい、飛雄馬よ」
「いっ…………ん、ンッ」
飛雄馬は震える手で口を押さえ、ぐりぐりと中を抉る父の腰の動きに身をよじる。
酒を浴びるように飲み、鬱憤を晴らすように幼かったおれを抱いた親父。
おれさえ我慢していれば、堪えていれば丸く収まるのだと言い聞かせ、乱暴におれの体を暴く親父の戯れを必死に受け止めた。
伴にだけは知られたくなくて一生懸命に取り繕って、それでも快楽を知ってしまっているおれは伴に抱きしめられるたびにその体を熱くさせることになってしまった。
伴はおれと親父のことを知っていただろうか。
「っ、う、ぁ、あっ!」
再び、飛雄馬は気を遣って、己の体を貫く父の顔を見上げる。
「伴では物足りんじゃろうなあ、おまえの体は」
「ふ、ぅ…っ…………」
がくがくと全身を揺らし、飛雄馬は口を両手で覆うと一徹を締め付け、下腹をひくつかせる。
花形は、初めからおれと親父の関係に気付いていたようで、その話を持ち出されたのがいつだったか、あれはすでにねえちゃんが彼のもとに嫁いだあとであったか。
あのギプスの軋む音が、耳にこびりついて離れないのだ、と彼は言ったか。
あの音がどうしようもなく、己を狂わせるのだ、と──。
体重をかけられ、中を掻き回され、飛雄馬は3度目の絶頂を迎えた。
瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されて飛雄馬は与えられた絶頂に酔いしれるばかりになる。
狂っているのは世界か。それともおれ自身。
開いた目の前にはちかちかと火花が散っていて、飛雄馬は霞む目で一徹を仰ぐ。
「中に出すぞ」
「…………!」
飛雄馬は一徹の言葉にビクッと身を強張らせたが、すぐに観念しコクリと頷く。
そうして、ありがとうございます、と震える、小さな声で囁いてから腹の中をたっぷりと満たした父の欲に黙って耐えた。
飛雄馬はそのまま、精液を吐き出し終えた一徹が離れていくのを待って、ひくひくと戦慄く両足を畳の上に投げ出す。
ふたり分の精液が注がれている腹を落ち着かせるように下腹を撫でて飛雄馬は大きく息を吐く。
喉の奥がちりちりと痛む。
鼻を弱々しく啜って、飛雄馬は銭湯に行ってくるでなと言うなり立ち上がった一徹から視線を逸らして、畳の上に散乱している己の下着を手繰り寄せる。
泣くな、泣いてはだめだ。
泣いたらまた親父に叱られる。
飛雄馬は手元に寄せた下着を強く握り締め、肩を震わせる。
「飛雄馬よ、間もなく伴がここを訪ねることになっとる。そんな姿を見られたくないのであれば支度せい」
「…………」
伴が?なぜ?そもそも、親父はなぜおれをここに呼んだのか……?
痛む頭で懸命に知恵を振り絞る飛雄馬はふと、目の前に影が差したことにハッとなり顔を上げる。
と、一徹が間髪入れず飛雄馬の顎先を掬うように手をかけ、その顔を更に上向かせた。
「せいぜい、あれには悟られんようにな。おまえの聖域だけには」
「ばっ、伴はそんな男じゃないっ……絶対、隠し通してみせる。今までも、これからだって……」
「…………」
涙に濡れた瞳の奥を鈍く光らせ、飛雄馬は己が父を睨み据える。
一徹はそのまま、飛雄馬に口付けを与えようとしたが、部屋の扉をノックされる音に気付いて何の未練もなく、彼から離れた。
「っ………う」
ああ、なぜ、親父はおれに触れてくれなかった。
冷えたはずの体の奥にじわりと火が灯ったような気がして、飛雄馬は違うと首を振る。
すると、一徹が戸を開けたか、ご無沙汰しておりますわい親父さん、の声とともに部屋の中に人が入ってくる気配があって、飛雄馬は奥歯を噛み締めた。
親父は、人をどこまで堕とせば気が済むのか──。
「伴、わしは汗を流してくる。少し待っておれ」
「……………」
いっそ、おれを罵ってくれ。
おまえは、実の父と何をしていたんだ、と。
そうすればおれはきっと……。
なるべく、伴の顔を見ないようにして飛雄馬は一徹が伴と入れ違いに部屋から出たか、戸が閉まる音を聞く。
「星、おまえ……」
伴の震える声に泣き出しそうになるのを堪え、飛雄馬はか細い声で彼を呼ぶ。
靴を揃えることも忘れ、ただただ魅入られたようにこちらに歩み寄って来る伴を見上げながら飛雄馬は、これから行われるであろうことに期待し、そして絶望しながらも、それらすべてを享受し、諦めたようなはたまた喜びに満ち溢れたようなそんな顔をして、笑った。